麦わらの海賊旗が現実を変える日──アジアの若者が選んだ抵抗のシンボル
- Seo Seungchul

- 10月27日
- 読了時間: 10分

シリーズ: 知新察来
◆今回のピックアップ記事:Anish Ghimire "How a fictional flag fueled real-life revolution" (The Kathmandu Post, 2025年10月28日)
概要:ネパールのZ世代が9月8日の抗議デモで『ワンピース』の海賊旗を掲げ、腐敗反対と透明性を求める運動のシンボルとして使用。この動きはインドネシアから始まり、アジア各国、さらにフランスまで広がっている現象を報告
アニメと現実が交差する瞬間があります。2025年9月、ネパールの街頭で若者たちが掲げたのは、政党の旗でもスローガンでもありませんでした。それは麦わら帽子をかぶったドクロマークの黒い旗——『ワンピース』の海賊旗でした。
この旗がなぜ、腐敗に対する怒りと自由への願いを表す政治的シンボルになったのでしょうか。インドネシアから始まり、ネパール、フランス、フィリピン、タイまで。Z世代の若者たちは、従来の政治的象徴を超えて、ポップカルチャーの中に抵抗の新しい言語を見出しています。
富良野とPhronaの対話を通じて、海賊旗が民主化運動の象徴となった背景と、デジタル時代の政治参加の新しい形を探ってみます。そこから見えてくるのは、政治表現の可能性を広げる若者たちの創造性と、時代と共に変化するシンボルの力なのです。
アニメの旗が街頭に現れた日
富良野:Phronaさん、今回の記事を読んで、とても興味深いと思ったんです。『ワンピース』の海賊旗が実際の政治デモで使われているって。
Phrona:ああ、麦わら帽子のドクロマークですね。私も最初に見たときは、え?という感じでした。でも考えてみれば、シンボルって元々そういうものかもしれませんね。
富良野:どういうことですか?
Phrona:つまり、本来のコンテキストから離れて、別の意味を持つようになる。国旗だって、もともとは戦場での識別のためのものが、今では国民のアイデンティティを表すものになってるじゃないですか。
富良野:なるほど。でも『ワンピース』の場合、作品の中でも権力への抵抗という意味があるから、そこまで飛躍してるわけでもないのかな。記事によると、作品の中で本当の悪役は世界政府で、奴隷制や人種差別、腐敗と結びついているって。
Phrona:そうですね。ルフィたちは海賊だけど、実際には抑圧された人々の側に立って戦ってる。権力の腐敗に対する抵抗というテーマが、現実の若者たちの怒りと重なったんでしょうね。
富良野:興味深いのは、これがインドネシアから始まって、ネパールに広がったということ。国境を超えて共有される抵抗のシンボルになってる。
Phrona:デジタル時代の特徴ですよね。TikTokやInstagramで瞬時に拡散して、「あ、私たちも使おう」って。でも単純な模倣じゃなくて、それぞれの国の文脈に合わせて意味が変化していく。
なぜ麦わら帽子のドクロだったのか
富良野:でも、なぜよりによって海賊旗だったんでしょう?他にも抵抗を表すアニメキャラクターはいるはずなのに。
Phrona:記事を読んでると、ジョリー・ロジャー——海賊旗そのものに歴史があるんですね。17世紀から18世紀の「海賊黄金時代」から使われてて、もともと既存の権威に対する反抗の象徴だった。
富良野:そういえば第一次世界大戦でイギリスの潜水艦乗組員も独自の海賊旗を作ってたって書いてありましたね。軍人が海賊のシンボルを使うって、考えてみれば面白い現象です。
Phrona:権力の内部にいながら、同時に権力に対するある種の距離感を示すような。海賊旗って、単純な反権力だけじゃなくて、もっと複雑な意味を持ってるのかもしれません。
富良野:『ワンピース』の麦わらの一味も、政府から見れば犯罪者だけど、読者から見れば正義のヒーロー。その曖昧さが、現実の政治に対する若者の複雑な気持ちと合ってるのかもしれませんね。
