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脳が世界を「発明」している?──意識と現実の関係を揺さぶる科学的発見

更新日:4 日前

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シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:Karl Friston "Reality is a creation of consciousness" (Institute of Art and Ideas, 2025年9月17日)

  • 概要:世界的神経科学者カール・フリストンへのインタビュー記事。意識は脳による予測の産物であり、私たちは自分の頭の中に閉じ込められているという彼の理論について詳しく語られている。自由エネルギー原理による物理学と心理学の統合、精神疾患の新しい理解なども論じられる。



私たちが見て、聞いて、触れている現実は、実は脳が作り出した「予測」だとしたら?世界で最も影響力のある神経科学者の一人、カール・フリストンが提唱する理論は、私たちの常識を根底から覆します。


私たちは普通、まず外界からの情報を受け取って、それを基に世界を理解していると思っています。しかしフリストンは真逆のプロセスを主張します。脳はまず世界についての予測を立て、その後で感覚情報と照合し、ズレがあれば修正していく—これが意識の正体だというのです。


この記事では、富良野とPhronaの対話を通じて、この革命的な理論がもたらす洞察を探っていきます。私たちの現実認識、精神的な病気の理解、さらには自己組織化する世界の本質まで、フリストンの「自由エネルギー原理」がどのように説明するのか、じっくりと考えてみましょう。




脳は世界を「予測」している


富良野:この記事のフリストンの主張、面白いですよね。私たちが現実だと思っているものは、実は脳が作り出した予測だって言うんですから。


Phrona:普通に考えれば、まず外から情報が入ってきて、それを処理して世界を理解するって思いますよね。でもフリストンは逆だって言っている。


富良野:そう、まず脳が「こうなるはずだ」って予測を立てて、それから実際の感覚情報と照合する。そのズレが「予測誤差」で、それを最小化するように脳が働いているという話です。


Phrona:面白いのは、この予測誤差を減らす方法が二つあるっていうところ。一つは予測の方を修正すること—これが知覚や学習。もう一つは、世界の方を変えて予測に合わせること—これが行動なんですって。


富良野:なるほど、それで知覚と行動が統一的に説明できるわけですね。例えば、僕が「あそこにコーヒーカップがあるはずだ」と予測したとき、実際に見てみて違ったら予測を修正するか、手を伸ばしてカップを予測した場所に動かすか、どちらかってことですね。


Phrona:そうそう。でも考えてみると、これって結構恐ろしい話でもありますよね。私たちが見ている世界は、本当の意味では外の世界じゃなくて、脳の中の世界だっていうことでしょう?


富良野:フリストンも「私たちは確かに自分の頭の中に閉じ込められている」って言ってますからね。外に世界があることは否定しないけれど、私たちがアクセスできるのは脳内の表象だけだと。


Phrona:でもただ閉じ込められているわけじゃなくて、外の世界と内の世界が「相互に同調」してるって表現が印象的でした。ホイヘンスの時計の話—壁に掛けた二つの時計が最終的に同期するっていう。


富良野:ああ、あれは面白い比喩でしたね。外の世界と脳が緩やかに結合していて、最終的に同期状態に落ち着く。それが「制御された幻覚」って呼ばれる状態なんでしょうね。


透明な知覚と不透明な知覚


Phrona:でも、意識の話になるとさらに複雑になりますよね。フリストンが引用してるメッツィンガーの理論—透明な感覚と不透明な感覚の違い。


富良野:そうですね。普通に何かを見ているときは「透明」で、自分が見ているということを認識しているときは「不透明」だと。窓を通して外を見るのか、窓の存在に気づいて写真を見ていると認識するのかの違いみたいな。


Phrona:つまり、意識って階層構造になってるってことですよね。脳の中に深い階層があって、上の層が下の層を見ることができる。それが注意や自己認識につながっていく。


富良野:この階層性は面白いですね。深層学習の「深い」っていう言葉も、まさにこの階層の深さを表してるわけでしょう?一つのレベルが下のレベルを見て、上のレベルに情報を渡していく。


Phrona:そして注意っていうのは、その内部での「行動」なんですって。外に向かって手足を動かすのと同じように、脳の中でメッセージのやり取りに働きかける。何を無視して何に注目するかを選択する。


富良野:それって、脳が自分自身に対して行動を起こしているってことですよね。外向きの行動と内向きの行動。これが意識の重要な特徴なのかもしれません。


Phrona:でも私、ちょっと気になることがあるんです。この理論だと、私たちの主観的な体験—例えば赤い色を見たときの「赤さ」みたいなものは、どう説明されるんでしょう?


