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情熱は管理できない──『オープン・オーガニゼーション』が示す、AI時代の組織論

更新日:1 日前

 シリーズ: 書架逍遥


◆今回の書籍:Jim Whitehurst 『The Open Organization: Igniting Passion and Performance』(Harvard Business Review Press, 2015年)


「情熱に火をつけて成果を上げる」という言葉を聞いて、みなさんはどんな組織を想像しますか?


Red Hatの元CEOジム・ホワイトハーストが提唱する「オープン・オーガニゼーション」は、トップダウンの指揮命令系統から脱却し、透明性と参加型の意思決定を重視する新しい組織モデルです。でも、これって本当に日本の企業でも通用するのでしょうか。そもそも、AIが急速に進化している今の時代に、この考え方はまだ有効なのでしょうか。


今回は、富良野とPhronaが、この本が示す組織の未来像について語り合います。参加型意思決定の光と影、日本の職場で「建設的な衝突」を促すことの意味、そしてAI時代における人間らしい組織のあり方まで、二人の対話は思わぬ方向へと展開していきます。


読み終わった後、きっとあなたも自分の職場について、新しい視点で考えたくなるはずです。



みんなで決めることの難しさ


富良野:この本を読んで思ったのは、参加型意思決定って理想的に聞こえるけど、実際はものすごく難しいんじゃないかってことです。


Phrona:ああ、わかります。みんなの意見を聞くって、聞こえはいいですけど、実際にやろうとすると収拾がつかなくなりそうで。


富良野:そうそう。ホワイトハーストさんも認めてるんですよね。オープンな意思決定は完全な民主制じゃないって。最終的な判断者がいないと、優柔不断になったり責任の所在が曖昧になったりする。


Phrona:でも面白いのは、Red Hatではミッションステートメントを作るときに、全社員を巻き込んだプロセスを採用したんですよね。時間はかかったけど、結果的にはみんなが自分ごととして捉えられるようになった。


富良野:確かに。僕が注目したのは、意思決定に時間をかけることで、後から説得する必要がなくなるという点です。日本企業でよくある根回しって、実は決定後の説得プロセスなんですよね。


Phrona:なるほど、根回しって、実は参加型意思決定の不完全な形なのかもしれませんね。表向きはトップダウンだけど、裏では関係者の合意を取り付けようとする。


富良野:でも、本当の参加型にはデメリットもあって。意見集約に時間がかかるし、対立が表面化しやすくなる。統制コストも増大する。


Phrona:それに、全員が積極的に参加したいわけじゃないですよね。常に意見を求められるのって、プレッシャーに感じる人もいるはず。


衝突を恐れない文化の意味


富良野:そういえば、この本で印象的だったのが「建設的な衝突」の話です。日本の職場って、まさに波風を立てないことが美徳とされがちじゃないですか。


Phrona:私、その部分を読んで複雑な気持ちになりました。確かに健全な議論は大切だけど、日本の和を大切にする文化も、それはそれで価値があるような。


富良野:僕も最初はそう思ったんです。でも、ホワイトハーストさんが指摘してるのは、表面的な調和を保つために問題を先送りすることの危険性なんですよね。


Phrona:それ、すごく腑に落ちます。みんな問題に気づいてるのに、誰も言い出せない空気ってありますよね。


富良野:まさに。日本企業にありがちな忖度文化って、上司の意を察して動くから効率的な面もあるけど、環境変化への対応力を削いでしまう。


Phrona:でも、いきなり「さあ、みんな衝突しましょう」って言われても、困っちゃいますよね(笑)。


富良野:そこなんですよ!だから段階的なアプローチが必要で。例えば、会議で必ず代替案を検討する時間を設けるとか、あえて反対意見を述べる役割を作るとか。


Phrona:なるほど、形から入るのも一つの方法ですね。心理的安全性って言葉がありますけど、まずは「異論を言っても大丈夫」という安心感を作ることが大切なのかも。


富良野:Red Hatでは、CEOのホワイトハーストさん自身が自分の失敗を認めたり、批判を歓迎したりしてたそうです。リーダーが脆弱性を見せることで、部下も本音を言いやすくなる。


Phrona:それって勇気がいりますよね。でも、そういう姿勢があってこそ、本当の意味での強い組織になれるのかもしれない。


AI時代に求められる人間らしさ


富良野:ところで、この本が出版されたのは2015年なんですが、今のAI時代にこそ、オープンな組織の考え方が重要になってきてる気がするんです。


Phrona:え、どういうことですか?AIが進化すると、むしろトップダウンで効率的に動く組織の方が有利になりそうな気もしますけど。


富良野:逆なんですよ。AIが得意なのは過去のデータから学習することで、前例のない創造的な発想は苦手。だからこそ、人間の創造性や共創の力がより重要になる。


Phrona:ああ、なるほど!AIには代替できない領域で人間が価値を発揮するには、自由な発想の交換が必要ってことですね。


富良野:その通りです。しかも、AI時代は変化が速くて予測困難。硬直的な組織では対応できない。オープンな組織なら、現場からの知恵を素早く集めて柔軟に適応できる。


Phrona:でも、AIを使った意思決定も増えてきますよね。そうなると、オープン文化も進化が必要なのでは?


