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人類は神になるのか──『ホモ・デウス』を読み解く

更新日:7月1日

 シリーズ: 書架逍遥


◆今回の書籍:Yuval Noah Harari 『Homo Deus: A Brief History of Tomorrow』(2017年)

  • 邦題:『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』


人類が飢餓、疫病、戦争という三大脅威をほぼ克服した今、次に私たちが目指すのは何でしょうか。不老不死?永遠の幸福?それとも神のような能力の獲得?イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリは、ベストセラー『ホモ・デウス』で、人類が「ホモ・サピエンス」から「ホモ・デウス(神人類)」へと進化しようとしている現実を描き出しています。


しかし、その未来は必ずしも明るいものではありません。AIやバイオテクノロジーが急速に発展する中、私たちの「人間らしさ」や「自由意志」といった概念が根底から揺らぎ始めています。一部のエリートだけが技術的に強化された「神」となり、大多数が「無用者階級」に転落する超格差社会。アルゴリズムが人間以上に私たちを理解し、重要な決定を下す世界。


今回は、富良野とPhronaの対話を通じて、ハラリが描く未来像とその問題提起を探っていきます。テクノロジーの進歩に浮かれる現代において、私たちは何を大切にし、どんな未来を選択すべきなのでしょうか。



三大脅威を克服した人類の次なる野望


富良野: ハラリの『ホモ・デウス』ですが、人類が飢餓、疫病、戦争をほぼ克服したって話から始まるんですけど、これ、確かにデータ見るとそうなんですよね。でも、その次に来るのが不老不死とか幸福の追求、神のような力の獲得って…正直、ちょっと飛躍してません?


Phrona: ああ、その違和感、すごくわかります。でも私、ハラリのこの論理展開、案外自然だと思うんです。人間って、基本的な問題が解決すると、次の欲望が生まれてくる生き物じゃないですか。マズローの欲求階層説みたいに。ただ、その欲望の行き着く先が「神になる」っていうのは…なんていうか、人間の傲慢さと同時に、ある種の悲しさも感じちゃうんですよね。


富良野:悲しさ、ですか。僕はどちらかというと、これって必然的な流れなのかなって思ったんです。だって、医療技術の延長線上に寿命延長があり、その先に不老不死への挑戦がある。幸福の追求だって、GDPから幸福度指標への転換とか、すでに政策レベルで議論されてますよね。


Phrona: そうですね、技術的には確かに延長線上にあるのかも。ただ、私が感じる違和感はもっと根本的なところにあって。人間が「死」や「苦しみ」を完全に克服したら、それってまだ人間なんでしょうか?死があるから生が輝くとか、苦しみがあるから喜びが際立つとか、そういう二元性って人間の本質じゃないかなって。


富良野: なるほど、哲学的な問いですね。でも実際問題として、シリコンバレーの大富豪たちはすでに寿命延長の研究に莫大な資金を投じてますし、GoogleのCalicoプロジェクトなんかは本気で老化を「治療可能な病気」として扱おうとしてる。この流れ、もう止められないんじゃないかな。


Phrona: 止められないかもしれないけど、だからこそ立ち止まって考える必要があるんじゃないですか?ハラリも言ってるけど、私たちは「できること」と「すべきこと」を混同しがちで。技術的に可能だからって、それが人類にとって本当に望ましい未来なのか…


トランスヒューマニズムへの冷めた視線


富良野:そういえば、ハラリのトランスヒューマニズムに対する態度って、結構複雑ですよね。一方では人類の必然的な方向性として描きながら、同時にかなり批判的というか、距離を置いてる感じがする。


Phrona: ええ、そこが面白いところですよね。普通、未来予測の本って、テクノロジー礼賛か終末論のどちらかに偏りがちなのに、ハラリは両方の視点を保ちながら、むしろ読者に「これでいいの?」って問いかけてくる。特に「無用者階級」の話なんか、かなりショッキングでした。


富良野:「無用者階級」ね…AIが人間の仕事を奪うって話はよく聞きますけど、ハラリの描写はもっと根源的ですよね。単に失業するだけじゃなくて、社会的にも経済的にも「存在価値がない」とみなされる人々が大量に生まれる。で、一方では遺伝子操作やサイボーグ技術で強化された超人類が現れる。


Phrona: その格差の描写、本当に恐ろしいです。今までの格差って、お金持ちと貧乏人の差でしたけど、ハラリが描く未来では、生物学的にも認知的にも別次元の存在になっちゃう。まるでSFみたいだけど、技術的にはもうすぐそこまで来てるんですよね。


富良野: でも興味深いのは、ハラリ自身はこの未来を「避けられない運命」として描いてないところです。むしろ、こういう可能性を提示することで、僕たちに選択を迫ってる。彼のトランスヒューマニズムへの態度は、「これは一つの可能性だけど、本当にこれでいいの?」っていう問いかけなんじゃないかな。


Phrona: 私もそう読みました。特に印象的だったのは、人間の意識や主観的体験の価値を強調してるところ。AIがどんなに賢くなっても、意識は持てない。でも、もし人類が効率や知能ばかり追求して、意識の豊かさを忘れたら…それこそ人間性の喪失じゃないかって。


データ教という新しい宗教


富良野: 最終章の「データ教」の話も衝撃的でしたね。宇宙をデータの流れとして理解し、その効率化こそが最高の価値だという思想。これ、すでに現実になりつつあるような気がします。


Phrona: ほんとに。私たち、毎日どれだけのデータをアップロードしてるか…SNSの投稿、位置情報、健康データ、購買履歴。気づいたら、自分の人生がデータの集積になってる。でも、これって便利な反面、なんか寂しくないですか?


