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言語モデルの思考を物理学で読み解く──AIの推論プロセスに潜む4つのモードと、思考の50%の謎

更新日:6月29日

シリーズ: 論文渉猟



ChatGPTやClaudeといった大規模言語モデルは、どのようにして複雑な推論を行っているのでしょうか。MITの研究チームが発表した論文は、この謎に統計物理学というユニークな視点から迫ります。水が坂を流れるように、AIの思考にも自然な法則があるのでしょうか。


今回は、富良野とPhronaがこの野心的な研究の意義と限界について語り合います。



富良野:Phronaさん、最近MITの研究チームが面白い論文を出したんですよ。言語モデルの推論プロセスを統計物理学で解析するっていう。


Phrona:え、物理学ですか。AIの話なのに物理が出てくるんですね。


富良野:そうなんです。でも考えてみたら、僕たちが普段使ってるChatGPTとかClaude、あれらがどうやって考えてるのかって、実はよくわかってないんですよね。


Phrona:たしかに、なんとなく賢いなあとは思うけど、中で何が起きてるかはブラックボックスですよね。


富良野:そこでこの研究チームが考えたのが、言語モデルの思考を粒子の運動みたいに見てみようっていうアプローチなんです。水が坂を流れるように、思考にも連続的なプロセスとして見た時に自然な流れがあるんじゃないかって。


Phrona:水の流れ...面白い比喩ですね。でも私、ちょっと違和感もあるんです。人間の思考って、そんなに決まった道筋を辿るものでしょうか。


富良野:いい指摘ですね。でも実は、この研究が発見したのは、言語モデルには4つの異なる思考モードがあるってことなんです。システマティックモード、統合モード、探索モード、そして...失敗モード。


Phrona:失敗モードまであるんですか。


富良野:そう、つまり言語モデルも迷うし、間違った方向に進むこともあるってことです。人間っぽいといえば人間っぽい。


Phrona:なるほど、水の流れというより、むしろ迷路を歩く人みたいなものかもしれませんね。時々道を間違えたり、行き止まりに突き当たったり。


富良野:まさにそうです。で、面白いのは、この研究チームが8つの異なるモデルと7つのベンチマークで実験したところ、どのモデルも似たようなパターンを示したっていうんです。


Phrona:ということは、GPTもClaudeも、根本的には同じような思考の仕方をしてるってこと?


富良野:少なくとも、この物理学的な視点から見るとそうみたいですね。彼らは次元削減っていう手法を使って、すごく複雑な思考プロセスを40次元くらいまで圧縮して分析したんです。


Phrona:圧縮して40次元ですか。それでも想像できない世界ですけど。


富良野:でも元々は2000次元以上あったものを、そこまで圧縮できたっていうのがすごいんです。そして、その圧縮版でも元の動きの50%くらいは説明できる。


Phrona:50%って、すごいようなすごくもないような…(笑)


富良野:たしかに(笑)。でも僕が興味深いと思うのは、この研究が示唆してることなんですよ。つまり、言語モデルの思考には、ある種の物理法則みたいなものがあるかもしれないって。


Phrona:物理法則...私たちの思考にも、そういう法則があるんでしょうか。


富良野:うーん、どうでしょう。でも考えてみると、僕たちも疲れてる時は思考が鈍るし、集中してる時は思考が加速する。そういう意味では、何かしらの力学はありそうですよね。


Phrona:そう考えると、4つのモードって、私たちの思考状態にも当てはまりそうです。


富良野:この研究はあくまでAIに関するものですが、確かに私たちも、論理的に考えてる時、いろんな情報を統合してる時、新しいアイデアを探してる時、そして行き詰まってる時、それぞれ違う頭の使い方をしているのかも。


Phrona:でもこの研究、思考を連続的なプロセスとして捉えてるって言いましたよね。


富良野:ええ、文章から文章への移行を、連続的な軌跡として見てるんです。


Phrona:でも実際の思考って、もっと飛躍的じゃないですか?突然ひらめいたり、全然関係ないことを思い出したり。


富良野:なるほど、確かに。この研究が捉えてるのは、あくまでも言語モデルが文章を生成する時の内部状態の変化なんですよね。人間の思考とは違うかもしれない。


Phrona:違うけど、でも似てる部分もある...なんだか不思議な感じです。


富良野:この研究から得られる示唆でもう一つ面白いのが、言語モデルがいつ失敗しそうか、事前に予測できるかもしれないって。


Phrona:え、それはすごい。つまり、思考が迷走し始める兆候を物理学的に捉えられるってこと?もし本当にできたら、AIの安全性を高める上で重要な技術になりそうですよね。


富良野:この研究が示してる大事な点は、思考の複雑さなんじゃないかなと思うんです。50%しか説明できないっていうのは、残りの50%は依然として謎だってことですから。


Phrona:そうですね...物理学で説明できる部分と、説明できない部分。その境界線に、何か大切なものがあるのかもしれません。


富良野:言語モデルも、結局は人間が作ったものですからね。その中に、僕たち自身の思考の影が映り込んでるのかもしれない。


Phrona:影...いい表現ですね。私たちは言語モデルを通じて、自分たちの思考を違う角度から見てるのかも。


富良野:そう考えると、この研究は単にAIを理解するためだけじゃなくて、人間の思考を理解するための新しい窓を開いてるのかもしれませんね。

Phrona:窓から見える景色が、物理学の方程式だったりするのが、なんとも21世紀的ですけど(笑)


富良野:でも、その方程式の向こうに、まだ見ぬ思考の風景が広がってるかもしれない。それを想像するのは、やっぱり人間にしかできないことかもしれませんね。


ポイント整理


  • MITの研究チームは、言語モデルの推論プロセスを連続時間確率過程として捉え、統計物理学の手法を用いて解析する新しいフレームワークを提案した。

  • 実験の結果、言語モデルには4つの異なる推論モード(システマティック、統合的、探索的、失敗モード)が存在することが明らかになった。

  • 2000次元以上ある複雑な内部状態を主成分分析により40次元まで圧縮することで、元の動きの約50%を説明できることが示された。

  • 8つの異なる言語モデルと7つのベンチマークタスクで実験を行い、モデルやタスクが異なっても同様のパターンが観察されることを確認した。

  • この手法により、言語モデルが推論に失敗する兆候を事前に検出できる可能性があり、AIの安全性向上に貢献することが期待される。



キーワード解説


【隠れ状態軌跡(Hidden State Trajectories)】

言語モデルが文章を生成する際の内部表現の時系列変化。研究では文章単位でこれを追跡


【確率微分方程式(SDE)】

ランダムな要素を含む動的システムを記述する数学的枠組み。AIの思考プロセスの不確実性を表現


【ドリフト拡散システム】

方向性のある動き(ドリフト)とランダムな揺らぎ(拡散)を組み合わせたモデル


【次元削減(Dimensionality Reduction)】

高次元データから重要な情報を保ちつつ低次元に圧縮する手法。主成分分析(PCA)を使用


【レジームスイッチング】

システムが異なる動作モード間を切り替える現象。思考の質的な変化を表現


【SLDS(Switching Linear Dynamical System)】

複数の線形動的システムが切り替わりながら動作するモデル


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