言葉が脳を変える?──思いやりコミュニケーションの可能性を探る
- Seo Seungchul
- 6月16日
- 読了時間: 12分
更新日:6月28日

シリーズ: 書架逍遥
言葉は単なる記号ではなく、相手の脳に直接作用する「力」である——。そんな脳科学の知見は、私たちのコミュニケーションに何を教えてくれるのでしょうか。一冊の本をめぐる対話を通じて、声のトーンや沈黙といった非言語の重要性から、社会の分断を乗り越えるヒントまで、「思いやりのあるコミュニケーション」の奥深い世界を逍遥します。
富良野:Phronaさん、最近『Words Can Change Your Brain』という本を読みまして。脳科学の視点から対話を見直すという、なかなか興味深いアプローチでした。
Phrona:ああ、ニューバーグ医師とウォルドマンさんの本ですね。私も読みましたよ。言葉が脳の化学反応を引き起こすって話、最初は大げさかなと思ったんですけど、読み進めるうちに妙に納得してしまって。
富良野:そうなんですよ。ポジティブな言葉でドーパミンやセロトニンが出る、ネガティブな言葉でコルチゾールが増える。単純化しすぎかもしれませんが、体感的にはわかる気がします。会議で怒鳴られた後の脱力感とか、褒められた時の高揚感とか。
Phrona:体感、大事ですよね。でも私が面白いと思ったのは、言葉そのものより非言語の部分。声のトーンとか表情とか、沈黙さえも脳にとっては言語だっていう。実際、メッセージの大半は言葉以外で伝わってるんですって。
富良野:ミラーニューロンの話も出てきましたね。相手が笑ってると自分も微笑んでしまう、あれ。組織コンサルをしていると、リーダーの表情一つでチーム全体の雰囲気が変わるのをよく見ます。脳レベルで共鳴が起きているということなんでしょうか。
Phrona:共鳴って素敵な表現ですね。でも、そう考えると怖くもある。私たちって知らないうちに相手の脳に影響を与え合ってるわけでしょう? 電車で隣の人がイライラしてると、こっちまで疲れちゃうのもそういうことかな。
富良野:確かに。だからこそ著者らは意識的に思いやりのあるコミュニケーションを、と提案しているんでしょうね。12の戦略、試してみました?
Phrona:実はちょこちょこと。30秒ルールとか、最初は窮屈に感じたんですけど、やってみると相手の反応が全然違うんですよ。長々と話してた時より、ずっと聞いてもらえてる感じがして。
富良野:私も会議で試してみたんです。いつもは5分くらい一方的に説明してたのを、30秒ごとに区切って。すると質問が活発に出てきて、結果的に理解も深まった。脳の処理容量の問題なんでしょうね。
Phrona:でもね、富良野さん。これって個人レベルでは効果ありそうだけど、社会の分断とか、もっと大きな問題にも使えるんでしょうか? 本の中では価値観を共有するエクササイズで宗教や政治信条の違う人たちが相互理解に至った例が出てましたけど。
富良野:いい質問ですね。制度設計の観点から言うと、熟議民主主義とか市民対話の場でこういう手法は有効だと思います。ただ、スケールの問題がある。数百人、数千人規模でどう実践するか。
Phrona:確かに。でも、種をまくことはできるかもしれない。学校教育に取り入れるとか。本にも子どもは柔軟にこの手法を身につけるって書いてありましたし。
富良野:ああ、それは長期的に見て重要ですね。今の子どもたちが思いやりのあるコミュニケーションを当たり前にできる世代になれば、20年後、30年後の社会は変わるかもしれない。
Phrona:でも正直、今すぐの効果も欲しいですよね。SNSとか見てると、みんな自分の言いたいことばかり。相手の価値観なんて考えもしない。そういう場でこそ、この手法が必要な気がするんだけど。
富良野:難しいところですね。オンラインだと非言語情報が限られるし、匿名性もある。でも、だからこそ言葉選びがより重要になる。ネガティブな言葉1つに対してポジティブな言葉3つ、という法則を意識するだけでも違うかも。
Phrona:3対1の法則、覚えてます。一度傷つけたら、修復に3倍の努力が必要って。人間関係の物理学みたいで面白い。でも実践するのは大変そう...
富良野:実は企業研修でも同じ反応が多いんです。理屈はわかるけど、感情的になると忘れちゃうって。だから本では内なる価値観を意識することを勧めてるんでしょうね。
Phrona:価値観かあ。自分が本当に大切にしているものを思い出すと、カッとなりにくいってことですか?
