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AIがベーシックインカムを支える日──経済学者が導いた意外な条件

更新日:6月28日

シリーズ: 論文渉猟



AIに人間の仕事が奪い尽くされたとしたら、そんな世界で私たちはどうやって生きていけばいいのでしょうか?


この問いに対して、経済学者たちが導き出した驚くべき結論。それは、「AIの生産性が今ある自動化技術の5倍から6倍に達すれば、新しい仕事を一切作らなくても、全国民にベーシックインカムを支給できる」というものです。


しかも、この未来は思っているより近いと考えられています。AI能力の成長ペース次第では、早ければ2028年、遅くても2052年には実現可能だといいます。


ただし、それが現実になるかどうかは、技術の進歩だけでは決まりません。誰がAIを所有するか、政府はどの程度関与するか、市場はどう構造化されるか——こうした人間の選択こそが、豊かな未来への鍵を握っています。


午後のひととき、コーヒーを片手に富良野とPhronaが語り合います。AIが切り拓く可能性と、そこに潜む課題について。夢物語ではない、現実的な選択肢としてのベーシックインカム社会を探る対話です。



富良野:昨日読んだ論文が中々面白かったんですけど、AIが十分発達したら、みんなにベーシックインカムを配れるかもしれないって話で。しかも、新しい仕事を作らなくても、という前提で数式で証明してる。


Phrona:へえ、それはちょっと夢みたいな話ですね。でも楽観的すぎませんか?いくらAIが進歩しても、社会全体を養うほどの富を生み出すなんて…


富良野:僕も最初はそう思ったんです。でも研究者たちが導いた条件が意外とシンプルで。AIの生産性が、今ある自動化技術の5倍から6倍になれば、アメリカでGDPの11パーセント、つまり一人当たり年間12,000ドルのベーシックインカムを賄えるって。


Phrona:5倍から6倍ですか…工場のロボットとか今のシステムを考えると、確かにそれくらいの伸び幅はありえそうな気もするけど。でも、そんなに単純に行くものでしょうか?


富良野:面白いのは、この研究が最悪のシナリオを想定してることなんです。つまり、AIが人間の仕事を奪って、その代わりになる新しい仕事が全然生まれない場合でも成り立つって。


Phrona:ああ、それは確かに保守的な見積もりですね。でも現実には、利益の分配とか、誰がAIを所有するかとか、複雑な問題がありそうじゃないですか。


富良野:まさに、そこが論文の核心部分で。市場構造がすごく重要なんですよ。例えば、AI業界が独占的だと、実は必要なAI能力のハードルが下がる。逆に、完全競争になると、ハードルが上がる。


Phrona:え?それって直感に反しますね。普通、独占は消費者にとって悪いことじゃないんですか?


富良野:そうなんです、面白いでしょう?独占だと、AI企業がすごく高い利益を得るんです。経済学でいうレントってやつですね。その巨大な利益の一部を税金として回収すれば、ベーシックインカムの財源になる。でも競争が激しいと、価格が下がって利益も薄くなるから、税収も減っちゃう。


Phrona:なるほど…資本主義の皮肉というか。競争が激しいほど、社会全体への還元は難しくなる、と。でも、だからといって独占を推奨してるわけじゃないですよね?


富良野:もちろんです。むしろ、どういう仕組みなら社会全体が恩恵を受けられるか、を考えるための材料を提供してる感じですね。政策的な観点で見ると、やはり政府の関与の仕方が重要になってくる。


Phrona:税率を上げるとか、AI企業の一部を国有化するとか、そういう話ですか?


富良野:そうそう。今のアメリカの法人税率って15パーセントくらいなんですが、それを33パーセントまで上げると、必要なAI能力が半分の3倍程度まで下がるんです。でも、50パーセントを超えると効果が薄くなる。


Phrona:効率性との兼ね合いですね。あまり重い税をかけると、技術開発のインセンティブが削がれたり、運営コストが上がったりする。


富良野:まさに。論文では運営コストの話も出てきて、規制や監督にお金がかかりすぎると、結局みんなが損するって指摘してました。


Phrona:で、時間軸としてはどうなんでしょう?いつ頃そんな未来が来ると予想してるんですか?


