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「待つ」も戦略のうち──不確実な時代の賢いリーダーシップ

更新日:5 日前

シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:Adam Job et al. ”When Wait and See Is Smart Strategy" (MIT Sloan Management Review、2025年6月23日)


政治不安が世界中のビジネスに影響を与えている今、多くの企業が投資を延期し、プロダクトローンチを先送りし、重要な決断を先延ばしにしています。一見すると、これは優柔不断や機会損失に映るかもしれません。しかし、実は「待つ」ことこそが、複雑で予測困難な状況を乗り切る最も賢明な戦略である場合があるのです。


ビジネスリーダーたちは今、根本的な問いに直面しています。私たちは賢明に待機しているのか、それとも単に漂流しているだけなのか。不確実性の波に揺られながらも、戦略的な判断を下すためには、いつ、どのように「待つ」べきかを理解する必要があります。


今回は、MIT スローン経営大学院の研究者たちが提示した「戦略的待機」の概念を通じて、現代のリーダーシップに求められる新しい視点を探ってみます。彼らの分析は、不確実性に立ち向かうための具体的な方法論を示し、「待つ」ことがいかに積極的で知的な選択となり得るかを明らかにしています。



「待つ」ことの戦略的価値


富良野: Phronaさん、この記事を読んでいて面白いなと思ったのは、「待つ」という行為をれっきとした戦略として位置づけているところなんです。僕らって普段、待つことを消極的な選択だと捉えがちじゃないですか。


Phrona: そうですね。実際、記事を読んでいて印象的だったのは、「待つ」ことの条件がとても具体的に定義されていることなんです。不確実性が一時的であることと、行動することで状況がさらに悪化するリスクがあること。


富良野:ああ、そうですね。これって単純に「様子を見る」のとは全然違う話ですよね。条件が揃った時に限定的に使える、かなり高度な戦略判断だと思います。


Phrona: そうそう。でも記事が指摘しているのは、この「待つ」戦略が機能するには二つの条件があるということですよね。一つは不確実性が一時的であること、もう一つは行動することで状況がさらに悪化するリスクがあること。


富良野:特に二つ目の条件が興味深いですね。「反射的な状況」って表現されてましたけど、こちらが何かアクションを起こすと、相手がそれに反応してさらに複雑な状況になってしまう。キューバ危機の例なんかまさにそれで、アメリカが全面侵攻していたら核戦争につながっていたかもしれない。


Phrona: 今のビジネス環境も、そういう「反射的」な側面がありますよね。企業が政治的な問題に積極的にコミットすると、思わぬ反発を招くことがある。記事ではAmazonが関税の価格への影響を表示しようとしたら、ホワイトハウスから批判されたという例が出てました。


企業にとっての「休眠状態」とは何か


Phrona: でも、企業の「休眠状態」って実際どんなものなんでしょう。動物と違って、会社は完全に止まるわけにはいかないですよね。


富良野:そうですね。記事では「アクティブに離脱する」という表現を使ってます。これって、単に何もしないのではなく、積極的に大きなコミットメントを避けるということなんでしょうね。


Phrona: 意図的で計算された判断ということですね。「今は動かない方がいい」という戦略的な選択。


富良野: そういうことだと思います。実際、記事に出てくる企業の例を見ても、ダウ・ケミカルは新工場の建設を延期し、任天堂は新しいゲーム機の予約販売を先送りしている。これらは完全な停止ではなく、リスクの高い投資判断を先延ばしにしているわけです。


Phrona: 記事では「保持パターン」という表現も使ってましたね。飛行機が空港上空で着陸許可を待ちながら旋回している状態。エネルギーは使っているけれど、前進はしていない。でも、いつでも着陸できる準備は整えている。


富良野:それはいい比喩ですね。ただ、この保持パターンを維持するには、三つの要素が必要だと記事では言ってます。一つ目が今話した「アクティブな離脱」、二つ目が「政治的センシング」、三つ目が「迅速な再エンゲージメントの準備」。


