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プラットフォーム革命の現在地──2025年から振り返る理想と現実

 シリーズ: 書架逍遥


◆今回の書籍:Geoffrey G. Parker, Marshall W. Van Alstyne, Sangeet Paul Choudary 『Platform Revolution: How Networked Markets Are Transforming the Economy – and How to Make Them Work for You』(2016年)

  • 邦訳版:『プラットフォーム・レボリューション――未知の巨大なライバルとの競争に勝つために』



2016年に出版された『Platform Revolution』は、プラットフォーム型ビジネスが世界を変えると高らかに宣言しました。UberやAirbnbの成功を分析し、ネットワーク効果による指数関数的成長や、開放的なエコシステムがもたらすイノベーションを讃えた本書。確かに多くの予測は的中しました。プラットフォーム経済は2033年には2.45兆ドル規模に達すると予測され、著者たちが挙げた教育、医療、金融などあらゆる分野でプラットフォーム化が進んでいます。


しかし2025年の今振り返ると、著者たちが描いた未来図とは異なる現実も見えてきます。分散化ではなく集中化、公正なガバナンスではなく恣意的な支配、そして開放性がもたらした予期せぬ副作用。プラットフォーム経済は確かに世界を変えましたが、それは必ずしも著者たちが期待した方向ばかりではありませんでした。


今回は富良野とPhronaが、『Platform Revolution』を2025年の視点から読み返し、理想と現実のギャップ、そして私たちが今直面している新たな課題について語り合います。独占規制、AI、Web3、地政学的分断。本書が出版されてから9年、プラットフォーム革命の光と影を改めて見つめ直します。



的中した予測と拡大する市場


富良野: Phronaさん、改めて2016年の『Platform Revolution』を読み返すと、多くの予測が的中していたことが分かりますね。プラットフォーム経済の市場規模は2033年には2.45兆ドルに達するという予測まで出ています。


Phrona: ええ、著者たちが挙げた分野はほぼすべてプラットフォーム化が進みました。教育ではMOOCやオンライン学習が当たり前になり、医療では遠隔診療、金融ではモバイル決済やクラウドファンディング。コロナ禍がその流れを加速させた面もありますが。


富良野: APIエコシステムの重要性も、まさに的中しました。銀行のオープンバンキングから各種サービスのAPI連携まで、外部の力を取り込んで成長するという戦略は、今や常識になっています。


Phrona: MySpaceとFacebookの対比も象徴的でした。外部開発を拒んだMySpaceが失速し、開放戦略を取ったFacebookが急成長した。これは多くの企業が学んだ教訓になりましたね。


分散化という幻想


富良野: ただ、著者たちが期待した「分散化」は、皮肉な結果になりましたね。確かに生産手段は個人に分散されました。Uberのドライバーも、Airbnbのホストも個人です。でも、プラットフォーム自体は巨大な集権的存在になってしまった。


Phrona: 本当にそうです。ネットワーク効果が強すぎて、結局は「勝者総取り」の世界になった。GoogleやAmazonは、かつての独占企業以上の支配力を持っています。新たなゲートキーパーが生まれただけだったのかもしれません。


富良野: 著者たちは既存の独占を打破する力として期待していたのに、プラットフォーマー自身が新たな独占者になった。EUのデジタル市場法、中国の独占禁止法強化、アメリカの反トラスト訴訟。世界中で規制が本格化したのも当然です。


Phrona: 中国のアリババが約3千億円の罰金を科されたり、Googleが検索独占で違法認定されたり。2016年時点では、ここまで厳しい規制が来るとは予想していなかったでしょうね。


ガバナンスの理想と現実


富良野: 第8章で著者たちは、良いガバナンスがあれば信頼が生まれ、悪いガバナンスはユーザー離れを招くと書いていました。でも現実は違いましたね。


Phrona: Facebookの偽情報問題、Twitterのヘイトスピーチ、アプリストアの30%手数料。ユーザーが不満を持っても、代替がないから離れられない。市場メカニズムが働かないんです。