富良野:これがまた興味深くて、AIの発達ペースによって2030年代前半から21世紀半ばまでって幅があるんです。もしAI能力が1年で倍になるペースなら2028年頃、10年で倍になるゆっくりペースでも2052年頃には条件を満たす可能性があるって。


Phrona:2030年代前半ということは、あと5年ちょっと…思ったより近い未来ですね。でも、考えてみると不思議じゃないですか?人類が長い間夢見てきた豊かさとか、働かなくても生きていける社会って理想が、技術の力で実現できるかもしれない。


富良野:でも同時に、それが実現するかどうかは技術じゃなくて、政治とか経済制度の問題になってる。純粋に技術的な可能性の話から、一気に分配の政治学の話になりますね。


Phrona:そうです。でも、ちょっと怖い気もしませんか?AIがすべてを決めて、人間は何もしなくても生活できる世界って。それって本当に幸せなんでしょうか。


富良野:良い指摘ですね。この論文は経済学的な実現可能性を示してるけど、人間の尊厳とか生きがいの問題は扱ってない。仕事がなくなったとき、人は何で自分の価値を見出すんでしょうね。


Phrona:働くことの意味って、お金を稼ぐことだけじゃないですものね。誰かの役に立ってるとか、社会に貢献してるとか、そういう感覚も大切で。


富良野:まあ、でも今だって多くの人が、本当にやりたいことと生活のための仕事の間で悩んでるわけで。もしベーシックインカムがあれば、もっと自由に選択できるようになるかもしれません。


Phrona:そうですね。アーティストとか、社会起業家とか、採算は取れないけど価値のあることをしてる人たちにとっては、すごく良い制度かもしれない。


富良野:この研究で興味深いのは、ユートピア的な夢物語じゃなくて、かなり現実的な制約条件の中で可能性を探ってることですね。新しい仕事が生まれない最悪ケースでも、これくらいの条件なら成り立つ、という。


Phrona:そう、そこが説得力があるところです。でも同時に、もし新しい仕事がたくさん生まれたら、もっと楽になるわけですよね。AIと人間が協力して、今では想像もできないような新しい価値を生み出していく可能性もある。


富良野:技術の歴史を見ても、新しい技術は確かに一部の仕事を奪うけど、同時に新しい仕事も生み出してきた。AIの時代もそうなるかもしれない。でも、変化のスピードが全然違いますよね。


Phrona:そうそう、産業革命のときは何十年もかけてゆっくり変わったけど、AIは数年で劇的に進歩する。適応する時間が短いのは、個人にとっても社会にとっても大きな挑戦ですよね。


富良野:だからこそ、こういう研究で事前に可能性を検討しておくことが重要なのかもしれません。技術的な可能性と社会的な受容って、別の次元の話ですからね。


Phrona:そうなんです。AIでベーシックインカムが可能だとしても、それを社会が受け入れるかどうかは別問題。アメリカなんかだと、働かざる者食うべからずっていう価値観がまだ強いでしょうし。


富良野:でも、もしかしたらそういう価値観自体が、技術の進歩とともに変わっていくのかもしれませんね。必要に迫られて。変化への適応力も、実は人類の大きな特徴の一つですから。


Phrona:一つ気になることがあるんです。この話って、結局AIが生み出す富をどう分けるかって話ですよね。でも、AIそのものの価値って、人間が作り上げてきた知識や文化の上に成り立ってる。


富良野:面白い観点ですね。確かに、AIは人類が蓄積してきた知識を学習して進歩してるわけで。知的財産の問題とも関連しますね。


Phrona:そうなんです。だから、AIが生み出す利益って、本来は人類全体のものって考え方もできるんじゃないでしょうか。特定の企業だけのものじゃなくて。そう考えると、ベーシックインカムって単なる福祉政策じゃなくて、ある種の配当金みたいなもの。


富良野:素敵な比喩ですね。人類という株式会社の配当。技術の進歩の恩恵を、みんなで分け合う仕組み。でも、そうなると今度は、誰が人類の代表として意思決定するかって問題が出てきますね。


Phrona:国際的な調整とか、すごく難しそう。この論文はアメリカの話だけど、実際にはグローバルな問題ですものね。AI技術を持つ国と持たない国の格差とか、考えなければいけないことがたくさんある。


富良野:でも、少なくともこの研究が示してるのは、技術的には可能だってことですよね。あとは私たちがどんな社会を作りたいか、って問題。技術が可能性を示してくれた。あとは人間の選択の問題。


