戦略資本という視点──揺れる同盟をどう厚くするか
- Seo Seungchul

- 7月2日
- 読了時間: 11分

シリーズ: 知新察来
◆今回のピックアップ記事:Sheila A. Smith, "The Asian Anchor" (Council on Foreign Relations, 2026年5月20日)
概要: 米国のインド太平洋戦略は、豪州・日本・韓国という同盟国との相互依存によって支えられており、同盟国を一方的に守られる存在や交渉の道具として扱うべきではない、と論じる一篇。過去の負担分担論の歴史を辿りながら、公平な負担分担と軍事・経済・技術の統合深化を組み合わせることを提言している。
米国によって同盟国は守られている、という前提は、戦後のアジア戦略を語るときにほとんど疑われてこなかった。だが、この前提を反対側から読み直すとどうなるか。CFRに掲載されたシーラ・A・スミスの論考「The Asian Anchor」は、この問いを正面から扱っている。
負担分担(バーデン・シェアリング)という言葉が、トランプ政権のもとで再び政策の語彙に戻ってきた。米国の負担を減らし、同盟国の負担を増やす。この主張自体は目新しくない。だが、その扱い方を誤れば、米国自身が依存している基盤そのものを損なう、というのがスミスの警告である。
以下ではまず、この論考が描く構図を辿る。そのうえで、この構図が現実の政治とどこでずれるのか、日本・韓国・オーストラリアがそのずれをどう埋めるべきなのかへと、話を広げていく。
アンカーとしての同盟
スミスの議論の出発点は単純にして明快だ。米国のインド太平洋における軍事力は、豪州・日本・韓国という同盟国の基地・港湾・補給網へのアクセスなしには機能しない。米太平洋艦隊は同盟国の港がなければ作戦を維持できず、米空軍の戦闘機は日本・韓国の基地を失えば地域から展開できなくなる。重要鉱物、製造力、対米直接投資という経済面でも、豪日韓からの供給と投資は米国の繁栄に不可欠な位置を占めている。つまりこの関係は、米国から同盟国への一方的な保護の供給ではなく、双方向の依存として理解しなければならない、というのがスミスの中心的な主張である。
この主張を裏づけるために、筆者は米国のアジア戦略における三度の後退(リトレンチメント)を振り返る。第一は朝鮮戦争後、アイゼンハワー政権が将来の戦争抑止を通常戦力よりも核戦力に依存する方向へ転換した局面。第二はベトナム戦争終結期、ニクソン・ドクトリンによって米国がアジアで地上戦を戦わない方針を打ち出した局面。第三は1980年代、経済大国化した日本への議会からの負担分担要求が強まった局面である。この第三の局面が生んだ枠組みが、現在も5年ごとに更新されているホスト・ネーション・サポート協定であり、日本は年間およそ17億ドルを、韓国は特別協定を通じて年間およそ10億ドルを負担し続けている。
したがって、いま起きている負担分担論の再浮上は、まったく新奇な現象ではない。むしろ、米国の対外関与のコストが国内で問題化するたびに繰り返されてきた、周期的な圧力の一つの表れとして位置づけられる。
負担分担の圧力と並行して、筆者が重視するのがもう二つの構造変化である。一つは、中国の行動の変化だ。かつて貿易を通じた経済統合を志向していた中国が、いまや経済的な結びつきそのものを近隣国への圧力の材料として用いるようになった。この変化に対応する形で、米国・豪州・インド・日本は貿易、サプライチェーンの強靭化、技術革新、海洋安全保障の面で連携を深めており、リスクをいかに共有し軽減するかが同盟国間の優先課題になっている。もう一つは、核不拡散をめぐる状況である。中国とロシアが核不拡散条約や軍備管理の枠組みへの関与を弱める一方、北朝鮮は核・ミサイル能力の高度化を続けている。この状況下で米国が担っているのは、日本と韓国が独自核武装に向かわないよう、拡大抑止(エクステンデッド・ディターレンス)への信頼を維持し続けるという、負荷の高い役割である。
スミスはまた、同盟国を一方的に守られるだけの存在として描くことにも異を唱える。湾岸戦争時、日本は法的制約により戦闘には参加できなかったが、戦後にホルムズ海峡の掃海に部隊を派遣した。9.11後の対イラク戦争には米国のアジア同盟国のすべてが国連承認のもとで参加し、アデン湾の海賊対処活動にもインド太平洋の同盟国が加わっている。同盟国は、地域の安全保障だけでなく、グローバルな安全保障秩序の維持にも一貫して関与してきた。
