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退屈って、実は脳の「充電時間」だったのかもしれない──現代社会の過刺激問題

更新日:4 日前

シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:Michelle Kennedy & Daniel Hermens "Being Bored Could Actually Be Good For Your Brain, Scientists Reveal" (ScienceAlert、2025年5月25日)

  • 概要:退屈時の脳神経ネットワークの働きと、現代社会における過刺激の問題について



現代人の多くが「退屈」を敵視しています。スマホを開けば無限のコンテンツが待っていて、暇な時間があればすぐに何かで埋めたくなる。子どもが「やることがない」と言えば、すぐに習い事やゲームを与えてしまう。でも、脳科学の最新研究は、そんな私たちの「退屈回避」の習慣に疑問を投げかけています。


実は退屈な時間こそ、脳が重要な「内部作業」を行っている貴重な時間だったのです。オーストラリアの研究者たちが明かした退屈のメカニズムは、私たちが思っている以上に複雑で、そして創造的でした。常に刺激を求め続ける現代社会で、なぜ「何もしない時間」が脳にとって必要不可欠なのか。富良野とPhronaが、この意外な発見について語り合います。



退屈を嫌う現代人の矛盾


富良野: 退屈が脳に良いっていう、この研究、面白かったですよ


Phrona: 私も、すごく腑に落ちました。私たち、退屈を悪者扱いしすぎてたのかもしれませんね。


富良野: そうなんです。僕なんて、電車で5分でも時間があるとすぐスマホ開いちゃう。なんか、退屈な時間があると負けた気分になるんですよね。


Phrona: あー、分かります。でも考えてみたら変ですよね。なんで退屈が「負け」なんでしょう?


富良野: それ、すごく現代的な感覚だと思うんです。効率性とか生産性を重視する社会だから、何も生み出さない時間は無駄だって刷り込まれてる。


Phrona: 研究によると、退屈なときって脳の中では結構忙しいことが起きてるみたいですよ。注意ネットワークの活動が下がる一方で、デフォルトモードネットワークっていうのが活性化するって。


富良野: デフォルトモードネットワーク?聞いたことはあるけど、具体的にはどんな働きをするんですか?


Phrona: 内省、つまり自分の内側に意識を向ける働きをする脳のネットワークです。外からの刺激に反応するんじゃなくて、自分の思考や感情を整理したり、記憶を統合したりする時間なんです。


脳が教えてくれる「退屈の正体」


富良野: なるほど。つまり退屈って、脳が勝手にメンテナンスモードに入ってるってことですか?


Phrona: そうなんです。しかも面白いのが、島皮質っていう部分が活性化して、体の内部の感覚を察知してるんですって。「あ、今つまらないな」って気づくのも、実は脳の大切な機能なんです。


富良野: へえ、退屈を感じること自体が、ちゃんとした脳の働きなんですね。


Phrona: そうそう。で、扁桃体が感情処理をして、前頭前皮質が「もっと刺激的なことをしよう」って動機づけをする。一連の流れがあるんです。ちなみに、このデフォルトモードネットワークって、実は睡眠時にも働いてるんですよ。


富良野: えっ、そうなんですか?


Phrona: はい。深い睡眠のときは少し活動パターンが変わりますが、REM睡眠のときなんかは結構活発で、夢を見てるときの自己参照的な思考に関わってるって研究もあるんです。


富良野: それって、退屈は単なる「空白の時間」じゃなくて、脳が次の行動を準備してる時間でもあるってことですよね。睡眠も含めて、脳って本当に休んでる時間がないんですね。


Phrona: まさにそうです。覚醒時の退屈も、睡眠時の夢も、どちらもデフォルトモードネットワークが関わってる。でも私たち、覚醒時のその準備時間すら許さないで、すぐに外部刺激で埋めちゃってる。


富良野: うーん、これは制度設計の観点から見ても問題ですよね。特に教育現場なんて、子どもたちのスケジュールをびっしり埋めることが良いことだと思われてる。


過刺激社会の隠れたコスト


Phrona: 大人もそうですよね。仕事と家庭の両立で、とにかく忙しくしてることが頑張ってる証拠みたいな風潮があります。


富良野: 研究では、この過度な刺激が神経系に負担をかけるって指摘してますね。アロスタティック・オーバーロードっていう概念が出てきてました。


Phrona: 神経系が常に戦闘態勢で、リセットする暇がないんですね。


富良野: 交感神経系がずっと興奮状態にあるってことですよね。これ、個人の問題だけじゃなくて、社会構造の問題でもあると思うんです。


Phrona: どういうことですか?


