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「すべての知財法を廃止せよ」――正当な苛立ちと粗い答え

シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:Anthony Ha, "Jack Dorsey and Elon Musk would like to ‘delete all IP law’" (TechCrunch、2025年4月13日)

  • 概要:2025年4月、ジャック・ドーシーがXに「delete all IP law(すべての知的財産法を廃止せよ)」と投稿し、イーロン・マスクが「I agree(同意します)」と応答した。ドーシーは反論に対し、現在の制度は創造性を制限し、支払いの分配を「公正でないゲートキーパー」に委ねていると主張。



AIと著作権をめぐる訴訟が相次ぐ中で、ジャック・ドーシーとイーロン・マスクの発言は、単なる挑発として流すには少し重い。


知財制度への不満は、クリエイターの側にも研究者の側にも、そしてAI開発者の側にも、それぞれ異なる形で蓄積してきた。だからこそ「廃止せよ」という言葉は、広い層に引っかかる。でも「廃止」は診断であって処方ではない。そもそも「IP法」と一括りにされているものの中身を見ると、特許・著作権・商標はそれぞれ目的も構造も違う制度だ。そして——これが一番面白い逆説なのだが——オープンソースやクリエイティブ・コモンズのような「共有の仕組み」は、著作権があるからこそ成立している。


富良野とPhronaは、記事を読みながらその構造を解きほぐしていきます。怒りの射程と、制度の射程がどこでずれているのかを。


 


何が起きたのか


富良野: 2025年4月にジャック・ドーシーが「delete all IP law」とXに投稿して、マスクが「I agree」と返した一件、覚えていますか。


Phrona: ありましたね。テック界隈の人が規制批判を景気よく言うのは、まあ見慣れた光景じゃないですか。なので、またいつもの感じかなと思いましたが。


富良野: そうなんですよね。ただマイク・ブロックという元テック企業幹部の人が、「トランプ政権以前なら単なる挑発で終わったかもしれないが、マスクが政府効率化省(DOGE)を通じて政権に組み込まれた今、そのような何気ない空想は検討を必要とする重みを持つ」と言っていて、それはそうだなと。


Phrona: 発言した人の政治的な位置によって、同じ言葉の重さが変わる。


富良野: ドーシーへの反論の中でいちばん面白いと思ったのは、Fair TrainedというAIトレーニング認定団体のCEO、エド・ニュートン・レックスの「テック企業幹部が全面戦争を宣言した」という表現で。彼は、これをクリエイターへの宣戦布告として読んでいる。


Phrona: クリエイターの権利を守る立場の人からすると、そう聞こえますよね。特にドーシーが「より良い報酬モデルがある」と言い続けながら、そのモデルの中身を一切説明していない、という点は引っかかりますよね。


富良野: そこが記事のいちばんシャープなところで。ニコール・シャナハンという弁護士が「改革したいなら話し合おう」と返したのに対し、ドーシーは「今のシステムは創造性を制限し、ゲートキーパーが不公正に取り分を持っていく」と言う。診断は出てくるんだけど、処方が出てこない。


Phrona: 「廃止」だけが処方として出てきている、ということですよね。



なぜこのタイミングで出てきたのか


富良野: TechCrunchが指摘しているんですが、この発言が出たタイミングはAI開発と著作権をめぐる訴訟が相次いでいた時期と重なっています。OpenAIも含む複数のAI企業が、学習データの著作権侵害で多数の訴訟を抱えている。


Phrona: それはかなり重要な文脈ですよね。「理想として知財廃止を語っている」のか「AI開発の法的リスクを下げるために語っている」のかでは、だいぶ話が違う。


富良野: しかもマスクは自分でも訴訟を抱えているわけですよ。OpenAIを訴えている側でもある。「知財法を廃止せよ」と言いながら、自分は知財法を使って訴訟している、という構造は、なかなかに複雑です。


Phrona: 制度を使いながら制度を否定する、という。


富良野: 否定の身ぶりそのものが、制度の上に乗っている。


Phrona: ちょっとメタなんですよね、その状況が。訴訟できるのも知財という法的枠組みがあるからで、その枠組みを「全廃せよ」と言っている。



「IP法」とひとことで言うけれど


富良野: ここで少し立ち止まりたいのが、「IP法」という言葉が実はかなり広いものを一括りにしている点で。特許・著作権・商標・営業秘密が、それぞれ全然違う目的と構造を持っているんですよ。


Phrona: 制度の束を、ひとつの名前でまとめてしまっている。


富良野: 特許は、発明の内容を公開することと引き換えに一定期間の独占権を与える制度です。発明を秘密にしたままにするより、公開して後から参照できるようにした方が社会全体に知識が蓄積されるから、その見返りとして独占を認めましょうという論理。著作権はそれとは別の発想で、創作物に対して作者に一定の権利を与える。商標はさらに別で、ブランドの出所を明示して消費者の混乱を防ぐためのものです。


Phrona: 商標はそもそも「創作インセンティブ」という発想とは関係ない。


富良野: そうなんです。だから「IP法を全廃する」と言うと、たとえばある企業の名前を他社が勝手に使って消費者を混乱させても構わない、ということにもなってしまう。「クリエイターへの不公正な分配」という問題提起と、「商標をなくす」ということは、ほぼ何の関係もない。