富良野: 寂しい、か。確かに、人間の経験や感情がすべてアルゴリズムで解析されて、最適化の対象になるっていうのは…でも実際、Netflixのレコメンドとか、Amazonの購入提案とか、自分より自分のことをよく知ってる気がする時ありません?


Phrona: ありますあります!でも、それがエスカレートした先にあるのが、ハラリの言う「アルゴリズムに従え」っていう世界なんですよね。就職も結婚も、全部AIに決めてもらう方が合理的だって。でも、そうなったら人間の自由意志って何なんでしょう?


富良野:そもそも自由意志なんて幻想だ、っていうのがハラリの立場でしたよね。脳科学的には、僕たちの選択は脳内の電気化学的プロセスの結果に過ぎない。でも、幻想だとしても、その幻想が人間社会を支えてきたわけで…


Phrona: そう!だから私、ハラリの問いかけってすごく重要だと思うんです。「生物はアルゴリズムなのか」「知能と意識、どちらが価値があるのか」って。これ、単なる哲学的な問いじゃなくて、私たちがどんな未来を選ぶかに直結してる。


人間らしさの行方


富良野:でも正直、この流れを止めるのは難しいんじゃないですかね。企業も政府も、効率化とか最適化を追求せざるを得ない。競争原理がある限り、より高度なAIやバイオテクノロジーの開発は続くでしょうし。


Phrona: だからこそ、ハラリみたいな警鐘が必要なんじゃないでしょうか。技術開発を止めろって言ってるんじゃなくて、その使い方や目的について、もっと慎重に考えようって。私たちが本当に望む未来は何なのか、技術に流されるんじゃなくて、主体的に選択しなきゃって。


富良野:確かに。ハラリの本を読んで思ったのは、僕たちって案外、自分たちが何を望んでるのかわかってないんだなって。不老不死を手に入れたとして、その先に何があるのか。永遠に生きることが本当に幸福なのか。


Phrona: そうそう、幸福の話も興味深かったです。脳内物質を操作すれば幸福感は作り出せる。でも、それって本当の幸福なんでしょうか?苦労して何かを成し遂げた時の喜びと、薬物で得られる快楽って、質的に違うような…


富良野:その違いを「意味がある」と考えるのが人間らしさなのかもしれませんね。でも、もし将来、その違いすら脳科学的に説明されて、結局は化学反応の違いでしかないってなったら…うーん、やっぱり複雑だ。


Phrona: 複雑でいいんじゃないですか?ハラリも答えを出してないし。むしろ、こういう問いを考え続けることが大切なのかも。技術の進歩は止められないけど、その中で人間らしさをどう定義し直すか。それが私たちの課題なんでしょうね。



ポイント整理


  • 人類は飢餓・疫病・戦争という歴史的脅威をほぼ克服し、次なる目標として不老不死、幸福の追求、神のような力の獲得を掲げ始めている

  • AIやバイオテクノロジーの発展により、人間の定義そのものが揺らぎ、「自由意志」や「意識」の価値が問い直されている

  • 「無用者階級」と「ホモ・デウス」への二極化により、かつてない格差社会が生まれる可能性がある

  • データ至上主義という新たな「宗教」が台頭し、人間の経験や判断がアルゴリズムに従属する未来が示唆される

  • ハラリはトランスヒューマニズムに対して、可能性を認めつつも批判的距離を保ち、読者に倫理的な問いを投げかける

  • 技術的に「できること」と倫理的に「すべきこと」の区別の重要性が強調される

  • 人類の未来は決定論的ではなく、現在の私たちの選択にかかっている


キーワード解説


【ホモ・デウス】

「神人類」を意味し、技術により強化された未来の人類


【認知革命】

約7万年前に起きた人類の認知能力の飛躍的向上


【トランスヒューマニズム】

技術による人間強化を目指す思想運動


【無用者階級】

AIにより経済的・社会的価値を失った人々


【データ至上主義】

情報処理の効率を最高価値とする世界観


【アルゴリズム】

問題解決の手順を定式化したもの、転じてAIの判断プロセス


【共同主観的現実】

多くの人が共有する虚構(国家、貨幣、宗教など)


【テクノヒューマニズム】

技術により人間の能力を高めようとする思想


本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
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