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人口が減っても生物多様性は回復しない──人口減少先進国・日本が教える「当たり前」の落とし穴

更新日:6月30日

シリーズ: 論文渉猟


  • 著者:Kei Uchida, et al.

  • 掲載:Nature Sustainability(2025年6月)

  • 内容:日本全国158地点で2004-2021年に実施された生物多様性調査と、人口動態・土地利用変化を統合分析した研究。里山・農地・都市周辺(WAPU)景観における鳥類、両生類、昆虫類、植物の464種・約150万個体の長期モニタリングデータを基に、人口減少と生物多様性の関係を検証。


少子高齢化で人口が減れば、自然環境にとっても良いニュースになるのでは?一見シンプルで納得のいく論理です。人間の活動が減れば、その分だけ自然が回復し、生物多様性も豊かになるはず。しかし日本での17年間にわたる大規模調査は、この「当たり前」の仮説に意外な一石を投じています。


人口減少の先進国として世界から注目される日本で、実際に人口が減少した地域では生物多様性も改善されたのでしょうか。今回は富良野とPhronaが、人間と自然の関係性について、少し複雑で興味深い現実を語ります。単純な人口論を超えて、これからの社会設計を考えるヒントが見えてくるかもしれません。



富良野:人口が減れば自然が回復するという発想は、あまりにもシンプルすぎる仮説だったんですね。率直に「やはりそうか」と思いました。


Phrona: 確かに人が減れば生きものが戻るって思いがちですよね。でも17年間のデータを見ると、人口が減少した地域でも生物多様性は改善していない。むしろ悪化している場合が多い。これって何を意味しているんでしょう?


富良野:キーワードは「土地利用の変化」だと思います。人口が減っても、農地の放棄と都市化が同時に進行している。つまり、人がいなくなった農地が荒れ地になったり、一方で残った人たちが住みやすい場所に集約されて都市的な開発が続いたりしているわけです。


Phrona: ああ、人が「いるかいないか」だけじゃなくて、人が「どんな風にいるか」の問題なんですね。論文でも触れられている里山って概念がまさにそれですよね。人間の適度な管理があってこそ維持される生態系。


富良野:そうです。特に日本の場合、3000年前から続く水田稲作と人間の営みが作り上げた半自然的な生態系があります。これは人間の手が入らないと維持できない。例えば水田だって、人が管理しなくなれば単に湿地に戻るのではなく、外来種が侵入したり、乾燥化が進んだりして、むしろ生物多様性が低下する場合が多い。


Phrona: データを見ると興味深いことに、現在人口が安定している地域では生物多様性も比較的安定しているんですよね。でもこれらの地域も高齢化が進んでいて、将来的には人口減少に転じる可能性が高い。


富良野:そこが今回の研究の核心的な警告だと思います。つまり、現在の安定は一時的なもので、高齢化が進行すれば労働力不足から農業の維持が困難になる。68.4歳という農業従事者の平均年齢は、そのリアリティを物語っています。


Phrona: 空き家が930万戸って数字も衝撃的ですね。住宅ストックの13.8%。これって単に住む場所の問題ではなく、その周辺の田畑や里山の管理ができなくなることを意味している。


富良野:そうですね。論文では「アキヤ」(空き家)と「アキチ」(放棄地)という言葉が使われていますが、これらが増加することで、従来の生態系ネットワークが分断されてしまう。人間が介在することで成り立っていた生物のコリドー、つまり移動経路が失われるんです。


Phrona: でも一方で、都市化が進む地域では一部の生物種は増加しているというデータもありますよね。山茶花蛙とかヘイケボタル、蝶類の一部とか。これってどう解釈すればいいんでしょう?


富良野:それは生態学でいう「攪乱耐性」の問題だと思います。都市的な環境変化に適応できる種と、できない種がいる。問題は、適応できる種の多くが、必ずしも元々その地域にいた在来種ではないということです。


Phrona: つまり生物多様性の「質」が変わってしまっているということですね。単に種数が維持されているかどうかではなく、どんな種がどんな環境で暮らしているかが重要。


富良野:まさにその通りです。そしてこの研究の重要な貢献は、日本を「人口減少先進国」として位置づけていることです。論文では「depopulation vanguard country」という概念を提唱していますが、日本の経験は東北アジア全体、さらには世界の多くの国の未来を先取りしているかもしれない。


Phrona: 韓国や中国の一部、ヨーロッパ南部でも同じような現象が起きる可能性があるということですね。でも、この研究から何か希望的な示唆は得られるんでしょうか?


