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広場と塔の対話──ネットワークと権力の歴史から学ぶ

更新日:6月29日

 シリーズ: 書架逍遥


今回は、歴史家ニーアル・ファーガソンの『スクエア・アンド・タワー』を手がかりに、富良野とPhronaが、ネットワークと権力の複雑な関係について語り合います。


歴史を振り返ると、人類社会は常に二つの力のせめぎ合いの中で形作られてきました。人々が自由に集い、つながり合う「広場」の力と、秩序と統制を司る「塔」の力。SNSが世界を席巻し、既存の権威が揺らぐ今、私たちはまさに新たな「ネットワーク時代」の真っただ中にいます。過去の教訓から、私たちはどんな未来を描けるのでしょうか。



シエナの風景が語るもの


Phrona:富良野さん、それニーアル・ファーガソンの『スクエア・アンド・タワー』ですね。


富良野:ええ、もう読み終わるところなんですが、実に刺激的な本ですよ。広場と塔というメタファーで、ネットワークとヒエラルキーの歴史的な綱引きを描いているんです。シエナの市庁舎の塔が見下ろすカンポ広場、あの風景を象徴に使っているのが印象的でした。


Phrona:人々が自由に集い、語らう広場と、それを見下ろす権力の塔。この構図って、現代のSNSと巨大テック企業の関係にも重なりますね。


富良野:まさにそうなんです。ファーガソンは歴史上2度の大きなネットワーク時代があったと言っています。16世紀から18世紀の大航海時代と宗教改革期、そして1970年代以降から現在まで。どちらも既存の権力構造を揺るがす時代でした。


Phrona:でも、ネットワークって必ずしも民主的で素晴らしいものとは限らないんじゃないでしょうか。歴史を見れば、秘密結社とか、陰謀めいたものも多いですよね。


富良野:その通りです。実際、ファーガソンはイルミナティの話から本を始めているんです。でも調べてみると、世界を牛耳る秘密結社なんかじゃなくて、ただの緩い知識人ネットワークだった。つまり、ネットワークへの恐怖と憧れが入り混じっているんですね。


Phrona:恐怖と憧れ...確かに。私たちって、見えない力に支配されることを恐れながら、同時にその一員になりたいとも思う。SNSのインフルエンサーとか、まさにそういう存在かもしれません。


印刷術からインターネットへ:技術がもたらす革命


富良野:面白いのは、印刷術の発明がもたらした影響です。宗教改革でルターの思想があっという間に広まったのは、印刷ネットワークのおかげでした。今のインターネットと似てますよね。技術革新がネットワークを強化し、既存の権威を揺るがす。


Phrona:でも、その後どうなったか、ですよね。宗教改革は確かに教会の独占を崩したけど、結果的に宗教戦争という悲劇も生んだ。ネットワークの解放力って、時に破壊的すぎるのかも。


富良野:ファーガソンはまさにそこを指摘しています。フランス革命とアメリカ革命の違いが象徴的です。アメリカは、フリーメイソンのような組織化されたネットワークが革命を支え、その後も憲法という新しいヒエラルキーを作り上げた。でもフランスは...


Phrona:ジャコバン派の恐怖政治、そしてナポレオンの独裁へ。つまり、ネットワークだけでは秩序を作れない、ということでしょうか。


富良野:僕もそう読みました。急進的なネットワークは既存の権力を倒すことはできても、新しい正統性を作り出すのは難しい。結局、何らかの階層制、つまり塔が必要になるんです。


エリートネットワークの光と影


Phrona:19世紀の話も興味深いですね。革命で揺らいだ王政が、今度はネットワークを取り込んで復活する。ヨーロッパの王室同士の婚姻ネットワークとか、ロスチャイルド家の金融ネットワークとか。


富良野:エリートたちが作る閉鎖的なネットワークですね。表向きは水平的な関係に見えても、実態は強固な身分制を温存している。これって現代の...いや、やめておきましょう(笑)


