同じ答えを出すAIなのに、中身は大違い?──「見た目では分からない」AIの内部構造問題
- Seo Seungchul

- 7月9日
- 読了時間: 9分

シリーズ: 論文渉猟
◆今回の論文: Akarsh Kumar et al. "Questioning Representational Optimism in Deep Learning: The Fractured Entangled Representation Hypothesis" (arXiv, 2025年5月16日)
「大きくすれば強くなる」—最近のAI業界では、こんな単純な原則がまかり通っています。確かに、ニューラルネットワークを大きくすれば、より良い成果が出ることは間違いありません。でも、その成果の裏で一体何が起こっているのでしょうか。
2025年5月に発表された論文「Questioning Representational Optimism in Deep Learning: The Fractured Entangled Representation Hypothesis」は、このような楽観論に一石を投じています。外から見れば同じように働くAIでも、その内部構造は驚くほど違うことがあるというのです。研究者たちが発見したのは、通常の学習方法で訓練されたニューラルネットワークが「破綻した絡み合い表現(Fractured Entangled Representation:FER)」という現象に陥っていることでした。
今日は、この興味深い発見について、富良野さんとPhronaさんに語り合ってもらいます。表面的な性能の向上だけでなく、AIの内側で何が起こっているのか、そしてそれが私たちの未来にどんな意味を持つのかを探っていきましょう。
AIの中身は必ずしも美しくない
富良野:この論文、なかなか興味深いことを言ってますね。同じ結果を出すニューラルネットワークでも、内部の構造が全然違うって話。
Phrona:表面的には同じことができるのに、中身がこんなに違うんですね。まるで、同じ料理を作るのに、一方はきれいに整理された厨房で作って、もう一方は散らかりまくった厨房で作ってるみたいな感じですね。
富良野:で、この研究で面白いのは、実験設定がとてもシンプルなことです。たった一枚の画像を生成するという課題で、通常の勾配降下法SGDで学習したネットワークと、進化的な手法で探索したネットワークを比べてる。
Phrona:一枚の画像って、聞くと簡単そうですけど、だからこそ中の仕組みがよく見えるってことですね。各ニューロンが何をしてるかが画像として可視化できるから。
富良野:で、結果が衝撃的でした。SGDで学習したネットワークは、研究者たちが「破綻した絡み合い表現(FER)」と呼ぶ、なんというか無秩序な状態になってる。一方、進化的手法で作られたネットワークは、ほぼ「統一された因子化表現(UFR)」に近い、すっきりした構造になってるんです。
Phrona:破綻した絡み合いって、具体的にはどういうことなんでしょう?
富良野:簡単に言うと、本来なら一つの概念で処理できることを、バラバラに分かれた複数の仕組みで処理してしまうということです。しかも、それらが無関係に絡み合ってしまって、余計な副作用まで生んでしまう。
Phrona:それって、まるで会社組織で同じ仕事を別々の部署が勝手にやってて、しかもお互いの仕事が変に干渉し合ってるような状態ですね。効率悪そう...
なぜ「破綻」が起こるのか
富良野:この現象、なぜ起こるんでしょうね。SGDって、基本的には誤差を減らす方向に重みを調整していく手法ですが。
Phrona:多分、SGDは「正解にたどり着ければいい」という発想だからじゃないでしょうか。過程はどうでもよくて、とにかく答えが合えばOK。
富良野:なるほど。確かに、SGDは局所的な最適化に陥りやすいし、全体的な構造の美しさなんて考慮しない。目先の誤差を減らすことしか考えてないから、結果として内部がごちゃごちゃになってしまう。
Phrona:一方で、進化的な手法は違うアプローチですよね。いろんな可能性を試して、その中から良いものを選ぶ。
富良野:そうです。進化的手法は、もっと大域的な探索をします。単純に誤差を減らすだけじゃなくて、構造的に安定した解を見つけやすい。結果として、同じ機能を持ちながらも、内部がすっきり整理されたネットワークができあがる。
Phrona:面白いのは、どちらも「正解」を出すことはできるのに、その正解にたどり着く道筋が全然違うということですね。
富良野:まさに。これって、僕らが普段考える「学習」の概念を見直すきっかけになりそうです。成果が出れば学習は成功、というのは実は浅はかな見方なのかもしれない。
大きなモデルへの警鐘
Phrona:この話、大規模言語モデルとかにも当てはまるんでしょうか?
富良野:それがこの研究の一番重要な問題提起だと思います。論文では、FERが大きなモデルの核心的な能力—汎化、創造性、継続学習—を阻害する可能性があると指摘してます。
Phrona:ああ、それは深刻ですね。表面的には優秀に見えるAIでも、実は内部がぐちゃぐちゃで、本当の理解や応用力が身についてない可能性があるってことですか。
富良野:そういうことです。例えば、汎化能力について考えてみましょう。訓練データが少ない領域では、ネットワークは既存の知識を使って推論する必要がある。でも、その知識がFERによってバラバラに分裂してたら、うまく活用できないかもしれません。
Phrona:創造性についても同じですよね。新しいものを生み出すには、既存の概念を柔軟に組み合わせる必要があるけど、その概念自体が細切れになってたら...
富良野:論文では、蝶の例が出てきます。片方の翼が小さい蝶を創造するとき、小さい翼にも大きい翼と同じパターンを圧縮して適用すべきだけど、FERがあるとそういう一貫性のある変形ができなくなる可能性があるんです。
Phrona:なるほど。継続学習についてはどうでしょう?
