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「アンチフラジャイル国家」としてのイラン──地政学が教える逆境国家の生存戦略

更新日:6月30日

シリーズ: 論文渉猟


  • 編者:Francisco J.B.S. Leandro, Carlos Branco, Flavius Caba-Maria

  • 出版年:2021年

  • 出版社:Springer

  • ページ数:約600ページ

  • 執筆者:22名の国際関係・地政学専門家


「悪の枢軸」「ならず者国家」「テロ支援国家」ーー21世紀のイランには、こんなレッテルが次々と貼られてきました。厳しい経済制裁、国際的な孤立、そして体制崩壊の予言。それなのに、なぜイラン・イスラム共和国は倒れないのでしょうか。


むしろ逆に、制裁を受けるたびに強靭になっていくようにさえ見えます。まるで、圧力をエネルギーに変換する不思議な装置のように。


『The Geopolitics of Iran』(2021年)は、20名を超える専門家がイランの生存戦略を多角的に分析した学術書です。600ページを超えるこの大著から見えてくるのは、単純な善悪論では語れない、したたかで複雑な国家の姿でした。富良野とPhronaが、この本から読み取れるイランの「生き残りの秘密」について語り合います。



宗教と現実政治の二重構造


富良野:本書では、イランの政治体制を「ハイブリッド」と表現していました。選挙で選ばれる大統領や議会という民主的要素と、最高指導者や宗教評議会という神権的要素が併存している。これ、矛盾してるようで、実は巧妙なシステムなのかも。


Phrona:表と裏、建前と本音が制度化されているような感じですか?日本人としては、なんとなく親近感を覚えなくもない(笑)。でも、そこに宗教が絡むとまた違った重みがありますよね。


富良野:そうなんです。しかも面白いのは、イランとサウジアラビアの対立も、実は宗派対立だけじゃなくて、かなりリアルな権力政治だって分析されてること。シーア派対スンニ派っていう図式は表向きで、実際はもっと世俗的な権力闘争の側面が強い。


Phrona:宗教って便利な仮面なんでしょうね。本当の対立理由を隠すのにも使えるし、民衆を動員するのにも使える。でも仮面をかぶり続けていると、いつか本当の顔が分からなくなりそう。


富良野:2021年頃には両国の秘密対話もあったみたいですし。やっぱり永遠の敵対なんて、誰も望んでないんでしょうね。


Phrona:でも和解したくても、今さら「実は宗教対立じゃありませんでした」なんて言えない。一度始めた物語から降りるのって、本当に難しい。


見えない戦争の最前線


富良野:イランとイスラエルの関係も、極めて微妙です。最近までは、直接戦争はせずに、シリアとかレバノンとか、いろんな場所で代理戦争みたいなことをやっていた。


Phrona:お互いの影を相手に見せながら、本体は決して正面からぶつからない、という感じでしたよね。


富良野:そうそう。本書では「理性的に管理された競争」って表現してました。憎み合ってるけど、一線は越えない。核戦争の恐怖を知ってる現代ならではの敵対関係というか。


Phrona:もちろんその影で、シリアとかレバノンの人々が犠牲になっていたわけですが。大国の都合で小国が戦場になる構図、いつの時代も変わらない。


地理がつくる運命


富良野:イランの地政学的位置って、祝福でもあり呪いでもあるんですよね。ペルシャ湾、カスピ海、中央アジア、南コーカサス、すべてに接している。交通の要衝だけど、同時に常に誰かの影響に脅かされる運命でもある。


Phrona:地理って変えられないから、それとどう付き合うかが国の性格を決めるんでしょうね。その感覚が、例えば核開発への執着にもつながってるのかな。自前の抑止力がないと、いつ誰に飲み込まれるか分からないっていう。


富良野:でも皮肉なことに、その抑止力を求める行動が、かえって周囲の警戒を招いて孤立を深める。安全保障のパラドックスですね。


Phrona:最近のイランは明らかに東を向いてますよね。中国との25年協定とか、ロシアとの軍事協力とか。でも本書を読むと、これも一筋縄ではいかない関係みたい。


富良野:中国もロシアも、イランを完全に味方にはしたくないんでしょうね。利用価値はあるけど、深入りはしたくない。イランもそれを分かってて、でも他に選択肢がない。


Phrona:なんか切ないですね。本当の同盟国を持てない国の孤独というか。


富良野:でもその孤独が、逆にイランを強くしているのかもしれません。誰も頼れないから、自分でなんとかするしかない。それがアンチフラジャイルにつながるのでしょう。


Phrona:孤立が自立を生む、でもその自立は新たな孤立を生む。なんだか禅問答みたいですね。


アメリカという構造的制約


富良野:1979年の革命以来、イランにとってアメリカは常に「そこにいる」存在なんですよね。国交はないのに、すべての政策決定にアメリカの影がちらつく。


Phrona:不在の存在感、とでも言うのかしら。むしろ国交がないからこそ、想像の中でアメリカが巨大化してしまうのかも。


富良野:でも実際、イランとアメリカって、表向き敵対しながら裏では協力してる場面もあったんです。アフガニスタンでのタリバン掃討とか、イラクでのISIS対策とか。


Phrona:敵の敵は味方、ってやつですね。でもそういう実利的な協力があっても、表向きの敵対関係は変えられない。このねじれた関係性、両国の国内政治にとって都合がいい部分もあるのかな。