富良野: 著者たちは「ルールは常にユーザー価値を生み、運営側が恣意的に変更せず、富を公平に分配すべき」という3原則を提示していました。でも実際には、プラットフォーム側の都合で一方的に規約が変更される例ばかりです。


Phrona: ギグワーカーの待遇問題も深刻化しています。AIアルゴリズムによる労働管理、不透明な報酬決定。効率化の名のもとに、新しい形の搾取が生まれているという批判は的を射ています。ILOでは「プラットフォーム労働におけるディーセントワーク」の国際基準作りまで始まっています。


開放性のジレンマ


富良野: 開放戦略についても、光と影がはっきりしましたね。確かにイノベーションは加速しましたが、同時にセキュリティやプライバシーの問題も噴出しました。


Phrona: Cambridge Analyticaスキャンダルは象徴的でした。Facebookが外部にデータを開放した結果、大規模な個人情報の不正利用が起きた。その後、各社は一転してAPIを制限し始めました。


富良野: 最近ではTwitterがAPIを有料化して、サードパーティアプリを締め出しましたね。一度開いたエコシステムを再び閉じる動き。著者たちの「段階的な開放」という提案も、現実の複雑さには対応しきれなかったようです。


Phrona: そして買収戦略。InstagramやWhatsAppの買収は、まさに著者たちの言う「脅威となる機能は取り込め」の実践でした。でも今では「キラー買収」として批判の的になっています。競争を阻害する行為だと。


AIとWeb3が変える風景


富良野: 2016年には予想できなかった変化もありますね。生成AIの登場は、プラットフォーム経済にも大きな影響を与えています。


Phrona: 皮肉なことに、AIでも大手プラットフォーマーが主導権を握りつつあります。膨大なデータと計算資源を持つ彼らが、AI開発でも先行している。新たな独占の種になりかねません。


富良野: ギグエコノミーでは、AIアルゴリズムが労働者の配分を決めるようになりました。効率的だけど、ブラックボックス化していて、労働者には何も見えない。「アルゴリズムが搾取を自動化している」という批判も出ています。


Phrona: Web3は面白い動きでしたね。分散型の理想を掲げて、中央集権的プラットフォームへの対抗軸として期待されました。でも2025年の今、まだニッチな存在に留まっています。


富良野: 暗号資産バブルの崩壊もありましたし、規制の不確実性も大きい。ただ、プラットフォーム経済に「中央集権vs分散」という新しい軸を持ち込んだ意義はあります。


地政学的分断という想定外


Phrona: もう一つ、著者たちが予想していなかったのは、プラットフォーム経済の地政学的分断ですよね。


富良野: 確かに。中国は独自のエコシステムを作り、GoogleやFacebookを締め出しました。EUはデジタル主権を掲げ、アメリカは自国企業を守ろうとする。グローバルに拡大するはずだったプラットフォームが、実際には地域ごとに分断されています。


Phrona: TikTokを巡る米中の対立、EUの規制に対するアメリカの反発。プラットフォームが国家間の争いの道具になるなんて、2016年には想像もしていなかったでしょう。


富良野: インドのONDCのような、政府主導のプラットフォームまで登場しています。市場原理だけでなく、国家の意思が強く働く時代になりました。


Phrona: 著者たちが描いた「ボーダーレスに拡大するプラットフォーム革命」は確かに実現しましたが、その後、各国の価値観や社会的受容度によって取り扱いが変わるフェーズに入ったんですね。


理論の限界と新たな視点


Phrona: 振り返ると、著者たちの理論は主にビジネス戦略の観点から書かれていて、社会的・倫理的な影響については深く掘り下げていませんでしたね。


富良野: 労働者の不安定化、所得格差の拡大、民主主義への影響。これらは今、最も議論されている問題です。フェイクニュースの拡散が選挙を左右したり、過度な個人情報収集が監視資本主義と批判されたり。


Phrona: 著者たちは「プラットフォームは万能薬ではない」と注意はしていましたが、具体的な対策や解決策については触れていませんでした。今まさに、そこが問われています。