富良野:鋭い指摘ですね。例えば、AIの判断ロジックをブラックボックスにせず、可能な限りオープンに共有する。社員がAIの提案に異議を唱えられる環境を作る。


Phrona:人とAIが協働する時代だからこそ、失敗を恐れない文化がますます大切になりそうですね。AIは過去の成功パターンは学習できても、新しいチャレンジは人間がリードしないと。


富良野:まさに。ホワイトハーストさんが言う「情熱」って、AIには持てないものですからね。目的に共感して、自発的に動く。それが人間の強みです。


Phrona:そう考えると、オープンな組織って、人間らしさを最大限に活かす仕組みなのかもしれませんね。


触媒としてのリーダーシップ


富良野:この本で一番印象的だったのは、リーダーの役割が「指揮官」から「触媒」に変わるという話です。


Phrona:触媒って、化学反応を促進する物質のことですよね。それをリーダーシップに例えるなんて、面白い。


富良野:ホワイトハーストさんは、完璧な計画を示すんじゃなくて、まだ固まってない段階でもビジョンや課題を共有する。そうすると、組織のあちこちで自発的な動きが生まれる。


Phrona:半煮えの状態で投げかけるって、すごく勇気がいりますよね。でも、だからこそみんなが参加できる余地が生まれる。


富良野:Red Hatでは、顧客志向を高めようとした時も、具体策は示さずに問題意識だけを共有したそうです。すると、各部署で自発的に改善の動きが起きた。


Phrona:トップダウンで決めた施策より、現場から生まれた施策の方が、きめ細かくて実効性があるってことですね。


富良野:ただ、何でも現場任せにすればいいわけじゃない。最低限の方向付けは必要で、その塩梅を見極めるのがリーダーの腕の見せ所。


Phrona:火をつけすぎても、つけなさすぎてもダメ。まさに触媒として、ちょうどいい反応を促す感覚が必要なんですね。


富良野:そう考えると、これからのリーダーって、全知全能である必要はないんですよね。むしろ、自分の限界を認めて、みんなの知恵を引き出す謙虚さが大切。


Phrona:それって、ある意味で人間らしいリーダーシップですよね。完璧じゃないからこそ、みんなで補い合える。


これからの組織の姿を考える


富良野:結局、オープンな組織って、単に効率を追求するためのものじゃないんですよね。


Phrona:そうですね。人間の情熱とか、創造性とか、そういう定量化できない価値を大切にする組織のあり方。


富良野:でも、実践するのは本当に難しい。参加型意思決定の時間的コスト、建設的な衝突を促す文化づくり、リーダーシップの転換。どれも一朝一夕にはいかない。


Phrona:だからこそ、小さなことから始めることが大切なのかもしれませんね。いきなり全部を変えようとしなくても、できることから少しずつ。


富良野:そうですね。例えば、次の会議で誰かが反対意見を言った時に、それを歓迎してみる。失敗した時に、それを学びの機会として共有してみる。


Phrona:あと、私が思うのは、オープンな組織って、実は日本の良さも活かせるんじゃないかってこと。和を大切にする文化があるからこそ、建設的な対話ができる土壌があるような。


富良野:なるほど!対立を避けるんじゃなくて、より深い調和を目指すための対話。それなら日本的な価値観とも両立できそうです。


Phrona:AI時代だからこそ、人間らしい組織づくりが大切。そのためのヒントが、この本にはたくさん詰まってる気がします。


富良野:完璧な答えはないけど、だからこそ、みんなで考え続ける価値がある。それこそが、オープンな組織の本質なのかもしれませんね。




ポイント整理


  • 参加型意思決定のメリット

    • 多様な視点からのイノベーション創出、従業員の高いエンゲージメント、決定事項への納得感と実行力の向上

  • 参加型意思決定の課題

    • 意思決定の遅延、対立の顕在化、統制コストの増大、全員参加への心理的負担

  • 建設的な衝突の重要性

    • 表面的な調和より本質的な問題解決、心理的安全性の確保による率直な対話の促進

  • 日本企業での実践のポイント

    • リーダーの「異議歓迎」姿勢、段階的な文化変革、小さな衝突を肯定的に捉える訓練

  • AI時代におけるオープン組織の意義

    • 人間の創造性と共創力の最大化、環境変化への柔軟な適応、人とAIの建設的な協働

  • 触媒型リーダーシップ

    • 完璧な計画より方向性の提示、現場の自発的な動きを促進、謙虚さと脆弱性の開示



キーワード解説


【オープン・オーガニゼーション】

透明性、参加型意思決定、コミュニティ主導を重視する組織モデル


【メリトクラシー(実力主義)】

肩書きや序列に関係なく、最も良いアイデアが採用される文化


【建設的な衝突】

健全な議論と異なる意見の対立を通じて、より良い解決策を導き出すプロセス


【心理的安全性】

チーム内で対人リスクを取っても大丈夫だという集団的信念


【触媒型リーダーシップ】

指揮命令ではなく、組織に変化と方向性をもたらす火種を提供するリーダーの役割


【エンゲージメント】

従業員の主体的関与と組織への情熱的なコミットメント



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
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