Phrona:なんだか、すごく希望的な気持ちになってきました。確かに課題はたくさんあるけど、みんなが豊かになれる可能性があるなんて、素晴らしいじゃないですか。


富良野:ただし、この可能性を現実にするためには、相当な政治的意志と社会的合意が必要でしょうね。技術だけでは解決できない。でも、こういう研究があることで、少なくとも議論の出発点は見えてきた気がします。


Phrona:夢物語じゃなくて、現実的な選択肢として。たまには、未来に希望を感じられる話をするのもいいですね。AIの未来について考えるとき、つい不安な面ばかり注目しがちですが、こういう可能性もあるんだということを忘れないでいたいと思います。


ポイント整理


1. 核心的洞察

  • AIの生産性が既存自動化の5-6倍に達すれば、GDP11%相当のUBIが新規雇用創出なしに実現可能である。

  • この結論は最悪ケースシナリオ(新しい仕事が全く生まれない)でも数学的に証明されている。

  • 研究では現在の経済パラメータに基づく初のクローズドフォーム条件式が導出された。


2. 経済モデルの前提

  • この研究はSolow-Zeira経済モデルを拡張している。

  • 一定の貯蓄率とタスク弾力性を仮定して分析が行われた。

  • 自動化可能タスクの割合は約50%で固定されている。

  • CES生産関数による任務集約が前提となっている。


3. 実現可能性の時間軸

  • AI能力の成長速度により2028年から2052年の幅で実現可能とされる。

  • AI能力が1年で倍増するペースなら2028年頃に条件を満たす。

  • 2年で倍増するペースなら2031年頃、5年で倍増なら2038年頃となる。

  • 最も保守的な10年倍増ペースでも2052年には実現可能である。


4. 市場構造の影響

  • 独占的市場では経済レントが大きいため、必要AI能力閾値が低下する。

  • 完全競争市場では利益が薄くなるため、閾値が上昇する。

  • 寡占市場では中間的な効果が観察される。

  • 現在のAI市場は少数企業による寡占状態にある。


5. 政策レバー

  • 政府収益シェアを現在の15%から33%に上げると必要AI能力が半減する。

  • 政府シェアが50%を超えると効果が逓減し、運営コストが問題となる。

  • 運営・規制コストの管理が政策効果に大きく影響する。

  • 利益捕捉の不完全性も政策設計において考慮が必要である。


キーワード解説


【AI能力閾値(AI Capability Threshold)】

既存の自動化技術に対するAIの相対的生産性レベル。この研究では5-6倍が必要とされる。


【レント資金UBI(Rent-Funded UBI)】

AI資本が生み出す経済レント(超過利潤)を財源とするベーシックインカム制度。


【Solow-Zeira モデル】

ソロー成長モデルにゼイラの自動化理論を組み込んだ経済モデル。資本蓄積と技術進歩を扱う。


【CES生産関数】

Constant Elasticity of Substitution。代替弾力性一定の生産関数で、異なるタスク間の補完性を表現。


【経済レント(Economic Rent)】

完全競争下での利潤を超える超過利潤。独占力や希少性から生じる。


【タスク弾力性(Task Elasticity)】

異なるタスク間の代替しやすさを示すパラメータ。低いほど補完的(どれも必要)。


【公的収益シェア(Public Revenue Share)】

AI資本の利益のうち政府が税収等で捕捉する割合。現在の米国は約15%。


【運営コスト率(Operating Cost Share)】

AI運営にかかる費用(規制、アライメント、インフラ等)の総利益に対する割合。


【クールノー競争】

企業が生産量を戦略変数とする寡占競争モデル。市場支配力を分析する際に使用。


【ラーナー指数(Lerner Index)】

市場支配力を測る指標。(価格-限界費用)/価格で計算され、独占度を表す。


【バランス成長径路(BGP: Balanced Growth Path)】

経済が長期的に一定の成長率で成長する状態。この研究の均衡概念。


【ヒックス中立的技術進歩】

労働と資本の両方を同率で向上させる技術進歩。ムーアの法則などが該当。


【資本-産出比率】

経済全体の資本ストックとGDPの比率。ソロー・モデルの重要な指標。


【代替弾力性】

生産要素間の代替のしやすさ。1未満だと補完的、1を超えると代替的。


【自動化シェア】

全タスクのうち機械で実行可能な割合。この研究では約50%と設定。


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