AIが世界を想像し始めた日 ──ワールドモデルが描く未来
- Seo Seungchul
- 6月16日
- 読了時間: 8分
更新日:6月30日

シリーズ: 知新察来
ChatGPTが一般的に広く知られるようになってから2年ほど経ち、AIは私たちの日常にすっかり溶け込みました。でも最近、また新しい波がやってきています。「ワールドモデルAI」と呼ばれる技術です。
従来のAIが文字を巧みに操るのに対し、ワールドモデルは物理世界そのものを理解しようとします。積み木が倒れる様子を予測し、部屋の片付け方を想像し、ロボットの動きを計画します。まるで人間のように、頭の中で世界をシミュレーションしながら考えるAIの登場です。
MetaやGoogle、スタンフォード大学などが巨額の投資をするこの分野は、単なる技術革新を超えて、AIと人間の関係性自体を変える可能性を秘めています。果たしてAIが「想像力」を手に入れるとき、私たちの世界はどう変わるのでしょうか。
富良野:最近、ワールドモデルAIっていう言葉をよく聞きますよね。Phronaさんはどう捉えていますか?
Phrona:なんというか、AIがついに想像力を手に入れ始めたって感じがしています。今までのChatGPTとかって、結局は言葉の組み合わせが上手いだけだったじゃないですか。でもワールドモデルは違います。AIが頭の中で世界をくるくる回して、こうしたらどうなるかなって予想してるんです。
富良野:面白い表現ですね。確かに従来の大規模言語モデルは、テキストから間接的に世界を学んでいました。でもワールドモデルは映像や空間データを直接扱って、物理法則を理解しようとしています」
Phrona:そうそう。子どもが積み木で遊んでるときのことを想像してみてください。大きいブロックの上に小さいブロックを置こうとしたら、うまくいかないってすぐわかりますよね。でも今までのAIにはそういう当たり前の物理感覚がなかったんです。
富良野:ただ、技術的には相当複雑ですよね。スタンフォードのFei-Fei Li氏のWorld Labsが2億3000万ドルも調達したのは、それだけ困難な挑戦だからでしょう。
Phrona:そうですね。でも考えてみると、私たちって普段から頭の中で世界をシミュレーションしてるんですよ。例えば部屋を片付けるとき、どこに何を置いたらきれいになるか想像してから動くでしょう?
富良野:まさにそれが、MetaのYann LeCunが言ってる世界モデルの概念ですね。汚れた部屋の映像を見せて、きれいにしろという目標を与えると、掃除機をかけて、皿を洗って、ゴミを捨てるという一連の行動を予測するんです。
Phrona:でも、ちょっと怖くないですか?AIが勝手に世界を想像して、勝手に計画を立てるなんて。今までは質問に答えるだけだったのに、今度は先回りして行動しようとしてる。
富良野:その懸念はもっともです。実際、MetaのV-JEPA 2のようなモデルがロボットに搭載されれば、物体を掴んで移動させる作業を自律的に行えます。効率的な反面、予期しない行動を取る可能性もありますね。
Phrona:でもさ、逆に言えば、AIがやっと人間らしい思考に近づいてきたってことですよね。今まで機械的だった反応が、ちょっとした想像力を持ち始めた。
富良野:Google DeepMindもゲーム環境でのワールドモデル開発を進めていますし、この分野の競争は激化しています。ただ、現実的な課題として、高品質な空間データの収集がネックになってる。
Phrona:データの問題ですね。テキストならウェブ上にいくらでもあるけど、3D映像や物理的な相互作用のデータって、そう簡単には集まらないものです。
富良野:その通りです。しかも計算コストも桁違い。文字を扱うのと、複雑な物理シミュレーションを走らせるのでは、必要なリソースが全然違います。
Phrona:でも、うまくいったときのインパクトはすごそうです。ロボットが人間みたいに世界を理解して動き回るなんて、SF映画の世界ですよね。
富良野:応用分野で注目されてるのは自律運転でしょうね。道路状況を3D的に把握して、歩行者や他の車の動きを予測できれば、安全性が格段に向上します。
Phrona:あ、でもARやVRの分野も面白そうです。仮想空間でも物理法則がちゃんと働くようになったら、もっとリアルな体験ができるかもしれません。
富良野:創造的な分野への影響も大きいでしょう。映像制作なんかでも、物理的に正しい動きを自動生成できるようになれば、表現の幅が広がります。
Phrona:ただ、私が気になるのは、AIが世界をどんなふうに解釈してるかってことなんです。人間の認識とずれがあったりしませんか?」
富良野:興味深い指摘ですね。人間の世界モデルには感情や価値観が織り込まれていますが、AIの世界モデルは純粋に物理的・数学的な予測に基づいています。
Phrona:そうなんです。人間って、論理的に考える前に、なんとなくこれは危険だとか、美しいとか感じるじゃないですか。AIにはそういう直感がないから、予想外の盲点があるかもしれません。
富良野:一方で、人間の偏見や思い込みに左右されない客観的な予測ができる可能性もあります。どちらが良いかは、使い方次第でしょうね。
Phrona:なるほど。でも結局、このワールドモデルって、どのくらいの時間スケールで実用化されるものなんですか?
