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「聞く」ことから始まるビジネスの再発見──ASKメソッドが示す顧客理解の新地平

更新日:7月1日

 シリーズ: 書架逍遥



  • 概要:顧客に直接質問することで真のニーズを発見し、ビジネスを成長させる「ASKメソッド」を提唱したマーケティング指南書。


「お客様は何を求めているのか?」この問いは、すべてのビジネスパーソンが直面する永遠のテーマです。多くの起業家が自信満々に商品を作っても、実際には顧客のニーズとズレていて売れない。そんな悩みを抱える人は少なくありません。


今回は、Ryan Levesqueの『Ask』という本を題材に、顧客理解の新しいアプローチについて考察します。「ASKメソッド」と呼ばれるこの手法は、シンプルな発想ながら従来のマーケティングの常識を覆す可能性を秘めています。しかし同時に、その有効性や限界についても冷静に見極める必要があるでしょう。


富良野とPhronaが、それぞれの視点からこの手法の本質に迫ります。二人の対話を通じて、「聞く」という行為の奥深さと、現代ビジネスにおけるコミュニケーションの可能性が浮かび上がってきます。



なぜ「聞く」ことがそんなに難しいのか


富良野:この『Ask』という本の「顧客に聞け」というメッセージは、シンプルと言えばシンプルですよね。


Phrona:そうですね、私も最初は「聞くなんて当たり前じゃない?」って思ったんです。でも読み進めていくと、実は私たちって本当の意味で人に聞くことをしていないんだなって。特に印象的だったのは、ヘンリー・フォードの「もし人々に何が欲しいか聞いていたら『もっと速い馬』と答えただろう」という引用です。


富良野:ああ、有名な話ですよね。人は自分が本当に欲しいものを言葉にできないってことですよね。でも、それって「聞いても無駄」ってことになりがちじゃないですか?


Phrona:いえいえ、そこが面白いところで。著者は「何が欲しいか」を直接聞くんじゃなくて、「何に困っているか」「過去にどんな経験をしたか」を聞けって言うんです。望まないことの方が答えやすいって。


富良野:なるほど、ネガティブな経験の方が具体的に語れるってことか。確かに僕も「理想の仕事は?」って聞かれるより「今の仕事の何が嫌?」って聞かれた方が、スラスラ答えられるかも(笑)


Phrona:でしょう?人間って不思議なもので、幸せな瞬間より辛い記憶の方が鮮明に覚えてるんですよね。それに、困っていることを話すときって、感情も一緒に出てくるから、その人の本音に近づけるんじゃないかな。


著者の個人的な物語が示すもの


富良野:それにしても、この本の構成が独特ですよね。前半が著者の個人的なストーリーで、スクラブルタイルのアクセサリーから始まって、蘭の栽培、そして糖尿病で死にかけた話まで。正直、マーケティング本でここまで個人的な話を読むとは思わなかった。


Phrona:私、その部分すごく大事だと思うんです。だって、彼自身が「推測で失敗した」経験があるからこそ、このメソッドに説得力が生まれるわけで。特に病気のエピソードは胸に迫りました。「いつかやろうと思っていたことを先延ばしにしてはいけない」って。


富良野:確かに、単なる成功談じゃないところがいいですね。でも制度設計の観点から見ると、個人の体験がどこまで一般化できるかは慎重に考える必要があります。彼の23の市場での成功は素晴らしいけど、それがすべての市場で通用するかは別問題ですよね。


Phrona:そう、そこなんですよ!でも著者も正直で、高額商品や専門的な市場では効果的だけど、日用品みたいなマスマーケットでは限界があるって認めてますよね。


富良野:その謙虚さは評価できますね。万能薬じゃないってことを明確にしている。むしろ、どういう条件下で機能するかを考察する方が建設的かもしれません。


セグメント化の功罪


Phrona:ASKメソッドの中核って、結局「セグメント化」にあると思うんです。マイクロコミットメント調査で人々を3〜5つのグループに分けて、それぞれに最適化したメッセージを送る。でも私、ちょっと気になることがあって。


富良野:何が気になるんですか?


Phrona:人間をカテゴリーに押し込めることの危うさというか。「あなたは〇〇タイプです」って診断されると、確かに「当たってる!」って思うかもしれないけど、同時に可能性を狭めているような気もして。


富良野:ああ、それは重要な指摘ですね。経済学でも「ナッジ」の議論で似たような懸念があります。人々の選択を誘導することと、自由意志を尊重することのバランスをどう取るか。


Phrona:そうそう!しかも、セグメント化って結局、企業側の都合で作られた枠組みじゃないですか。本当は一人ひとりがもっと複雑で、揺らいでいて、昨日と今日で違うかもしれないのに。


富良野:でも現実問題として、完全なパーソナライゼーションは不可能ですよね。コストも時間も無限じゃない。だから3〜5つという現実的な数に落ち着くんでしょう。これは効率性と個別性のトレードオフの問題です。


Phrona:確かにそうなんですけど、せめてその枠組みが固定的じゃないといいなって思うんです。人は成長するし、変化するし。今日の「初心者」が明日もずっと初心者じゃないですよね。


フィードバックループの本質


富良野:その点で言えば、ASKメソッドの最後のステップ「Pivot(転換)」は興味深いですね。「Do You Hate Me調査」なんて、なかなか勇気がいるアプローチです。


Phrona:あれ、すごいネーミングですよね(笑)。でも「私のこと嫌い?」って聞かれたら、逆に「いや、そんなことないよ、実は…」って本音を言いやすくなる心理はわかります。