富良野:論文の最後で提案されている「介入的なリワイルディング」という概念は興味深いと思います。つまり、自然の回復を人間が完全に手を引くことに委ねるのではなく、意図的・積極的に管理していくアプローチです。


Phrona: でもそれって、ある意味では従来の里山管理の現代版とも言えませんか?人間が自然の一部として機能するという発想。


富良野:そうですね。ただし現代的な課題は、従来の里山を支えてきた経済的・社会的基盤が崩れていることです。稲作農業だけでは生計を立てられない、若い人が農村に残らない、といった構造的な問題がある。


Phrona: だとすると、生物多様性の保全というのは、実は地域経済や社会システムの再設計とセットで考えなければならない問題なのかもしれませんね。


富良野:そこが政策的に最も重要な点だと思います。生物多様性の「人口減少配当」を実現するためには、単に人口密度を下げるだけでは不十分で、持続可能な土地利用のあり方を積極的に設計する必要がある。


Phrona: この研究を読んでいて感じるのは、私たちが持っている「自然」に対する素朴な理解が、いかに現実と乖離しているかということです。人工と自然、文明と野生という二項対立では捉えきれない複雑さがある。


富良野:人新世(Anthropocene)という概念が示しているように、もはや人間の影響を受けていない「純粋な自然」は地球上にほとんど存在しない。だからこそ、人間と自然の「良い関係」をどう築くかという問いが重要になってくるんです。


Phrona: そして日本の経験は、その「良い関係」が決して自動的には生まれないということを教えてくれているのかもしれませんね。意識的な努力と継続的な関与が必要だということを。



ポイント整理


  • 人口減少は自動的に生物多様性の回復をもたらさない:

    • 日本の17年間の調査データは、人口減少地域でも生物多様性の改善は見られず、むしろ悪化している場合が多いことを示している

  • 土地利用変化が主要な要因:

    • 人口減少と同時に進行する農地放棄、都市化、農業集約化が生態系に負の影響を与えている

  • 人間管理依存の生態系:

    • 日本の里山・農地・都市周辺景観は3000年間の人間活動によって形成され、適度な人間の介入なしには維持できない半自然的生態系である

  • 人口安定地域の相対的優位性:

    • 現在人口が安定している地域では生物多様性も比較的安定しているが、高齢化の進行により将来的には人口減少に転じる可能性が高い

  • グローバルな示唆:

    • 日本は「人口減少先進国」として、東北アジアや世界の他地域の将来的な課題を先取りしており、その経験は国際的な政策立案に重要な知見を提供する

  • 介入的管理の必要性:

    • 生物多様性の保全には受動的な自然回復を待つのではなく、積極的な生息地管理と生物多様性保全戦略の実施が必要である


キーワード解説


【人口減少先進国(DVC: Depopulation Vanguard Country)】

継続的な人口減少を世界に先駆けて経験している国。日本は東北アジア地域のDVCとして位置づけられる


【WAPU景観】

里山(Wooded)、農地(Agricultural)、都市周辺(Peri-Urban)の複合的な土地利用からなる景観。人間活動と自然環境が混在する半自然的な生態系


【人口減少配当】

人口減少が環境回復をもたらすという期待される効果。本研究はこの仮説が単純すぎることを示している


【半自然的生態系】

完全な自然でも人工でもない、人間の適度な管理によって維持される生態系。日本の里山はその典型例


【介入的リワイルディング】

自然の完全放置ではなく、積極的な管理介入による生態系回復手法。従来の里山管理の現代版とも言える


【生態学的攪乱】

都市化や農地放棄などの環境変化。一部の種は適応できるが、多くの在来種にとっては生存を脅かす要因となる


本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
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