「深い不確実性」の中で、どんな未来が来ても破綻しない戦略を作る──「頑健な意思決定」の手法
- Seo Seungchul
- 6 日前
- 読了時間: 11分

シリーズ: 論文渉猟
◆今回の論文: Alexis Rutschmann et al. "Robust Conservation Planning for Biodiversity Under Climate Change Uncertainty" (Golbal Change Biology, 2025年6月)
概要:気候変動による不確実性を前提とした生物多様性保全計画へのRDM適用事例
気候変動、パンデミック、技術革新、政治的変動。私たちの未来は、これまでにないほど予測困難になっています。従来の「最も可能性の高い未来を予測して、それに備える」というアプローチは、もはや限界を迎えているのかもしれません。
今回は、生物多様性保全の文脈でRDM(Robust Decision Making)を活用した最新研究を題材に、この革新的な意思決定手法について考えてみます。RDMは2003年にRAND研究所のロバート・レンパートらによって体系化された手法で、「予測の精度を上げる」ことではなく、「どんな未来が来ても破綻しない戦略を作る」ことに焦点を当てています。
富良野とPhronaが、生物多様性保全への応用例を入り口に、このアプローチが持つ深い意味について、お茶を飲みながら語り合います。二人の視点の違いから、不確実性と共に生きる新しい知恵が浮かび上がってくるはずです。
正確性から堅牢性へ
富良野:Phronaさん、この論文読まれました? RDMっていう手法、なかなか面白いですよね。
Phrona:ええ、読みました。最初は生物多様性の話かと思ったんですけど、読み進めるうちに、これってもっと大きな話なんだなって。
富良野:そうなんですよ。RDMって元々は冷戦期の国防計画で開発されたらしいです。敵の意図や技術発展を予測できない中で、どうやって防衛戦略を立てるかっていう。
Phrona:なるほど、それで「最も起こりそうな未来」に賭けるんじゃなくて、どんな未来でも最低限うまくいく方法を探すということなんですね。
富良野:予測精度を上げるというアプローチの限界が来つつあるのが現代なんでしょうね。気候変動もそうだし、技術革新のスピードも、国際情勢も。
Phrona:論文でいう「深い不確実性」が濃く立ち込めた状況ですよね。普通の不確実性なら確率で扱えるけど、深い不確実性は確率分布すら決められない。
富良野:ええ、しかも関係者によって世界の見方が違うから、モデル自体について合意が得られない。
Phrona:この概念すごく現代的だと思うんです。昔は専門家が正しいモデルを作れば済んだけど、今はそもそも何が正しいかさえ分からない。
富良野:だから単純な予測に頼れないんですよね。どんなモデルを使うかで結果が変わってしまう。
Phrona:そう考えると、堅牢な意思決定っていうアプローチは必然なのかも。英語でrobustnessって言葉、なんか無骨で力強い感じがして好きです。
失敗から学ぶ設計思想
富良野:論文の中で特に興味深かったのは、脆弱性分析っていう手法です。要は、どういう条件で戦略が失敗するかを先に洗い出すんですよ。
Phrona:逆転の発想ですよね。普通は成功条件を考えるのに、失敗条件から考える。
富良野:ビジネスでもよく使われる手法ですけどね。プレモーテムとか言って、プロジェクトが失敗した未来を想像して、その原因を先に潰していく。
Phrona:あー、なるほど。でもRDMの場合は、もっと系統的にやるんですよね? 数百のシナリオで。
富良野:そうです。例えば水資源の計画だったら、高温で雨が少ない未来、逆に洪水が頻発する未来、人口が激増する未来、経済が停滞する未来。全部シミュレーションして。
Phrona:それで、どのパターンで失敗するかを見つけ出す。私、これって人生設計にも使えそうだなって思いました。
富良野:お、どうやって?
