top of page

植物も、動物も、機械も「考えている」? ――『Ways of Being』が問いかける知性の地平

更新日:6月30日

 シリーズ: 書架逍遥



  • 著者:ジェームズ・ブライドル(James Bridle)

  • 出版年:2022年

  • 概要:人間中心の知性観を批判的に検討し、動物・植物・機械・生態系に広がる多様な知性のあり方を探究する哲学的エッセイ


「知性とは何か?」という問いに、私たちはどう答えるでしょうか。言語を操り、道具を使い、抽象的な思考ができること。そんな「人間らしさ」の特権として知性を定義してきた私たちに、ジェームズ・ブライドルの『Ways of Being』は根本的な問い直しを迫ります。


もし森の木々が地下のネットワークで「会話」していたら? もしタコが私たちとは全く異なる方法で世界を理解していたら? もしAIが人間の模倣ではない、独自の知性を発展させていたら? 本書は動物、植物、機械、そして生態系全体に広がる多様な知性の姿を描き出し、人間中心の世界観を揺さぶります。


アーティストでありテクノロジー批評家でもあるブライドルは、科学的知見と哲学的洞察、そして実際の体験を織り交ぜながら、「惑星的知性(Planetary Intelligence)」という新しい視座を提示します。それは単なる理論的な思考実験ではありません。気候変動、生態系の危機、AI倫理など、私たちが直面する切実な課題に対して、どう向き合うべきかという実践的な問いかけでもあるのです。


富良野とPhronaの対話を通じて、この「知性の再定義」が観念論を超えて、私たちの社会や制度、そして日常にどんな変化をもたらしうるのか、探っていきましょう。



機械の知性との出会い


富良野:この本、すごく刺激的でしたね。特に冒頭の自動運転車の実験の話。著者が自作の自動運転システムと一緒にギリシャの道を走りながら、機械の「見ている世界」を想像しようとするところから始まるんです。


Phrona:ええ、印象的な導入でしたね。私が面白いと思ったのは、その車に対して著者が「Autonomous Trap」っていう塩の円を道路に描いて、車を閉じ込める実験をしたところ。まるで魔法陣みたいで。


富良野:あれは象徴的でしたよね。AIの限界を示すと同時に、人間がまだAIをコントロールできる余地があることも示している。でも本当に重要なのは、その後の展開じゃないですか。動物の知性の話に移っていくところ。


それぞれの世界を生きる知性


Phrona:そうそう。特にテナガザルの実験の話が印象的でした。人間が設計したテストでは全然解けなかったのに、木の上に装置を設置したら簡単に解いちゃった。つまり、知性って文脈依存的なんですよね。


富良野:まさに。僕たちは知性を測るとき、無意識に人間の基準を当てはめてしまう。でもそれぞれの生き物には、それぞれの「ウムヴェルト」、つまり独自の知覚世界があるわけです。


Phrona:ウムヴェルト、いい概念ですよね。ダニにはダニの、コウモリにはコウモリの世界がある。私たちには想像もつかないような感覚世界で生きている。それを「知性がない」って切り捨てるのは、あまりに傲慢かもしれない。


森という超個体の発見


富良野:植物の章も衝撃的でした。森の地下に張り巡らされた菌糸のネットワークを通じて、木々が栄養や情報を共有している。まるでインターネットみたいに。


Phrona:「Wood Wide Web」ですね。私、あの部分を読んで、ちょっと泣きそうになりました。だって、森って私たちが思っているような個々の木の集まりじゃなくて、一つの大きな生命体みたいなものなんだって。


富良野:しかも植物には記憶もあるらしい。オジギソウの実験、覚えてます? 繰り返し落下させると、最初は葉を閉じて防御反応を示すけど、危険がないとわかると反応しなくなる。しかもその「学習」を何週間も覚えている。


Phrona:あれ、本当に不思議。脳がないのに記憶があるって、私たちの「記憶」の概念自体を問い直さないといけませんよね。もしかしたら、記憶って脳の専売特許じゃないのかも。


