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トランプの「親露」政策がプーチンを困惑させる皮肉な現実──反米という「北極星」を失ったロシアの混乱

更新日:6月30日

シリーズ: 知新察来


◆今回のニュース:"Putin Isn’t Actually Enjoying This"
  • 出典: The Atlantic, 2025年6月16日

  • 筆者:Andrew Ryvkin

  • 概要:トランプ政権復活が現状変更勢力の戦略基盤に与える逆説的影響


トランプ政権の復活は、プーチンにとって有利になると広く予想されていました。ウクライナのNATO加盟阻止、クリミア承認の示唆、制裁解除の提案——これほどまでにロシアに寛大な条件を提示する米政権は前例がありません。しかし皮肉なことに、この「好意的」な態度こそが、ロシアの国家戦略とプロパガンダ体制を根底から揺るがしているという一面があるようです。長年「反米」を国家アイデンティティの中核に据えてきたモスクワにとって、アメリカが突然「合理的な交渉相手」として振る舞い始めたことは、想定外の困惑をもたらしています。


敵対する相手が急に友好的になったとき、私たちはどう反応すべきなのか。Andrew Ryvkinの分析を通じて、地政学における「関係性の逆転」が持つ複雑な意味を、富良野とPhronaの対話で探ってみましょう。



富良野: トランプがプーチンに大幅な譲歩をしているのに、ロシア側が困惑しているという記事を読みました。普通に考えたら、プーチンにとっては願ったり叶ったりの状況のはずなんですが。


Phrona: そうなんですよね。でも考えてみると、ロシアって長い間「反米」を国のアイデンティティにしてきたじゃないですか。急に相手が優しくなったら、今度は自分たちの立ち位置が分からなくなるというか。


富良野: ああ、なるほど。記事では「北極星を失った」という表現が使われていますね。ロシアにとってアメリカとの対立関係が、まさに方向を示す星だったということか。これ、表面的には確かにロシアは大きな利益を得ているんですよ。NATO加盟阻止、クリミア承認、制裁解除の提案——歴代のアメリカ政権では考えられない譲歩ですから。


Phrona: でも、それって逆に言うと、これまでの「我々はナチス的なNATOと闘っている」「祖国防衛」という物語が成り立たなくなるということですよね。北極星って、船乗りが夜の海で方角を知るための基準点ですもんね。


富良野: プーチン政権って「包囲された要塞」みたいなナラティブで求心力を維持してきたわけですが、その敵が急に味方になったら、政権の基盤そのものが揺らいでしまう。


Phrona: 特にプロパガンダの面では深刻でしょうね。今まで「アメリカは敵だ、東海岸を水没させてやる」なんて脅していたのに、急に「アメリカは合理的な交渉相手です」と言い換えなければならない。


富良野: しかも、アメリカ製のミサイルがロシア軍に降り注いでいる最中にですからね。現実と建前の乖離が激しすぎて、さすがにロシアの情報機関も「グリッチアウト」——システムエラーを起こしているという。この状況、ある意味でトランプのやり方が、意図せずして相手の土俵を崩すような効果を生んでいるのかもしれませんね。


Phrona: 予測可能な敵って、実は外交戦略を組み立てやすいじゃないですか。でも予測不可能な味方っていうのは、敵以上に厄介かも。


富良野: まさにその通りです。トランプ政権が今回取った戦略——つまり、予想外の譲歩によって相手を混乱させるという手法は、従来の外交の定石とは真逆ですから。一貫性のなさが、むしろクレムリンを混乱に陥れているとも言える。


Phrona: あ、そうか。普通なら段階的に交渉して、少しずつ譲歩を引き出していくものですよね。最初から大幅な譲歩をするなんて。これって、見かけ上ロシアを利するように見えて、実はロシアの構造的矛盾をあぶり出す「ブラックライト」みたいな効果があるのかな。


富良野: 僕が興味深いと思うのは、この状況がプーチン個人にも「即興」を強いているという点です。今まで彼は、かなり計算された戦略で動いてきた人物だと思うんですが、今回ばかりは場当たり的な対応を迫られている。反米を基軸に築いてきた外交・軍事戦略が、構造疲労を起こしているんでしょうね。


Phrona: 即興って、政治の世界では結構危険ですよね。特に権威主義的なリーダーにとっては。計算されたイメージを維持することで威厳を保っているわけですから。しかも、これまで築いてきた外交政策の整合性も失われてしまう。


富良野: そうですね。そして、この混乱がロシアの経済安定性にまで影響を与えているというのも興味深い。政治と経済は切り離せませんから、国家の方向性が定まらないと、投資家も企業も判断に迷うでしょう。これは戦略的利益どころか、むしろ「戦略的な空白」を生み出していると言えるかもしれません。