Phrona:だって、私たちも将来のキャリアとか老後とか考えるとき、なんとなく今の延長線で考えちゃうじゃないですか。でも本当は、病気になるかもしれないし、業界自体がなくなるかもしれない。
富良野:確かに。僕らコンサルタントなんて、AIに仕事奪われる筆頭候補ですからね(笑)
柔軟性という武器
Phrona:私が一番興味深いと思ったのは、適応型経路っていう考え方でした。最初から完璧な計画を作るんじゃなくて、状況に応じて切り替えていく。
富良野:Adaptive Pathwaysですね。オランダの治水計画なんかで実際に使われてるらしいですよ。海面上昇が何センチになったら次の対策に移行する、みたいな。
Phrona:それって、ある意味で謙虚さの表れだと思うんです。自分たちが未来を完全に見通せないことを認めた上で、それでも前に進む方法。
富良野:謙虚さ、ですか。なるほど、そういう見方もありますね。
Phrona:だって、今までの計画って、立てた時点で自分たちが正しいって前提じゃないですか。でもAdaptive Pathwaysは、間違ってるかもしれないけど、間違いに気づいたら修正できるようにしておくっていう。
富良野:確かに。転換ポイントをあらかじめ設定しておくのがミソですよね。感情的にならずに、客観的な指標で次の手を打てる。
Phrona:人間関係でもそうかもしれません。この人とうまくいかなくなったらこうしよう、じゃなくて、こういう兆候が見えたら関係性を見直そう、みたいな。
富良野:それは... ちょっとドライすぎません?(笑)
Phrona:そうですね(笑) でも、完全にドライじゃないところがRDMの面白さだと思うんです。
価値観との対話
富良野:そう、論文でも強調されてたのが、ステークホルダーとの対話ですよね。技術的に最適な解を押し付けるんじゃなくて。
Phrona:私、これすごく大事だと思います。だって、何をもって成功とするか、どこまでのリスクなら受け入れられるか、それって価値観の問題ですもん。
富良野:生物多様性の保全でも、ある種を守ることと地域の経済活動、どっちを優先するかは簡単には決められない。
Phrona:そうそう。だからRDMでは、分析の各段階で関係者を巻き込むんですよね。許容できる失敗の範囲とか、転換ポイントの設定とか。
富良野:民主的っていうか、参加型っていうか。単なる専門家の独断じゃない。
Phrona:でも、それって時間もかかるし、面倒くさそうですよね。効率性を求める現代社会と相性悪そう。
富良野:そこなんですよ。RDMって、ある意味で効率性を捨ててるんです。最適解を求めるんじゃなくて、まあまあの解をたくさんの未来で実現する。
Phrona:効率性より持続性、スピードより堅牢性。なんか時代に逆行してるようで、実は最先端なのかも。
不確実性と共に生きる
富良野:この手法、もっと他の分野にも応用できそうですよね。元々は安全保障で、論文では生物多様性でしたけど。
Phrona:ええ、都市計画とか、エネルギー政策とか、防災とか。不確実性が高い分野なら何でも。
富良野:ビジネスでも使えそうです。新製品開発とか、市場参入戦略とか。
Phrona:個人の人生設計にも、さっき言ったように。でも、なんでもかんでもRDMで考えると疲れそうですね。
富良野:そうですね。すべてをコントロールしようとすると、かえって窮屈になる。
Phrona:私思うんですけど、RDMの本質って、不確実性を敵視しないことなんじゃないかな。
富良野:というと?
Phrona:今までは不確実性を減らそう、予測精度を上げようってやってきた。でもRDMは、不確実性はあるものとして、それと共存する方法を考える。
富良野:なるほど。不確実性との付き合い方を変える、と。
Phrona:そう考えると、これって西洋的な思考から東洋的な思考への転換みたいにも見えません? コントロールから受容へ、みたいな。
富良野:面白い視点ですね。確かに、完全にコントロールしようとするんじゃなくて、流れに身を任せながらも沈まない方法を考える。
Phrona:禅問答みたいになってきましたけど(笑)
これからの意思決定
富良野:でも真面目な話、これからの時代、RDM的な思考はますます重要になりそうです。
Phrona:そうですね。AIとか、遺伝子工学とか、どんな未来が来るか本当にわからない。
富良野:政治も経済も、これまでの常識が通用しなくなってきてる。
Phrona:だからこそ、特定の未来に賭けるんじゃなくて、どんな未来でもそれなりにやっていける準備をする。
富良野:ただ、一つ気になるのは、みんながRDM的に行動したら、社会全体が保守的になりすぎないかってことです。
Phrona:あー、確かに。イノベーションって、ある意味で特定の未来に賭ける行為ですもんね。
富良野:そのバランスが難しい。守るべきものは堅牢に、変えるべきものは大胆に。
Phrona:結局、RDMも万能じゃないってことですね。道具の一つとして、適材適所で使う。
富良野:そういえば、論文の最後にも書いてありましたね。RDMは他の手法と組み合わせて使うべきだって。
Phrona:謙虚さがここにも表れてる。自分たちの手法も絶対じゃないって認めてる。
富良野:メタレベルでRDM的というか(笑)
Phrona:でも、そういう柔軟さこそが、不確実な時代を生き抜く知恵なのかもしれませんね。
民主的熟議への応用可能性
富良野:そういえば、RDMって個人や組織の意思決定だけじゃなくて、社会全体の意思決定にも使えそうですよね。
Phrona:あ、それ面白い視点ですね。今の民主主義って、基本的に一つの政策に賛成か反対かを問うじゃないですか。
富良野:そうなんです。でもRDM的に考えると、条件付きの政策セットを提示して、どの条件でどう切り替えるかを含めて議論すべきなんじゃないかと。
Phrona:適応型経路を政策形成に組み込むってことですね。例えば炭素税だったら、経済状況がこうなったら税率を変える、技術革新がここまで進んだら別の手段に切り替える、みたいな。
富良野:まさに。それで思いついたんですけど、熟議プラットフォームにRDMを組み込むことってできそうじゃないですか?