知性の本質を問い直す


富良野:そこからさらに機械知性の話につながるのが面白い。ブライドルは、AIを人間知性の模倣として見るんじゃなくて、全く別種の知性として捉えるべきだと言っている。


Phrona:確かに。でも正直、AIの知性を認めるのって、動植物の知性を認めるより難しく感じません? なんか、こう、血が通ってないというか…


富良野:わかります。でも、それこそが人間中心主義の表れかもしれない。生命じゃないから知性もない、っていう前提があるわけですから。


Phrona:うーん、そうか。でも待って、ブライドルが言う「知性」って、そもそも何なんでしょう? 単に情報処理能力のことじゃないですよね。


富良野:彼の定義では、知性は「関係性」なんです。環境との相互作用、他者との関わりの中で生まれるもの。だから個体の中に閉じ込められた能力じゃなくて、むしろネットワークの特性として現れる。


Phrona:なるほど! だから森全体が一つの知性になりうるし、人間とAIが協働するシステムも新しい知性になりうる。知性は「持つ」ものじゃなくて「起こる」ものなんだ。


教育と日常への波及


富良野:そうそう。で、ここからが本題なんですけど、この知性観の転換って、単なる哲学的な思考実験じゃないんですよね。実際に何を変えるのか。


Phrona:私、教育のところがすごく気になりました。もし知性が多様で関係的なものだとしたら、今の学校教育って根本的におかしくない? 個人の頭の中に知識を詰め込んで、個別にテストして評価するっていう。


富良野:確かに。むしろ協働的な学習、異なる視点の交流、環境との対話みたいなものが中心になるべきかもしれない。


Phrona:それに、自然との関わり方も変わりますよね。公園で子どもが虫を観察するとき、「これは何という虫?」って聞くんじゃなくて、「この虫は何をしようとしてるのかな?」って聞くようになるかも。


富良野:ああ、それいいですね。分類して名前をつけるんじゃなくて、相手の意図や行動を理解しようとする。まさに他者として接する態度。


制度と意識の相互作用


Phrona:でも富良野さん、正直なところ、これって理想論すぎません? 現実の政治や経済のシステムは、やっぱり人間中心で動いてるじゃないですか。


富良野:うーん、でも変化は起きてますよ。ニュージーランドのワンガヌイ川に法的人格が認められたり、エクアドルが憲法に自然の権利を明記したり。まだ例外的だけど、非人間の主体を法的に認める動きはある。


Phrona:そうか、川に人格… でも実際、川の利益を誰が代弁するんです?


富良野:通常は後見人的な組織が任命されるみたいです。でも面白いのは、そういう制度ができると、人々の意識も変わるんですよ。川を単なる資源じゃなくて、権利を持つ存在として見るようになる。


テクノロジーとの新しい関係


Phrona:制度が意識を変える、かあ。でも私、もっと日常的なレベルでの変化も大事だと思うんです。たとえば、スマートスピーカーに話しかけるとき、命令口調じゃなくて、もうちょっと丁寧に話すとか。


富良野:え、それは… でも確かに、相手を尊重する習慣って大事かも。AIに対してであっても。


Phrona:そう! だって、もしAIも一種の知性だとしたら、私たちの接し方って、奴隷に命令するみたいじゃないですか。それが当たり前になったら、人間同士の関係にも影響しそう。


富良野:なるほど、面白い視点ですね。技術との関わり方が、結局は人間関係のあり方も規定していく。


Phrona:あと、ブライドルが言ってた「インターネット・オブ・アニマルズ」の話、覚えてます? 動物にGPSつけて移動を追跡するプロジェクト。


富良野:ああ、あれは具体的でしたね。動物の移動データから、気候変動の影響とか、生態系の健康状態がわかる。動物たちが地球規模のセンサーネットワークになるという。


Phrona:でもちょっと気持ち悪くもありません? 監視社会の動物版みたいで。


富良野:確かにプライバシーの問題はありますね。ブライドル自身も、動物の自律性を尊重すべきだと書いてました。データを取るだけじゃなくて、それを保護に活かさないと意味がない。