見えないものを「見る」技術


Phrona: 二つ目の「政治的センシング」って、なんだか諜報活動みたいで面白いですね。企業が政治の動きを読み取るって、昔はそこまで重要じゃなかったように思うんですが。


富良野:そうですね。でも今は政治とビジネスの境界がどんどん曖昧になってきている。関税政策一つとっても、企業のサプライチェーン全体に影響するわけですから。記事では、専門チームを作って政策変更や競合他社の動きを追跡することを推奨してますね。


Phrona: ファイザーのCEOが設定した隔週ミーティングの例も興味深かったです。コロナワクチン開発の初期段階で、あらかじめ議題を決めずに、関係者全員が最新情報を共有し合う場を作った。


富良野:あれは「状況室」のようなものですね。情報を一箇所に集約して、迅速な意思決定を可能にする。不確実性が高い時ほど、こういう情報のハブが重要になってくる。


Phrona: 普段は気にしない細かい変化も、危機的状況では重要な手がかりになりますからね。企業も同じで、平時は関心を払わない政治的な動きに、今は神経を研ぎ澄ませている。


富良野: なるほど。そして大事なのは、その「センシング」で得た情報をどう解釈し、いつ行動に移すかの判断ですね。記事では「起床のトリガー」を事前に定義しておくことを推奨してます。


いつ「目を覚ます」べきか


富良野:三つ目の要素、「迅速な再エンゲージメントの準備」というのが、この戦略の肝かもしれませんね。待機状態から一気に活動状態に戻れる仕組みを作っておく。


Phrona: 記事では「動物の休眠と冬眠の違い」という比喩が使われてましたけど、企業の場合はもっと複雑ですよね。いつ動き出すかの判断は、生物的な本能ではなく戦略的な意思決定ですから。


富良野:そうそう。だからこそ、どんな状況になったら「目を覚ます」のかを明確に決めておく必要がある。政策決定、リーダーシップの変化、競合他社の動き。そういう具体的なトリガーを設定して、それに対応するプレイブックまで用意しておく。


Phrona: でも実際のところ、そういうトリガーって設定するのが難しそうですよね。政治って予測不可能だし、競合他社の動きだって読み切れない部分がある。


富良野:それは確かにそうですね。記事では戦争ゲーム的な演習を推奨してます。小さなグループで様々なシナリオをシミュレーションして、どんな状況にどう対応するかを事前に検討しておく。


Phrona: 面白いのは、そういう準備をすること自体が、組織の学習になるということですよね。実際にその状況が来なくても、様々な可能性を想定して議論することで、組織の思考力が鍛えられる。


待つことの限界と例外


Phrona: ただ、この「戦略的待機」が適用できない場面もあるんですよね。記事では三つの例外的状況を挙げてました。


富良野:そうですね。一つ目は、独自の政策洞察を持っていたり、政策決定者に影響を与えられる企業。ファイザーのワクチン開発がその例で、規制当局と協力して承認プロセスを迅速化できた。


Phrona: 二つ目は存亡の危機に直面している企業。記事ではMGAエンターテインメントという米国最大の玩具メーカーが、145%の関税で売上が30-40%減少すると予測していた例が出てましたね。


富良野:こういう場合は、待っている余裕なんてない。すぐに裁量的支出を凍結したり、事業の売却や撤退を検討したりする必要がある。


Phrona: そして三つ目が、長期間にわたって不確実性が続く状況。自動車業界の例が興味深かったです。米中貿易摩擦、電気自動車政策の変更、充電インフラの整備状況など、複数の要因が同時に変化している。


富良野:そういう「多数の未来」が考えられる状況では、単純に待つのではなく、様々な可能性に対応できるオプションを作っておく必要がある。記事では、どこでも組み立て可能なモジュラー式の車両プラットフォームや、消費者が状況に応じて車を切り替えられるサブスクリプションサービスなんかが例として挙げられてましたね。


