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ビットコイン革命の理想と現実──『デジタルゴールド』で読むビットコイン黎明期

更新日:6 日前

 シリーズ: 書架逍遥



  • 概要:ニューヨーク・タイムズ記者による、ビットコイン黎明期(2008-2014年)のドキュメンタリー


ビットコインの黎明期を描いた『Digital Gold』。サトシ・ナカモトという謎の人物が2008年に発表した論文から始まったこの物語は、金融危機への反発として生まれた新しい通貨システムが、どのように世界を変えていったかを追っています。


しかし2025年の今、ビットコインを巡る風景は大きく変わりました。かつて反体制的な理想を掲げた暗号通貨は、今やMAGA運動と結びつき、億万長者たちの投資対象となっています。初期の開発者たちが夢見た「国境を越えた自由な通貨」は、どこへ向かっているのでしょうか。


今回は、この本が描く2008年から2014年までの熱狂的な黎明期と、その10年後の現実を、富良野とPhronaが語り合います。技術革新がもたらす理想と、それが社会に実装される過程で生じる変容。その複雑な関係性を、お茶を飲みながらゆっくりと紐解いていきましょう。



黎明期の理想主義者たち


富良野: 初期のビットコイン開発者たちの純粋さは印象的でしたね。ハル・フィニーなんて、ALSと闘病しながらもビットコインのバグ修正に取り組んでいた。しかも2011年に冗談交じりで「ビットコインが100万ドルになる」って言ってたらしいですよ。


Phrona: ハル・フィニーさんの話、胸に迫りますね。技術への情熱が病気さえも超えていく。でも私が気になったのは、そういう純粋な情熱が、どうして今のような政治的な道具になってしまったのかということ。2025年のビットコインカンファレンスがMAGA運動の祭典になってるなんて、フィニーさんは想像もしなかったでしょうね。


富良野: たしかに皮肉な話です。でも考えてみると、これって技術が社会に浸透する時の典型的なパターンかもしれない。最初は理想主義者が作り、次に投機家が群がり、最後は権力者が利用する。インターネットだって似たような道を辿りましたよね。


Phrona: なるほど、技術の宿命みたいなものですか。でも私、マルティ・マルミの話も興味深いと思うんです。彼、1万BTCを売却してヘルシンキにアパートを買ったんですよね。今なら数千億円相当。でも本人は「お金よりビットコインという発明に関われたことが大きい」って。


富良野: ああ、それ重要な視点ですね。初期の開発者たちにとって、ビットコインは投資対象じゃなくて、世界を変える実験だった。マルミさんにとっては、アパートを買えたことで十分だったんでしょう。むしろ、何千億円という評価額こそが、彼らの理想からの逸脱を示しているのかも。


ピザとGPUマイニングが開いた扉


Phrona:ラズロ・ハニエツのピザ事件も象徴的ですよね。1万BTCでピザ2枚。今なら数百億円のピザ(笑)。でも彼、実はGPUマイニングを世界で初めて成功させた人でもあるんですって。


富良野: そうそう、技術的にはすごい貢献なんですよ。でもサトシ・ナカモトは「GPU採用は時間の問題だが、普及を早めたくはなかった」って言ったらしい。ハニエツ自身も「プロジェクトを台無しにしてしまったかも」って恐縮してた。


Phrona:あら、なんで台無しになるの?技術の進歩はいいことじゃない?


富良野: たぶん、マイニングの民主性が失われることを心配したんでしょうね。CPUなら誰でも参加できるけど、GPUになると専用機材が必要になる。実際、その後ASICが登場して、今じゃ巨大なマイニングファームの独占状態ですから。


Phrona: なるほど、技術の進歩が逆に参加の敷居を上げてしまう。でもハニエツさん、毎年5月22日の「ビットコイン・ピザデー」で称えられてるんですよね。失敗じゃなくて、ビットコインが実際に使えることを証明した英雄として。


富良野: 歴史の評価って面白いですね。当時は「もったいない」って思われたことが、今では記念日になってる。むしろあのピザがなければ、ビットコインはただの数字遊びで終わってたかもしれない。


取引所の功罪


Phrona: Mt.Goxの話も複雑ですよね。ジェド・マケーレブが趣味で始めた取引所が、世界最大になって、最後は破綻。でもマケーレブさん自身は、その後リップルやステラを立ち上げて成功してる。


富良野: Mt.Goxって、もともとマジック・ザ・ギャザリングのカード交換サイトだったんですよね。それがビットコイン取引所になるなんて、いかにも黎明期らしい展開。でも結果的に、カルプレスさんに売却したことが運命の分かれ道だった。


Phrona: カルプレスさんも複雑な人物ですよね。一時は世界最大の取引所のCEOとして称賛されてたのに、最後は犯罪者扱い。でも2020年代には新しい事業を始めて、日本で自叙伝まで出版してる。


富良野: 僕が思うに、Mt.Goxの崩壊って、ビットコインにとって必要な試練だったのかも。あの事件があったから、みんなセキュリティの重要性に気づいた。「Not your keys, not your coins」っていう格言も生まれましたしね。


Phrona: でも当時は本当に大変だったでしょうね。ビットコインが消えて、取り戻せるかどうかも分からなくて。


瀬尾: ところが面白いことに、Mt.Goxの債権者って、結果的にはものすごく得をしたんですよ。2014年の破綻時は1BTCが500ドルくらいだったのに、2024年の返済時には5万ドル以上。100倍ですよ!


