爆撃後のイランで「沈黙」が意味するもの──革命体制が抱える内在的矛盾と86歳の最高指導者の「最後の賭け」
- Seo Seungchul
- 6月23日
- 読了時間: 11分
更新日:6月30日

シリーズ: 知新察来
◆今回のピックアップ記事:
David Frum and Karim Sadjadpour "What Comes Next for Iran?" (The Atlantic, 2025年6月18日)
Maryam Sinaiee "Who speaks for Iran? US bombs deepen factional divide" (Iran International, 2025年6月23日)
革命から46年、86歳のハメネイ師は史上最大の窮地に立たされています。米軍によるフォルド核施設攻撃の後、イラン国内では強硬派と穏健派の対立が表面化し、「誰がイランを代表するのか」という根本的な問いが浮上しました。国営テレビが「もはや赤い線は存在しない」と宣言する一方で、元大統領は「感情的にならず長期的視点で」と慎重論を展開。しかし、インターネット遮断により一般市民の声は封じられています。
ハメネイ師は世界最長在任の独裁者として36年間、革命の三原則—「アメリカに死を、イスラエルに死を」そして女性のヒジャブ義務—を守り続けてきました。改革は体制崩壊を早めるというゴルバチョフの教訓を胸に、変化を拒み続けた「真の信者」。しかし今、報復しなければ威信を失い、報復しすぎれば破滅するという究極のジレンマに直面しています。
富良野とPhronaの対話を通じて、攻撃後のイラン国内の声の分裂と、革命体制が抱える内在的矛盾について考えてみたいと思います。危機が露わにする権力の動学と、理想主義が現実と衝突する時に何が起こるのか、新たな理解が得られるかもしれません。
攻撃後に露わになった「声の力学」
富良野:フォルド核施設への攻撃の後、イラン国内の反応を見ていると、まさにカーネギー国際平和財団研究員でイラン最高指導者研究の第一人者のカリム・サジャドプール氏が言っていた「究極のジレンマ」が現実になってますね。
Phrona:そうですね。報復しなければ威信を失い、報復しすぎれば破滅する。でも実際の国内の声を見ると、思った以上に複雑な状況になってる。
富良野:Iran Internationalの記事で印象的だったのが、強硬派の声がいかに組織的に拡散されているかです。国営テレビが「もはやレッドラインは存在しない」と宣言し、最高指導者の代表者がカヤハン新聞で「ホルムズ海峡封鎖」を主張している。
Phrona:一方で穏健派も声を上げてるんですよね。元大統領のハタミさんも「感情的にならず長期的視点で」と訴えています。元官僚のカシェフさんはガンジーの言葉を引用して「真の力は自制と忍耐にあり、性急な反応にはない」と言ってるのも興味深いです。これって、まさにイランの知識人層の本音じゃないでしょうか。
富良野:でも、インターネット遮断で一般市民の声が封じられる一方、メディアアクセス権を持つ強硬派の声だけが増幅される。これって、サジャドプール氏が指摘していた体制の生存本能の表れでもあるんでしょうね。
Phrona:今回のような危機時には、慎重論を唱えること自体がリスクになり、最高指導者の方針に反するとみなされかねない。
富良野:これは典型的な権威主義体制の特徴ですが、ハメネイ師の場合、さらに複雑な要素があります。彼は単なる独裁者ではなく、革命の理念に忠実な「真の信者」でもある。
革命の論理と現実政治の衝突
Phrona:でも考えてみると、今回の危機って、まさにThe Atlanticの記事で論じられていた「革命の論理と国益の対立」が露骨に表れた瞬間ですよね。
富良野:その通りです。記事の中でジャーナリストのボダギさんが指摘していたように、「ホルムズ海峡封鎖は中国やインドまで敵に回すことになる。イランにそれだけの対立に耐える力があるのか?」という問いは、まさに国益の観点からの冷静な分析ですが。
Phrona:でも強硬派の論理では、そういう現実的計算よりも「威信の回復」が優先される。超強硬派議員のサベティさんが「アメリカがイランと正式に戦争状態に入った以上、強力に反応しなければ抑止力を失う」と言ってるのがそれですよね。
富良野:サジャドプール氏が指摘していた通り、ハメネイ師は「圧力の下で妥協すれば、それは圧力が効いているというシグナルになり、さらなる圧力を招く」と考えている。だから今回も強硬な姿勢を崩せない。
