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ドル一強時代の終わり?──75の中央銀行が明かした「ドル離れ」の真実

更新日:7月1日

シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:Yoruk Bahceli and Dhara Ranasinghe "Exclusive: Central banks eye gold, euro and yuan as dollar dominance wanes" (Reuters, 2025年6月24日)

  • 概要:世界75の中央銀行を対象とした調査に基づき、外貨準備の分散化傾向を分析した記事


世界の中央銀行が管理する外貨準備高は、合計で何十兆ドルにも上ります。この巨額のお金が、いまどこに向かおうとしているのでしょうか。最新の調査によると、各国の中央銀行は米ドル離れを加速させ、金や欧州ユーロ、中国元への分散投資を進めているといいます。


背景にあるのは、アメリカの政治的不安定さと、世界貿易の分裂です。トランプ大統領が4月に発動した大規模な関税政策「解放の日」以降、市場は大きく動揺し、これまで安全な避難先とされてきたドルの地位に疑問符がついています。


調査を実施したOMFIF(公的通貨金融機関フォーラム)は、75の中央銀行に聞き取りを行いました。その結果見えてきたのは、通貨システムの大きな転換点です。安全だと思われていたものが揺らぐとき、私たちはどこに向かうのか。そして、この変化は何を意味するのでしょうか。



金への逃避は何を物語るのか


富良野:この調査結果を見ていると、やはり金の存在感が際立ちますね。中央銀行の3分の1が今後1〜2年で金の保有を増やす予定だと。これは過去5年で最高水準だそうです。


Phrona:金って、フィアット通貨の慢性的なインフレに対する不信の表れなんでしょうね。各国が競うように紙幣を刷って、政府債務も拡大し続けている中で、政治的な思惑に左右されない価値保存手段を求めている。


富良野:確かに、金には政治的な中立性がありますからね。どこの国の政策にも左右されない。数千年にわたって価値を保持してきた実績もある。特に量的緩和が常態化している今の環境では、むしろ合理的な選択かもしれません。


Phrona:そう考えると、調査で70%の中央銀行が「アメリカの政治環境がドル投資を思いとどまらせている」と答えているのも納得できます。これって去年の2倍以上の数字ですよね。


富良野:トランプ政権の「解放の日」関税の影響が如実に表れている。4月2日以降、市場は大混乱でしたから。安全な避難先だったドルと米国債が売られるなんて、数年前には考えられなかった。


Phrona:金は利息もつかないし、配当もない。それでもこれだけ需要が高まるのは、やはりインフレによる通貨価値の目減りへの懸念が大きいんでしょうね。


ユーロの復権は本物か


富良野:一方で通貨の方を見ると、短期的にはユーロが最も注目されています。今後12〜24ヶ月でユーロ保有を増やす予定の中央銀行が16%もあって、これは去年の7%から大幅増です。


Phrona:ユーロの場合は、2011年の債務危機で本当に大変でしたよね。あのとき、ユーロという通貨そのものの存続が危ぶまれた。でも今、専門家たちは2020年代末までに外貨準備に占めるユーロの割合が25%まで回復する可能性があると言っている。


富良野:現在は20%程度ですから、5ポイントの上昇ということになる。ハーバード大学のロゴフ元IMFチーフエコノミストが言っているように、これはヨーロッパの魅力が急激に高まったからというより、ドルの地位が相対的に低下したからでしょうね。


Phrona:現実問題として、UBSのカステリさんが指摘しているように、解放の日以降、運用担当者からの問い合わせが殺到している。「安全な避難先としてのドルの地位は危険にさらされているのか」って。


富良野:面白いのは、このような質問は2008年の金融危機の時でさえなかったということです。それだけ今回の変化が根深いということでしょう。


Phrona:でも、ユーロが復権するには課題もありますよね。29兆ドルの米国債市場と比べて、ヨーロッパの債券市場はまだ小さいし、資本市場の統合も道半ば。


富良野:そこは政策次第ですね。ECBのラガルド総裁も、ユーロをドルの実行可能な代替通貨として強化するよう行動を促している。EUが共同借り入れを通じて防衛費を増やそうとしているのも、アメリカへの依存を減らそうという意思の表れでしょう。


元の長期的な展望


Phrona:長期的に見ると、中国元への期待も高いんですよね。10年後には中央銀行の30%が元の保有量を増やすと予想していて、世界の外貨準備に占める割合も現在の2%から6%へ3倍になる見込みだとか。


富良野:ただし、元には資本規制という大きな制約がある。中国政府がお金の出入りを厳しく管理しているので、他の通貨ほど自由に使えない。これは準備通貨としては致命的な弱点です。


