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「好きなこと」を仕事にすると燃え尽きる?──『E-Myth』が教えてくれた、熱を守るための仕組みの話

更新日:6月28日

 シリーズ: 書架逍遥



なぜ、腕のいい職人やクリエイターが始めたビジネスは、失敗しやすいのか。この普遍的な問いに、鋭い答えを提示した一冊の本があります。マイケル・ガーバーの『E-Myth(邦題:はじめの一歩を踏み出そう)』です。


「好きなこと」を仕事にする夢と、その先にある「燃え尽き」の現実。富良野とPhronaの対話でお届けする今回の書架逍遥は、『E-Myth』を「制度設計」という視点から読み解き、個人の情熱を守り育てるための「器」としての仕組みの重要性について語り合います。



富良野:ちょっと前に、マイケル・ガーバーの『The E-Myth Revisited』を読み返していてね。やっぱりあの本、すごく鋭いんです。特に小さなビジネスがなぜ失敗するかについての洞察が、制度設計の観点からも示唆的で。


Phrona:ああ、あの「技術者がビジネスを始めると失敗しやすい」って話ですね。なんとなく覚えてる。「自分の得意なことを活かして独立したら、なぜか地獄になってた」っていう人、けっこう見かけますもの。


富良野:そう。ガーバーはそれを"起業神話(Entrepreneurial Myth)"と呼んでますね。技術に長けている人が、そのまま経営もうまくやれると思ってしまう。でも実際には、経営にはまったく別のスキルが必要なんです。


Phrona:面白いのは、そこに三つの人格――起業家、マネージャー、技術者――がせめぎ合っている、という構図ですよね。しかも、大抵の人は「技術者」の人格しか育っていないまま飛び出してしまう。


富良野:そう、そしてその結果、自分で自分の首を絞めることになってしまう。つまり、自由を求めて始めたはずのビジネスが、自分を束縛する檻になるんです。


Phrona:皮肉ですね……「好きなことを仕事にする」って、どこかで夢のような言葉になってしまったけど、その裏には「好きなこと以外をやる力」も同時に育てないと、潰れてしまう。


富良野:まさにそこがガーバーの核心なんです。彼は、「ビジネスは自分が中で働くものではなく、自分が上から設計するものだ」と言っています。中に入ってプレイヤーになるのではなく、全体の構造をデザインする視点が大事だと思います。


Phrona:それって、ちょっとだけ冷たくも聞こえますね。たとえばカフェを始めたい人が、自分の手でコーヒーを淹れることに喜びを感じていたら、その「手ざわり」や「接客の気配」こそがビジネスの核だと思うかもしれない。でもガーバーは、そこを標準化しろと言うわけでしょう?


富良野:ええ、彼はむしろ、すべてを「プロトタイプ化」しろと主張しています。つまり、誰がやっても同じ品質の体験が提供されるように、システムで支えるべきだと。


Phrona:それって、感性や偶然性を削ぎ落とす方向にも働きかねませんね。もちろん安定性やスケーラビリティは大事だけど、たとえば、常連さんがふとした会話を楽しみに来るようなカフェでは、マニュアル化しきれない余白もあると思う。


富良野:同感です。だからこそ、僕はこの本を「絶対的な正解」としてではなく、「制度を立ち上げるときの一つの極点」として読んでます。現場の熱や混沌を完全に排除することはできない。けれども、その混沌を支えるフレームワークを持たないと、熱が燃え尽きたときに何も残らない。


Phrona:なるほど……情熱の火に頼りすぎると、燃料切れが来たときに崩れてしまう。だから、愛着や手ざわりを「保存可能な形で再現するための仕組み」を作っておくことが、逆説的にその感性を守ることになる。


富良野:そう、だから「仕組み化」は、無味乾燥な合理主義のためだけじゃなくて、感情やこだわりを長持ちさせるための器でもあるんですよ。


Phrona:それはすごく大事な視点ですね。制度って聞くと冷たくて無機質なものに感じるけど、むしろ「熱の居場所を作る」こともできるんだ。


富良野:うん。そして、それがたぶん、本当の意味での「成熟」なんだと思います。ガーバーも言っていますよね。「本当に成熟したビジネスは、最初から成熟を前提に設計されている」と。


Phrona:人も同じかもしれませんね。最初から完璧じゃなくてもいいけど、「どう育つか」を考えて始めることが、遠回りに見えて一番誠実なのかもしれない。



ポイント整理


1. 「起業神話(E-Myth)」の誤解

  • E-Myth(Entrepreneurial Myth)とは、「技術がある人がビジネスでも成功できる」という誤った信念。

  • 実際には、技術者(職人)が自分のスキルを生かして独立しても、経営者としてのスキルが欠けているために、多くの小規模事業は立ち行かなくなる。


2. 三つの人格の対立

  • すべてのビジネスオーナーの中には、以下の3つの人格が同居している:

    • 技術者(The Technician):作業をこなす人。日々の実務に強い。

    • 起業家(The Entrepreneur):未来を描く人。夢やビジョンを語る。

    • マネージャー(The Manager):秩序をつくる人。計画やシステムを重視する。

  • 小規模事業では、技術者が支配的になりすぎるために、長期的に成長できなくなる。


3. ビジネスを「プロトタイプ」として構築せよ

  • 成功するビジネスは、「フランチャイズのプロトタイプ」のように、誰がやっても同じ成果が出るよう仕組み化されている。

  • ゴールは、あなたがいなくても機能するビジネスをつくること。


4. ビジネス開発の三段階

  • 幼児期(Infancy):オーナーがすべての仕事を自分で抱える。限界に直面。

  • 青年期(Adolescence):人を雇い始めるが、任せきれず混乱。仕組みが必要。

  • 成熟期(Maturity):最初から「完成されたビジネスモデル」を想定して設計された状態。


5. システム思考の重要性

  • マーケティング、財務、業務、顧客対応など、すべての業務において手順とルールを定める。

  • 人に依存するのではなく、仕組みに人を当てはめる。


実践のヒント


  • あなた自身が「ビジネスを持つ技術者」ではなく、「ビジネスを設計・運営する経営者」であることに自覚的になること。

  • 自分の仕事を細分化し、マニュアル化できるものを明確にすること。

  • 「自分が現場にいなくても顧客が同じ体験を得られる仕組み」を構築すること。


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