富良野:うーん、それはクオリアの問題ですね。フリストン自身、哲学者じゃないからってちょっと控えめに話してましたけど...。でも予測と誤差修正のメカニズムで、ある程度は説明できるのかもしれない。


自由エネルギー原理の射程


Phrona:自由エネルギー原理って、脳だけじゃなくてあらゆる自己組織化システムに適用できるって言ってますよね。すごく壮大な話になってる。


富良野:そうなんです。物理学の「最小作用の原理」と本質的に同じものだって言ってますからね。何かが自分と環境の境界を維持して存在し続けるには、必然的に自由エネルギーを最小化しなければならない。


Phrona:マルコフ・ブランケットっていう概念も面白いですね。自分と自分でないものを分ける境界があるだけで、もうそこには自由エネルギー最小化が始まってるって。


富良野:単細胞生物から人間まで、さらには経済システムまで、同じ原理で説明しようとしてるのはすごいですよね。ただ、人間みたいな複雑なシステムになると、特別なことが起きるって言ってます。


Phrona:行動が感覚の原因になるっていうところですね。私が手を動かすと、それが新しい感覚情報を生み出す。すると脳は自分の行動を推論の対象にするようになる。


富良野:それが「真のエージェント」の条件なんでしょうね。自分の行動の結果を予測できるから、計画が立てられる。単なる反射的な行動から、意図的な行動への飛躍がそこにある。


Phrona:でも面白いのは、空想の話ですよね。空飛ぶ象を想像するみたいな、実現させる気のないことを考えるとき、これはどう説明されるんでしょう?


富良野:ああ、あれは時間スケールの話でしたね。自由エネルギー最小化は、ミリ秒単位から進化の時間スケールまで、いろんなレベルで起きてる。夢とか創造的思考は、もっと長期的な最適化の一部だと。


Phrona:つまり、脳の中の不要な結合を削ぎ落とすためのテストみたいなものなんですって。本当にその制約や連想が必要なのかを確かめるために、ありえない状況を想像してみる。


富良野:シナプスの刈り込みってやつですね。起きているときは情報を蓄積して、寝ているときに整理する。夢はその整理作業の一部だと。


精神疾患という「誤った推論」


Phrona:この理論の応用として、精神疾患の理解っていうのも挙げられてましたよね。これはどういうことなんでしょう?


富良野:フリストンは、精神病理を「誤った推論」として捉えてるんです。脳の推論メカニズムがうまく働かないときに起きる症状として。


Phrona:統計学でいう第一種エラーと第二種エラーに対応してるって言ってましたね。ないものをあると思うのが幻覚や妄想で、あるものをないと思うのが解離症状や注意欠陥みたいな。


富良野:原因は「注意の数学的障害」だって表現が印象的でした。関連性のない情報を無視できなくなってしまう。本来なら無視すべき予測誤差に過度に注目してしまう。


Phrona:テレビのニュースキャスターの例、わかりやすかったですね。体の中の覚醒状態を説明するために、「キャスターが自分に個人的に話しかけている」っていう仮説を立ててしまう。ベイズ的には最適な推論なのに、結果的に妄想になってしまう。


富良野:これって、症状を「異常」として切り捨てるんじゃなくて、歪んではいるけれど一応は合理的な推論プロセスとして理解しようとしてるんですよね。


Phrona:そうそう。そうすると治療のアプローチも変わってきそうですね。推論メカニズムのどこに問題があるのかを特定して、そこを調整していく。


富良野:薬物療法なんかも、単に症状を抑えるだけじゃなくて、推論プロセスの特定の部分に働きかけるものとして理解できるかもしれませんね。


私たちの存在の境界


Phrona:でも、この理論を受け入れると、私たちの現実認識って根本的に変わりますよね。私がいま富良野さんと話していると思っているこの体験も、実は私の脳の中の予測と修正のプロセスなわけでしょう?