Phrona:周小川元中国人民銀行総裁も「宿題がある」と認めていますもんね。でも、中国の経済規模を考えると、長期的にはやはり無視できない存在になりそうです。


富良野:そうですね。ただ、通貨の国際化って、単に経済規模だけでは決まらない。法の支配、制度の透明性、資本市場の深さ、そして何より政治的な安定性が重要です。


Phrona:それで言うと、インドルピアとかはどうなんでしょう?人口世界一で経済成長も著しいのに、この調査では全然名前が出てこない。


富良野:インドは確かに潜在力はすごいんですが、まだ資本市場が未成熟なんです。債券市場の規模も限られているし、通貨の変動も大きい。中央銀行が大量の外貨準備を安全に運用するには、まだリスキーすぎる。


Phrona:なるほど。元の場合は、資本規制があっても中国との貿易量が膨大だから、使わざるを得ない状況が生まれているってことですね。


富良野:その通り。一帯一路の影響もありますし。逆にスイスフランなんかも、安全通貨として有名なのに準備通貨としては人気がない。市場規模が小さすぎるんです。


Phrona:そういえば、この文脈でビットコインってどう考えたらいいんでしょう?アメリカでは州レベルで導入を検討する動きも出てきているし。


富良野:ビットコインは面白い存在ですね。政府に依存しない価値保存手段として、理論的には今回の「信頼の分散化」という流れにも合致する。ただ、価格変動が激しすぎて、中央銀行の準備資産としてはまだリスキーでしょう。


Phrona:でも10年後はどうでしょう?金が復権してるのと同じ文脈で、政治的中立性を求める動きが強まれば...


富良野:確かに可能性はありますね。特に制裁リスクを懸念する国にとっては魅力的かもしれない。ただ、全面的な採用というより、外貨準備の数パーセント程度の実験的導入から始まるんじゃないでしょうか。


変化の本質を読み解く


Phrona:でも結局、2035年でもドルが52%のシェアを維持して、依然として世界一の準備通貨であり続けるという予測なんですよね。現在の58%から下がるとはいえ、まだ圧倒的です。


富良野:確かに。これは革命というより、緩やかな調整と見るべきかもしれません。ただ、6ポイントの低下でも、絶対額にすると膨大な資金移動を意味します。


Phrona:この変化って、単なる経済現象を超えた何かを示している気がするんです。信頼とか、権威とか、そういう目に見えないものが静かに移動している。


富良野:その通りです。通貨システムは究極的には信頼の体系ですから。政治的な不確実性や一国主義的な政策が、その信頼を損なっている。各国の中央銀行は、リスクを分散することで自国を守ろうとしているんでしょう。


Phrona:でも、これで本当に世界はより安定するのでしょうか。多極化することで、かえて複雑になって、予測がつかなくなるような気もします。


富良野:それは鋭い指摘ですね。複数の準備通貨が併存する世界は、確かに管理が難しくなる。為替の変動も激しくなるかもしれない。ただ、一極集中のリスクと天秤にかければ、多元化の方が持続可能性という意味では健全だと僕は思います。


Phrona:いずれにしても、私たちは歴史的な転換点にいるのかもしれませんね。戦後続いてきたドル中心の国際金融システムが、ゆっくりと変わり始めている。



ポイント整理


  • 世界75の中央銀行調査で、3分の1が今後1-2年で金の保有量増加を計画、過去5年で最高水準

  • ドルは昨年の調査で最人気だったが、今年は7位まで後退、70%の中央銀行が米政治環境を投資阻害要因と回答

  • 長期的(10年)には元への期待が高まり、世界準備通貨シェアが現在の2%から6%へ拡大する見込み

  • 専門家はユーロが2020年代末までに外貨準備の25%シェアを回復する可能性を指摘

  • 2035年でもドルは52%のシェアを維持し世界最大の準備通貨であり続ける見込み

  • 変化の背景にはトランプ政権の関税政策と地政学的緊張の高まり


キーワード解説


【外貨準備】

各国の中央銀行が保有する外国通貨建ての資産


【準備通貨】

国際取引や外貨準備として広く使用される通貨


【フィアット通貨】

金などの商品価値に裏付けられない不換紙幣、政府の信用のみに基づく


【OMFIF】

公的通貨金融機関フォーラム、中央銀行等の政策を研究する組織


【解放の日関税】

トランプ政権が2025年4月2日に発動した大規模な関税政策


【資本規制】

政府が国境を越える資本移動を制限する政策


【ECB】

欧州中央銀行、ユーロ圏の金融政策を担当


【多極化】

一つの中心から複数の中心へと権力構造が分散すること


本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
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