静かに進む労働革命──アメリカで今、何が起きているのか
- Seo Seungchul
- 6 日前
- 読了時間: 9分

シリーズ: 知新察来
◆今回のピックアップ記事:Anu Madgavkar et al. "Empowering the US workforce"(McKinsey & Company, 2025年4月28日)
概要: アメリカの労働力不足と生産性の課題、人口動態の変化、AI・自動化による解決策について分析したレポート
アメリカの労働市場で、いま静かな危機が進行しています。2024年5月時点で、失業者より150万人も多い求人が埋まらないまま残っている。この数字は、単なる一時的な需給ギャップではありません。人口構造の変化、技術の急速な進歩、そして小規模企業の生産性の停滞が重なり合った、構造的な変化の兆候なのです。
一方で、この変化は新たな機会の扉でもあります。AIと自動化が労働者を補完し、従来の仕事のやり方を根本から見直す時代が到来している。その中で「People + Performance Winners」と呼ばれる一部の企業は、人材育成と業績向上を両立させる新しいモデルを実践し始めています。
富良野とPhronaが、マッキンゼーの最新レポートを手がかりに、労働の未来を探っていきます。人手不足の裏にある深い構造変化と、それに立ち向かう企業や個人の戦略について、リラックスした対話の中で考えていきましょう。
人手不足の背景にある構造変化
富良野: このマッキンゼーのレポート、数字を見てるだけでも結構衝撃的ですよね。2024年5月時点で、失業者より150万人も多い求人があるって。
Phrona: そうですね。でも私が気になるのは、この数字の背景にある人口構造の話です。レポートでは「青年不足の時代」って表現してますけど、これって単に人が足りないということを超えた話だと思うんです。
富良野: ああ、人口ピラミッドがオベリスクみたいな形に変わっていくという話ですね。底辺が狭くなって、働く世代の人口が相対的に減っていく。アメリカの場合、2007年に働く世代の割合がピークを迎えて、それ以降減少傾向にあると。
Phrona: そうそう。でもこれって、ある意味で社会が成熟した証拠でもあるじゃないですか。医療が発達して長寿化が進み、教育水準が上がって出生率が下がる。これ自体は悪いことではないけれど、労働市場にとっては大きな地殻変動になる。
富良野: 確かに。で、面白いのは、レポートが示している解決策の方向性です。労働参加率を2.7ポイント上げるか、平均で週1.5時間多く働くかすれば、この問題を軽減できるとある。でも過去25年を見ると、実際に経済成長を支えてきたのは、より多くの労働ではなく生産性の向上だった。
Phrona: つまり、量より質の転換が求められているということですね。単純に人数や時間を増やすのではなく、一人ひとりが生み出す価値を高めていく方向に。
セクターごとの温度差
富良野: このレポートで興味深いのは、労働不足の影響がセクターによってまったく違うという点です。ヘルスケアや宿泊・飲食業のように生産性の低い分野ほど人手不足が深刻で、金融やITのような高生産性分野はそれほど困っていない。
Phrona: 小売業なんて、むしろ自動化とセルフサービスで雇用と求人の両方を減らしているって書いてありますもんね。これって、技術の導入がうまくいった例なのかな。
富良野: そうですね。でも一方で、小規模企業の苦戦ぶりが目立ちます。生産性が低く、給与水準も限られている中小企業が最も人材確保に苦労している。これは構造的な問題ですよね。
Phrona: 小さな会社って、大企業みたいに研修制度を整えたり、最新の技術を導入したりするリソースが限られてますからね。でも考えてみると、アメリカ経済の大部分を支えているのは、そういう小さな会社たちじゃないですか。
富良野: まさに。だからこそ、このレポートが小規模企業の生産性向上に注目しているんでしょう。製造業のリショアリングを成功させるためにも、中小企業と大企業の連携が重要だと指摘している。
Phrona: サクラメントのワイン産業とか、グランドラピッズの家具産業みたいな地域クラスターの話も面白いですよね。小さな会社同士、そして大きな会社とも、アイデアや人材、資金を共有する生態系ができている。
AI時代の労働転換
富良野: 2030年までに現在の労働時間の30%が自動化される可能性があるという予測は、相当インパクトがありますね。これまでの産業革命とは違った変化が起きそうです。
Phrona: でも興味深いのは、それが必ずしも雇用の減少を意味するわけではないということです。むしろ、より価値の高い活動に時間を振り向けられるようになる、と。
富良野: ただし、1200万人の労働者が職業を変える必要があるかもしれない。特に低賃金の仕事に就いている人たちは、高賃金の職に就いている人の14倍も職業転換が必要になる可能性が高いと。これは相当な社会的チャレンジですよね。
Phrona: でも希望もありますよね。レポートによると、アメリカはヨーロッパと比べて職業転換がうまくいっている。2023年から2030年に必要な転換率は、2016年から2019年の時期とほぼ同じで、むしろ大退職時代よりは低いって。
富良野: 問題は、企業がこのペースを維持できるかどうかですね。自動化とAI導入を進めながら、同時に労働者のリスキリングと再配置も効果的に行う必要がある。これって、経営にとってはかなり高度な統合的アプローチが求められます。
Phrona: 技術を導入するだけじゃダメで、人間の側の変化もサポートしないといけない。そのバランスを取るのって、きっと簡単じゃないですよね。
「People + Performance Winners」の戦略
富良野: このレポートで一番注目したのが、「People + Performance Winners」という概念です。人材の育成と事業成績の向上を両立させている企業群の話。
Phrona: どんな特徴があるんでしたっけ?