核開発という「賭け」の代償
Phrona:それにしても、核開発がこれほどのリスクを招くことは予想できたはずではないでしょうか。フラムさんが20年前に言った「ウラン濃縮をするか、イスラエルの抹消を叫ぶか、どちらかはできるが両方は無理」という言葉が予言的だった。
富良野:サジャドプール氏の分析では、核開発に60年間で5000億ドルも投じたのに、エネルギー需要の1%しか満たしていない。しかも抑止力にもなっていない。今回の攻撃でその「壮大な失敗」が露呈してしまった。
Phrona:でも記事を読んでいて気になったのが、活動家のサレヒさんが近隣諸国の米軍基地の地図を投稿して「どこを最初に攻撃すべきか?」って聞いてることです。この軽さというか、現実感の欠如が怖い。
富良野:戦争や報復が抽象的なゲームのように語られる時、それは非常に危険な兆候ですね。実際の人的コストや社会的影響が見えなくなってしまう。でもこれも、長年の孤立政策の副産物かもしれません。
Phrona:イランの戦略が「建設ではなく破壊」に向いているという指摘がありました。ヒズボラやハマスに何十億ドルも投じて、意図的に貧困と絶望を維持することで代理戦争の駒として使い続ける。
富良野:そうした「抵抗の枢軸」戦略も、今回の危機で破綻が明らかになった。ヒズボラは既に大きく削がれ、シリアのアサド政権も崩壊した。イランは本当に孤立してしまっている。
沈黙の意味と民意の複雑さ
Phrona:でもIran Internationalの記事で最も考えさせられたのが、「沈黙」の意味についてです。表面的には強硬派の声ばかりが聞こえるけれど、それが本当に民意を反映しているのか?
富良野:そこがまさに重要なポイントですね。The Atlanticの方では、体制支持率は最大でも20%、おそらく15%程度だと分析されてました。でも80%以上の反対派は「武装していない、組織化されていない、指導者もいない」状況。
Phrona:市民の沈黙は必ずしも同意を意味しない。ナマダリさんの「沈黙していればいいのか?」という問いかけが本当に切実です。リスクを承知で声を上げるか、安全のために沈黙するか。でもその沈黙が「国民の支持」として解釈されてしまう危険性もある。
富良野:興味深いのは、今回の攻撃に対する「国旗結集効果」が今のところほとんど見られないことです。普通なら外国からの攻撃があると政権支持が高まるものですが、それが起きていない。
「真の信者」の最後の選択
Phrona:結局、ハメネイ師にとって今回の危機は何を意味するんでしょうか?86歳の最高指導者には、どんな選択肢があるのか。
富良野:サジャドプール氏が指摘していたように、彼は世界最長在任の独裁者として36年間生き延びてきた。「ギャンブラーでは生き残れない」という言葉の通り、これまでは巧妙な生存本能を発揮してきた。
Phrona:でも今回は、これまでとは違う状況ですよね。イスラエルは「あらゆる領域—軍事、諜報、財政、技術、外交—でイランを上回っている」状況。完全に劣勢に立たされている。
富良野:しかも核開発という「最後の切り札」も、実際には切り札にならないことが明らかになってしまった。むしろ攻撃の口実を与えてしまっている。
Phrona:The Atlanticの記事で言及されていた「韓国、トルコ、イランが1977年頃には同水準のGDPだった」という比較を思い出します。50年後の今、その差は歴然としている。
富良野:そうですね。もしイランが革命の論理ではなく国益を優先していたら、今頃はポーランドのような繁栄を手にしていたかもしれない。でもハメネイ師にとって、それは革命の理念を裏切ることになる。
Phrona:だからこそ「最後の賭け」なんですね。革命の理念を貫いて破滅するか、理念を捨てて生き延びるか。でもサジャドプール氏が言うように、理念を捨てれば体制崩壊が早まる可能性もある。
富良野:まさにダブルバインド状況です。どちらを選んでも破滅的な結果を招く可能性がある。そしてその選択の結果は、イラン国民だけでなく、地域全体、ひいては世界にも影響を与える。
変革の可能性と血の代償
Phrona:でも仮に体制変革が起きるとしたら、どんな形になるんでしょうか?東欧革命のような平和的移行を期待していいのか。
富良野:フラム氏が警告していたように、必ずしも平和的移行になるとは限りませんね。46年間の抑圧の蓄積を考えると、非常に血腥い報復の連鎖が起こる可能性もある。
