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スーパーの電子プライスタグが「ぼったくり」にならない意外な理由

更新日:10月27日

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シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:Ioannis Stamatopoulos et al. "Surge Pricing in Aisle Five?" (Kellogg Insight, 2025年8月1日)

  • 概要:アメリカの大手スーパーマーケットが電子プライスタグを導入したことで、サージプライシングへの懸念が高まったが、実際の取引データ(5年間、約4億件)を分析した結果、価格の急激な変動は導入前後でほぼ変化がないことが判明。スーパーマーケット業界の構造的特徴とビジネス戦略が、技術的には可能でも実質的にサージプライシングを抑制していることを示した研究。



Uberのサージプライシング(需要に応じた価格変動システム)が話題になって以来、私たちは「価格は需要によって上がるもの」だと感じるようになりました。そんな中、アメリカの大手スーパーが電子プライスタグの導入を発表すると、消費者や政策立案者の間で「スーパーでもサージプライシングが始まるのでは?」という懸念が広がったのです。


しかし、実際にはどうなのでしょうか。ケロッグ経営大学院の研究チームが5年間にわたって数億件の取引データを分析した結果、意外な真実が見えてきました。電子プライスタグを導入したスーパーでも、価格の急激な変動はほぼ起きていなかったのです。


これは一体なぜなのでしょうか。富良野とPhronaの対話を通じて、スーパーマーケットの価格戦略と消費者心理の複雑な関係、そして技術革新が必ずしも私たちが恐れるような結果をもたらすとは限らない理由を探っていきます。読み終える頃には、価格設定という身近な経済活動の奥深さと、ビジネスの長期的視点の重要性について、新しい洞察を得られるはずです。

 



スーパーが「ぼったくり」をしない構造的な理由


富良野:Uberのサージプライシングって、あれは最初びっくりしましたよね。雪の日に5倍、10倍の値段がつくなんて。


Phrona:そうそう。で、今度はスーパーでも電子プライスタグが導入されるって聞いて、みんな「また値段が上がるんじゃない?」って心配になったんですよね。


富良野:でも、この研究結果を見ると、実際にはほとんど変化がなかった。一日あたり、全商品の0.005パーセント程度しか価格変動がないって。


Phrona:0.005パーセント...ほぼゼロじゃないですか。なんでなんでしょう?技術的には価格を自由に変えられるのに。


富良野:ここが面白いところで、スーパーマーケットってUberとは全然違う商売なんですよ。Uberは「今この瞬間のこの移動」を売ってる。でもスーパーは違う。


Phrona:ああ、確かに。私たちがスーパーに行くとき、一つの商品だけ買いに行くことってあんまりないですもんね。


富良野:そうなんです。研究者のブレイさんも言ってるけど、スーパーは「消費者を捕まえて、できるだけ長く保持すること」が目標。だから一つの商品の値段を上げて客を怒らせるより、全体として満足してもらう方が大事。


長期的な顧客関係という見えない価値


Phrona:でも、そう考えると、スーパーって意外と繊細な商売なんですね。


富良野:まさにそう。実はブレイさん自身の体験談が面白くて、彼は7年間ホールフーズで買い物してたんだけど、ある日値段に腹を立ててトレーダージョーズに切り替えたって。


Phrona:あー、分かる分かる。私も似たような経験あります。なんとなく「ここ高いよね」って思ったら、別の店に行っちゃう。


富良野:そこなんですよ。ホールフーズからすると、もし値段をもう少し抑えてたら、7年じゃなくて15年客でいてくれたかもしれない。つまり、短期的に値段を上げて儲けようとすると、長期的にはもっと大きな損失になる可能性がある。


Phrona:なるほど。だからサージプライシングみたいな「瞬間的に儲ける」戦略は、実はスーパーには向いてないってことですね。


富良野:その通り。それに、スーパーの価格設定って想像以上に複雑なんですよ。20万商品、23部門。しかもメーカーとの契約は何ヶ月も前に結んでる。


Phrona:確かに、牛乳一本の値段を急に上げるために、裏でどれだけの契約や調整が必要になるか...考えただけで大変そう。


技術があっても使わない理性


富良野:それで思うのは、今回の事例って「技術的にできること」と「ビジネス的にやるべきこと」の違いを示してるんじゃないでしょうか。


Phrona:ああ、なるほど。電子プライスタグがあれば技術的には価格変動できるけど、やらない方が賢いってことですね。


富良野:そういうことです。研究者たちも「価格を安定させることは、技術的な制限ではなく、健全なビジネス判断だった」って結論づけてる。


Phrona:でも、これって他の業界にとっても示唆的じゃないですか?「技術があるからやる」んじゃなくて、「本当にそれが長期的に良いのか」を考えるっていう。


富良野:まさに。短期的な利益を追求するより、顧客との信頼関係を大切にする方が、結果的に利益も大きくなるっていう古典的な商売の知恵が、現代でも通用するってことですね。