富良野:LeCunは10年程度と言っていますが、限定的な分野ではもっと早く実用化されるでしょう。すでにMetaのモデルは研究室のロボットで動作していますから。
Phrona:10年かあ。今の大学生が社会に出る頃には、AIアシスタントが頭の中で世界をシミュレーションしながら提案してくるのかもしれませんね。
富良野:ただし、データ品質や安全性の課題を解決する必要があります。特に物理世界で動作するシステムでは、予測ミスが深刻な事故につながりかねません。
Phrona:そうですね。今のAIの間違いって、せいぜい変な文章を書くくらいだけど、ワールドモデルが間違えたら物が壊れたり怪我したりする可能性があります。
富良野:だからこそ、段階的な導入が重要でしょう。まずは安全な環境でのシミュレーション、次に制御された物理環境、最後に完全自律動作という具合に。
Phrona:でも、なんだかワクワクしませんか?AIがついに、私たちと同じように世界を見て、想像して、計画するようになるなんて。
富良野:確かに技術的な進歩としては画期的です。ただ、社会への影響を慎重に見極める必要もありますね。新しい働き方や人間とAIの関係性を考え直すことになるかもしれません。
Phrona:きっと、今私たちが想像もしてない使い方が出てくると思います。技術って、作った人の意図を超えて、みんなが勝手に面白がって使い始めるものですから。
富良野:そういう意味では、ワールドモデルAIは単なる技術革新を超えて、人間の創造性や想像力にも新しい可能性を開くかもしれませんね。
Phrona:そうですね。AIが世界を想像し始めたってことは、私たちも改めて、自分たちがどんなふうに世界を見てるのか考え直すきっかけになりそうです。
富良野:面白い時代になりそうです。AIと一緒に未来を想像していく、そんな関係性が生まれるかもしれませんね。
ポイント整理
1. ワールドモデルAIの本質
従来のAI(ChatGPT等)は文字の組み合わせが得意ですが、物理世界の理解には限界があります。
ワールドモデルは映像や空間データを直接処理し、物理法則を理解して未来を予測することができます。
人間のように「頭の中で世界をシミュレーション」して計画を立てる能力を持っています。
2. 主要プレイヤーと投資動向
World Labs(Fei-Fei Li)は2億3000万ドルを調達し、3D環境理解に特化した研究を進めています。
Meta(Yann LeCun)はV-JEPA 2を開発し、ロボット制御への応用を推進しています。
Google DeepMindはゲーム環境での世界モデル開発を行い、AGI実現を目指しています。
各社が巨額投資を行う注目分野に成長しています。
3. 応用分野と可能性
自律運転では道路状況の3D把握と歩行者・車両の動き予測が可能になります。
ロボティクスでは物体操作や移動作業の自律実行が実現されます。
AR/VRでは物理法則に従ったリアルな仮想体験が提供できます。
映像制作では物理的に正しい動きの自動生成が可能になります。
4. 課題と懸念点
高品質な3D映像・物理相互作用データの収集が困難であることが最大の壁です。
テキスト処理に比べて桁違いのリソースを要求する計算コストの問題があります。
予測ミスが物理的事故につながるリスクという安全性の課題が存在します。
AIの世界認識が人間と異なる可能性があり、解釈性に懸念があります。
5. 将来展望
実用化まで約10年程度かかると予測されています(LeCun氏)。
シミュレーション→制御環境→完全自律の順で段階的導入が進むと考えられます。
人間とAIの新しい協働関係の構築が必要になります。
創造性や想像力の概念自体の再定義が求められる可能性があります。
キーワード解説
【ワールドモデル(World Model)】
AIが環境の内部表現を構築し、未来の出来事をシミュレーションするシステム。人間の「心的モデル」からインスピレーションを得た概念
【V-JEPA 2】
Metaが開発した映像理解に特化した世界モデル。ロボットが物体を掴んで移動させる作業を自律実行可能
【物理推論(Physical Reasoning)】
重力、摩擦、衝突などの物理法則を理解し、物体の動きや相互作用を予測する能力
【空間的知能(Spatial Intelligence)】
3次元空間での物体の位置関係や動きを理解し、適切に行動する知能
【AGI(Artificial General Intelligence)】
特定タスクに特化せず、人間と同等の汎用的な知能を持つAI
【潜在空間表現】
高次元データ(映像等)を低次元の抽象的な特徴量に圧縮して表現する技術
【シミュレーション学習】
実際の環境ではなく、コンピュータ上の仮想環境でAIを訓練する手法
【マルチモーダル学習】
テキスト、画像、音声など複数種類のデータを同時に処理して学習するアプローチ