Phrona: じゃあ、結果的には、強制的に長期保有させられたようなものですね。


瀬尾: 皮肉ですよね。当時すぐに売ってたら500ドルだったものが、10年待たされた結果、100倍になって返ってきた。最悪の事件が、最高の投資になってしまったという。


シルクロードと理想の影


Phrona: シルクロードの話は重いですね。ロス・ウルブリヒト、29歳で終身刑。自由市場主義の理想が、結局は違法薬物の取引所になってしまった。


富良野: 彼の物語は本当に悲劇的です。物理学を学んだ青年が、理想に燃えて始めたプロジェクトが、最悪の形で終わった。でも考えてみると、完全に匿名で自由な市場を作れば、そこに違法なものが流れ込むのは必然だったのかも。


Phrona: 理想と現実のギャップですね。でも私、ロスの減刑運動が今も続いてるって聞いて、少し希望を感じました。暗号資産コミュニティの中には、彼を見捨てない人たちがいる。


富良野: そうですね。ただ皮肉なのは、シルクロードがビットコインの需要を押し上げたことも事実なんです。闇の部分も含めて、ビットコインの歴史なんでしょうね。


Phrona: 光があれば影もある。でも2025年の状況を見ると、今度は別の影が広がってる気がします。政治的な分断とか、特定のイデオロギーとの結びつきとか。


中国という巨大な存在


富良野: 2013年の中国の参入も劇的でしたね。BTC Chinaが一時世界最大の取引所になった。でも結局、2021年には全面禁止。この振れ幅の大きさが中国らしい。


Phrona: ボビー・リーさん、シリコンバレー出身なのに中国でビットコインを広めたんですよね。文化の橋渡し役だったのかな。でも最後は国家権力には勝てなかった。


富良野: 中国の事例って、ビットコインの限界を示してますよね。どんなに分散化されていても、国家が本気で禁止すれば、少なくともその国内では使えなくなる。


Phrona: でも香港では緩和の動きもあるんですって。完全に消し去ることはできないのかも。水のように、隙間を見つけて流れていく。


富良野: それがビットコインの本質かもしれませんね。完全にコントロールできないからこそ、価値がある。でも同時に、それが不安定さの原因でもある。


アルゼンチンが示す別の可能性


Phrona: 私、アルゼンチンの話にすごく共感したんです。BitPagosみたいに、実際の問題を解決するために使われるビットコイン。投機じゃなくて、生活のために。


富良野:  ウェンセス・カサレスもアルゼンチン出身でしたね。ハイパーインフレを経験した人にとって、ビットコインは自国通貨より信頼できる。これって、先進国の人には理解しにくい感覚かも。


Phrona: そうそう!だから私、2025年のMAGA化したビットコインを見て違和感を感じるんです。もともとは国家を超えた普遍的な価値を目指してたのに、今や米国のナショナリズムと結びついてる。


富良野: たしかに矛盾してますね。でも、これも避けられない流れだったのかな。技術が普及すれば、必ず政治に利用される。インターネットだって、最初は自由の象徴だったのに、今は監視の道具にもなってる。


Phrona: でもアルゼンチンでは今も、ビットコインやステーブルコインが生活の一部なんでしょう?そういう本来の使い方も残ってる。


瀬尾: そうですね。実際、アルゼンチン人の3分の1が日常的に暗号通貨を使っているという統計もあります。2023年のインフレ率が143%に達した時なんて、みんな必死でドル連動のステーブルコインを買い求めたらしい。


Phrona: 143%!そりゃあ、自国通貨より暗号通貨の方が信頼できるって思うわよね。面白いのは、アルゼンチン人はUSDTを買って、ただ持ってるだけの人が多いんですって。投機じゃなくて、純粋に価値保存の手段として。


瀬尾: まさに「デジタルゴールド」ですよね。しかも2024年3月には、アルゼンチン人が米ドルよりもビットコインを買うようになったって話もある。歴史的に米ドルが逃避先だった国で、それを超えたんです。


