リアル版『Game of Thrones』?──ヘンリー8世の子供たちが繰り広げた血と信仰と王冠をめぐるドラマ
- Seo Seungchul
- 6月22日
- 読了時間: 8分
更新日:6月27日

シリーズ: 書架逍遥
◆今回の書籍:『The Children of Henry VIII』
著者:Alison Weir
出版年:2009年
概要:1547年のヘンリー8世の死から1558年のエリザベス1世即位までの激動の11年間を描いた歴史ノンフィクション。エドワード6世、メアリー1世、エリザベス1世の3人の異母きょうだいと、従姉妹ジェーン・グレイの運命を中心に、宗教改革と王位継承をめぐる血なまぐさい権力闘争を生々しく再現している。
今回は、アリソン・ウィアー著『The Children of Henry VIII(ヘンリー8世の子供たち)』を題材に、16世紀イングランドで繰り広げられた王位継承の壮絶なドラマについて、富良野とPhronaが語り合います。
異母きょうだいの微妙な関係、宗教をめぐる命がけの対立、そして若干16歳で処刑された「9日間の女王」ジェーン・グレイ。現代の私たちにとってはまるでフィクションの世界のような宗教対立の激しさ、女性君主たちの強烈な政治力、そして家族でありながら互いの命を狙うような緊張関係。現代の私たちの常識が次々と覆される、衝撃的な史実の数々を一緒に紐解いていきましょう。
王室のイメージが根底から覆される衝撃
富良野:この本が描いているのって、ヨーロッパの王室について世間一般に持たれているイメージとは、かけ離れた世界かもしれませんね。
Phrona:そうですよね。実際は、異母きょうだい同士が互いに命を狙うような関係で。特にエリザベスなんて、姉のメアリーから常に疑いの目で見られて、ロンドン塔に投獄されたり。
富良野:ジェーン・グレイなんて、16歳の少女が、たった9日間だけ女王になって、その後処刑される。しかも彼女自身は王位なんて望んでいなかったのに、大人たちの政治的野心に巻き込まれて。
Phrona:「権力の道具」として使われた若い命、という感じがして胸が痛みます。日本だと、たとえ政争に敗れても、若い皇族や公家の子女がここまで容赦なく処刑されることは少なかったような気がするんです。
富良野:確かに。日本の場合は出家させたり、地方に流したりすることが多かったですよね。でもイングランドでは、王位継承権を持つ者は、たとえ10代の少女でも容赦なく処刑の対象になる。この冷徹さは、ちょっと想像を超えています。
宗教が生死を分ける社会
Phrona:私が一番驚いたのは、宗教の違いがここまで人の生死を左右するということ。メアリー1世の時代には、プロテスタントというだけで火あぶりですよ。しかも300人近くも。
富良野:「ブラッディ・メアリー」という異名も納得ですね。でも興味深いのは、メアリー自身は「彼らの魂を救うため」と本気で信じていたということ。現代の感覚では理解しがたいけど、当時の人々にとって宗教は、文字通り命より大切なものだったんでしょうね。
Phrona:日本でも一向一揆とか、キリシタン弾圧とかはありましたけど、あれは宗教そのものというより、政治的な脅威として見なされた面が強い気がします。
富良野:そうですね。イングランドの場合は、純粋に「信仰の内容」で国が二分されて、お互いに相手を悪魔扱いしている。この激しさは、多神教的な日本人にはなかなか理解しづらいところがあります。
Phrona:エドワード6世も13歳で姉のメアリーに「改宗しろ」って手紙を書いて、直接論争までしているんですよね。13歳の少年が、宗教について姉と激論を交わすなんて。
富良野:しかも単なる知的な議論じゃなくて、本当に相手の魂の救済を心配している。この真剣さ、純粋さが、かえって恐ろしい結果を生んでいく。
女性君主の凄まじい政治力
Phrona:メアリーもエリザベスも、ただの飾り物じゃなくて、本当の意味で国を動かす政治的主体として描かれているのも印象的でした。
富良野:特にメアリーの決断力はすごいですよね。ノーサンバランド公が擁立したジェーン・グレイに対して、即座に自分の正統性を主張して軍を集め、わずか9日で王位を奪還する。この政治的な行動力は、日本の女性天皇のイメージとはかなり違います。
Phrona:エリザベスの処世術も見事ですよね。姉のメアリーから常に疑われながらも、表面上は従順を装い、でも決して本心は明かさない。この駆け引きの巧みさ。
富良野:「私には多大な嫌疑がかけられているが、何一つ証明されていない」という言葉が印象的でした。無実でありながら常に疑われる立場で、それでも生き延びていく強さ。これは現代のキャリアウーマンにも通じる処世術かもしれません。
Phrona:そう考えると、この時代の女性君主って、ただ強いだけじゃダメで、柔軟性も必要だったんですね。メアリーは信念は強かったけど、柔軟性に欠けていた。一方エリザベスは、状況に応じて自分を変えられる柔軟さがあった。
国際結婚が国家を揺るがすスケール
富良野:メアリーとスペインのフェリペ2世の結婚も、そのスケールの大きさに驚きました。王族の結婚が、これほど国民的な大問題になるとは。
Phrona:「外国の王子が自分たちの王になる」っていう恐怖感。ワイアットの反乱なんて、まさにその恐怖が爆発した結果ですよね。
富良野:一般市民まで巻き込んで、ロンドンまで攻め込んでくる。結婚問題がここまで大きな内乱に発展するなんて。
Phrona:でも、メアリーの立場からすると、カトリック国の王子と結婚することで、イングランドを「正しい信仰」に導けると思っていたんでしょうね。個人の幸せと国家の利益と宗教的使命が、複雑に絡み合っている。
富良野:結局、その結婚も幸せなものにはならなかった。フェリペは政治的な打算で結婚しただけで、メアリーの想像妊娠の後は、ほとんどイングランドに戻ってこなかった。
Phrona:権力の頂点にいながら、最も基本的な人間的な幸せは得られなかった。この皮肉さが、なんとも切ないです。
現代に通じる普遍的なテーマ
富良野:王位を巡る血みどろの争い、家族同士の裏切り、若い王や王女が政治の道具にされる。この本に描かれている世界って、まさにリアル版『Game of Thrones』じゃないですか?