Phrona: 怒りの射程が、制度の射程と一致していない。


富良野: うまい表現ですね。怒るべきところはある、でも「全廃」という言葉は怒りより広いところを切ってしまっている。



コピーレフトという逆説


富良野: もうひとつ面白いのが、オープンソースやクリエイティブ・コモンズの話です。ドーシーはたしかに「共有と協力のモデル」を支持しているように聞こえる。でもオープンソースもクリエイティブ・コモンズも、著作権がなければ成立しない制度なんですよ。


Phrona: どういうことですか。


富良野: GNUのGPLというソフトウェアライセンスは、「このコードを使うなら、改変したものも同じライセンスで公開しなければならない」という条件を課すことができる。これは著作権という権利があるから、その権利に「この条件で使ってよい」と条件を付けられるんです。著作権がなければ、そもそも「条件を付ける」ことも、「条件違反を訴える」こともできない。


Phrona: つまり、「共有を強制する」ためにIPが必要になっている。


富良野: 全廃すると、自分の作品を「必ず共有せよ」という条件を付けて公開することも、原理的にはできなくなる。共有の自由は確かに広がるかもしれないけれど、コピーレフトという仕組みは消える。


Phrona: 著作権をなくすことで、「資本力のある人が誰の作品でも自由に使える状態」になるかもしれない。共有の名のもとで、弱い人が最初に損をする。


富良野: そこがブロック氏の指摘とも重なる部分ですよね。「人間の創造性を別の資源に変え、技術システムによって収穫・処理・収益化するプロジェクトの最終段階だ」という。


Phrona: 解放に見えて、囲い込みの準備になっている、と。



処方が答えになっていない


富良野: 記事を読み終えて、ドーシーの発言で残るのは「今のモデルはクリエイターから取りすぎている」という診断の部分だと思うんですよ。それは多分、正しい。


Phrona: でも「delete all IP law」がその答えかというと、そうはならない。


富良野: 記事の中で一番鋭いと思ったのはブロック氏の「誤った二元論」という指摘で。「現行の欠陥のある知財法を維持するか、廃止してより良いモデルを目指すか」という二択の設定が、最初から問題をすり替えている。


Phrona: 「欠陥がある」と「廃止する」の間に、直す、という選択肢が丸ごと抜けている。


富良野: そしてそこが、次に本当に問うべき話につながっていく気がします。知財制度のどの部分が誰のために機能していて、どこが誰を傷つけているのか。そっちの方が、「廃止か存続か」という問いよりはるかに難しくて、はるかに面白い。


Phrona: ひとことで解決できない分だけ、実態に近いということかもしれないですね。


 

 

ポイント整理


  • 「IP法」は制度の束

    • 特許・著作権・商標・営業秘密はそれぞれ目的と構造が異なる。「全廃」という言葉は、本来の問題提起(クリエイターへの不公正な分配)とは射程がずれている。

  • コピーレフトはIPの上に立っている

    • オープンソースのGPLやクリエイティブ・コモンズは、著作権という権利があるからこそ「この条件で使え」という制約を課せる。著作権を全廃すると、共有を強制する仕組みも同時に失われる。

  • 診断と処方のズレ

    • 「ゲートキーパーが不公正に取り分を持っていく」という診断は的を射ている部分がある。しかし「全廃」はその診断への処方として機能しない。欠陥のある制度と、制度そのものの廃止は別の話だ。

  • 発言のタイミングと文脈

    • AIの学習データをめぐる著作権訴訟が相次ぐ中での発言として読むと、「理想論」より「交渉圧力」として機能している側面が大きい。誰が何を目的にして語っているかは、問いの射程を決める。



キーワード解説


【知的財産(IP / Intellectual Property)】

知識や創造の産物に対して認められる、法律上の権利の総称。特許・著作権・商標・営業秘密などが含まれるが、それぞれ目的と仕組みが異なる。一括りにして論じると見落としが生まれやすい。


【著作権(Copyright)】

小説・音楽・映像・プログラムなどの創作物に対して、作者に認められる権利。無断複製・配布・改変などを制限できる。多くの国で、作者の死後一定期間(日本・米国等では70年)保護が続く。


【特許(Patent)】

技術的な発明を公開する代わりに、一定期間(通常20年)の独占的な実施権を与える制度。発明の中身を秘密にしたままにするより、公開して社会に知識を蓄積させることを促す設計になっている。


【商標(Trademark)】

ある商品やサービスの出所を識別するための標識(名称・ロゴ等)に与えられる権利。消費者が製品の出所を誤解しないようにすることが主な目的で、創作インセンティブとは直接の関係がない。


【コピーレフト(Copyleft)】

著作権を使って「共有」を義務付ける仕組み。ソフトウェアのGPLが代表例で、「このコードを使って改変したものは、同じ条件で公開しなければならない」と定める。著作権がなければこうした条件付けも成立しない。


【クリエイティブ・コモンズ(Creative Commons)】

著作者が「どういう条件なら使っていいか」を事前に示すためのライセンス体系。商用利用の可否・改変の可否・同一条件での共有義務などを組み合わせて選べる。コピーレフトと同様、著作権の枠組みの上に構築されている。


【フェアユース(Fair Use)】

主に米国の著作権法における概念で、著作権者の許可なく著作物を一定範囲で利用できる例外規定。批評・教育・報道・パロディなどが典型例。AIの学習データ利用がフェアユースに当たるかどうかは、現在も法廷で争われている。


【政府効率化省(DOGE / Department of Government Efficiency)】

トランプ政権下でイーロン・マスクが主導した政府支出削減・効率化を目的とした組織。正式な省庁ではなく諮問機関に近い位置づけだが、政策形成への影響力を持つとされる。



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
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