富良野:そうですね。でも不思議なのは、それでも私たちは確実に何かと相互作用してるってことです。ホイヘンスの時計の同期みたいに、外の何かと内の何かが調和してる。


Phrona:その「境界」の話、興味深いですよね。自分と自分でないものを分けるマルコフ・ブランケット。でもその境界自体も、実は動的で流動的なものなのかもしれない。


富良野:考えてみれば、私たちの体だって、分子レベルでは常に入れ替わってるわけですからね。境界は物理的というより、むしろ情報的、機能的なものなのかもしれません。


Phrona:そうすると、意識とか自己っていうのは、ある種の「パターン」なんでしょうね。物質的な実体というより、情報の流れが作り出すパターン。


富良野:その視点だと、私たちの存在自体が一種の「予測」なのかもしれませんね。自分が継続して存在するという予測を、絶えず確認し続けている。


Phrona:なんだか不安になってきませんか?自分が本当に存在してるのか、わからなくなってきそうで。


富良野:いや、でも考え方を変えれば、とても創造的な話でもあるんじゃないでしょうか。私たちは受動的に世界を受け取ってるんじゃなくて、積極的に世界を創造してる。共同創造者として。


Phrona:確かに。そして、その創造プロセスを理解することで、より良い現実を作り出せるかもしれない。精神的な病気の理解もそうですし、人工知能の発展もそうですね。


富良野:フリストンの理論が示してるのは、意識とか知性とかっていうのは、宇宙の基本的な性質—自由エネルギー最小化—の特殊な表現形なのかもしれないってことですね。


Phrona:私たちは宇宙が自分自身を理解しようとしている試みなのかもしれませんね。ちょっと詩的すぎるかもしれませんけど。


富良野:いえいえ、案外それが一番的確な表現なのかもしれませんよ。


 

ポイント整理


  • 意識は予測メカニズムである

    • 脳は外界からの情報を受動的に処理するのではなく、まず世界についての予測を立て、感覚情報との誤差を最小化するように働く。意識的経験は、この予測プロセスの産物。

  • 予測誤差最小化の二つの方法

    • 予測誤差を減らすには、①予測を修正する(知覚・学習)か、②世界を変えて予測に合わせる(行動)かの二通りがある。これにより知覚と行動が統一的に説明される。

  • 外界との相互同調

    • 私たちは頭の中に閉じ込められているが、外界と完全に切り離されているわけではない。ホイヘンスの時計のように、内と外が相互に同調し、同期状態を作り出す。

  • 意識の階層構造

    • 透明な知覚(単に見る)と不透明な知覚(見ていることを知る)の区別。脳は階層構造を持ち、上位層が下位層を監視することで注意や自己認識が生まれる。

  • 自由エネルギー原理の普遍性

    • 自己組織化するあらゆるシステムは自由エネルギーを最小化する。マルコフ・ブランケット(境界)を維持する存在は、必然的にこの原理に従う。

  • 真のエージェンシーの条件

    • 人間のような複雑なシステムでは、行動が感覚の原因となる。これにより脳は自分の行動を推論対象とし、計画能力を獲得する。

  • 創造的思考と夢の機能

    • 空想や夢は、脳内の不要な結合を削除するためのテスト。長期的な自由エネルギー最小化の一環として、シナプスの刈り込みに寄与する。

  • 精神疾患の新しい理解

    • 精神病理は「誤った推論」として捉えられる。関連性のない情報を無視できない「注意の数学的障害」が、幻覚や妄想などの症状を引き起こす。

  • 存在の境界の動的性質

    • 自己と環境の境界は固定的な物質的実体ではなく、情報の流れが作り出す動的なパターン。意識や自己も、このようなパターンとして理解される。

  • 共同創造としての現実

    • 私たちは現実を受動的に受け取るのではなく、積極的に創造している。この創造プロセスの理解は、より良い現実の構築につながる可能性を持つ。



キーワード解説


予測符号化(Predictive Coding)】

脳が感覚入力を予測し、実際の入力との差異(予測誤差)を最小化することで知覚が成り立つとする理論


自由エネルギー原理(Free Energy Principle)】

自己組織化するシステムが自由エネルギー(予測誤差)を最小化するという物理学的原理


マルコフ・ブランケット(Markov Blanket)】

システムとその環境を分ける統計的境界


ベイズ脳仮説(Bayesian Brain Hypothesis)】

脳がベイズ推定に基づいて不確実性の下で推論を行うとする理論


制御された幻覚(Controlled Hallucination)】

知覚が外界に制御された内部の幻覚的プロセスであるとする概念


無意識的推論(Unconscious Inference)】

ヘルムホルツが提唱した、知覚が無意識的な推論プロセスであるとする理論


シナプス回帰(Synaptic Regression)】

不要な神経結合の削除による脳の最適化プロセス


透明性と不透明性(Transparency and Opacity)】

メッツィンガーによる意識状態の分類。透明は気づかない知覚、不透明は知覚していることを知る状態


予測誤差(Prediction Error)】

予測と実際の感覚入力との差異


能動的推論(Active Inference)】

行動を通じて予測誤差を最小化するプロセス



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
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