top of page

「自動化」と「人間主導性」を巡る現場からの声──働く人たちがAIエージェントに求める本当のこと

更新日:6月29日

シリーズ: 論文渉猟


  • 発表機関: スタンフォード大学

  • 調査期間: 2025年1月〜5月

  • 調査規模: 労働者1,500人、AI専門家52人、104職種844タスクを対象


AIエージェントという新しい技術が注目を集めています。単なるチャットボットを超えて、複雑な作業を自律的にこなすこれらのシステムが、職場にどのような変化をもたらすのか。そして何より、実際に働く人たちは、こうした技術をどう受け止めているのでしょうか。


スタンフォード大学の研究チームが2025年初頭に発表した大規模調査は、こうした疑問に答える貴重な手がかりを与えてくれます。1,500人の現場労働者と52人のAI専門家を対象とした彼らの研究は、働く人々の声をていねいに拾い上げ、技術の可能性とのギャップを明らかにしました。富良野とPhronaの対話を通じて、この調査が示す未来の働き方の姿を探ってみましょう。



富良野: この調査、興味深いですね。労働者の46%がAIエージェントによる自動化に前向きだったという結果は、ちょっと意外でした。一般的には、AIが仕事を奪うという不安の方が先行しそうなものですが。


Phrona: そうですね。でも、調査をよく見ると、自動化を望む理由が「高価値な仕事に時間を使えるから」というのが一番多いんです。つまり、AIに仕事を奪われるというより、AIに任せたくない仕事があるという感覚なのかもしれません。


富良野:なるほど。単純な代替関係ではなく、役割分担の話なんですね。この研究では「ヒューマン・エージェンシー・スケール」という5段階の指標を導入してますが、これが面白い視点を提供している気がします。


Phrona: H1からH5までの段階分けですね。H1が「AIが完全に自律」、H5が「人間の継続的関与が必要」。興味深いのは、労働者の多くがH3、つまり「AIと人間の対等なパートナーシップ」を望んでいることです。


富良野: 45%の職種でH3が主流派になってる。これは単なる効率化の話を超えて、働くことの意味そのものに関わってきますね。ただ、専門家の評価と労働者の希望にはギャップがあるようで、労働者の方がより高いレベルの人間関与を求めている。


Phrona: そのギャップが興味深いんです。専門家は技術的可能性を見て「H1でも大丈夫」と判断するけれど、実際にその仕事をしている人は「いや、そんなに簡単じゃない」と感じている。この感覚の違いって、技術と現実の間にある見えない壁を表している気がします。


富良野: しかも、この調査では「欲求-能力マップ」という面白い分析をしてますね。労働者の自動化欲求とAIの技術的能力を軸にして、4つのゾーンに分けている。「グリーンライト」「レッドライト」「R&D機会」「低優先度」。


Phrona: そのマップで見ると、現在のスタートアップ投資の41%が「低優先度」と「レッドライト」ゾーンに集中してるんですよね。つまり、労働者が望んでいない、または能力的にまだ難しい領域に資金が流れている。


富良野: 市場の論理と現場のニーズが必ずしも一致してないということですね。投資家は技術的なわかりやすさや収益性を重視するけれど、実際に働く人たちが求めているのは別のところにある、と。


Phrona: 特に「アート・デザイン・メディア」分野では、自動化に前向きなタスクが17%しかないんです。音声インタビューでは「AIに創作をさせたくない」「ワークフローの効率化には使いたいけど、コンテンツ制作は自分でやりたい」という声が多く聞かれたそうです。


富良野: 創造性の話になると、単なる効率の問題じゃなくなりますからね。でも一方で、この調査が示すスキルの変化予測も興味深い。情報処理系のスキルの重要度が下がって、対人関係や組織運営のスキルが重要になってくるという。


Phrona: そうなんです。従来高賃金だった「データ分析」や「知識の更新」といったスキルが、AIによって人間の関与度が低くなる一方で、「対人コミュニケーション」や「組織運営」といったスキルの価値が相対的に高まっている。


富良野: ただ、これって単純に「人間らしいスキルが残る」という話じゃないような気もします。むしろ、AIとの協働において、人間に求められる役割が変化しているという見方もできそうです。


Phrona: そうですね。音声インタビューでは、23%の人が「役割ベースのAIサポート」を望んでいて、もう23%が「アシスタントとしてのAI」を期待している。つまり、AIを道具として使うというより、なんらかの関係性を築こうとしている感じがします。


富良野:その関係性の作り方が、今後の働き方を左右しそうですね。ただ、この調査にも限界があって、O*NETデータベースという既存の職業分類に基づいているから、AIの導入で新しく生まれるタスクは捉えきれていない。


Phrona: それに、労働者の回答がどこまで正確かという問題もありますよね。AIの能力について十分な知識がない状態での評価だから、バイアスがかかっている可能性もある。でも、だからこそ「労働者中心のアプローチ」って大切なのかもしれません。


富良野: 技術の専門家だけでなく、実際にその仕事をしている人の声を聞くことで、見えてくるものがある。この調査の価値は、そうした多角的な視点を提供してくれることかもしれませんね。


Phrona: 最終的には、AIの導入が「人間の働く意味」をどう変えるかという話になってくる気がします。効率化や生産性向上だけでなく、働くことの充実感や創造性をどう保っていくか。この調査は、そうした問いを考える出発点を与えてくれているのかもしれません。



ポイント整理


  • 労働者の46%がAI自動化に前向きな態度

    • 主な理由は「高価値な仕事に時間を使えるため」で、単純な雇用代替ではなく役割分担の観点

  • ヒューマン・エージェンシー・スケール

    • 人間の関与度を5段階(H1-H5)で評価する新しい指標で、45%の職種でH3(対等なパートナーシップ)が主流

  • 欲求-能力ギャップの可視化

    • 労働者のニーズとAI技術能力のマッピングにより、投資の41%が「低優先度」や「レッドライト」ゾーンに集中している現状が判明

  • スキル需要の変化予測

    • 情報処理系スキルの重要度低下と、対人関係・組織運営スキルの相対的価値向上

  • 創造的職種の抵抗

    • アート・デザイン・メディア分野では自動化への前向き度が17%と低く、創作活動の人間性重視が顕著

  • 労働者中心のアプローチの重要性

    • 技術専門家の評価と現場労働者の希望にギャップがあり、実際の利用者の声を聞くことの価値


キーワード解説


【AIエージェント】

チャットボットを超えて、複数のツールを使い複雑な作業を自律的に行うAIシステム


【ヒューマン・エージェンシー・スケール(HAS)】

 作業における人間の関与度をH1(完全自動)からH5(継続的人間関与必要)で評価する指標


【欲求-能力マップ】

 労働者の自動化欲求とAI技術能力を軸にしたタスク分類フレームワーク


【WORKBankデータベース】

 104職種844タスクに対する労働者・専門家双方の評価を収録した初の大規模データベース


【オーグメンテーション】

 AIが人間の能力を補完・拡張する協働モデル(自動化による代替と対比される概念)


【O*NETデータベース】

 米国労働省が管理する職業情報データベース、今回の調査の基礎データソース


本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
bottom of page