アンチフラジャイルな国


富良野:この本を読んでいて一番印象的だったのは、イランを「アンチフラジャイル国家」と呼んでいる章があったことです。ナシム・タレブの概念を使って、逆境から益を得る国家だと。普通、制裁を受けたら弱体化しそうなものですけど。


Phrona:その逆説的な強さ、面白いですよね。でも考えてみれば、人間だって筋トレで負荷をかけることで強くなる。国家も同じなのかもしれません。ただ、その代償として何を失っているのかも気になります。


富良野:本書によると、イランは「全社会戦略」っていうのを展開してるんです。三つの要素を状況に応じて組み合わせるっていう。まず、イデオロギー、つまりイスラム革命の理念。これが国民を結束させる精神的な柱になってる。


Phrona:なるほど、外圧があるときこそ、みんなが共有できる物語が必要になるんですね。日本でも戦時中は「八紘一宇」とか言ってましたし。でも、それって諸刃の剣じゃないですか?


富良野:そうなんです。で、二つ目が創意工夫。制裁で輸入できないなら自分で作る。実際、イランは制裁下で独自の技術開発を進めて、ドローンとかミサイルとか、意外と高度なものを作れるようになった。


Phrona:必要は発明の母、ですか。でもその創造性を、もっと建設的なことに使えたらって思うと、なんだかもったいない気もします。


富良野:優秀な科学者や技術者が、制裁回避のためにエネルギーを使ってる。本来なら世界に貢献できる才能が。


Phrona:でも、そういう無駄に見えることの中から、意外なイノベーションが生まれることもありますよね。戦争が技術を進歩させるみたいに。人間って皮肉な生き物です。


富良野:三つ目が非対称戦力。革命防衛隊とか、レバノンのヒズボラみたいな代理勢力とか。正面から戦えないなら、別の方法で相手にコストを強いる。これら三つを、その時々の状況に応じて可変的に組み合わせることで、国民全体を巻き込みながら逆境に対処したと論じられています。


Phrona:まるでジャグリングみたいですね。でも、その三つのボールを空中で回し続けるのって、すごくエネルギーがいりそう。


アンチフラジャイルの先にあるもの


富良野:今まさにイスラエルと米国がイランを攻撃しているじゃないですか。本書の分析が正しければ、イランは即座の全面報復じゃなくて、もっと複雑な対応をするはずです。全社会戦略で国民全体を巻き込んで、長期戦に持ち込む。


Phrona:イランがアンチフラジャイルなら、攻撃は逆効果でしかない可能性も…


富良野:イランはこれまでも制裁や圧力を自己強化の糧にしてきた。今回も同じパターンを繰り返すとしたら、数年後にはさらに手強い相手になってるかも。本書が2021年に書かれた時点では、まさか2025年にこんな形で理論が検証されるとは思ってなかったでしょうね。


Phrona:でも、それって国民にとってはどうなんでしょう。また制裁が強化されて、また孤立が深まって。アンチフラジャイルって言葉は勇ましいけど、日々の生活は苦しくなる一方じゃないですか。


富良野:そこなんですよ。体制は強くなるかもしれないけど、その代償は誰が払うのか。今回の攻撃後、きっとイランは技術開発を加速させるでしょうし、東側との連携も深めるでしょう。でも。


Phrona:でも、それは結局、西側との分断をさらに深めることになる。若い世代が夢見ていた世界との繋がりは、また遠のいてしまう。


富良野:皮肉なものです。攻撃する側は体制を弱体化させたいのに、結果的に体制を強化してしまう。まさに本書が指摘してた通りの展開になりそうで。


Phrona:今回の攻撃が、イランの人々の間で新たな結束を生む可能性もありますよね。外敵に攻撃されると、内部の対立が一時的に棚上げされる。でも、それも長続きはしないでしょうけど。


富良野:イランの人々はきっと平和を望んでるはずですよね。アンチフラジャイルであることを誇りに思いながらも、フラジャイルでいられる普通の国になりたいって。



ポイント整理


  • イランは「アンチフラジャイル国家」として、制裁や圧力をかえって強靭化の糧としている

  • 政治体制は民主的要素と神権的要素が併存する独特の「ハイブリッド」構造

  • 地政学的に四方を大国に囲まれた位置が、イランの防衛的かつ柔軟な外交戦略を生んでいる

  • 対米関係は1979年以来断絶しているが、イランの政策決定に常に影響を与える「構造的制約」となっている

  • 中国・ロシアとの連携を深めているが、完全な同盟関係には至っていない

  • イスラエルとは「理性的に管理された競争」を続け、直接対決は回避している

  • サウジアラビアとの対立は宗派的側面より地政学的競争の色彩が強い

  • 制裁下での自給自足体制構築が、意図せざる技術革新を生む場合もある


キーワード解説


【アンチフラジャイル(Antifragile)】

脆弱性の反対で、ストレスや混乱から利益を得て強くなる性質


【ヴェラーヤテ・ファキーフ】

イスラム法学者による統治。イラン・イスラム共和国の統治原理


【JCPOA】

包括的共同行動計画。2015年のイラン核合意の正式名称


【戦略的自律】

大国の影響を受けずに独自の外交政策を追求する姿勢


【代理勢力(プロキシ)】

他国の支援を受けて活動する武装組織や政治勢力


【シーア派の弧】

イランからイラク、シリア、レバノンに至るシーア派勢力の連携


本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
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