top of page

「完璧な指示」より「不完全な対話」──デジタル時代のリーダーは「つながり」をどう作るか

更新日:7月1日

 シリーズ: 書架逍遥


◆今回の書籍:Charlene Li 『The Engaged Leader: A Strategy for Digital Leadership』 (2015年)

  • 概要:デジタル時代のリーダーシップ戦略を「傾聴(Listen)」「共有(Share)」「関与(Engage)」の3つの視点から解説した実践的なガイドブック。


ソーシャルメディアが当たり前になり、リモートワークが定着し、今や生成AIまでが職場に入り込んできた時代。リーダーシップのあり方も大きく変わらざるを得なくなっています。


シャーリーン・リーの『The Engaged Leader』は、デジタル時代にリーダーがどのように人々と関わり、組織を導いていくべきかを提案した一冊です。傾聴、共有、関与という3つの柱を軸に、オンライン空間でいかに人間的なつながりを作るかが語られています。


今回は、この本が示すビジョンを出発点に、富良野さんとPhronaさんが、デジタル時代のリーダーシップについて語り合いました。技術の進化がもたらす可能性と、それでも変わらない人間の本質。両者の間で、リーダーはどのようなバランスを取るべきなのでしょうか。



オンラインで「聴く」ということ


富良野:リーダーに求められるスキルが根本的に変わってきてますよね。特に「大規模に傾聴する」というこの本の発想は興味深い。従来の一対一の面談とは全く違う世界観です。


Phrona:ええ、でも富良野さん、大規模に聴くって言葉、なんだか矛盾を含んでいる気がしませんか? 聴くって本来、とても親密で個人的な行為のはずなのに。


富良野:確かにそうですね。でも考えてみれば、SNSや社内プラットフォームで何百人もの声を同時に受け取れるようになった。問題は、それをどう処理するかです。著者は「目で聞く」と表現していましたが、これは面白い比喩だと思います。


Phrona:目で聞く、ですか。なるほど、聴覚的な受容から視覚的な受容への転換。でもそれって、声の温度とか、言葉にならない感情とか、そういうものを取りこぼしてしまう危険もありますよね。


富良野:その通りです。だから著者も「戦略的な傾聴」を勧めているんでしょう。全部を聞こうとするのではなく、目的に照らして何を誰から聞くべきかを見極める。これは経営判断に近い感覚かもしれません。


Phrona:それって結局、聞きたいものだけを聞くことにならないかしら? 本当に大切な声って、時に予想外のところから聞こえてくるものじゃないですか。


富良野:鋭い指摘ですね。確かにフィルターをかけすぎると、イノベーションの芽を見逃す可能性がある。バランスが難しいところです。


透明性という名の脆弱性


Phrona:この本でもう一つ印象的だったのは、リーダー自身が情報を積極的に共有することの重要性です。でもこれ、かなり勇気がいることですよね。


富良野:ええ、特に日本の組織文化では、リーダーは完璧であるべきという期待が強い。不完全な情報を頻繁に発信するなんて、抵抗を感じる人も多いでしょう。


Phrona:でも私、そこに人間らしさを感じるんです。完璧に練り上げられたメッセージより、少し迷いや葛藤が見える発信の方が、共感を呼ぶんじゃないかしら。


富良野:なるほど。著者も「洗練されたメッセージからありのままの声へ」という転換を提案していました。ただ、僕が気になるのは、これが組織の規律や秩序にどう影響するかです。


Phrona:むしろ、リーダーが自分の弱さも含めて見せることで、組織全体がもっと人間的になれるんじゃないかな。失敗を恐れない文化って、そういうところから生まれる気がします。


富良野:確かに、TelstraのCEOの例は印象的でした。ボーナスカットの際に「私も同じように受け取れない」と率直に書き込んだ。これは単なる情報共有を超えて、痛みの共有ですよね。


Phrona:そう! 痛みの共有。それって、とても原始的で、でも最も効果的な信頼構築の方法かもしれません。デジタルツールを使いながら、実はすごくアナログな感情のやり取りをしているんですね。


関与することの重さと軽さ


富良野:さて、3つ目の「関与(Engage)」についてですが、これは傾聴と共有を組み合わせた、より積極的な対話ということですね。


Phrona:ええ、でも最近エンゲージメントって言葉、使われすぎて軽くなってない?本当の関与って、もっと重いものじゃないかしら。


富良野:面白い視点ですね。確かに、形式的な「いいね」やコメントの応酬では、本質的な関与にはならない。著者も、関与の後のフォローアップの重要性を強調していました。


Phrona:そうそう。声を聞いておいて、その後何もしないのが一番よくない。期待を裏切ることになりますから。でも私が思うに、関与って必ずしも解決策を提供することじゃないんです。


富良野:と言うと?