Phrona: でも、ちょっと怖い気もしませんか。混乱した権力者って、予測不可能な行動に出ることもあるじゃないですか。軸を失った体制が何をするか分からないというか。


富良野: それは確かにリスクですね。ただ、今回のケースを見ていると、むしろ慎重になっている印象もあります。下手に強硬な態度を取ると、せっかくのトランプからの「好意」を台無しにしてしまう可能性もありますから。


Phrona: なるほど。つまり、プーチンは今、すごく微妙なバランスを取らなければならない状況なんですね。国内向けには強いリーダーを演じつつ、アメリカに対しては協調的な姿勢を示さなければならない。これって、全体主義的な体制が主敵を失った時の宿命みたいなものなのかも。


富良野: そして、この状況が続く限り、ロシアの外交政策は一貫性を欠いたものになる可能性が高い。それって、長期的に見れば、ロシアの国際的な影響力を削ぐことにもつながりかねません。国内統治・外交戦略・情報統制・経済政策、すべてにおいて軸を喪失しつつある。


Phrona:でも不思議なのは、プーチンって政治的な駆け引きにはかなり長けている人だと思うんです。なのに、なぜこの状況にうまく対応できないんでしょう。


富良野: それは多分、ロシアの国内政治の構造と関係があるんじゃないでしょうか。プーチン政権の正統性って、かなりの部分が「外敵との戦い」に依存している。経済が停滞していても、国民の自由が制限されていても、「我々は偉大なアメリカと対等に戦っている」という物語があれば、政権への支持を維持できる。


Phrona: つまり、敵がいなくなると、今度は国内の問題に目が向いてしまうということですか。これって冷戦時代のソ連もそうだったのかな。反対勢力の存在によってのみ正統性を維持してきた体制は、敵を失うと自壊を始めるというか。


富良野: そういうことです。外敵がいる間は結束できるけれど、平和になると内部の矛盾が露呈する。これって、実は多くの権威主義的な政権が抱える構造的な弱点なんですよね。しかも今回は、経済面でも複雑な話があって。


Phrona: どういうことですか?


富良野: 仮に制裁が解除されても、政権の正統性や予測可能性が損なわれた状態では、欧米の資本は慎重なままでしょう。それに、これまで「経済戦時下」というナラティブで国家資本主義体制を正当化してきたのに、それが緩むとエリート間の利害調整が困難になる可能性もある。


Phrona: 考えてみると、これってロシアだけの話じゃないかもしれません。BRICSとか上海協力機構とか、今まで「反米」で一致してきた枠組みも、アメリカの脅威が相対化されると、今度は内部での主導権争いが激化する可能性がありますね。


富良野: そうですね。中国、ロシア、イランって、それぞれ全然違う国だけれど「米国単独覇権の打破と国際秩序の多極化」という点では利害が一致していたじゃないですか。でも、その目標が部分的に達成されたように見えた瞬間、今度は「勝利後の世界で自分がどのポジションにいるか」っていう争いに意識が向き始める。


Phrona:でもということは、もしアメリカが本当に多極化を演出できれば、中露イランの間に新たな競争関係を生み出せるかもしれませんね。例えば、脱ドル化が進んだとして、人民元が基軸通貨になりそうになったら、ロシアもイランも警戒するでしょうし。


富良野: 面白い視点ですね。確かに、トランプがやっているのは「覇権の実態」を変えることではなく、「覇権の見せ方」を変えることかもしれない。NATO軽視や同盟軽視の発言も、実際にアメリカの軍事力が削られているわけじゃない。


Phrona: 99%は感覚で動いているだけかもしれないけれど、1%の可能性として、これが極めて高度な戦略だったとしたら……。つまり、「覇権を降りるふり」をして、実は敵陣営を内部から瓦解させる仕掛けだったとしたら。


富良野: それって、ちょっとボードリヤールの議論に似ていませんか。シミュラークルというか、現実ではなく「現実っぽい表象」を操作することで相手を惑わす。実際には覇権は崩れていないのに、「崩れつつある」という演出をして、敵を攪乱する。


Phrona: でも、これって極めて危険な賭けでもありますよね。演出のつもりが本当に秩序を壊してしまったり、同盟国の信頼を失ったりするリスクもある。


富良野: そうなんです。特に「米欧の分断」という点では、これは現状変更勢力にとって最も効果的な戦略目標の一つですから。もしトランプの行動が本当に欧州との関係を悪化させたら、それこそ相手の思う壺になってしまう。


Phrona: そして何より、トランプ本人にそこまでの戦略的意図があるかどうかも疑わしいですもんね。結果的にそう機能しているとしても、それが計算づくなのか偶然なのか。むしろ「戦略なき結果論」みたいな。


富良野: そこが一番厄介なところかもしれません。知的に解釈可能な構造を部分的に持ってしまっているからこそ、読み切れない。バカなのか天才なのか、それとも「バカのふりをした道化的リアリスト」なのか。