富良野: 規模の経済と独占化に対する認識も楽観的すぎました。プラットフォーム戦略の成功法則に焦点が当たりすぎて、成功した後の権力乱用防止策については深く論じられていない。


Phrona: 今では、Googleの強制分割やAppleへの業務改善命令など、踏み込んだ措置が検討されています。「過度な規制はイノベーションを損なう」という一般論では済まない段階に来ています。


2025年の今、何を学ぶべきか


Phrona: でも、『Platform Revolution』の基本的な枠組みは、今でも有効だと思います。ネットワーク効果、エコシステム、ガバナンス。これらの概念は、プラットフォームを理解する上で欠かせません。


富良野: そうですね。ただ、それに加えて、公正さや持続可能性、社会的責任といった視点を組み込む必要がある。純粋な効率性だけでは、もう社会に受け入れられません。


Phrona: 生成AIやWeb3といった新技術への対応も必要です。プラットフォーム理論自体をアップデートしていかないと、現実に追いつけなくなります。


富良野: 結局、プラットフォーム革命は終わったわけじゃない。むしろ、新しい段階に入ったと言うべきでしょう。規制と競争、集中と分散、効率と公正。これらのバランスをどう取るかが問われています。


Phrona: 著者たちが示した光の部分は確かに実現しました。イノベーション、効率化、新たな機会の創出。プラットフォーム経済の恩恵は、経済成長や消費者の利便性向上という形で現れています。


富良野: でも同時に、影の部分も顕在化した。独占、搾取、監視、分断。著者たちが指摘していた以上に深刻になっています。


Phrona: 2025年の私たちの課題は、この光と影を直視しながら、より良いプラットフォーム経済を作っていくことです。『Platform Revolution』は出発点であって、到達点ではなかった。


富良野: そうですね。本書が提起した問いは今も生きています。ただ、その答えは、2016年に著者たちが考えていたよりも、ずっと複雑で困難なものになっている。プラットフォーム革命は2025年の今も進行中であり、私たちはその光と影を直視しつつ、次の展開を形作る責任を負っているのかもしれません。




ポイント整理


  • プラットフォーム経済の拡大という予測は的中し、2033年には市場規模2.45兆ドルに達する見込み

  • 教育、医療、金融など著者が挙げた分野でプラットフォーム化が進展し、APIエコシステムも現実化

  • しかし「分散化」の理想とは逆に、少数の巨大プラットフォームへの集中が進み、新たな独占問題が発生

  • 各国で独占規制が強化され、EU(デジタル市場法)、中国(独占禁止法強化)、アメリカ(反トラスト訴訟)がそれぞれ異なるアプローチで規制を実施

  • ガバナンスの3原則(ユーザー価値創造、公正なルール変更、富の公平分配)は実現せず、プラットフォーム側の恣意的な運営が常態化

  • 開放戦略は諸刃の剣となり、Cambridge Analyticaスキャンダルなどプライバシー問題が顕在化、多くのプラットフォームが再び閉鎖的な方向へ

  • 生成AIの登場により既存プラットフォーマーの支配力がさらに強化される懸念、アルゴリズムによる労働管理も問題化

  • Web3は中央集権への対抗軸として登場したが、2025年時点ではまだ主流化には至らず

  • プラットフォーム経済は地政学的に分断され、中国、EU、アメリカがそれぞれ独自のエコシステムを形成

  • 社会的・倫理的影響(労働問題、格差、民主主義への影響)への対応が急務となり、ILOでは国際基準作りも開始



キーワード解説


【勝者総取り】

ネットワーク効果により一つのプラットフォームが市場を独占する現象


【デジタル市場法(DMA)】

EUが巨大プラットフォームを規制するために制定した法律


【キラー買収】

競合となりうる企業を早期に買収して競争を排除する行為


【アルゴリズム管理】

AIによる労働者の配分や報酬決定の自動化とその不透明性


【デジタル主権】

各国が自国のデータや市場を外国プラットフォームから守ろうとする動き


【監視資本主義】

個人データの収集と分析により利益を得るビジネスモデルへの批判的概念



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
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