Phrona:面白いのは、政治家や規制当局の人たちがすごく心配してたのに、実際のデータを見たら全然問題なかったっていう。


富良野:それも興味深い点で、僕らはつい新しい技術に対して「悪用されるんじゃないか」って先入観を持ちがちなんですよね。でも現実はもっと複雑で、ビジネスの論理が技術の可能性を制約することもある。


消費者心理と価格への過敏性


Phrona:それにしても、私たちって価格にはかなり敏感ですよね。ちょっとでも高いと感じたら、別の店に行っちゃう。


富良野:そうですね。特に食料品って毎日使うものだから、価格の変化に気づきやすい。しかも、スーパーは基本的に代替可能性が高いじゃないですか。


Phrona:確かに。Uberの場合は「今すぐここからあそこに行きたい」って緊急性があるけど、スーパーは「まあ、隣の店でもいいか」ってなりますもんね。


富良野:だからスーパー側も、短期的に価格を上げて客を失うより、安定した価格で長期的な関係を築く方が合理的なんです。


Phrona:でも逆に言えば、私たち消費者がそういう選択をするからこそ、スーパーも価格を上げられないってことでもありますよね。


富良野:そう、ある意味では消費者の行動が価格安定化の力になってる。市場の見えざる手というか。


効率化の本当の目的


Phrona:そういえば、じゃあスーパーはなんで電子プライスタグを導入したんでしょう?


富良野:これは単純に効率化が目的みたいですね。紙のタグを貼り替える人件費がかからなくなるし、在庫管理も楽になる。


Phrona:ああ、そっちの方がよっぽど現実的な理由ですね。見切り品のセールとかも、もっと細かくできるようになりそう。


富良野:そうそう。賞味期限が近い商品を自動的に値下げして、廃棄を減らすとか。これって結果的に消費者にとってもプラスですよね。


Phrona:なんか、最初に心配してた「ぼったくり」とは正反対の使い方になりそう。


富良野:技術革新って、導入される時の懸念と実際の使われ方が違うことがよくありますね。この事例もその典型かもしれません。


価格安定性という競争優位


Phrona:今回の話を聞いてて思ったんですけど、価格を上げないっていうのも、ある種の戦略なんですね。


富良野:そうですね。価格競争が激しい業界では、価格を安定させること自体が差別化要因になる場合もある。


Phrona:確かに。私たちって「あの店は値段が分かりやすい」とか「いつ行っても同じ値段」っていう安心感を重視してますもんね。


富良野:特に食料品みたいな生活必需品の場合、価格の予測可能性って重要な価値なんでしょうね。家計の管理もしやすくなるし。


Phrona:そうそう。毎回値段が変わってたら、買い物のたびに電卓持参しないといけなくなっちゃう。


富良野:だから、技術的にはサージプライシングができても、やらない方が顧客満足度も高く、結果的にビジネスとしても成功するってことですね。



 

ポイント整理


  • 電子プライスタグ導入後の価格変動は極めて限定的

    • 5年間、約4億件の取引データを分析した結果、価格の一時的上昇は導入前0.005%、導入後0.0056%とほぼ変化なし。サージプライシングへの懸念は実データでは裏付けられなかった。

  • スーパーマーケットの構造的特徴

    • 20万商品、23部門という規模の大きさ、メーカーとの長期契約、複雑なプロモーション体系により、個別商品の価格最適化は現実的でない。細かな価格調整よりも全体最適を重視する業界構造。

  • 長期的顧客関係の重要性

    • スーパーマーケットは一回の取引ではなく、顧客の長期的な囲い込みで利益を上げるビジネスモデル。短期的な価格上昇で顧客を失うリスクは、得られる利益を上回る可能性が高い。

  • 消費者行動が価格安定化の要因

    • 食料品購入における店舗の代替可能性の高さ、価格変化への敏感性、予算管理の必要性などが、スーパー側の価格戦略に影響。消費者の選択行動が市場の価格安定化メカニズムとして機能。

  • 技術革新の真の目的

    • 電子プライスタグ導入の主目的は価格変動ではなく運営効率化。人件費削減、在庫管理向上、賞味期限商品の自動値引きなど、コスト削減と廃棄減少を通じた消費者利益の向上。

  • 技術的可能性と経営判断の分離

    • 技術的にサージプライシングが可能でも、ビジネス的合理性から実施しない判断。長期的な顧客価値と信頼関係構築を優先する経営戦略の妥当性が実証された。



キーワード解説


サージプライシング(surge pricing)

需要の高まりに応じて価格を動的に変動させる仕組み


【電子プライスタグ(electronic shelf labels)

デジタル表示による価格表示システム


【動的価格設定(dynamic pricing)

市場条件や需要に応じてリアルタイムで価格を変更する戦略


【長期的顧客価値(customer lifetime value)

一顧客が企業に長期間もたらす総価値


【代替可能性(substitutability)

消費者が他の選択肢に容易に切り替えられる程度


【価格の予測可能性(price predictability)

消費者が将来の価格を予想しやすい状態


【運営効率化(operational efficiency)

業務プロセスの改善による時間・コスト削減


【廃棄減少(waste reduction)

食品ロス削減や在庫管理改善による無駄の削減



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
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