歴史は繰り返す?──イラン「体制転換」論は何を見落としているのか
- Seo Seungchul
- 6月23日
- 読了時間: 7分
更新日:6月30日

シリーズ: 知新察来
◆今回のピックアップ記事:
Narges Bajoghli "The Issues With Calling for a Regime Change in Iran" (TIME, 2025年6月19日)
Thomas Latschan "Iran: What are the chances for regime change?" (Deutsche Welle, 2025年6月23日)
2025年6月、イラン攻撃が続く中、トランプ大統領やネタニヤフ首相から「体制転換」という言葉が聞こえてきます。イランの最高指導者ハメネイ師の居場所を知っていると豪語するトランプ大統領。イラン国民に向けて「自由への道を切り開く」と語りかけるネタニヤフ首相。
しかし、外部からの力で他国の政権を転覆させるという発想は、過去に何度も悲惨な結果を生んできました。アフガニスタン、イラク、リビア……。これらの国々で起きたことを、私たちはもう忘れてしまったのでしょうか。
今回は、富良野とPhronaがこの問題について語り合います。二人の視点が交差することで、「体制転換」という言葉の裏に潜む複雑な現実が浮かび上がってきます。
幻想の系譜
富良野:最近のイランをめぐる動きを見ていると、なんだか既視感を覚えるんですよね。トランプ大統領が「体制転換」という言葉を使い始めて、ネタニヤフ首相もイラン国民に直接語りかけている。
Phrona: ええ、富良野さん。でも不思議なのは、なぜ人々は同じ物語を何度も信じてしまうんでしょうね。1953年のモサデク政権転覆、1980年代のイラン・イラク戦争、2003年のイラク戦争……。毎回「すぐに崩壊する」って言われて、結果は全然違うものになる。
富良野:確かに。TIMEの記事でNarges Bajoghliが指摘しているように、イランを「崩れかけの家」として見る幻想は繰り返されてきました。ちょっと押せば倒れる、空爆すれば降伏する、みたいな。でも実際のイランの国家構造って、そんな単純じゃないんですよね。
Phrona: 私が気になるのは、その「崩れかけの家」というメタファーなんです。家って、物理的な建物だけじゃなくて、そこに住む人々の記憶とか、世代を超えた物語とか、そういうものも含んでいるじゃないですか。
富良野:なるほど、面白い視点ですね。イランの場合、その「家」は単なる現政権じゃなくて、もっと深い文明的なアイデンティティに根ざしているということですか。
Phrona: ええ。記事にも「文明国家」という表現がありましたよね。ペルシャ帝国から続く歴史、度重なる侵略、植民地的介入……そういう記憶の積み重ねが、今のイラン人の意識を形作っている。
軍事構造の二重性
富良野:技術的な話になりますが、イランの軍事構造も興味深いんです。正規軍のアルテシュが42万人、革命防衛隊が19万人、さらにバシジという準軍事組織が社会の隅々まで浸透している。これ、単純な独裁体制とは違う、かなり複雑な権力構造ですよね。
Phrona: バシジって、街角にも、学校にも、モスクにもいるんですよね。彼らは単なる体制の手先というより、ある種の世界観を共有する人々なんでしょうか。
富良野:そうなんです。しかも面白いのは、イスラエルの暗殺作戦で上級司令官が排除されても、より若く、より強硬な世代が台頭してきているという点です。彼らはシリアでの実戦経験もあって、国家崩壊がどう進行するかを肌で知っている。
Phrona: つまり、外からの圧力が、むしろ内部を硬化させているということ? それって、人間の心理としてもよくわかる気がします。攻撃されれば、守りたくなる。たとえ現体制に不満があっても。
富良野:まさにその通りです。DWの記事でEckart Woertzが言っているように、「外部からボタンを押すような体制転換」は極めて疑わしい。地上軍の投入なしに、空爆だけで政権を倒した例はないんです。
記憶の重み
Phrona: 私たちって、他国の苦しみをすぐに忘れてしまいますよね。アフガニスタンで20年間の介入の後、タリバンが戻ってきた。イラクでは宗派対立が内戦状態になった。リビアは今も分裂したまま。
富良野:数字で見ると、その重さがよくわかります。アフガニスタンでは5万人近い民間人が犠牲になり、1兆ドル近い費用がかかった。イラク戦争では120万人以上が亡くなり、900万人が難民になった。