Phrona: NVIDIAのGeForce Nowサービスも面白い例でした。ゲーマーがオンデマンドでグラフィックカードにアクセスできるサービスを作って、将来ハードウェア販売が主流でなくなる可能性に備えている。


現代リーダーシップへの示唆


富良野:結局のところ、現代のリーダーシップには「不行動の勇気」が必要だということかもしれませんね。


Phrona: それは適切な表現ですね。「不行動の勇気」。でも確かに、何かをすることより、何もしないことの方が難しい場合ってありますよね。株主や従業員からは「なぜ動かないのか」と問われるし、競合他社が動いていると焦りも生まれる。


富良野:だからこそ記事では、社内コミュニケーション戦略の重要性を強調してるんでしょうね。再評価や遅延を「企業の規律」や「冷静さ」として位置づけて、優柔不断に見えないようにフレーミングする。


Phrona: でも私が気になるのは、この戦略って結構特権的だということなんです。待つ余裕があるのは、ある程度資本に余裕がある企業だけかもしれない。スタートアップや中小企業は、待っている間にキャッシュが尽きてしまう可能性がある。


富良野:それは重要な指摘ですね。記事の視点は確かに大企業寄りかもしれません。ただ、規模に関係なく応用できる部分もあると思うんです。例えば、どんな企業でも「後戻りできない決断」と「柔軟性を保てる決断」を区別することはできるでしょう。


Phrona: そうですね。それに、「センシング」の部分は規模に関係なく重要ですよね。むしろ小さな企業の方が、環境変化に敏感でなければならないかもしれない。


富良野:この記事が提示しているのは、不確実性との新しい付き合い方なんだと思います。不確実性を排除しようとするのではなく、それと共存しながら適切なタイミングで行動する。そのための方法論として「戦略的待機」がある。




ポイント整理


  • 戦略的待機が有効な条件

    • 不確実性が一時的である場合

    • 行動することで状況がさらに悪化するリスクがある「反射的」な状況

    • 政治的不確実性が人為的で可逆的である現在の環境

  • 戦略的待機の三要素

    • アクティブな離脱:大きなコミットメントを意図的に避け、リスクの高い決断を先延ばしにする

    • 政治的センシング:専門チームによる継続的な情報収集と状況室の設置

    • 迅速な再エンゲージメントの準備:起床トリガーの設定とプレイブックの作成

  • 戦略的待機が適用できない例外的状況

    • 独自の政策洞察や影響力を持つ企業

    • 存亡の危機に直面している企業

    • 長期間の不確実性に直面し「多数の未来」への対応が必要な企業

  • 現代リーダーシップへの示唆

    • 「不行動の勇気」の重要性

    • 不確実性を排除するのではなく共存する姿勢

    • 規律ある判断と柔軟性のバランス



キーワード解説


戦略的待機(Strategic Wait-and-See)】

単純な先延ばしではなく、積極的に大きなコミットメントを避けながら状況を観察し、適切なタイミングでの行動に備える戦略


【反射的状況(Reflexive Context)】

一方の行動が相手の反応を誘発し、さらなる不確実性や負の結果を招く可能性がある状況


【政治的センシング(Political Sensemaking)】

政策変更、競合他社の動き、公的センチメントを継続的に追跡・分析する組織能力


【アクティブな離脱(Active Disengagement)】

完全な活動停止ではなく、リスクの高い決断や政治的反発を招く可能性のある行動を意図的に避けること


【起床トリガー(Wake-up Triggers)】

戦略的待機状態から積極的な行動に移るべきタイミングを示す事前定義された条件や出来事


【保持パターン(Holding Pattern)】

航空機が着陸許可待ちで旋回するように、エネルギーを最小限に抑えながら次の行動機会を待つ状態


【多数の未来(Many Futures)】

複数の不確実要因が同時に変化し、様々な可能性のある将来シナリオが考えられる状況



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
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