Phrona:いえいえ、続けてください。現代のダボス会議とか、そういうことでしょう?グローバルエリートのネットワークが、実質的に世界を動かしているという。


富良野:まあ、陰謀論に陥るのは避けたいですが、確かに似た構造はありますよね。問題は、そういう閉鎖的なネットワークが、一般市民から見えにくいことです。透明性がないと、正統性への疑問が生まれる。


全体主義の罠:ネットワークが独裁を生む時


Phrona:20世紀の全体主義も、ネットワークから生まれたんですよね。ボリシェヴィキもナチスも、最初は革命的なネットワークだった。


富良野:そうです。でも権力を握った途端に、彼らは強固なヒエラルキーを作り上げた。異端のネットワークは徹底的に排除される。ネットワークが権力化すると、かえって多様性を失うという皮肉ですね。


Phrona:冷戦時代の話で印象的だったのは、ソ連のような強権国家でも、地下ネットワークを完全には封じ込められなかったということ。教会とか、地下出版とか。


富良野:人間の結びつきへの欲求は、どんな抑圧でも止められないんでしょうね。東欧の市民たちが作った反体制ネットワークが、最終的にソ連崩壊につながった。


デジタル時代の新たな挑戦


Phrona:でも今度は、インターネットという究極のネットワークが登場します。9.11のテロは、分散型ネットワークが超大国を攻撃できることを示した。


富良野:アルカイダのような非国家ネットワークですね。国家対国家という従来の枠組みが通用しない。でも国家側も監視ネットワークで対抗する。結果、市民のプライバシーが犠牲になる。


Phrona:SNSの登場は、さらに事態を複雑にしましたね。アラブの春では、ツイッターが独裁政権を揺るがした。でも、その後の混乱を見ると...


富良野:ネットワークは破壊には向いているけど、建設には向かない、というファーガソンの指摘が重くのしかかります。エジプトもリビアも、独裁は倒れたけど、その後の秩序構築で苦しんでいる。


Phrona:2016年のトランプ現象も、ネットワークの力でしたね。既存のメディアや政党組織を飛び越えて、SNSで直接支持者とつながる。


富良野:ポピュリズムとネットワークの親和性は高いんです。でも、それが民主主義にとって良いことなのか...フェイクニュースの問題もありますし。


新しい均衡を求めて


Phrona:結局、私たちは広場と塔のバランスをどう取るか、という永遠の課題に戻ってくるんですね。完全な自由は混沌を生み、完全な統制は窒息を生む。


富良野:ファーガソンは、ネットワークに世界を委ねるのは危険だと言っています。何らかの秩序、正統性を与える仕組みが必要だと。でも、それは昔ながらの権威主義的な塔じゃダメなんです。


Phrona:開かれた塔、とでも言うべきでしょうか。ネットワークの創造性を活かしながら、秩序も保つような。


富良野:僕は、透明性がカギだと思うんです。塔の中で何が起きているか、広場から見えるようにする。そうすれば、権力への信頼も生まれるし、ネットワークの暴走も防げる。


Phrona:でも、GAFAのような巨大テック企業は、もはや国家を超える影響力を持っていますよね。彼らは広場を提供しているようで、実は新しい塔を建てているのかも。


富良野:中国のアプローチも興味深いです。国家がネットワークを統制下に置く。でも、それは自由の犠牲の上に成り立っている。


歴史から学ぶ未来への示唆


Phrona:シエナの話に戻りますけど、あの都市国家は金融や芸術のネットワークで繁栄しながら、強力な行政塔も築いたんですよね。


富良野:ええ、多元的な市民ネットワークを育みながら、統治の正統性も確保した。もしかしたら、それが一つの理想形なのかもしれません。


Phrona:でも、14世紀の都市国家と21世紀のグローバル社会では、規模が違いすぎますよね。


富良野:確かに。でも原理は同じかもしれない。自発的なネットワークの力を認めつつ、それを暴走させない仕組みを作る。簡単じゃないけど、それしか道はないんじゃないでしょうか。


