規制という名の武器──アメリカ政治を映すステーブルコインの闘争
- Seo Seungchul
- 6月22日
- 読了時間: 7分
更新日:6月30日

シリーズ: 知新察来
出典: Cointelegraph(2025年6月公開)
筆者: Zachary Kelman(弁護士)
概要: アメリカ上院でのGENIUS法案(ステーブルコイン規制法案)をめぐる政治的攻防について、エリザベス・ウォーレン議員の72の修正案とその失敗、そして既存金融機関への影響について分析した記事。
近年、アメリカでステーブルコインをめぐる激しい政治的攻防が繰り広げられています。一見すると暗号通貨の技術的な規制論争に見えますが、実際はもっと複雑で興味深い構造が潜んでいます。
エリザベス・ウォーレン上院議員は強硬な規制を推し進めようとし、その過程で既存の金融機関を利することになっています。一方で、クリステン・ギリブランド議員は「ドル覇権」という地政学的視点から異なる立場をとっています。そして暗号通貨コミュニティは、規制の名のもとで展開される権力闘争に翻弄されています。
この記事では、GENIUS法案の攻防を通して見えてくる、規制・既存制度・新しいテクノロジーが織りなす複雑な関係性について、富良野とPhronaの対話を通じて考察します。読み終える頃には、一見技術的に見える問題の奥に潜む政治的・社会的な力学が見えてくるはずです。
富良野: このウォーレン議員の戦略、なんだか不思議ですよね。表向きは暗号通貨への規制強化を謳っているのに、結果的に既存の大手銀行を利することになってしまっている。
Phrona: ああ、その矛盾みたいなものですね。記事を読んでいて、なんだか「敵を倒そうとして、別の敵を強くしてしまった」みたいな構図が見えて。ウォーレンさんは銀行業界と戦う人として知られているのに、なぜこうなるんでしょう。
富良野: まさにそこが興味深いポイントなんです。ステーブルコインの発行者に対して、未来永劫すべての不正取引を監視・報告する義務を課そうとした修正案なんて、現実的に不可能でしょう。記事でも「米財務省に現金で行われるすべての麻薬取引を追跡させるようなもの」って例えられてる。
Phrona: その例え、すごく分かりやすいですね。でも待って、なぜあえて不可能な要求をするんでしょう? 単純にテクノロジーを理解してないだけかしら。
富良野: いや、記事の著者は「単なる技術音痴じゃない」って言ってるんですよ。むしろ意図的な戦略だと。不可能な規制要件を課すことで、小さくて機敏な暗号通貨系の企業を潰し、結果的にコンプライアンス専門の弁護士軍団を抱える大手銀行だけが生き残る構造を作ろうとしてるんじゃないかって。
Phrona: なるほど… それって、規制を武器として使っているってことですね。表面上は「悪い奴らを取り締まる」と言いながら、実際は市場の競争構造を自分たちに有利に変えている。
富良野: そうそう。バンク・オブ・アメリカやJPモルガンなんかは、実際に自分たちのステーブルコインを発表してますからね。彼らからすれば、新しい競合企業が規制で潰れてくれれば好都合でしょう。
Phrona: でも一方で、ギリブランド議員は別の視点を持ってたんですよね。「ドル覇権」という観点から。これ、すごく興味深いです。
富良野: そうなんです。ギリブランドさんは「暗号通貨エコシステムは人民元じゃなくて、ドル建てのステーブルコインで動くべきだ」って主張した。これって地政学的な視点ですよね。暗号通貨の世界でもアメリカの通貨覇権を維持したいという。
Phrona: 面白いなあ。同じ民主党でも、ウォーレンさんは「規制で統制」、ギリブランドさんは「ドルで覇権」っていう、全然違うアプローチなんですね。でも両方とも、結局はアメリカの利益を最優先にしてる。
富良野: まさにその通り。でも僕が気になるのは、この争いの中で暗号通貨コミュニティ自体がどうなっていくかなんです。記事によると、2021年のDeFi Broker Ruleのときは、みんな海外に逃げることを考えてたらしいですから。
Phrona: それって、規制が厳しすぎると、逆にアメリカからイノベーションが逃げちゃうってことですよね。皮肉というか… アメリカの覇権を維持しようとして、結果的にアメリカの競争力を削いでしまう。
富良野: そうそう。しかもDeFi Broker Ruleは結局、実行不可能すぎて今年廃止になったんですよ。IRSの新しいフォームまで作ったのに、誰も使わずに終わったって。