富良野:そういうことだと思います。例えば、誠実さを大切にする人は、怒っていても誠実でいようとする。すると自然と言葉も穏やかになる。
Phrona:なるほどね。でも価値観って人それぞれでしょう? 対立する価値観を持つ人同士だったらどうなるんだろう。
富良野:本の中では、表面的には対立していても、深いレベルでは共通する人間的価値があるという話でした。平和とか、家族愛とか、誠実さとか。そこを見つけられれば対話の土台ができる。
Phrona:理想論に聞こえるけど...でも、そうでもないか。私も仕事で意見が合わない人と話す時、お互い良い仕事をしたいという思いは同じだって気づくと、急に話が進むことがありますもん。
富良野:公共政策の現場でも似たようなことがあります。利害対立する団体同士でも、地域を良くしたいという根本は共通してたりする。ただ、そこに至るまでが大変なんですが。
Phrona:きっとリラックスから始めるのが大事なんでしょうね。本にも最初のステップとして出てきた。緊張してたら相手の価値観なんて見えないもの。
富良野:深呼吸一つで変わるというのは、シンプルだけど深い知恵かもしれません。会議の前に全員で深呼吸、なんて提案したら変な顔されそうですが。
Phrona:いや、案外いいかも。ヨガとかマインドフルネスが企業に入ってきてる時代ですし。あ、そういえば本の中でマインドフルネスの話も出てましたね。内面の静寂を培うって。
富良野:頭の中のおしゃべりを静めるという発想、新鮮でした。確かに人の話を聞きながら反論を考えてることって多い。
Phrona:そうそう!で、相手の話の本質を聞き逃しちゃう。私もよくやります。特に議論が白熱すると、勝ちたい気持ちが先に立っちゃって。
富良野:競争より協力を生むコミュニケーション、でしたっけ。なぜできないんだ、じゃなくて、どうすれば一緒に解決できるか、という問いかけの違い。
Phrona:言葉一つで脳が防御モードから協働モードに切り替わるって、すごいですよね。でも、これを社会レベルで実現するには...
富良野:メディアの役割も大きいでしょうね。対立を煽るような報道じゃなくて、共通点を見出すような伝え方。難しいですが。
Phrona:そうか、ジャーナリズムにも思いやりのあるコミュニケーションが必要なのか。批判は大事だけど、建設的な批判というか。
富良野:まさに。批判と攻撃は違う。相手の価値観を理解した上での批判なら、対話につながる可能性がある。
Phrona:熟議って、そういうことなのかもしれませんね。お互いの深い価値を理解し合いながら、でも違いは違いとして認めて、その上で共に考える。
富良野:時間はかかりますけどね。30秒ルールで話していたら、国会審議は何日かかることやら。
Phrona:でも質は上がるかも? 今の言い合いより、ずっと実りある議論になりそう。あ、でも全員がこの手法を知ってないと難しいか。
富良野:いや、本では一人が変われば周りも変わるって書いてありました。自分が思いやりのある話し方をすれば、相手の脳も呼応するって。
Phrona:希望が持てる話ですね。じゃあ、まず自分から、ですか。
富良野:そうですね。社会を変えるなんて大それたことより、目の前の一つ一つの会話から。それが積み重なれば、いつか...
Phrona:いつか、ね。でも脳科学が証明してくれてるなら、夢物語じゃないのかも。言葉には本当に世界を変える力があるのかもしれない。
富良野:少なくとも、脳を変える力はあるようですから。一人一人の脳が変われば、社会も変わる。そう考えると、日々の対話の重みを感じますね。
Phrona:重いけど、希望もある。今日の私たちの対話も、お互いの脳に何か良い変化を起こしてるといいんですけど。
富良野:きっと起こってますよ。少なくとも私は、Phronaさんと話せて新しい視点をもらいました。これも思いやりのあるコミュニケーションの成果かもしれませんね。
ポイント整理
全体まとめ
本書は単なるコミュニケーション指南に留まらず、脳科学に基づき対話による脳構造や神経機能の変化まで捉えた、実践的かつ科学的な手法書です 。リーダーやコンサルタントの方にとっては、信頼構築・紛争の鎮静化・チームの親密性向上に直接応用できる内容です。
著者のニューベリュー(神経科学者)とウォルドマン(ビジネスコーチ)は、“Compassionate Communication(思いやりのある対話)” を提唱。
言葉と非言語表現を通じて、会話相手との「脳の共鳴(neural resonance)」を生み出し、信頼、紛争解消、親密さを高める12のステップを紹介しています 。
12の対話戦略とその効果
リラックスを意識する
短い呼吸法でストレスを抑え、脳を落ち着かせる。
現在に集中する
呼吸に注意を向け、会話中の“今”に心を向ける。
内面の沈黙を育てる
心のさざめきを抑え、ベルを使った瞑想で集中力を高める。
ポジティブ思考を強める
ネガティブな言葉はストレス反応や記憶への悪影響を引き起こすため、ポジティブな発言を意識する。
自分の価値観を自覚する
内面の価値観に沿った意図を持つことで、会話の誠実さと深みが増す。
心地よい記憶を呼び起こす