Phrona: そう考えると、一つの技術に複数の顔があるってことですね。


瀬尾: アメリカでは政治の道具になり、アルゼンチンでは生活の必需品になる。同じビットコインでも、置かれた文脈で全然違う意味を持つ。


2025年への道のり


Phrona:この本の最後、2014年のレイクタホでの会合の場面、なんか切ないですね。みんなで「ビットコインがもたらすより公正で平和な世界」を語り合ってた。


富良野: エリック・ボーヒーズとか、数年前まで借金に苦しんでたのに、あの時点では成功者として集まってた。アメリカンドリームみたいな話ですよね。


Phrona: でも彼らが夢見た世界と、2025年の現実は違いますよね。ラスベガスでのカンファレンス、トランプ支持者の祭典になってるなんて。


富良野: 初期の理想主義者たちが見たら、きっとショックでしょうね。でも、これも成功の証なのかな。社会に受け入れられたからこそ、いろんな勢力に利用される。


Phrona: それって本当に成功なの?理想を失った成功って、意味があるのかしら。


富良野: 難しい問題ですね。ただ、技術自体は中立的なんです。ビットコインのプロトコルは変わってない。変わったのは、それを使う人間の方。


Phrona: そっか、技術は鏡みたいなものね。使う人の姿を映し出す。2014年には理想主義者の夢を映してたけど、2025年には別のものを映してる。


富良野: でも僕は思うんです。サトシ・ナカモトが今も正体不明なのは、象徴的かもしれない。特定の個人や思想に縛られない、純粋な技術として残ってる。


Phrona: うーん、でもそれって、ちょっと楽観的すぎない?技術が純粋なまま存在できるって考え方自体が、問題の根っこにあるような気がするんです。


富良野: どういうことですか?


Phrona:だって、初期の開発者たちは「分散化技術さえあれば世界は変わる」って信じてたわけでしょう?でも実際には、技術だけじゃ何も変わらなかった。むしろ既存の権力構造に取り込まれてしまった。


富良野: たしかに。技術決定論の落とし穴ですね。コードを書けば自動的に社会が良くなるって思い込み。でも現実には、誰がその技術を使い、誰が投資し、誰が広めるかで全然違う結果になる。


Phrona:: そう!ビットコインがMAGAと結びついたのも、結局は政治や制度の複雑さを軽視した結果よね。技術で政治を迂回しようとしたら、逆に特定の政治勢力の道具になっちゃった。


富良野: 皮肉な話ですよね。権力から逃れようとして作った技術が、新しい権力の源泉になる。これってデジタル民主主義とか、Web3とか、他の分野でも起きてる問題かも。


Phrona: きっとそうですね。技術への過度な期待が、地道な制度改革とか社会運動から目を逸らさせてる部分もあるんじゃないかな。


富良野: でも、じゃあどうすればよかったんでしょう?サトシ・ナカモトは匿名を貫いたけど、それでも防げなかった。


Phrona:たぶん、技術と同時に、それを使う社会の側も変えていく必要があったのかも。技術は道具で、それをどう使うかは結局、私たち次第。


富良野: そうですね。ビットコインの物語から学ぶべきは、技術だけでは世界は変わらないってことかもしれない。でも同時に、技術がなければ変化の可能性すら生まれなかった。


Phrona: 複雑ですね。理想と現実の間で、私たちはずっと揺れ動いてる。でもそれが人間らしさなのかも。次の10年後、ビットコインがどんな姿になってるか、それは技術じゃなくて、私たちがどんな社会を作るかにかかってるんでしょうね。



ポイント整理


  • ビットコインは2008年の金融危機への反発として、サトシ・ナカモトによって生み出された

  • 初期開発者(ハル・フィニー、マルティ・マルミなど)は金銭的利益より技術的理想を重視していた

  • ラズロ・ハニエツの「ピザ事件」がビットコインの実用性を証明し、GPUマイニングが技術革新を加速させた

  • Mt.Goxの興亡は、セキュリティと自己管理の重要性を業界に教えた

  • シルクロード事件は、完全な自由市場の理想と現実の葛藤を露呈した

  • 中国の参入と撤退は、国家権力とビットコインの関係の複雑さを示した

  • アルゼンチンなど高インフレ国では、ビットコインが実際の経済問題の解決策となった

  • 2014年から2025年にかけて、ビットコインは理想主義的プロジェクトから政治的ツールへと変容した


キーワード解説


【サトシ・ナカモト】

ビットコインの創始者(正体不明)


【ハル・フィニー】

最初のビットコイン受信者、暗号学者


【Mt.Gox】

世界最大だった取引所、2014年に破綻


【シルクロード】

ビットコインを使った闇市場


【ASIC】

ビットコイン採掘専用ハードウェア


【Not your keys, not your coins】

自己管理の重要性を示す格言


【ビットコイン・ピザデー】

月22日、最初の実用例を記念


【トランザクション展性】

Mt.Gox破綻の一因となった技術的問題


本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
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