Phrona: なんだか、制度を作る側と現実との間に、すごく大きなギャップがあるんですね。でも、そのギャップの中で振り回されるのは、現場の人たちなわけで。
富良野: そこなんですよ。記事では「世界中のノード運営者が何百万ものウォレット保有者の名前と住所を集めるために奔走した」って書かれてる。結局それも無駄になったわけですが、その労力や混乱って誰が責任を取るんでしょうね。
Phrona: 規制って、そういう「見えないコスト」がありますよね。表向きは「秩序を作る」って言うけど、実際は多くの人が右往左往することになる。しかも、その混乱から一番得をするのは、混乱に対処できるリソースを持ってる大きな組織だったりして。
富良野: 今回のケースで言えば、ウォーレン議員は一部では成功もしてるんですよ。トランプ大統領とアラブ首長国連邦のステーブルコイン取引に関する修正案は通したみたいだし。
Phrona: ああ、それは政治的な話ですね。トランプさんがカタールからボーイング747を受け取ったこととリンクさせて、将来的な選挙戦略に使うって。
富良野: そうそう。つまり、この一連の攻防って、単純に技術や経済の話だけじゃなくて、政治権力をめぐる闘争でもあるんです。ステーブルコインは、その戦場の一つにすぎない。
Phrona: なるほど… 技術的なイノベーションも、結局は既存の権力構造の中で意味づけられていくってことなんですね。そして時には、その権力構造を維持するための道具として使われてしまう。
富良野: 記事の最後で著者が言ってるのも興味深くて、「ウォーレンの重厚な規制は、ランダムな技術恐怖症じゃない。物語をコントロールし、権力を維持するための意図的な制度的マニューバーだ」って。
Phrona: 「物語をコントロールする」かあ。確かに、何が「危険」で何が「安全」かを決める権力って、すごく大きいですよね。そして、その権力を使って現実を形作っていく。
富良野: でも面白いのは、今回は「制度派」が負けたってことなんです。GENIUS法案は結局通ったわけですから。著者は「意図せず暗号通貨の次の大きなイニングのための塁を空けた」って表現してますね。
Phrona: 野球の比喩ですね。でも本当に「勝った」のかどうかは、これから次第なのかもしれません。制度というのは、一度作られても、運用の仕方でいくらでも変わりますから。
富良野: そうですね。そして、これからどういう運用がされるかは、また別の政治的な力学に左右されるでしょうし。この攻防、まだまだ続きそうです。
ポイント整理
規制の政治的利用:
エリザベス・ウォーレン議員による厳格な規制案は、表向きは暗号通貨への統制強化を謳いながら、実際には既存大手銀行の競争優位を支援する結果となった
実行不可能な規制の戦略性:
ステーブルコイン発行者に未来永劫すべての不正取引を監視させる修正案など、意図的に実行不可能な要件を課すことで、小規模な暗号通貨企業を排除しようとする構図
地政学的視点の違い:
同じ民主党内でも、ウォーレン議員の「規制による統制」に対し、ギリブランド議員は「ドル覇権の維持」という異なる戦略を採用
過去の規制失敗:
2021年のDeFi Broker Ruleは実行不可能すぎて2025年に廃止され、世界中のノード運営者の労力や新設されたIRSフォームが無駄となった
大手金融機関の参入:
バンク・オブ・アメリカ、JPモルガン、シティグループなどが独自のステーブルコインを発表・実験しており、規制による競合排除から利益を得る立場にある
政治権力との結合:
トランプ大統領とUAEのステーブルコイン取引に関する修正案など、暗号通貨規制が選挙戦略や政治的攻撃の道具として利用される側面
キーワード解説
【ステーブルコイン】
法定通貨(主に米ドル)に価値を連動させた暗号通貨
【GENIUS法案】
アメリカ上院で審議されたステーブルコインの規制法案
【DeFi Broker Rule】
分散型金融プロトコルに対し、ウォレット保有者の身元確認を義務づけた2021年の規制(後に廃止)
【ドル覇権】
アメリカ・ドルが国際的な基軸通貨として持つ優位的地位
【コンプライアンス】
法令や規制要求への適合
【ノード運営者】
ブロックチェーンネットワークの維持・運営を行う主体
【制度派(institutionalists)】
既存の制度・権力構造の維持を重視する政治勢力