Phrona:そう、白か黒かじゃない。既存の政治的枠組みに完全に反対するわけでもないし、完全に受け入れるわけでもない。新しい形の政治参加を模索してる感じがします。
ポップカルチャーと政治の境界が溶ける時代
富良野:記事で面白いと思ったのは、過去の抗議運動でも似たような現象があったという指摘です。『Vフォー・ヴェンデッタ』のガイ・フォークス・マスクがウォール街を占拠せよ運動で使われたり。
Phrona:『ペーパー・ハウス』のダリのマスクや赤いつなぎも、フランスやブラジルの抗議で使われましたよね。ベラチャオという歌も。文化的なシンボルが政治的な意味を帯びる現象自体は新しくないんですね。
富良野:でも今回の海賊旗の使用は、ちょっと違う面もあるような気がします。過去のシンボルは比較的ダークで重厚だったけど、『ワンピース』の旗はもっとポップで親しみやすい。
Phrona:そこが重要かもしれません。政治参加のハードルを下げてる面がありますね。50歳の弁護士さんが言ってるように、年配の人も「あの旗は何?」って興味を持つ。対話のきっかけになってる。
富良野:記事では「政治表現がより遊び心があって、包括的で、デジタルに接続されたものになる可能性」について言及してますが、これは大きな変化かもしれませんね。
Phrona:でも同時にリスクもあるって指摘されてます。トレンドは移り変わるし、旗が商業化されたり、本来の意味が薄まったりする可能性も。
富良野:なるほど。シンボルの力は諸刃の剣ということですね。使う側の意図と、受け取る側の解釈、そして時間の経過とともに意味が変化していく。
デジタルネイティブ世代の政治参加
Phrona:この記事で印象的だったのは、デモの参加者の準備過程です。TikTokで「一緒に準備しよう」とか「私のバッグの中身」みたいなトレンドが広がって、それでデモの規模が予想以上に大きくなったって。
富良野:従来の政治動員とは全然違いますね。政党や労働組合の組織力に依存せず、ソーシャルメディアのバイラルな拡散力で人が集まる。
Phrona:そして面白いのは、怒りや不満は既にあったけれど、シンボルがそれを可視化し、共有可能にしたということ。旗そのものがデモを起こしたわけじゃなく、既存の感情に形を与えた。
富良野:記事の中でRakshya Bamさんが言ってるように、腐敗や縁故主義に対する怒りは既にあった。でも海賊旗というシンボルが、その怒りを表現する手段になった。
Phrona:シンボルの力って、そういうところにあるのかもしれませんね。言葉にできないモヤモヤした感情を、視覚的で共有しやすい形に変換してくれる。
富良野:そういえば、この動きがアジア各国に広がってることも注目すべき点ですね。インドネシア、ネパール、フィリピン、タイ...共通する何かがあるんでしょうか。
Phrona:アニメ文化の浸透もありますが、それ以上に、既存の政治制度に対する若者の不信や失望が共通してあるのかもしれません。従来の政治的表現では自分たちの気持ちを表せないという感覚。
世代間ギャップと新しい政治言語
富良野:記事で興味深かったのは、50歳の弁護士さんのコメントです。「このような象徴の使用は積極的に評価されるべき」と言ってる。世代を超えた理解がある。
Phrona:でも同時に「ポストモダンな状況」とも表現してますね。古い信念や伝統の衰退を反映してるって。これは単純に肯定的に捉えていいものか、考えさせられます。
富良野:確かに複雑ですね。新しい表現形式の登場は創造的だけど、それが既存の政治的枠組みの空洞化を意味するかもしれない。政党政治の限界を示してるとも読める。
Phrona:でも逆に言えば、若者たちは完全に政治から離れたわけじゃなく、新しい参加の形を模索してるとも言えませんか?海賊旗を掲げながらも、要求してるのは腐敗の撲滅や透明性の向上という、極めて真っ当な政治的主張ですから。
富良野:そうですね。手段は変わっても、本質的な政治参加への欲求は変わってない。むしろ、より直接的で率直な政治参加を求めてるのかもしれません。