Phrona:特にイランの場合、革命防衛隊やバシジ民兵が「殉教を信じている」集団として残っている。彼らが最後まで抵抗すれば、ルーマニアのチャウシェスク政権以上の流血になるかもしれません。
富良野:一方で、サジャドプール氏が指摘していたように、イラン社会は「殉教を信じていない」。これは中東の他の反政府運動とは大きく違う特徴で、より理性的な変革を模索する可能性もある。
Phrona:でも「トンネルの向こうに光は見えるが、そこに至るトンネルがない」という状況は変わっていない。変化への渇望は膨大にあるけれど、それを実現する組織的手段がない。
富良野:そして今回の危機が、その状況を変える契機になるのか、それとも既存の権力構造をさらに硬直化させるのか。それが大きな分かれ道になりそうです。
追記:停戦合意をどう読むか
この記事の公開直後、イスラエルとイランの間で停戦合意が成立したというトランプ米大統領の発表が飛び込んできました。現時点(日本時間6月24日午前)ではまだ両国から停戦に関する公式発表がないようなので、予断を許さない状況が続きますが、この展開は記事で分析した「ハメネイ師の生存本能」が最終的に勝利したことを示しているのかもしれません。
36年間権力を維持してきた「世界最長の独裁者」は、やはり「ギャンブラーではなかった」ということでしょう。報復エスカレーションによる体制崩壊のリスクを冷静に計算し、革命の理念よりも現実的な生存を選択したと見るのが妥当です。
ただし、これが本当の意味での路線転換なのか、それとも体制を立て直すための「戦術的休息」なのかは、今後の核開発プログラムの扱いや国内強硬派の動向を注視する必要があります。記事で論じた「革命の論理 vs 国益」の根本的対立が解消されたわけではないからです。
いずれにせよ、今回の危機は、危機時における「声の力学」と権力の意思決定メカニズムについて、貴重な事例を提供してくれました。沈黙した80%の民意が、最終的には政策決定に影響を与えた可能性もあるのです。
ポイント整理
攻撃後の声の分裂
米軍攻撃後、イラン国内で強硬派と穏健派の対立が表面化。強硬派は既存メディアを通じて「赤い線撤廃」「ホルムズ海峡封鎖」を主張し、穏健派は「長期的視点」「自制と忍耐」を訴えるが、インターネット遮断により一般市民の声は封じられている
ダブルバインドの深刻化
ハメネイ師は「報復しなければ威信を失い、報復しすぎれば破滅する」究極のジレンマに直面。36年間の生存本能も、今回は有効な解決策を見出せない状況
革命論理と国益の決定的対立
「アメリカに死を、イスラエルに死を」の革命スローガンとイランの真の国益が根本的に衝突。核開発も60年間で5000億ドルを投じたが抑止力にならず、むしろ攻撃の口実を提供
沈黙の多層的意味
公的な沈黙は同意ではなく恐怖や戦略的判断の結果。体制支持率15-20%に対し80%以上が反対するが、組織的抵抗力を欠く。「国旗結集効果」も見られず、攻撃への真の民意は反体制的
声の格差の制度化
危機時にメディアアクセス権の格差が拡大。強硬派は国営メディアや政権寄り媒体を通じて発信できるが、穏健派や市民は発言機会を剥奪される。慎重論を唱えること自体がリスクとなる構造
孤立戦略の完全な破綻
意図的な国際孤立による生存戦略が裏目に出て、今や真の孤立状態に。「抵抗の枢軸」も崩壊し、核開発も威嚇効果を発揮せず、むしろ攻撃対象となった
キーワード解説
【フォルド核施設】
イラン中部の地下核施設。ウラン濃縮活動の主要拠点で、今回の米軍攻撃の標的
【ホルムズ海峡】
ペルシャ湾出口の戦略的海峡。世界の石油輸送の約20%が通過する重要航路
【ㇾッドライン】
国際政治における「越えてはならない一線」。攻撃後にイラン国営テレビが「もはやレッドラインは存在しない」と宣言し、あらゆる報復手段を検討すると表明
【ダブルバインド】
心理学用語。どの選択肢を取っても望ましくない結果となる矛盾状況
【国旗結集効果】
外部脅威に直面した際に政権支持率が上昇する政治現象。今回のイランでは発生していない
【カヤハン新聞】
イランの保守系新聞。最高指導者ハメネイ師に近い論調で知られる
【抵抗の枢軸】
イラン主導の反イスラエル・反米同盟。ヒズボラ、ハマス、フーシ派などで構成されたが近年大幅に弱体化
【革命防衛隊(IRGC)】
通常軍とは別組織のイラン精鋭部隊。革命体制の守護者として設立
【選好の捻じ曲げ】
政治学用語。外的圧力により本来の意見と異なる意見を表明せざるを得ない現象