温かい記憶を思い出すことで“モナリザの微笑み”のような穏やかな表情を自然に作り、信頼を高める。
非言語情報に注目する
表情、視線、声のトーン、身振りを意識し、相手の感情を的確に読み取る重要性を強調。
感謝を示す
率直かつ誠実な称賛や感謝は、人を開かせる力があります。
温かい声のトーンで話す
攻撃的でない、柔らかいトーンは相手の防御反応を和らげます。
ゆっくり、短く話す
情報処理できる“チャンク”を超えないよう、30秒以内+ゆっくりペース+適度な間を意識する。
簡潔に話す
長すぎると集中力が途切れるため、簡潔さを守る。
深く聴く
対話の中で言葉だけでなく、声質やリズム、表情などから相手の真意まで受け止める。
科学的背景
言葉は脳の化学反応を即座に引き起こし、ポジティブな言葉はドーパミンやセロトニンの分泌を促進し、ネガティブな言葉はストレスホルモンであるコルチゾールを増加させる。
ネガティブ言葉はストレスホルモンを放出し、脳機能や遺伝子発現に悪影響 がある。
“脳の共鳴”を起こすことで協調的な神経回路が活性化される との報告があり、それが思いやりある対話の根拠。
非言語コミュニケーション(表情、声のトーン、身振りなど)は言語以上に重要であり、実際に伝達される情報の大半は非言語的手段に依存している。
ミラーニューロンの働きにより、他者の感情が自分にも伝染し、これが共感や協調行動の神経科学的基盤となっている。
人間の脳の処理容量には限界があり、30秒以上の長い話を一度に理解することは困難であるため、短く区切って話す必要がある。
ストレス状態では前頭葉の機能が低下し、論理的思考や共感能力が阻害されるため、リラックスした状態での対話が重要である。
コミュニケーション改革
従来の会話スタイルは脳の性質上、怠惰・感情的・自己中心的・注意散漫になりがちであり、効果的な対話を妨げている。
「思いやりのあるコミュニケーション」を実践すると、対話する二人の脳波や神経活動が同期する「ニューロンの共鳴」現象が起こる。
12の戦略を体系的に実践することで、信頼関係の構築、対立の解消、親密さの向上が科学的に実証されている。
自分自身の内なる価値観を自覚し、相手と共有することで、表面的な対立を超えた深い相互理解が可能になる。
社会脳の再訓練により、非建設的な会話習慣をリセットし、新しい対話パターンを脳に定着させることができる。
【考察】社会的応用
個人レベルで効果が実証されたこの手法を、組織や社会レベルにスケールアップすることには可能性があるが、実践方法の課題も存在する。
教育現場でこの手法を導入することで、次世代が思いやりのあるコミュニケーションを当たり前とする社会を作ることができる。
職場での実践により、従業員の幸福度向上、生産性向上、離職率低下などの具体的な成果が報告されている。
宗教や政治信条が異なる人々でも、深い価値観を共有することで相互理解と尊重が生まれることが実証されている。
熟議民主主義や市民対話の場において、この手法は建設的な議論と合意形成を促進する可能性を持っている。
キーワード解説
神経科学関連
【ニューロンの共鳴(neural resonance)】思いやりのある対話を行っているときに、対話する二人の脳波や神経活動が調和し、まるで一つのチームとして機能する現象
【ミラーニューロン】他者の行動や感情を観察したときに、自分が同じ行動や感情を経験しているかのように活動する神経細胞であり、共感の生物学的基盤となっている
【コルチゾール】ストレスホルモンの一種で、否定的な言葉を聞いたり発したりすることで分泌が増加し、不安や怒りの感情を誘発する
【オキシトシン】「愛情ホルモン」とも呼ばれ、信頼関係のある相手との対話や思いやりのある交流によって分泌され、安心感と絆を深める
【前頭前野】脳の前頭葉に位置し、理性的思考、計画立案、感情制御、共感などの高次機能を司る重要な領域である
コミュニケーション技法
【30秒ルール】一度に話すのは20-30秒以内に留めるという原則で、聞き手の脳の処理容量を超えないよう配慮することで理解と集中を促進する
【3対1の法則】相手に否定的なメッセージを1つ伝えてしまった場合、信頼関係を修復するには3倍以上の肯定的メッセージが必要であるという経験則である
【内なる価値観】個人が人生で最も大切にしている信条や徳目(誠実さ、家族、創造性など)であり、これを自覚し共有することで深い相互理解が生まれる
【深い傾聴(deep listening)】相手の話を遮らず、評価せず、ただ相手の気持ちと言葉に寄り添って聞く高度なコミュニケーションスキルである
【社会脳の再訓練】思いやりのあるコミュニケーションを繰り返し練習することで、脳内のコミュニケーション回路を書き換え、より共感的な対話パターンを定着させるプロセスである
実践のヒント
会話前に深呼吸と短い瞑想を習慣化。
ポジティブな記憶を具体的に想起し、表情とトーンを整える。
視線・声・表情を観察しつつ、相手の話を30秒以内・ゆっくりで重荷なく伝える。
感謝や称賛を言語化し、相手を受容する姿勢を示す。
聴く際は言葉だけでなく、相手の感情・姿勢を含めて深く受け止める。