良い仕事が良い業績を生むメカニズム──『The Good Jobs Strategy』から学ぶ経営の逆説
- Seo Seungchul
- 6月24日
- 読了時間: 6分
更新日:6月29日

シリーズ: 書架逍遥
著者:Zeynep Ton
出版年:2014年
概要:MITスローン経営大学院准教授による、小売業を中心とした実証研究に基づく経営戦略書
「人件費を削れば利益が増える」という経営の常識は、本当に正しいのでしょうか。コストカットのために従業員を使い捨てにする企業が増える中、まったく逆のアプローチで成功している企業があります。
ゼイネップ・トンの『The Good Jobs Strategy』は、コストコやトレーダー・ジョーズといった企業が、なぜ従業員に高い給与を払いながら低価格を実現し、業界トップの利益率を維持できるのかを解き明かした画期的な書籍です。
富良野とPhronaが、この本が提示する「良い仕事戦略(グッドジョブ戦略)」について語り合います。人を大切にすることが、なぜ最も賢い経営戦略になり得るのか。その逆説的な真実を、二人の対話から探っていきましょう。
人件費削減という「常識」への疑問
Phrona:「人件費は削るべきコスト」という考え方は、実は選択肢の一つに過ぎないってことですよね。私たち、いつの間にかそれを自然法則みたいに受け入れちゃってる。
富良野:そうそう。でもトンが言うには、それは「不必要な犠牲」だと。むしろ従業員への投資こそが持続的な競争力の源泉になるって主張してるんです。
Phrona:面白いのは、彼女が感情論じゃなくて、きちんとデータで示してるところよね。コストコの離職率って業界平均の何分の一でしたっけ?
富良野:確か10分の1以下だったはず。で、その結果として採用コストや研修コストが大幅に削減されてる。
Phrona:つまり、表面的には人件費が高く見えても、トータルで見れば安上がりってことか。でも、それだけじゃないですよね?
富良野:ええ、従業員の経験値が蓄積されることで、生産性も顧客満足度も上がる。まさに好循環なんです。
悪循環から好循環への転換
Phrona:本の中で「小売業の悪循環」って表現がありましたよね。人手不足で品出しが遅れて、欠品が増えて、売上が落ちて、さらにコストカット...
富良野:まさに負のスパイラルですね。しかも、これって小売業だけの話じゃない。
Phrona:そう!私、自分の知ってる会社でも同じパターンを見てきました。優秀な人から辞めていって、残った人の負担が増えて、さらに人が辞める...
富良野:トンはこれを「アキレス腱」って表現してましたね。一見強そうに見える企業の致命的な弱点。
Phrona:でも、逆に言えば、この悪循環を断ち切れば、好循環に転換できるってことですよね?
富良野:その通りです。実際、メルカドーナっていうスペインのスーパーは、正社員比率を高めて研修に投資したら、売上も利益率も大幅に改善したそうです。
Phrona:人を資産として見るか、コストとして見るか。その違いが、長期的には天と地ほどの差を生むんですね。
4つのオペレーション戦略の妙
富良野:でも、ただ給料を上げればいいってもんじゃないんですよね。トンが提唱する4つのオペレーション戦略が重要で。
Phrona:商品を絞り込む、標準化と権限移譲、クロストレーニング、そしてスラックの確保でしたっけ。
富良野:はい。特に僕が感心したのは「商品を絞り込む」という発想です。普通は品揃えを増やすのが顧客サービスだと思いがちですけど。
Phrona:でも、トレーダー・ジョーズは4000品目に絞り込んで大成功してる。選択肢が多すぎると、かえって顧客も従業員も疲れちゃうのよね。
富良野:そう、シンプルにすることで、従業員は商品知識を深められるし、在庫管理も楽になる。結果的にサービスの質が上がるんです。
Phrona:私が興味深いと思ったのは「標準化と権限移譲」の組み合わせ。一見矛盾してるように見えるけど...
富良野:基本的な業務は標準化して誰でもできるようにしつつ、顧客対応では現場に裁量を持たせる。これ、絶妙なバランスですよね。
Phrona:マニュアル人間を作るんじゃなくて、土台を固めた上で創造性を発揮させるってことか。
「余裕」という戦略的投資
富良野:4つ目の「スラック」、つまり余裕を持たせるっていうのも、今の効率至上主義からすると逆説的ですよね。
Phrona:でも、これ、人間の本質を突いてると思うんです。ギリギリの状態じゃ、改善なんて考える余裕ないもの。
富良野:実際、ある企業で「改善タイム」を設けたら、現場から多数の提案が上がってきたって例がありましたね。
Phrona:余裕って、怠慢じゃなくて、質を追求するための必要条件なのよね。でも、これを理解してもらうのは難しそう...
富良野:確かに。短期的な数字だけ見てる経営者には、無駄に見えるでしょうね。
Phrona:だからこそ、トンは最終章で「価値観」の重要性を強調してるんでしょうね。経営者の信念がなければ、この戦略は続かない。
社会的インパクトと持続可能性
富良野:ところで、この戦略って単に企業の利益だけじゃなくて、社会全体にも良い影響があるんですよね。
Phrona:ええ、安定した雇用は地域社会の安定にもつながる。格差の問題にも一石を投じてますよね。
富良野:僕は、これこそが本当の意味での「持続可能な経営」だと思うんです。従業員も顧客も企業も、みんなが勝者になれる。
Phrona:でも、なんでこんなに良いことずくめの戦略が、まだ例外的なんでしょう?
富良野:やっぱり、短期的な業績プレッシャーと、既存の常識を変える勇気の問題でしょうね。
Phrona:変化には痛みも伴うし、最初は業績が悪化することもあるって書いてありましたもんね。
富良野:だからこそ、経営者の「覚悟」が問われる。でも、一度この好循環が回り始めれば、競合他社には真似できない強みになる。
Phrona:人を大切にすることが、最も賢い経営戦略になる。なんだか希望が持てる話ですね。
ポイント整理
人件費削減は短期的にはコスト削減に見えるが、長期的には生産性低下、離職率上昇、顧客満足度低下という悪循環を生む
従業員への投資(高賃金、安定雇用、研修)は、実は最も効果的なコスト削減戦略となり得る
4つのオペレーション戦略(商品絞り込み、標準化と権限移譲、クロストレーニング、スラック確保)により、効率と品質を両立できる
グッドジョブ戦略の実現には、経営者の強い信念と長期的視点が不可欠
この戦略は企業の利益だけでなく、従業員の生活の質向上と地域社会の安定にも貢献する
キーワード解説
【グッドジョブ戦略】
従業員への投資を通じて生産性と収益性を高める経営戦略
【小売業の悪循環】
人件費削減→サービス低下→売上減少→さらなるコスト削減の負のスパイラル
【オペレーショナル・エクセレンス】
無駄を省きつつ品質を高める卓越した業務運営
【クロストレーニング】
一人の従業員が複数の業務をこなせるよう訓練すること
【スラック】
業務に適度な余裕を持たせることで改善と革新を促す戦略的ゆとり