富良野:継続学習は重みの空間を移動することですが、FERがあると、新しいことを学ぼうとしたときに既存の知識と変な干渉が起きてしまう。学習が非効率になったり、以前の知識を壊してしまったりするかもしれません。
現在のAI開発への示唆
Phrona:この発見、現在のAI開発にとって何を意味するんでしょうか?
富良野:まず、「より大きく、より強力に」という単純なスケーリング戦略に対する疑問符ですね。確かに性能は上がるかもしれないけど、それが本当に賢い解決方法なのかは分からない。
Phrona:表面的な成功に惑わされずに、内部構造の質にも目を向けるべきだと。
富良野:そうです。そして、これまで見落とされてきた学習アルゴリズムの改善余地があることも示してます。SGD以外の方法、例えば進化的手法や、より構造を意識した学習法の研究が重要になってくる。
Phrona:でも、進化的手法って計算コストが高そうですよね?
富良野:確かにそうです。ただ、この研究が示しているのは、効率だけを追求するのではなく、質の高い表現を得ることの重要性です。長期的に見れば、内部構造が整理されたモデルの方が、汎化や応用において優れた性能を発揮する可能性が高い。
Phrona:投資と回収の関係みたいなものですね。最初は時間がかかっても、後々のことを考えると価値がある。
富良野:それに、この研究は完全に新しい学習法を提案してるわけじゃなくて、既存の手法の限界を明らかにしてるんです。これを出発点として、SGDを改良したり、ハイブリッドな手法を開発したりする道筋が見えてくる。
未来への可能性
Phrona:この研究、AI研究の方向性を変える可能性ってありますか?
富良野:僕はあると思います。これまでのAI研究は、どちらかというと「何ができるか」に焦点を当ててきました。でも、この研究は「どのようにできるか」の重要性を浮き彫りにしてる。
Phrona:なるほど。結果だけじゃなくて、プロセスそのものに価値があるということですね。
富良野:そして、この視点は解釈可能なAIの開発にも直結します。内部構造が整理されたモデルなら、なぜその判断をしたかも理解しやすくなるでしょう。
Phrona:それって、AIの信頼性や安全性にとっても重要ですよね。ブラックボックスではなくて、中身が見える、理解できるAI。
富良野:特に医療や金融など、説明責任が重要な分野では、この研究の意義は大きいと思います。性能が高いだけじゃなくて、なぜその判断に至ったかを説明できるAIが求められてる。
Phrona:ただ、一つ気になるのは、この研究の実験はとてもシンプルな設定だったことです。現実の複雑なタスクでも同じことが言えるのでしょうか?
富良野:それは確かに重要な疑問ですね。でも、シンプルだからこそ見えた現象かもしれません。複雑すぎると、内部で何が起こってるか分からなくなってしまう。このような基礎研究から始めて、徐々に複雑な問題に拡張していくのが科学的なアプローチでしょう。
人間の脳との比較
Phrona:ところで、人間の脳における学習の仕方ってどちらに近いんでしょう?SGD的な学習なのか、それとも進化的な手法に近いのか。
富良野:面白い視点ですね。僕は進化的手法により近いと思います。脳は睡眠中に記憶を整理・統合し、異なる領域間で情報を再構成しますよね。これはSGDの局所最適化とは違って、より大域的な最適化に似ています。また、脳の神経回路はモジュール化され、階層的な構造を持っています。
Phrona:確かに。もしFERみたいに情報がバラバラに散らばってたら、こんなに効率的な処理はできないでしょうね。
富良野:そうです。それに、脳のエネルギー効率を考えてみてください。たった20ワット程度の消費電力で、これだけ複雑な思考や判断ができる。もし内部が混乱してたら、こんな省エネは絶対に無理です。
Phrona:なるほど。無駄な計算や重複した処理があったら、もっと電力を食うはずですもんね。
富良野:まさに。脳は数百万年の進化を経て、情報処理の効率を極限まで高めてきた。一方、現在のAIは計算力でゴリ押ししてる部分が多い。この研究が示してるのは、もしかしたら私たちは「脳らしくない」学習をさせてるかもしれないということです。
Phrona:それって、AIの発展にとって大きなヒントになりそうですね。脳のように階層的で効率的な内部構造を持つAIができれば...
富良野:そうですね。計算資源をもっと有効活用できるし、説明可能性も高まる。この研究は、そんな効率的なAI開発への道筋を示してくれてるのかもしれません。
ポイント整理
表面的な性能と内部構造の質は別物
同じタスクを達成できるニューラルネットワークでも、内部の情報表現には大きな違いがある
SGDの限界
従来の勾配降下法は局所最適化に陥りやすく、破綻した絡み合い表現(FER)を生み出す傾向がある
進化的手法の優位性
より大域的な探索により、統一された因子化表現(UFR)に近い、整理された内部構造を持つネットワークを生成
大規模モデルへの警鐘
FERは汎化、創造性、継続学習といった核心的能力を阻害する可能性がある
新しい研究の方向性
単純なスケーリングではなく、内部表現の質を重視した学習法の開発が重要
解釈可能性への貢献
整理された内部構造は、AIの判断プロセスの理解を促進する
キーワード解説
【勾配降下法(SGD)】
誤差を最小化する方向に重みを更新する標準的な学習アルゴリズム
【進化的手法】
生物の進化を模倣した、大域的な探索によるネットワーク最適化手法
【破綻した絡み合い表現(FER)】
情報が無秩序に分裂し、不必要に絡み合った内部表現
【統一された因子化表現(UFR)】
概念が整理され、モジュール化された理想的な内部表現
【表現学習】
データの効果的な内部表現を学習する機械学習の分野
【汎化能力】
訓練データにない新しい状況でも適切に機能する能力
【継続学習】
以前の知識を保持しながら新しい知識を獲得する学習方式