Phrona:歴史は繰り返す、でも全く同じようには繰り返さない。私たちは新しい広場と塔のバランスを、手探りで見つけていくしかないんでしょうね。


富良野:ファーガソンの本を読んで思ったのは、歴史を知ることで、少なくとも同じ失敗は避けられるかもしれない、ということです。ネットワークへの過度な期待も、ヒエラルキーへの盲従も、どちらも危険だと。


Phrona:そうですね。広場にも塔にも、光と影がある。その両方を見据えながら、より良い社会を作っていく。それが私たちの世代の課題なのかもしれません。



ポイント整理


本書の中心的主張

  • 歴史は「広場」(ネットワーク)と「塔」(ヒエラルキー)の相克によって動く

  • ネットワークは創造と革命をもたらすが、放置すれば無秩序を招く

  • 安定した秩序と正統性は結局ヒエラルキーによって保障される

  • 現代は歴史上2度目の「ネットワーク時代」である


歴史上の2つのネットワーク時代

  • 第1次ネットワーク時代(16~18世紀)

    • 大航海時代の商業ネットワーク

    • 印刷術による宗教改革の拡散

    • 啓蒙思想の国際的ネットワーク

    • アメリカ革命とフリーメイソン

  • 第2次ネットワーク時代(1970年代~現在)

    • インターネットの誕生と普及

    • グローバル金融ネットワーク

    • ソーシャルメディア革命

    • 非国家アクターの台頭


ネットワークとヒエラルキーの特性比較

  • ネットワークの強み

    • 情報とアイデアの急速な拡散

    • イノベーションの創発

    • 既存権威への挑戦力

    • 自発的な協力と連帯

  • ネットワークの弱点

    • 秩序構築の困難さ

    • 過激化・極端化の傾向

    • フェイクニュースの拡散

    • 正統性の欠如

  • ヒエラルキーの強み

    • 秩序と安定の維持

    • 明確な指揮命令系統

    • 正統性の付与

    • 長期的計画の実行

  • ヒエラルキーの弱点

    • 硬直性と官僚主義

    • イノベーションの抑圧

    • 腐敗と権力の濫用

    • 下層からの不満蓄積


重要な歴史的教訓

  • フランス革命 vs アメリカ革命

    • アメリカ:組織化されたネットワークが新秩序を構築

    • フランス:無秩序なネットワークが恐怖政治を招く

  • 全体主義の誕生

    • 革命的ネットワークが権力掌握後、抑圧的ヒエラルキーに変貌

    • ボリシェヴィキ、ナチスの事例

  • 冷戦とその崩壊

    • 地下ネットワークが強権体制を内部から崩壊させる

    • 情報統制の限界

  • アラブの春とその後

    • SNSネットワークが独裁政権を倒すが、秩序構築に失敗

    • 破壊と建設の非対称性


現代への示唆

  • デジタル時代の統治課題

    • ネットワークの自由と秩序のバランス

    • プラットフォーム企業の規制

    • フェイクニュース対策

    • プライバシーと安全保障の両立

  • 新たな正統性の模索

    • 透明性による信頼構築

    • 参加型ガバナンスの設計

    • 国際協調の枠組み強化

    • 市民ネットワークの健全な育成

  • 避けるべき陥穽

    • ネットワーク万能主義

    • 権威主義への回帰

    • 閉鎖的エリートネットワーク

    • 技術決定論的思考


キーワード解説


【広場(スクエア)

水平的な人間関係、自発的なつながり、非公式な影響力


【塔(タワー)】

垂直的な権力構造、公式の命令系統、制度化された権威


【弱い紐帯】

グラノヴェターの理論。緩やかなつながりが情報拡散に重要


【六次の隔たり】

世界中の人々が平均6人を介してつながっている理論


【ネットワーク効果】

参加者が増えるほど価値が増大する現象


【正統性(Legitimacy)】

権力や秩序が社会的に承認される根拠


【非国家アクター】

テロ組織、多国籍企業など国家以外の影響力主体


【情報の非対称性】

ネットワーク内での情報格差が権力を生む


【エコーチェンバー】

同じ意見が増幅される閉じたネットワーク空間


【プラットフォーム権力】

GAFAなど巨大IT企業の新たな支配形態


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