Phrona:時には、ただそこにいて、一緒に悩むことも大切な関与じゃないかな。リーダーだからって、全ての答えを持っている必要はない。むしろ「私も答えを探している」って正直に言える勇気が必要かも。


富良野:なるほど。それは従来のリーダー像とは大きく異なりますね。でも、組織の方向性を示すという責任もある。そのバランスをどう取るか。


Phrona:方向性を示すことと、全ての答えを持つことは違うと思うんです。大きな方向は示しつつ、具体的な道筋は皆で探る。そんなリーダーシップもありじゃないですか?


デジタルツールと人間性の間で


富良野:この本を読んで改めて感じたのは、デジタルツールはあくまで手段だということです。目的は人間同士のつながりを強化すること。


Phrona:でもね、手段って時に目的を変えてしまうこともあるでしょう? ツールに使われるんじゃなくて、ツールを使いこなすって、言うほど簡単じゃない。


富良野:確かに。特に最近は生成AIも登場して、状況はさらに複雑になっています。AIが書いた文章なのか、本人の言葉なのか、境界が曖昧になってきている。


Phrona:そう考えると、この本が書かれた2015年から、また新しい課題が生まれているんですね。でも根本は変わらない気がする。結局は、信頼をどう築くか、という話。


富良野:信頼の基盤は透明性だと著者は言っていました。でも、AIを使っていることを明示するだけで十分でしょうか?


Phrona:私は、AIをどう使うかよりも、なぜ使うかの方が大事だと思います。効率化のためだけじゃなくて、より多くの人の声を聞くため、より深く考えるため。そういう意図が伝われば、信頼は保たれるんじゃないかな。


富良野:なるほど。ツールの使い方に倫理性を持たせるということですね。これは今後のリーダーに必須の視点かもしれません。


サーバントリーダーシップとの違いを考える


Phrona:ところで、この「エンゲージド・リーダーシップ」って、サーバントリーダーシップとはどう違うんでしょう? どちらも従来型の指揮命令とは違いますよね。


富良野:いい質問ですね。僕の理解では、サーバントリーダーシップは「奉仕」が中心で、リーダーは後ろから支える。一方、エンゲージド・リーダーシップは「関与」が中心で、リーダーは前面に立って積極的に発信する。


Phrona:ああ、なるほど。でも私、どちらか一つを選ぶ必要はないと思うんです。状況によって使い分けたり、組み合わせたり。


富良野:その通りですね。デジタルツールで効率的に組織全体とコミュニケーションを取りつつ、個人の成長も丁寧にサポートする。これが理想かもしれません。


Phrona:特に生成AI時代には、両方の視点が必要になりそう。AIで効率化できる部分は効率化して、その分、人間にしかできない深い対話に時間を使う。


富良野:まさに。AIに任せられることと、人間がやるべきことの見極め。これが次世代リーダーの重要なスキルになりそうですね。



ポイント整理


  • デジタル時代のリーダーは「傾聴」「共有」「関与」の3つを戦略的に実践する必要がある

  • 大規模な傾聴は可能になったが、個々の声の温度感を失わないバランスが重要

  • 完璧なメッセージより、不完全でも頻繁で率直な発信が信頼を生む

  • リーダーの脆弱性を見せることが、組織全体の心理的安全性につながる

  • 真の関与とは、必ずしも解決策を提供することではなく、共に悩むことも含まれる

  • デジタルツールはあくまで手段であり、目的は人間同士のつながりの強化

  • 生成AI時代には、AIの活用における透明性と倫理性がより重要になる

  • エンゲージド・リーダーシップとサーバントリーダーシップの融合が理想的


キーワード解説


【エンゲージド・リーダー】

デジタルツールを戦略的に活用し、組織内外と積極的に関わるリーダー


【大規模な傾聴(Listen at Scale)】

SNSや社内プラットフォームを通じて多数の声を同時に聞く手法


【戦略的な共有】

完成度より頻度と率直さを重視した情報発信


【デジタル・エンゲージメント】

オンライン空間での双方向の対話と関係構築


【透明性】

リーダーの考えや判断プロセスをオープンにすること


【心理的安全性】

失敗や弱さを見せても大丈夫だと感じられる組織文化


本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
bottom of page