富良野: 例えば、働き方とか、教育システムとか。常に何かしていないと価値がないという社会の価値観が、個人の神経系を疲弊させてる。


Phrona: あー、構造的な問題なんですね。個人が「ちょっと休もう」と思っても、周りの環境がそれを許さない。


富良野: そうです。で、面白いのが、退屈を排除することで、実は創造性も削がれてるって点です。


Phrona: 創造性って、確かに「何もしない時間」から生まれることが多いですよね。ぼーっとしてるときに、ふと良いアイデアが浮かんだり。


富良野: そういえば、昔の偉人たちの逸話って、散歩中とか入浴中とか、リラックスしてるときに閃いた話が多いですよね。


Phrona: 「エウレカ!」のアルキメデスとか、ニュートンのリンゴの話とか。


世代を超えた退屈回避の連鎖


富良野: この研究で僕が気になったのが、大人が子どもに退屈回避をモデリングしてるって指摘です。


Phrona: あー、これは深刻ですね。子どもが「つまらない」って言うと、すぐに何か与えてしまう。


富良野: しかも、大人自身がスマホを常にいじってるから、子どもも「暇な時間があったら何かで埋めるもの」って学習しちゃう。


Phrona: でも考えてみると、子どもの頃の退屈な時間って、すごく貴重だったと思うんです。何もすることがなくて、結果的に想像力で遊んだり。


富良野: 制度的に見ると、これって教育の問題でもありますよね。カリキュラムをぎっしり詰め込んで、子どもたちの「空白の時間」を奪ってる。


Phrona: 学習指導要領とかも、基本的には「常に何かを学ばせる」方向ですもんね。


富良野: でも本当は、何も学ばない時間こそが、実は一番深い学習をしてるのかもしれない。脳科学的には、その通りなわけですから。


Phrona: そうですね。退屈って、実は脳の「統合作業」の時間なんですもの。記憶を整理したり、感情を処理したり。


不安社会と退屈の意外な関係


富良野: 研究では、世界的に不安レベルが上昇してるって指摘もありましたね。


Phrona: これ、退屈を避け続けることと関係があるのかもしれませんね。常に刺激を求めてると、自分の内側と向き合う時間がない。


富良野: なるほど。感情の調整ができなくなるってことですか。


Phrona: そうです。研究でも、退屈な時間が感情調整に重要だって書いてありました。自分の気持ちと向き合う練習ができないと、不安も増えるでしょうね。


富良野: これって、社会政策の観点からも重要ですよね。メンタルヘルスの問題を解決するのに、もっと刺激を与えるんじゃなくて、逆に刺激を減らす必要があるかもしれない。

Phrona: 面白い発想ですね。治療法として「退屈の処方」みたいな。


富良野: 実際、マインドフルネスとか瞑想って、ある意味「建設的な退屈」を作り出してるようなものですからね。


Phrona: そう考えると、退屈って贅沢品なのかもしれません。現代社会では、意識的に作り出さないと手に入らない。


富良野: 本来は自然に訪れるはずのものが、意図的に確保しなければならないものになってる。これ、なんか皮肉ですよね。


「退屈の権利」を取り戻す


Phrona: 結局、私たちはどうすればいいんでしょうね?


富良野: まず個人レベルでは、退屈を悪いものと思わないことですかね。罪悪感を持たずに、ぼーっとする時間を作る。


Phrona: でも、それだけじゃ限界がありますよね。社会全体の価値観を変えていく必要もありそうです。


富良野: そうですね。働き方改革とか教育改革の文脈でも、「効率性だけじゃない価値」を認めていく必要がある。


Phrona: 子育ての現場でも、親が「何もしない時間」を子どもに与える勇気を持つことが大切かもしれません。


富良野: 研究者が言ってた「pause を embrace する」って表現、いいですよね。一時停止を受け入れる、抱きしめる。


Phrona: 素敵ですね。退屈を敵視するんじゃなくて、脳からの贈り物として受け取る。

富良野: これからの社会は、刺激の量じゃなくて、刺激と休息のバランスで評価されるようになるかもしれませんね。


Phrona: そういう社会なら、きっともっと創造的で、もっと優しくなれそうです。




ポイント整理


  • 退屈は脳の重要な機能

    • 注意ネットワークが休息し、デフォルトモードネットワークが活性化することで内省と記憶統合が行われる

  • デフォルトモードネットワークは24時間稼働

    • 覚醒時の退屈だけでなく、睡眠時にも異なるパターンで活動し続けている

  • 現代社会の過刺激問題

    • 常時接続状態が交感神経系を疲弊させ、アロスタティック・オーバーロードを引き起こす

  • 創造性との関連

    • 退屈な時間こそが新しいアイデアや洞察を生み出す土壌となる

  • 世代間の影響

    • 大人の退屈回避行動が子どもにモデリングされ、退屈耐性の低下が継承される

  • メンタルヘルスへの影響

    • 感情調整能力の発達には、自分の内側と向き合う退屈な時間が必要不可欠

  • 社会構造的な課題

    • 効率性偏重の価値観が個人の神経系と創造性を損なっている

  • 解決の方向性

    • 個人の意識変革と同時に、社会制度や価値観の見直しが求められる



キーワード解説


デフォルトモードネットワーク】

外部刺激がない時に活性化し、内省や記憶統合を担う脳神経回路。睡眠時にも異なるパターンで活動し続ける


【アロスタティック・オーバーロード

継続的ストレスにより神経系が過負荷状態となり、正常な調整機能を失うこと


【島皮質

内臓感覚や感情処理を担う脳領域。退屈の察知にも関与


【交感神経系

闘争逃走反応を司る自律神経。慢性的活性化は健康に悪影響


【内省

自分の思考や感情を内側から観察し、整理統合する心的プロセス


【感情調整

自分の感情状態を認識し、適切にコントロールする能力


【建設的な退屈】

単なる時間つぶしではなく、創造性や自己理解につながる質の高い退屈体験



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
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