Phrona: でも、数字だけじゃ伝わらないものもありますよね。家族を失った人の悲しみとか、故郷を追われた人の喪失感とか。そういう個人の物語が、集合的な記憶になって、次の世代に受け継がれていく。
富良野:イランの場合、1980年代のイラン・イラク戦争の記憶が特に重要です。当時、西側諸国はサダム・フセインを支援して、若い革命政権は数ヶ月で崩壊すると思われていた。でも8年間耐え抜いた。
Phrona: 化学兵器まで使われたんですよね。その記憶が、今のイランの「包囲に耐える」という軍事ドクトリンを形作っているという話、すごく腑に落ちます。生き残ることは、対等であることじゃなくて、耐え抜くことだって。
核開発への逆説的な推進力
富良野:ここで皮肉なのは、体制転換を最も強く主張する人たちが、実はイランの核開発を加速させているかもしれないという点です。
Phrona: ああ、それは確かに逆説的ですね。記事にもありましたが、サダムは大量破壊兵器を放棄して侵略された、カダフィは核開発を止めて転覆された……。
富良野:僕が注目したいのは、Woertzの「サダム・フセインは大量破壊兵器を持っていたから倒されたのではなく、持っていなかったから倒された」という言葉です。これ、すごく重い指摘だと思うんですよ。
Phrona: つまり、イランの安全保障エスタブリッシュメントから見れば、核抑止力だけが生き残りを保証する、という結論に至るかもしれないということですね。降伏は安全につながらない、と。
富良野:まさに。イスラエルの諜報作戦は確かに成功していて、イランの弱さを露呈させた。でもそれが同時に、外交の余地を狭めて、イラン内部の暴力性と偏執を高めているんです。
Phrona: 私たちって、相手を追い詰めれば譲歩すると思いがちだけど、実際には逆のことが起きることも多いんですよね。特に、生存に関わる場合は。
複雑さと向き合うこと
富良野:結局のところ、「体制転換」という言葉の魅力って、複雑な問題を単純に解決できるという幻想にあるんでしょうね。悪い政権を倒せば、良い政権ができる、みたいな。
Phrona: でも現実はもっとずっと複雑で、イランには9200万人の人々がいて、それぞれ違う思いを抱えている。現体制を終わらせたい人も何百万人もいるけど、外国の介入で何が起きるかを決められることには抵抗する人も何百万人もいる。
富良野:ドイツの4.5倍の国土を持つ国で、しかも山がちな地形です。仮に侵攻したとして、その後どうするのか。誰が統治するのか。どうやって安定を保つのか。
Phrona: そもそも、他国の人々の運命を外から決めていいのか、という根本的な問いもありますよね。国際法上も主権の侵害だし、民主的な正当性もない。
富良野:僕らは歴史から学ぶべきなんです。でも、どうも同じ過ちを繰り返してしまう。今度こそうまくいく、今度は違う、って思い込んで。
Phrona: きっと、複雑さと向き合うのは疲れるからでしょうね。単純な物語の方が、理解しやすいし、行動もしやすい。でも、その単純化が生む悲劇の方が、はるかに大きい。
ポイント整理
イランを「崩れかけの家」と見なす幻想は、1953年のモサデク政権転覆以来、繰り返されてきたが、実際のイランはその都度、予想に反して持ちこたえてきた
イランの軍事構造は、正規軍(42万人)、革命防衛隊(19万人)、バシジ(準軍事組織)という多層的な構造を持ち、単純な独裁体制とは異なる複雑な権力構造を形成している
外部からの圧力や暗殺作戦は、むしろイラン内部の若い強硬派を台頭させ、体制を硬化させる逆効果を生んでいる
アフガニスタン、イラク、リビアでの体制転換の試みは、いずれも長期的な混乱と人道的悲劇をもたらし、当初の目的を達成できなかった
イランは9200万人の人口と広大な国土を持つ文明国家であり、外部からの軍事介入による体制転換は現実的ではない
体制転換の圧力は、皮肉にもイランの核開発を加速させる可能性がある(サダムやカダフィの例から、核放棄は安全を保証しないという教訓)
キーワード解説
【体制転換(Regime Change)】
外部の力による他国政権の転覆
【アルテシュ(Artesh)】
イラン正規軍
【革命防衛隊(IRGC)】
イデオロギー的エリート軍事組織
【バシジ(Basij)】
社会に浸透した準軍事ネットワーク
【クッズ部隊(Quds Force)】
革命防衛隊の対外工作部門
【非対称戦争(Asymmetric Warfare)】
正規軍対ゲリラ戦術