これらを踏まえたうえで、筆者の結論は次のように要約できる。米国が同盟国を失えば、太平洋艦隊は作戦を維持できず、空軍は基地を失い、経済は重要鉱物・製造力・対米投資を欠いて弱体化する。したがって今後の米国戦略の出発点は、公平な負担分担と、軍事・経済・技術における統合の深化を組み合わせることに置かれるべきである。米国のアジアにおける力は、最終的には同盟にかかっている。
ここまでが、スミスの論考が描いた構図である。
時間軸のズレ
この構図には、しかし、深刻な緊張が潜んでいる。スミスの議論は基本的に中長期の制度資本という時間軸に立っている。同盟は蓄積される資産であり、短期的な収支で評価すべきものではない、という前提だ。
だが、トランプ政権的な政治の作法は、この時間軸とかみ合わない。実際、2025年には在日米軍・在韓米軍の駐留経費をめぐる交渉が、関税交渉と一体化して報じられている。安全保障を長期の制度として扱うのではなく、複数の交渉材料を一括りにして、短期的な取引に落とし込む発想である。
この発想がやっかいなのは、短期的にはある程度の成果を生んでしまう点にある。日本、韓国、オーストラリアは、中国・北朝鮮への懸念から米国との関係を容易には手放せない。だから強い要求を突きつけられれば、一定程度は応じざるを得ない。しかし、その裏側で進行するのは、信頼の減価である。同盟国は表向きの協力を続けながらも、危機の局面で米国が本当に迅速かつ十分に関与するのかという疑念を、内側に蓄積させていく。
ここに、可視性の非対称性がある。駐留経費や関税上の譲歩は数字として提示できる。他方、共同作戦計画の精度、指揮統制の連携、政治的予見可能性の維持といった同盟の実質は、それ自体としては選挙向けの成果として見えにくい。政治的報酬がこのように非対称に配分される限り、短期取引型の政治は、たとえ長期的に同盟の資本を毀損するとしても、一定の政治的合理性を持ち続けてしまう。
同盟の実体は中長期の制度資本であるにもかかわらず、それを評価する政治過程は短期の収支計算で動く。この時間軸のズレこそが、今後のインド太平洋同盟政治における最大の不安定要因になる。
戦略資本という視点
では、この時間軸のズレを埋めるために、日本・韓国・オーストラリアは何を積み上げるべきか。ここで有効なのが、戦略資本という視点である。
戦略資本とは、単なる防衛費や兵器の保有量を指すのではない。危機に際して国家がどれだけの選択肢を持てるか、その蓄積を指す概念である。この蓄積は、少なくとも四つの力へと変換される。
第一に、抑止力である。相手に「攻めても割に合わない」と思わせる力であり、長距離精密打撃、防空・ミサイル防衛、対艦・対潜能力、機雷戦、無人システム、分散基地運用、弾薬・燃料の備蓄などがこれを支える。米軍の到着を待つだけの受動的な抑止ではなく、自国と周辺領域で相手の作戦目的達成そのものを困難にする、能動的な拒否能力が求められる。
第二に、継戦能力である。危機が短期間で終わるとは限らない以上、弾薬・燃料・通信・物流・医療・電力といった社会全体の耐久性が問われる。軍事衝突が起きなくても、サイバー攻撃や経済的威圧、供給網の混乱といった形での長期化した圧力に耐える力が必要になる。
第三に、対米交渉力である。米国が取引型の姿勢を強めるほど、同盟国は「守られる側」としての立場だけでは弱くなる。共同備蓄、共同生産、基地強靭化、重要鉱物やサプライチェーンへの投資といった形で、米国にとって具体的に見える利益を提示できるかどうかが、交渉力を左右する。
第四に、地域的正当性である。対中抑止だけを前面に出せば、ASEANや太平洋島嶼国からは包囲網と見なされかねない。海洋監視、災害救援、インフラ整備、気候変動対応といった地域公共財の提供を通じてはじめて、日韓豪は「対立の陣営」ではなく「地域を支える存在」として認識される。
重要なのは、この四つの力が独立した項目の並列ではなく、相互に補完し合う構造を持つことである。軍事的な拒否能力がいくら高くとも、弾薬が尽きれば抑止は崩れる。抑止と継戦の能力がいくら高くとも、地域からの正当性を欠けば、危機の際に必要な協力を周辺国から得られない。四つの力は、どれか一つが欠ければ他も機能不全に陥る関係にある。
日韓豪、三者三様の資本
戦略資本という視点は、しばしば「日韓豪」という一括りの主語のもとで語られる。だが、この一括りこそが議論を粗くする最大の要因である。
日本の強みは、在日米軍基地、海洋安全保障の能力、資本力、素材・部品・製造装置における技術基盤、対ASEAN外交の蓄積にある。日本は、米国、韓国、豪州、インド、フィリピン、ASEAN、欧州を結ぶ地域ネットワークの設計者としての役割を担う位置にある。
