ヨーロッパ「再生」の幻想と、衰退から学ぶ知恵
- Seo Seungchul
- 6月21日
- 読了時間: 6分
更新日:6月30日

シリーズ: 知新察来
◆今回のピックアップ記事:"How to really Make Europe Great Again"
出典: The Institute of Art and IdeasCointelegraph (2025年6月19日)
筆者: Simon Glendinning(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス ヨーロッパ研究所長)
概要: ヨーロッパの政治的楽観論に対して、オズワルド・シュペングラーの歴史哲学を援用した批判的検討と、民主主義の不完全性に見出す希望論を展開した論考
アメリカへの依存から脱却し、独自の道を歩もうとするヨーロッパ。リベラルな価値観の最後の砦として自らを位置づけ、大きな同盟関係の構築を模索する政治指導者たち。しかし、その「ヨーロッパを再び偉大に」という楽観的な声に、果たして根拠はあるのでしょうか。
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの研究者サイモン・グレンディニングは、こうした現在の議論に対して、100年前のドイツの思想家オズワルド・シュペングラーの『西洋の没落』を通じて、まったく異なる視点を提示します。シュペングラーが描いた「強権的指導者」の時代の到来と文明の衰退という予言は、現在のヨーロッパ情勢を見る上で無視できない洞察を含んでいます。
一方で、この悲観的な診断から、民主主義の「不完全さ」こそが希望の源泉になりうるという逆説的な可能性も浮かび上がってきます。ヨーロッパの未来を考える時、表面的な楽観論でも絶望的な諦観でもない、第三の道筋があるのかもしれません。
富良野: ヨーロッパがアメリカから距離を置いて独自路線を歩もうとしているっていう話、最近よく聞きますよね。でもこの論考を読んでいると、その楽観論に対してかなり厳しい視線を向けている。シュペングラーという思想家を持ち出してきているのが興味深いです。
Phrona: シュペングラーって、第一次大戦の頃の人ですよね。『西洋の没落』って、なんだか物騒なタイトル。でも今の時代に持ち出してくるということは、何か現在と重なる部分があるということなのかしら。
富良野: そうなんです。シュペングラーは文明には寿命があるって考えていて、西欧文明は西暦1000年頃に始まって、大体1000年ちょっとで終わりを迎えるって予測していた。つまり今がまさにその時期に当たるわけです。
Phrona: 1000年周期説ですか。でも文明に寿命があるっていう発想自体、今の私たちには受け入れがたい部分もありますよね。進歩史観に慣れている現代人からすると、文明は発展し続けるものっていう前提がある。
富良野: まさにそこがポイントで、シュペングラーは一直線の進歩史観を否定していたんです。人類全体が古代の原始状態から現代の文明状態へと発展してきたっていう見方ではなくて、地球上には様々な文化圏が花開いては散っていくっていう循環的な歴史観を持っていた。
Phrona: 面白いですね。エジプト、バビロニア、中国、ギリシア・ローマ、そして西欧っていう風に、それぞれが独立した文化的な生命体みたいなものとして捉えていたんですね。
富良野: そうです。そして今回の論考で気になるのは、シュペングラーが予言していた強権的指導者の時代が現実になってきているという指摘です。民主的な制度を無視したり、それを乗り越えたりする権限を持つ指導者を人々が好むようになってきている。
Phrona: それって、まさに今の世界情勢と重なりますね。でも強権的指導者への傾倒って、必ずしも西欧だけの現象ではないような気もしますが。
富良野: その通りです。ただ、グレンディニングが問題にしているのは、こうした状況の中でヨーロッパの政治指導者たちが「最後のリベラル価値の砦」として自分たちを位置づけて、大きな同盟関係を構築しようとしていることなんです。
Phrona: ああ、つまりヨーロッパ統合をもっと深めて、アメリカに頼らない独自の力を持とうという動きですね。でもそれに対して懐疑的だということ?
富良野: 楽観的すぎるし、歴史的な視野が足りないって批判しているんです。表面的な現象だけを見て、もっと深い歴史的な構造を見落としているんじゃないかと。
Phrona: でも興味深いのは、この絶望的に見える診断の中に、希望を見出そうとしている部分もあることです。民主主義の不完全さが、逆に希望の源泉になりうるって言っていますよね。
富良野: そこが一番面白いところかもしれません。普通だったら、民主主義の不完全さは問題として捉えられがちですが、その不完全さ自体に可能性を見出している。
Phrona: 完璧なシステムって、ある意味で硬直化してしまう可能性がありますものね。不完全だからこそ、常に変化し続けることができるし、予期せぬ展開も生まれうる。
富良野: 文明統合の幻想に頼るのではなく、制度の脆弱性の中に活路を見出すっていう発想は、なかなか逆説的ですね。ヨーロッパ文明圏の統一という壮大な物語よりも、もっと身近で日常的な民主的プロセスの中に希望を探すという。
Phrona: そう考えると、シュペングラーの悲観的な歴史観も、単純に絶望を説いているわけではないのかもしれませんね。むしろ幻想を打ち砕くことで、別の可能性を見えるようにしているというか。
富良野: 楽観主義は臆病だっていうシュペングラーの言葉も引用されていましたね。安易な希望的観測に逃げるのではなく、厳しい現実を直視した上で、それでも残されている可能性を探るという姿勢。
Phrona: 今のヨーロッパの政治家たちが語る「再び偉大に」という物語は、確かに20世紀前半のある種の政治的レトリックを思い起こさせる部分もありますね。そういう壮大な物語への警戒感もあるのかもしれません。
富良野: 僕はこの論考を読んでいて、政治的な現実主義と歴史哲学が興味深い形で結びついているなと思いました。単なる時事解説ではなく、もっと長期的な時間軸で現在を捉えようとしている。
Phrona: でも同時に、シュペングラー的な運命論に完全に身を委ねているわけでもないんですよね。衰退は避けられないとしても、その中でどう生きるかっていう問いは残されている感じがします。
ポイント整理
現状認識:
ヨーロッパの政治指導者たちがアメリカからの独立と「ヨーロッパを再び偉大に」というビジョンを掲げているが、この楽観論は歴史的視野を欠いている
シュペングラーの予言:
100年前に書かれた『西洋の没落』が予測していた強権的指導者への傾倒が現実のものとなっており、西欧文明の衰退期に入っている可能性
文明観の転換:
人類全体の直線的進歩という近代的歴史観ではなく、各文明が独立して興隆と衰退を繰り返すという循環的歴史観の妥当性
民主主義の逆説:
完璧な制度や文明統合の幻想に頼るのではなく、民主主義の不完全さそのものの中に希望を見出すという視点の転換
歴史的思考の必要性:
表面的な現象分析ではなく、より深い歴史的構造や世界史的な文脈から現在を理解する必要性
キーワード解説
【オズワルド・シュペングラー】
20世紀初頭のドイツの歴史哲学者、文明循環論の提唱者
【『西洋の没落』(Der Untergang des Abendlandes)】
1918-1922年に出版された西欧文明の衰退を論じた代表作
【強権的指導者(strongman leaders)】
民主的制度を無視または迂回する権限を持つ指導者への支持の高まり
【文明の寿命説】
各文明が約1000年の周期で興隆と衰退を繰り返すというシュペングラーの理論
【European-West】
西暦1000年頃に成立したとされる西欧文明圏の概念
【循環的歴史観】
直線的進歩史観に対して、文明の興亡が循環的に繰り返されるという歴史認識
【民主主義の不完全性】
制度的欠陥や脆弱性を問題ではなく、変化と適応の源泉として捉える視点