最新研究で判明──AIに文章を書いてもらうと、あなたの脳は「怠け癖」がついてしまう?
- Seo Seungchul
- 6月17日
- 読了時間: 6分
更新日:6月30日

シリーズ: 論文渉猟
2024年6月、arXiv掲載
著者:Nataliya Kosmyna et al.
内容:AI文章支援ツール使用時の脳活動をEEGで測定し、認知的負債の蓄積を調査した研究
ChatGPTにエッセイを手伝ってもらった時、あなたの脳では何が起こっているのでしょうか。私たちが日常的にAIツールを使う今、この問いは思っている以上に切実です。
最新の研究では、AI支援で文章を書く人の脳活動が、自力で書く人や検索エンジンを使う人と比べて明らかに低下することが分かりました。一方で、AIが認知的な負荷を軽減することで、より深い思考や創造的な探究に集中できる可能性も指摘されています。
富良野とPhronaは、この一見矛盾する現象について語り合います。AIは私たちの思考力を奪うのか、それとも新しい知的な可能性を開くのか。二人の対話を通じて、私たちがAIと向き合う際の微妙なバランスと、その先にある学びの未来について考えてみましょう。
富良野: この研究、ちょっと複雑な気持ちになりますね。AIで文章を書くと脳の活動が下がるという結果は、確かにそうだろうなと思う一方で、それが本当に悪いことなのか、判断に迷うところがあります。
Phrona: そうですね。脳活動が下がるって聞くと、なんだか頭が退化してるみたいで怖くなっちゃうけど、でも考えてみると、私たちって日常的にいろんなツールに頼って生きてるじゃないですか。電卓使って計算するときだって、暗算より脳は楽してるはずなのに、それで数学力が衰えたとは言わないし。
富良野: まさにそこなんです。研究では電卓の例も出てきますが、電卓が普及しても数学教育は滅びなかった。むしろ計算の負担が減って、より概念的な思考や問題解決に集中できるようになった。AIも同じ道筋をたどる可能性がありますよね。
Phrona: でも、文章を書くことと計算って、ちょっと違う気もするんです。計算は手段だけど、文章を書くことって、思考そのものと深く結びついてるような。書きながら考えが整理されたり、新しいアイデアが浮かんだりする、あの感覚って大事じゃないですか。
富良野: ああ、それは鋭い指摘ですね。僕も文章を書くとき、最初は漠然としていた考えが、書いているうちにだんだんクリアになってくる経験をよくします。そのプロセス自体が思考の一部なんでしょうね。
Phrona: 研究では、AI使用者が自分の書いた文章に対する所有感が薄くて、内容も覚えてないっていう結果も出てましたよね。これって、書くという行為を通じた記憶の定着とか、自分の考えとの向き合いが薄れてるってことなのかも。
富良野: 確かに。でも一方で、この研究はまだ短期間の実験なんですよね。長期的に見たときに、人間がAIとの付き合い方を学習して、より効果的な使い方を身につける可能性もあるんじゃないでしょうか。
Phrona: そうそう、研究でも興味深いのが、最初に自力で書いていた人がAIに切り替えたときは、まだ脳活動が活発だったっていう部分。これって、AIをどう使うかを考えながら使ってるからかもしれませんね。
富良野: そこが重要なポイントだと思います。AIを単なる代筆ツールとして使うのか、それとも思考のパートナーとして使うのかで、全然違う結果になりそうです。後者なら、むしろ認知的なリソースを解放して、より高次の思考に集中できるかもしれない。
Phrona: 役割の変化っていう話で言うと、私たちが「コンテンツの生産者」から「コンテンツの選別者、批評者、問いを立てる人」になるという視点、すごく腑に落ちました。確かに、一から十まで自分で書く必要がなくなったら、もっと本質的な問いに時間を使えますよね。
富良野: ただ、そこで気をつけなければいけないのは、意図的で反省的なプロセスを保つことだと思うんです。AIに任せっぱなしにするんじゃなくて、常に自分が主導権を握って、積極的に関わり続ける。
Phrona: でも実際問題として、それってけっこう難しくないですか?便利なものがあると、ついつい楽な方に流れちゃうのが人間じゃないかなって。特に締切に追われてるときとか、手軽に済ませたくなる誘惑は強いと思う。
富良野: それは確かにリアルな問題ですね。特に教育現場では深刻かもしれません。学生がAIに頼りすぎて、本当に身につけるべき思考力が育たないリスクもある。でも同時に、AIを禁止するだけでは現実的じゃないし。
Phrona: そうなんですよね。AIがある現実を前提に、どう付き合っていくかを考えるしかない。私は、AIとの協働の中で、人間にしかできない部分がより明確になってくるんじゃないかって思うんです。直感とか、感情とか、文脈を読む力とか。
富良野: 研究の限界として、まだ短期間で小規模な実験だということも押さえておくべきでしょうね。長期的な影響や、個人差、使用目的の違いなど、まだまだ分からないことが多い。早急に結論を出すのは危険かもしれません。
Phrona: そういえば、この研究で気になったのが、判定者が人間でも自動でも、AI支援の文章の評価が時間とともに下がったっていう点。これって、質の問題なのか、それとも評価基準の問題なのか。もしかすると、AI支援の文章には従来の評価軸では測れない新しい価値があるのかもしれないし。
富良野: なるほど、評価軸の転換という視点は面白いですね。従来の「良い文章」の定義自体が、AIの登場で変わっていく可能性もあるということですか。
Phrona: ええ。たとえば、AI時代の「良い文章」って、一人で一から書き上げた完璧な文章じゃなくて、AIとの対話を通じて磨き上げられた、より多角的で柔軟な思考が反映された文章なのかもしれない。そうなると、評価のものさし自体を見直す必要がありますよね。
富良野: 結局のところ、AIツールの影響って、使う人の意識や姿勢に大きく左右されるのかもしれませんね。受動的に使えば思考力が衰える危険性があるけれど、能動的に使えば新しい可能性が開ける。そのバランスをどう保つかが、これからの課題になりそうです。
ポイント整理
AI文章支援ツール使用時、脳活動(特に深い思考や集中に関わる領域)が有意に低下することがEEG測定で確認された
AI使用者は自分の文章への所有感が薄く、書いた内容を覚えていない傾向が見られた
人間の判定者・自動評価ともに、AI支援文章の質は時間とともに低下する傾向を示した
一方で、AIが認知的負荷を軽減することで、より高次の思考や創造的探究に集中できる可能性も指摘されている
電卓の普及が数学教育を変革したように、AIも思考のパラダイムを変える可能性がある
重要なのは、AIとの関わり方:受動的な使用では認知的債務が蓄積するが、能動的・反省的な使用では新たな知的可能性が開ける
現段階の研究は短期間・小規模であり、長期的影響や個人差については更なる研究が必要
キーワード解説
【認知的債務(Cognitive Debt)】
AIツールへの依存により、本来発達すべき思考能力が鈍化すること
【EEG(脳波測定)】
頭皮に電極を装着して脳の電気活動を測定する手法
【コンテンツキュレーター】
情報を選別・編集・文脈化する役割を担う人
【メタ認知】
自分の思考プロセスを客観視し、制御する能力
【認知的負荷】
課題を処理するために必要な精神的努力の量
【協働的知性】
人間とAIが協力して生み出す新しい形の知的活動