Phrona:熟議プラットフォーム?
富良野:オンラインで市民が政策について議論する場です。例えば、各ユーザーが自分にとって重要な成果指標を設定できるようにして。
Phrona:ああ、なるほど。所得格差の縮小を重視する人もいれば、環境保護を最優先する人もいる。
富良野:そうです。で、AIがその個人の価値観に基づいてRDM分析を走らせて、各政策オプションがどれくらい堅牢かを評価する。
Phrona:面白い! つまり、この政策はあなたの価値観だとこういうシナリオで脆弱ですよ、って個別に見せてくれるわけですね。
富良野:ええ。自分の価値観と政策の相性を、不確実性も含めて理解した上で意見表明できる。
Phrona:それって、投票の質が変わりますよね。感情的な好き嫌いじゃなくて、自分にとっての意味を理解した上での選択になる。
富良野:しかも、みんなの評価を集計すれば、この政策は全体の何パーセントの人にとって堅牢か、どういう価値観の人にとって脆弱か、が見えてくる。
Phrona:価値観の違いを前提にした上で、それぞれにとっての意味を可視化する。
富良野:そうなんです。単なる多数決じゃなくて、価値の多様性を保ちながら、みんなにとってそこそこうまくいく解を探せる。
Phrona:私、これすごく大事だと思います。今の社会って、違う価値観の人を説得しようとして疲れちゃうじゃないですか。でもRDM的アプローチなら、違いは違いとして認めた上で、共存できる道を探れる。
富良野:技術的にはもう実現可能でしょうね。RDMのアルゴリズムも、AIも、熟議プラットフォームも既にある。
Phrona:あとは、それを使いこなす市民の側の準備ですかね。不確実性を受け入れて、条件付きで考えるって、慣れが必要かも。
富良野:でも、考えてみれば日常生活ではみんなやってることですよ。天気が悪かったら傘を持つ、みたいな。
Phrona:確かに! 政策になると急に白黒つけたがるのが不思議ですよね。
富良野:RDMを通じて、政治も生活と同じように、不確実性と付き合いながら柔軟に考えられるようになるといいですね。
Phrona:そうなったら、民主主義ももっと、しなやかで強いものになるかもしれません。
ポイント整理
RDM(Robust Decision Making)は、2003年にRAND研究所のレンパートらが体系化した、深い不確実性下での意思決定手法である
従来の予測精度向上アプローチではなく、多様な未来シナリオに対する堅牢性を重視する
脆弱性分析により、戦略が失敗する条件を事前に特定し、リスク要因の構造を可視化する
適応型経路(Adaptive Pathways)により、状況変化に応じて柔軟に戦略を転換できる設計を行う
ステークホルダーとの対話を重視し、価値観や許容可能なリスクレベルを意思決定に組み込む
生物多様性保全への応用を通じて、都市計画、エネルギー政策、防災、ビジネス戦略など幅広い分野への展開可能性が示されている
不確実性を排除するのではなく、不確実性との共存を前提とした新しい思考様式を提示している
キーワード解説
【Robust Decision Making (RDM)】
RAND研究所が開発した深い不確実性下での意思決定手法
【深い不確実性】
モデルや確率分布について合意が得られない状況
【XLRM マトリクス】
不確実性(X)、戦略(L)、関係性(R)、指標(M)を整理する枠組み
【シナリオ発見】
意思決定に影響を与える将来の可能性を特定するプロセス
【脆弱性分析】
戦略が失敗する条件とその構造を明らかにする分析
【堅牢性指標】
多様なシナリオでの戦略の成功度を測る定量的指標
【適応型経路】
状況変化に応じて段階的に戦略を変更する柔軟な計画
【転換ポイント】
戦略を切り替えるための事前設定された条件や閾値
【満足化】
最適化ではなく、許容可能な成果を重視する意思決定基準