Phrona: いずれにせよ、この状況を見ていると、現代の国際政治ってますます「現実」よりも「現実の演出」の方が重要になってきているのかなって感じます。実際の力関係よりも、その力関係がどう見えるかの方が。


富良野: 確かに。そして、そういう「リアリティの操作合戦」になった時に、予測不可能で一貫性のない行動を取る人物が、逆に最も強いカードを持つことになる。相手が合理的であればあるほど、非合理な相手には対処しづらいですからね。


Phrona: 秩序の見せかけを操作し続けることで、最終的には本当の秩序も不安定になってしまうというリスクもありますよ。演出が現実を侵食するというか。


富良野:  特に国内政治への影響を考えると、外交での「演出」が国内の政治文化にも波及して、政治全体が劇場化してしまう可能性もある。そうなると、誰にとっても制御不可能な状況になりかねません。



ポイント整理


  • 表層的利益と深層的混乱

    • ロシアは外交的譲歩を得たが、それによって国家アイデンティティの基盤が揺らいでいる

  • アイデンティティの逆説

    • 長年「反米」を国家アイデンティティの核としてきたロシアが、アメリカの突然の友好的態度によって方向性を見失っている

  • プロパガンダの構造的破綻

    • 「包囲された要塞」ナラティブに依存してきた統治正統性が、敵の消失により機能不全に陥っている

  • 経済政策の矛盾

    • 制裁解除の可能性と引き換えに、「経済戦時下」を理由とした国家資本主義体制の正当化が困難になっている

  • 外交戦略の整合性喪失

    • 反米を基軸に構築された国際的枠組み(BRICS、上海協力機構)の再定義を迫られている

  • 予測不可能な味方の脅威

    • 段階的交渉ではなく最初から大幅譲歩を提示するトランプの手法が、従来の外交戦略を無効化している

  • 予測不可能性の戦略的価値

    • 合理的な計算に基づく外交では対処困難な、非合理で一貫性のない行動パターンの持つ破壊力

  • 権威主義の構造的脆弱性

    • 外敵の存在に依存する政権の正統性は、その敵が友好的になった時に深刻な危機を迎える

  • 戦略的空白の創出

    • 表面的な利益とは裏腹に、ロシアの国内統治・外交戦略・経済政策すべてにおいて軸の喪失が進行している

  • 共通目標の逆説

    • 現状変更勢力(中露イラン)の共通目標「米国覇権の打破」が部分的に達成されたように見えることで、逆に内部分裂のリスクが高まっている

  • 演出による戦略

    • トランプの手法は「覇権の実態」ではなく「覇権の見せ方」を操作し、敵陣営の早期内部競争を誘発している可能性

  • 同盟の脆弱性

    • 反米を基軸とした戦術的連携は、その共通の敵が弱体化したように見えた瞬間に結束力を失う構造的弱点を抱えている

  • 多極化の内部矛盾

    • 脱ドル化や国際機関での主導権をめぐって、中国の台頭に対するロシア・イランの警戒感が高まる可能性

  • リアリティ操作の時代

    • 現代外交では実際の力関係よりも、その力関係の「見え方」や「演出」の方が重要性を増している


キーワード解説


【北極星(政治的比喩)】

国家や組織の行動指針となる基本的な対立軸や価値観


【グリッチアウト】

システムやプログラムが予期しない状況で誤作動を起こすこと


【「包囲された要塞」ナラティブ】外部の脅威によって国内結束と政権正統性を維持する物語構造


【権威主義的政権】

民主的統制を制限し、強力な中央集権的支配を行う政治体制


【外敵依存型統治】

外部の脅威を理由に国内結束と政権正統性を維持する統治手法


【構造疲労】

長期にわたって維持されてきたシステムや戦略が限界に達し機能不全を起こすこと


【戦略的空白】

従来の戦略枠組みが無効化され、新たな方向性が見えない状態


【経済戦時下ナラティブ】

対外的脅威を理由に経済統制や国家資本主義を正当化する論理


【ブラックライト効果】

見た目には見えない問題や矛盾を浮き彫りにする現象


【現状変更勢力】

既存の国際秩序に挑戦し、自国に有利な新たな秩序の構築を目指す国家群


【戦術的連携】

理念的一致ではなく、共通の敵に対抗するための一時的・限定的な協力関係


【シミュラークル】

現実の有無に関係なく、現実であるかのように機能する表象や演出


【多極化】

単一の覇権国ではなく、複数の大国が並立する国際秩序への移行


【脱ドル化】

国際貿易や外貨準備における米ドルの中心的地位を相対化する動き


【表象政治】政治的現実よりも、その現実の表現や演出が支配的影響力を持つ政治状況


本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
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