Phrona:実際、ジョージ・R・R・マーティンも、この辺の歴史から相当インスピレーションを受けたらしいですよ。
富良野:しかも、現実の方がフィクションより残酷かもしれない。
Phrona:エリザベスの生き残り方なんて、まさにサンサ・スタークを思い出させます。常に疑われて、命の危険にさらされながらも、巧みに立ち回って最後には王位を手にする。
富良野:ティリオン・ラニスターっぽさもありますよね。本心を隠して、状況を読んで、必要なら敵にも頭を下げる。でも最終的には自分の目的を達成する、あの計算高さ。
Phrona:こういう歴史を見ていると、人間の本質って本当に変わらないんだなって思います。権力欲、嫉妬、愛情、裏切り。これらは現代の企業社会でも、SNSの世界でも、形を変えて存在している。
富良野:特に異母きょうだいの複雑な関係性は、現代の複雑な家族構成にも通じるものがありますよね。血はつながっているけど、育った環境も価値観も違う。お互いに距離を測りながら生きていく難しさ。
Phrona:だからこそ、『Game of Thrones』みたいな作品が世界中でヒットするんでしょうね。500年前のイングランドで起きていたことが、形を変えて現代でも起きている。人間のドラマは普遍的なのかも。
富良野:ただ、やっぱり宗教が絡む部分の激しさは、現代日本人には理解しがたいところもあります。信仰のために喜んで死を選ぶ人々。これは私たちの感覚とはかけ離れていて。
Phrona:でも、ある意味では現代にも通じるかもしれません。自分の信じる価値観のために、どこまで犠牲を払えるか。それが宗教じゃなくても、例えば正義とか、理想とか。そういう普遍的な問いを、この本は投げかけているような気がします。
ポイント整理
ヘンリー8世の死後、わずか11年間で3人の君主(エドワード6世、メアリー1世、エリザベス1世)が入れ替わり、その間に「9日間の女王」ジェーン・グレイの悲劇も起きた
異母きょうだいであるエドワード、メアリー、エリザベスは、母親も育った環境も信仰も異なり、複雑な愛憎関係にあった
カトリックとプロテスタントの対立は国を二分し、メアリー1世時代には約300人が宗教的理由で火刑に処された
王位継承権を持つ者は年齢や性別に関係なく政治的脅威とみなされ、16歳のジェーン・グレイも処刑された
メアリー1世のスペイン王子との結婚は国民の大反発を招き、ワイアットの反乱という内乱にまで発展した
エリザベスは姉メアリーの治世下で常に疑いの目を向けられ、ロンドン塔への投獄も経験したが、巧みな処世術で生き延びた
女性君主たちは飾り物ではなく、実際に国を動かす強力な政治的主体として君臨した
キーワード解説
【ヘンリー8世】
6人の妻を持ち、イングランド国教会を創設した国王
【エドワード6世】
ヘンリー8世の唯一の嫡男、9歳で即位し15歳で死去
【メアリー1世】
ヘンリー8世の長女、「ブラッディ・メアリー」の異名を持つ
【エリザベス1世】
ヘンリー8世の次女、後に「黄金時代」を築く
【ジェーン・グレイ】
ヘンリー8世の姪孫、わずか9日間だけ女王となった
【カトリックとプロテスタント】
キリスト教の二大宗派、当時は激しく対立
【ロンドン塔】
王族や貴族の幽閉・処刑の場として使われた要塞
【王位継承法】
誰が次の王になるかを定めた法律、度々変更された