富良野:これは継続的な改善メカニズムとして優れていますと思います。PDCAサイクルみたいなもので、顧客の声を聞いて、修正して、また聞いて。この循環が機能すれば、確かに強力なビジネスモデルになりそうです。


Phrona:でも、ずっと聞かれ続けるのも疲れません?私だったら「また聞いてくるの?」ってなりそう。人間関係でも、相手の顔色ばかり伺っている人って、かえって信頼できないような。


富良野:なるほど、過度な依存は逆効果になりうると。確かに、すべてを顧客に聞いて決めるのは、リーダーシップの放棄とも言えますね。ビジョンを持つことと、顧客の声を聞くことのバランスが大事なのかも。


Phrona:そう!結局、「聞く」って行為自体が目的化しちゃうと本末転倒なんですよね。本当の目的は、相手を理解して、より良い関係を築くことのはずなのに。


現代におけるコミュニケーションの意味


富良野:この本を読んで改めて思ったんですが、現代のビジネスって、いかに効率的にコミュニケーションを取るかが勝負になってますよね。ASKメソッドも、ある意味でコミュニケーションの効率化ツールと言えるかもしれない。


Phrona:効率化、ですか。うーん、でも本当のコミュニケーションって効率化できるものなのかな。相手の話をじっくり聞いて、沈黙も含めて受け止めて、そういう非効率な時間の中から何かが生まれることもあるような。


富良野:確かに、データ分析とセグメント化だけでは掬い取れないものがありますね。でも一方で、規模を拡大しようと思ったら、ある程度のシステム化は避けられない。これもまたトレードオフの問題です。


Phrona:私が感じるのは、ASKメソッドって「聞いているふり」をするための技術になりかねない危険性があるってことです。アンケートを取って、分析して、最適化して。でも、その過程で生身の人間が見えなくなっていないか心配で。


富良野:その懸念はもっともです。ただ、何もしないよりは、不完全でも聞こうとする姿勢の方が価値があるとも言えませんか?少なくとも、独りよがりな商品開発よりはマシでしょう。


Phrona:そうですね。完璧を求めて何もしないより、不完全でも一歩踏み出す勇気は大事かも。著者も最後に「完璧でなくても動き出すことが大事」って言ってましたし。


「聞く」ことの先にあるもの


富良野:結局、ASKメソッドが示しているのは、ビジネスにおける関係性の重要性なのかもしれませんね。売り手と買い手という二項対立じゃなくて、対話を通じて価値を共創していく関係。


Phrona:ええ、でもその関係性って、本当は数値化できないものなんじゃないかって思うんです。信頼とか、共感とか、そういう目に見えないものが実は一番大切で。


富良野:僕は制度設計において、その目に見えないものをいかに可視化し、再現可能にするかが重要だと考えています。ASKメソッドはその一つの試みとして評価できます。完璧じゃないけれど、方向性は間違っていない。


Phrona:私は逆に、可視化できない部分を大切にしたいな。顧客の声を聞くことは大事だけど、その声の背後にある沈黙や、言葉にならない想いにも耳を傾ける。そういう余白がないと、人間らしいビジネスにはならない気がして。


富良野:面白いですね。効率性を追求しながらも人間性を失わない。そのバランスを取ることが、現代のビジネスパーソンに求められているスキルなのかもしれません。


Phrona:ええ、そして「聞く」ということは、相手を一人の人間として尊重する第一歩。ASKメソッドをきっかけに、もっと深い意味での「聞く力」について考えてみるのもいいかもしれませんね。



ポイント整理


  • ASKメソッドの核心は「顧客に直接聞く」というシンプルな発想だが、「何が欲しいか」ではなく「何に困っているか」を聞くという逆転の発想が鍵となる

  • 著者自身の失敗経験と生死を彷徨った体験が、メソッドに説得力と人間味を与えている

  • 6つのステップ(準備・説得・セグメント化・処方・利益化・転換)による体系的アプローチが、再現可能性を高めている

    • 準備(Prepare):ディープダイブ・サーベイで顧客の生の声を収集し、本音のデータを集める基礎段階

    • 説得(Persuade):自己発見型ランディングページで見込み客の興味を引き、アンケートへの参加を促す段階

    • セグメント化(Segment):マイクロコミットメント調査により顧客を3〜5つのタイプに分類する段階

    • 処方(Prescribe):アンケート結果に基づき、各セグメントに最適化した商品提案を行う段階

    • 利益化(Profit):アップセル・シーケンスにより顧客単価を最大化する段階

    • 転換(Pivot):購入に至らなかった顧客へのフォローアップで別のニーズを探る段階

  • セグメント化による効率性と、個人の複雑性を尊重することのバランスが課題

  • 継続的なフィードバックループにより、顧客との関係を深化させることができる

  • 適用範囲には限界があり、専門市場や高額商品では有効だが、マスマーケットでは効果が限定的

  • 「聞く」という行為を通じて、ビジネスにおける真の関係性構築を目指すことが重要


キーワード解説


【ASKメソッド】

顧客への体系的な質問を通じて真のニーズを発見するマーケティング手法


【ディープダイブ・サーベイ】

自由回答形式で顧客の本音を深掘りする調査手法


【マイクロコミットメント】

小さな質問を積み重ねて心理的抵抗を下げる手法


【セグメント化】

顧客を3〜5つのグループに分類し、それぞれに最適化したアプローチを行う


【フィードバックループ】

顧客の声を継続的に収集し、改善に活かす仕組み


【Pivot(転換)】

興味のない顧客に対して別の切り口でアプローチする手法


本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
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