Phrona:政党の看板やイデオロギーに頼らず、自分たちの言葉とシンボルで政治的意志を表現する。それって、ある意味では民主主義の原点回帰でもありますよね。
シンボルの未来と可能性
富良野:でも最後に記事が指摘してるリスクについても考える必要がありますね。トレンドが去ったり、商業化されたりして、本来の意味が薄まる可能性。
Phrona:『ワンピース』自体が商業作品ですから、その複雑さは最初からあったとも言えます。でも使う人たちが意味を込めて使ってる限り、シンボルとしての力は保たれるんじゃないでしょうか。
富良野:シンボルの意味は固定されたものじゃなく、使う人たちによって常に再定義されていく。海賊旗も17世紀から現代まで、時代と共に意味を変えながら生き残ってきた。
Phrona:そう考えると、今回の現象も一過性のトレンドで終わるかもしれないし、新しい政治文化の始まりになるかもしれない。どちらになるかは、使う側の継続的な意志と創造性にかかってる。
富良野:いずれにしても、この現象は政治参加の可能性を広げたという点で意義深いと思います。従来の枠組みでは政治に関心を持てなかった層を巻き込んだ。
Phrona:そして何より、政治を身近で親しみやすいものにした。深刻で重苦しいものだった政治議論に、遊び心と親近感を持ち込んだ。これは大きな変化だと思います。
富良野:麦わら帽子のドクロが街頭に現れた日。それは政治表現の新しい可能性が開かれた日だったのかもしれませんね。
ポイント整理
シンボルの越境性
『ワンピース』の海賊旗が作品の枠を超え、インドネシアからネパール、フランスまで実際の政治抗議で使用され、国境を越えた共通の抵抗シンボルとなった
歴史的連続性と新しさ
ジョリー・ロジャー(海賊旗)は17-18世紀から権威への反抗象徴として存在し、WWI時の軍用潜水艦でも使用されたが、現代では親しみやすいポップカルチャーの文脈で政治参加のハードルを下げている
デジタル時代の政治動員
TikTokやInstagramでの拡散により、従来の政党・労組による組織的動員とは異なる、バイラルで自発的な政治参加が可能になった
既存の不満に形を与える機能
腐敗や縁故主義への怒りは既に存在していたが、海賊旗というシンボルがそれらの感情を可視化し、共有可能な形で表現する手段となった
世代間の対話促進
年配世代も旗の意味に興味を示し、政治的対話のきっかけを提供。新旧の価値観を橋渡しする効果を発揮している
アジア圏での共鳴
インドネシア、ネパール、フィリピン、タイなど、アニメ文化が浸透し、既存政治制度への若者の不信が共通するアジア諸国で同様の現象が発生
政治表現の変化
重厚でダークな従来の抵抗シンボルから、ポップで親しみやすいシンボルへの転換により、政治参加がより包括的でデジタル接続されたものに変化
リスクと課題
トレンドの移り変わりや商業化により本来の意味が薄まる可能性、一方で使用者の継続的な意志により意味が再定義され続ける可能性も併存
キーワード解説
【ジョリー・ロジャー】
17-18世紀の海賊が使用した黒い旗にドクロと骨のマークが描かれた旗。権威への反抗と自由の象徴
【Z世代】
1990年代後半から2000年代前半生まれの世代。デジタルネイティブでソーシャルメディアを駆使した政治参加を特徴とする
【バイラル拡散】
ソーシャルメディア上で情報が爆発的に広がる現象。従来のメディアを経由しない情報伝播
【ポストモダン状況】
既存の価値観や制度が相対化され、固定的な意味や権威が揺らいでいる現代の文化的状況
【シンボルの再意味化】
本来の文脈から離れてシンボルが新しい意味を獲得していく過程
【クロスメディア政治】
エンターテイメント作品と政治運動が交差し、新しい政治表現を生み出す現象
【デジタル政治動員】
インターネットとソーシャルメディアを活用した新しい形の政治的組織化と参加
【文化的抵抗】
政治的直接行動ではなく、文化的シンボルや表現を通じて体制に対する異議申し立てを行うこと