富良野: イノベーションとコラボレーションの文化を育んで、従業員が職能を超えたスキルを発見し、身につけられるようサポートしているそうです。そして、すべての従業員を対象にしながらも、特に女性のキャリア形成に効果を発揮している。
Phrona: 女性の職歴の話、ちょっと複雑ですね。同じ職業でも男性より人的資本の蓄積が少なくなりがちで、結果として時給で27セント、30年間で約50万ドルの格差が生まれるって。
富良野: しかも、転職する際に成長分野ではなく縮小分野に移る傾向があるという指摘も。技術の変化で雇用が再編される中で、女性が取り残されがちな構造があるのかもしれません。
Phrona: でも、P+P Winnersの企業は、そういう女性たちのキャリアパスを成長分野に向けて方向転換させることに成功している。これって、個人にとっても経済全体にとってもプラスですよね。
富良野: そうですね。企業の戦略として、技術導入と人材育成を統合的に考える。単に効率化するだけではなく、従業員の可能性を引き出していく。それが結果的に生産性向上と経済成長につながる、と。
政府の役割と未来への道筋
Phrona: 政府の役割についても触れられてますね。イノベーション・ハブやエコシステムの構築を通じて、技術導入と生産性向上を支援する、と。
富良野: 特に中小企業向けのサポートが重要みたいですね。SaaSソリューションの普及で、バックオフィス業務の自動化を促進したり、オープンデータ・フレームワークで企業間の連携を強化したり。
Phrona: 金融機関が従来とは違うデータソースを使って信用審査できるようになれば、資金調達に苦労している中小企業にもチャンスが広がりそうです。
途上国経済への示唆
富良野: ところで、このAIと自動化の波って、途上国にとってはどういう意味を持つんでしょうね。アメリカの労働力不足が深刻化する一方で、まだ若い人口を多く抱えている国々もある。
Phrona: ああ、それ面白い視点ですね。リープフロッグ現象が起きる可能性もありますよね。固定電話の時代を飛び越えていきなり携帯電話が普及したみたいに、従来の産業発展のステップを飛び越えて、いきなりAI時代の産業構造に移行する国が出てくるかも。
富良野: 特に金融の話は興味深いです。先進国では既存の金融システムがあるから、新しいデータソースの活用にも制約がある。でも、そもそも伝統的な銀行システムが発達していない地域では、最初からモバイル決済やAIベースの信用審査を導入できる。
Phrona: ケニアのM-Pesaみたいな事例が、もっと広がっていく可能性がありますね。でも一方で、教育やインフラの課題もあるから、すべてがバラ色というわけでもないでしょうけど。
富良野: そうですね。アメリカでさえ1200万人の職業転換が必要だと言われているのに、途上国でそれをどう管理するかは大きな課題です。でも逆に言えば、最初から新しいスキルセットに特化した教育システムを作れるメリットもある。
Phrona: 人材の国際的な流動性も気になりますね。アメリカが移民政策で不確実性を抱えている間に、他の国がより積極的に優秀な人材を呼び込む戦略を取るかもしれない。
富良野: ただ、このレポートの最後に興味深い一文がありました。「現在、世界各国が関税や貿易政策を積極的に見直しており、政府、企業、個人への最終的な影響は非常に不確実」だと。
Phrona: ああ、トランプ政権の政策を念頭に置いているんでしょうね。労働力強化の話も、貿易戦争や保護主義の文脈で変わってくる可能性がある。
富良野: そうですね。国内の労働力を強化するという方向性は明確だけれど、グローバルな文脈でどう実現していくかは、まだ見えない部分が多い。移民政策の不確実性もあるし、結局は生産性向上に頼らざるを得ないという結論になっているのも、そういう背景があるのかもしれません。
ポイント整理
アメリカは2024年時点で150万人の労働力不足に直面し、これは人口構造の長期的変化による構造的問題である
労働不足の影響はセクターによって大きく異なり、生産性の低い分野ほど深刻な人手不足に陥っている
2030年までに現在の労働時間の30%が自動化される可能性があり、1200万人が職業転換を必要とする可能性がある
「People + Performance Winners」と呼ばれる企業は、技術導入と人材育成を統合的に行い、特に女性のキャリア形成支援で成果を上げている
政府は中小企業の生産性向上支援、イノベーション・エコシステム構築、オープンデータ・フレームワーク整備などで役割を果たせる
貿易政策の変化により、労働力強化戦略の実行には不確実性が伴っている
キーワード解説
【労働生産性】
労働者一人あたり、または労働時間一時間あたりに生み出される付加価値
【人口オベリスク】
従来のピラミッド型人口構造から、底辺が狭い柱状の人口構造への変化
【リスキリング】
技術変化に対応するため、既存労働者が新しいスキルを習得すること
【People + Performance Winners】
人材育成と業績向上を両立させることに成功している企業群
【リショアリング】
海外に移転していた製造業を本国に回帰させること
【SaaSソリューション】
Software as a Serviceの略で、インターネット経由で提供されるソフトウェアサービス
【リープフロッグ現象】
途上国が従来の発展段階を飛び越えて、より先進的な技術や制度を直接導入すること
【M-Pesa】
ケニア発のモバイル決済サービスで、銀行口座を持たない人々への金融サービス提供に成功した事例