韓国の強みは、半導体、電池、造船、防衛産業における高い実装力と、北朝鮮という現実の脅威に日々向き合ってきた実戦的な経験である。韓国は、朝鮮半島中心の安全保障から、インド太平洋の技術・産業・防衛供給網の中核へと役割を広げる余地を持つ。
オーストラリアの強みは、地理的位置、重要鉱物、エネルギー、AUKUSを通じた先端技術協力、南太平洋・インド洋への接続にある。豪州は、インド太平洋の後方基盤、資源供給基地、先端軍事技術協力の結節点としての役割を担い得る。
三国は同質だから連携できるのではない。むしろ、地理・産業・軍事資源・対米関係の歴史において異なる位置を占めているからこそ、補完的な戦略資本を形成できる。日本の資本と制度設計力、韓国の産業実装力、豪州の資源と地理を組み合わせれば、米国の政権がどう揺れても残る、実体を伴った基盤を築くことができる。
ただし、この補完構造には明確な弱点がある。日韓関係である。日米韓は2023年のキャンプ・デービッド首脳会合で、首脳・閣僚・高官級の協議を制度化する方向に踏み込んだ。日豪の間でも、相互アクセス協定が2023年に発効し、部隊の相互訪問・訓練を可能にする法的基盤が整った。だが日韓関係は、首脳間の合意があっても、国内政治の風向きひとつで容易に巻き戻される。歴史問題を消し去ることはできない以上、この協力を首脳外交だけに委ねるわけにはいかない。官僚機構、軍種間の実務協議、防衛産業、大学・研究機関といった、政権交代の影響を受けにくい層にまで協力を落とし込む必要がある。
揺れを前提にした秩序へ
ここまでの議論を踏まえると、日本・韓国・オーストラリアが目指すべき方向は、米国からの自立でも、米国への従属でもないことが見えてくる。必要なのは、相互依存の再設計である。
米国との相互運用性は維持しながら、米国だけに戦略の回路を集中させない。横の接続を太くし、産業・技術・制度・国内政治の安定性・地域からの信頼を、自らの手で積み増していく。この方向性は、米国が安定していればより大きな価値を生み、米国が揺れても地域秩序が急激に崩れることを防ぐ、いずれの場合にも無駄にならない蓄積である。
米国は同盟国を守っている。この前提は、間違ってはいない。だが同時に、米国もまた同盟国に支えられている。この双方向性を、日本・韓国・オーストラリアがどこまで自覚し、自らの手で戦略資本として積み上げられるか。今後のインド太平洋秩序を左右するのは、米国覇権の維持か衰退かという二択ではなく、この積み上げの厚みにかかっている。
ポイント整理
時間軸のズレが同盟政治を不安定にする
同盟の実体は中長期の制度資本だが、政治過程は短期の収支計算で動きやすい
駐留経費や関税譲歩は可視化しやすく、信頼や予見可能性の毀損は可視化しにくい
戦略資本は四つの力に変換される
抑止力、継戦能力、対米交渉力、地域的正当性
いずれか一つが欠ければ、他の力も機能不全に陥る
日韓豪は同質ではなく補完的である
日本は制度設計と海洋安全保障、韓国は産業実装力、豪州は資源と地理
一括りに論じることが、議論を粗くする最大の要因になる
最大のボトルネックは日韓関係の制度的脆弱性
首脳外交だけに依存すれば、政権交代のたびに巻き戻される
官僚・軍・産業・大学レベルへの接続が必要になる
目指すのは自立でも従属でもなく、相互依存の再設計
米国との協力を維持しながら、米国だけに戦略回路を集中させない
この蓄積は、米国が安定していても揺れていても無駄にならない
キーワード解説
【負担分担(バーデン・シェアリング)】
米国が同盟国に対して、防衛費や駐留経費のより大きな負担を求める政策的立場。1980年代の対日圧力から現在のトランプ政権まで、米国の対外関与コストが国内で問題視されるたびに繰り返し浮上してきた。
【後退(リトレンチメント)】
米国が対外的な軍事関与を縮小する政策的転換。朝鮮戦争後の核戦力依存への転換、ベトナム戦争後のニクソン・ドクトリン、1980年代の負担分担論など、アジア戦略において複数回起きてきた。
【拡大抑止(エクステンデッド・ディターレンス)】
米国が自国だけでなく同盟国に対しても、核兵器を含む軍事力によって攻撃を思いとどまらせる保証を提供する政策。日本・韓国が独自核武装に向かわない前提として機能している。
【AUKUS】
米国・英国・オーストラリアの安全保障協力枠組み。原子力潜水艦の共同開発・取得(Pillar I)と、AI・量子・サイバー・海中能力などの先端技術協力(Pillar II)の二本柱からなる。