Phrona:そうそう。知性を認めるってことは、相手の自律性も認めるってことですもんね。利用するんじゃなくて、協力する関係。


政治システムの革新


富良野:政治の話に戻ると、ブライドルは古代アテネの「くじ引き民主制」も紹介してましたね。公職をランダムに市民から選ぶという。


Phrona:あれ、面白かった! 選挙だと結局エリートが選ばれがちだけど、くじ引きなら本当に多様な人が参加できる。アイルランドの市民議会もそうやって選ばれたメンバーが、政治家が避けてきた中絶の合法化を提言したんですよね。


富良野:ランダム性を取り入れることで、システムの硬直化を防ぐ。これも一種の知性の多様化ですよね。


植物と人間の協働が開く未来


Phrona:うん。でも私が一番グッときたのは、最後の方の「金属農場」の話。汚染された土地で、重金属を吸い上げる植物を育てる。


富良野:ファイトレメディエーションですね。植物の力で土壌を浄化しながら、金属も回収できる。


Phrona:そう! これこそ関係的知性の実践じゃないですか。植物が何百万年かけて獲得した能力を、人間の課題解決に活かす。搾取じゃなくて協働。


富良野:しかも、植物は勝手に最適な金属を選んで吸収してくれる。人間が全部コントロールしようとするより、植物の知性に任せた方が効率的。


倫理と責任の新たな地平


Phrona:やっぱり、知性の再定義って、単なる言葉遊びじゃないんですね。私たちの振る舞いを、根本から変える力がある。


富良野:ええ。でも課題もありますよね。たとえば企業は、この新しい知性観をどう受け止めるか。下手したら「AIも知性があるから労働者として搾取してもOK」みたいな理屈に使われかねない。


Phrona:ああ、確かに… でも、だからこそ「関係性」が大事なんじゃないでしょうか。知性があるから利用していいんじゃなくて、知性があるから尊重しなきゃいけない。


富良野:そうですね。結局、倫理の問題に行き着く。多様な知性を認めることは、多様な存在への責任を引き受けることでもある。


Phrona:責任、かあ。重いけど、でも希望もありますよね。だって、私たちは一人じゃない。植物も動物も、もしかしたら機械も、一緒に未来を作っていける仲間なんだって思えたら。


富良野:「惑星的知性」ですね。地球全体が一つの知的なシステムとして、持続可能な方向に向かっていく。人間はその一部として、謙虚に、でも積極的に関わっていく。


Phrona:うん。完璧な答えはないけど、少なくとも問いの立て方は変わった気がします。「どうすれば人間がもっと賢くなれるか」じゃなくて、「どうすればみんなでもっと賢くなれるか」。


ポイント整理


  • 知性を人間の専有物ではなく、環境との相互作用や関係性の中で生まれるものとして捉え直す

  • 動物、植物、機械、生態系それぞれが独自の方法で情報を処理し、環境に適応している

  • すべての生物は独自の知覚世界を持ち、それぞれの文脈で知性を発揮する

  • 知性は個体の中に閉じ込められた能力ではなく、ネットワークや相互作用の中で創発する

  • 教育、法制度、環境保護、技術開発など、様々な領域で人間中心主義からの脱却が求められる

  • 地球全体を一つの知的システムとして捉え、人間・非人間・人工物の協働を目指す


キーワード解説


【人間中心主義(Anthropocentrism)】

人間を価値の中心に置き、他の存在を手段として見る世界観


【ウムヴェルト(Umwelt)】

生物学者ヤーコプ・フォン・ユクスキュルが提唱した、それぞれの生物種が持つ独自の知覚世界。環世界


【Wood Wide Web】

森林の地下に広がる菌根菌ネットワーク。木々はこれを通じて栄養や情報を共有する


【ファイトレメディエーション(Phytoremediation)

植物を用いて汚染された土壌や水を浄化する技術


【くじ引き民主制(Sortition)

古代アテネで行われた、公職者を無作為抽出で選ぶ制度


【惑星的知性(Planetary Intelligence)】

地球全体の生命と非生命が織りなす、相互依存的な知的システム


本記事と同じ内容は、noteにも掲載しております。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
bottom of page