AIの歴史的文脈──50年の失敗の蓄積の末に見える光と影
- Seo Seungchul

- 10月17日
- 読了時間: 9分
更新日:10月28日

シリーズ: 知新察来
◆今回のピックアップ記事:Sergio Rebelo et al. "Take 5: AI’s Past, Present, and Future" (Kellogg Insight, 2025年8月22日)
概要:ケロッグ経営大学院の5名の研究者が、AIの歴史、科学研究への影響、画像生成の課題、雇用への影響、パーソナライズ広告の効果について、それぞれの専門分野から分析した研究成果をまとめた記事
今、毎日のようにAIのニュースが流れてきますが、実はこの技術が私たちの手にするまでに50年もの長い失敗の歴史があったことをご存知でしょうか。ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院の研究者たちによる最新の調査が、AIの過去・現在・未来について興味深い洞察を与えています。
一見すると華々しい成功に見えるAI革命ですが、その陰には研究分野間の格差、労働市場への不均等な影響、そして私たちが見抜けないほど巧妙になったAI生成コンテンツの問題が潜んでいます。技術の恩恵を受けやすい分野とそうでない分野の違いは何なのか、私たちは新しい働き方にどう対応すべきなのか、そして個人化された広告の洪水の中でどう身を守るべきなのか。
50年間の挫折を乗り越えて到達した今の地点で、私たちは次の岐路に立っています。AIを人を置き換える道具として使うのか、それとも人の可能性を広げるパートナーとして育てるのか。この選択の行方は、技術の専門家だけでなく、私たち一人ひとりの判断にかかっているのかもしれません。
AIの50年間:失敗から学んだ持続の力
富良野: この記事を読んで、まず驚いたのはAIが50年も失敗を重ねてきたという話ですね。僕らが知ってるAIの歴史って、せいぜい10年くらいの成功物語だと思ってたんですが。
Phrona: そうですね。レベロ教授が言ってる「50年間失敗し続けたのに、政府が研究資金を出し続けた」っていうのが興味深いです。普通なら10年も結果が出なかったら打ち切られそうなのに。
富良野: これって政策の話としても面白いんです。短期的な成果を求めがちな現代で、50年間投資を続けるって相当な覚悟が必要だったはず。何が決定的な転換点だったんでしょうね。
Phrona: 記事では「コンピュータプログラムに専門知識を持たせる方法について、間違った前提があった」って書いてありますけど、これって人間の知性についての理解そのものが変わったってことですよね。
富良野: ああ、なるほど。最初は知識をデータベースのように整理して入れれば賢くなると思ってたけど、実際は学習のプロセス自体が重要だったと。
Phrona: でも50年って、研究者の人生を何世代も超えてしまう長さですよね。途中で諦めずに続けた人たちの執念みたいなものを感じます。
富良野: 今振り返ると、その持続性があったからこそ今のブレークスルーがあるわけで、短期的な視点だけで判断しちゃいけないってことの好例ですね。
科学研究の新しい格差:AIの恩恵は平等じゃない
Phrona: ダシュン・ワング教授の研究で気になったのは、AIの恩恵が科学分野で不平等に配分されてるって部分です。女性や少数派の研究者が多い分野、例えば社会学では恩恵が少ないって。
富良野: これはかなり深刻な問題ですね。技術の進歩が既存の格差を拡大してしまってる。コンピュータサイエンス、数学、工学以外の分野では、AI関連スキルの教育が不十分だとも書いてありました。
Phrona: つまり、AIを使いこなせる分野とそうでない分野に二極化が進んでるってことでしょうか。これって研究の多様性にとって大きなリスクですよね。
富良野: そうですね。特に人文科学系の視点って、技術の社会的影響を理解する上で不可欠なのに、その分野の研究者がAIから取り残されるのは本末転倒だと思います。
Phrona: 記事では学際的な研究センターの重要性も指摘されてますね。専門知識を持った同僚に頼って橋渡しをしてもらうことが多いって。
富良野: これは興味深い解決策ですね。無理に全員がAIの専門家になる必要はなくて、異なる専門性を持った人同士が協働する仕組みを作ることの方が大切なのかも。
Phrona: でも、それって結局は人間関係やネットワークの力に依存してしまいますよね。コネがない研究者はさらに不利になってしまう可能性も。
AI画像の見抜き方:人間らしい直感の価値
Phrona: マット・グロー教授のAI生成画像を見分ける研究、これすごく実用的ですよね。指の数が多い、歯が重なってる、ものの相互作用がおかしい...って具体的なチェックポイントが分かりやすいです。
富良野: でも技術が進歩すれば、これらの「人工的な証拠」もどんどん減っていくでしょうね。イタチごっこになりそうです。
Phrona: そこでグロー教授が言ってる「コンテクスト」の重要性が光ってくるんじゃないでしょうか。「もしこれが本当に起きてたら、聞いたことがあるはず」っていう、人間の社会的な直感。
富良野: ああ、技術的な判別よりも、社会的・文化的な常識の方が長期的には有効かもしれませんね。AIは画像の生成はできても、その背後にある社会的文脈までは完全には理解できない。
Phrona: それって、情報リテラシーの新しい形ですよね。昔は「この情報は信頼できるソースから来てるか?」を重視してたけど、今度は「この状況は現実的にありえるのか?」を問う必要がある。
富良野: 面白いのは、AI生成コンテンツが氾濫することで、逆に人間の判断力や直感の価値が見直されてるってことですね。
労働の未来:置き換えられるのは誰か
Phrona: ハティム・ラーマン教授の「AIに置き換えられるのは、AIを使えない人たち」っていう指摘、これはドキッとしますね。
富良野: レベロ教授も同じことを言ってましたが、「AIによって置き換えられるのではなく、AIを使える人によって置き換えられる」っていう表現が印象的でした。
Phrona: でもラーマン教授は、AIの職場への浸透には長い時間がかかるとも言ってますね。急激な変化への恐怖は根拠がないって。
富良野: そこが重要なポイントで、私たちには選択の余地があるってことですよね。AIを人を置き換える道具として使うか、人の能力を向上させるパートナーとして使うか。
Phrona: 記事では「多様な声と関係者を巻き込まないと、AIの設計と実装は非常に狭いグループの人々の利益を反映してしまう」って警告してます。これって民主主義の問題でもありますよね。
富良野: 確かに。技術の専門家だけで決めるんじゃなくて、実際に影響を受ける労働者も含めた幅広い議論が必要だと。時間的余裕があるなら、なおさらそういう対話を大切にすべきですね。
Phrona: AIの技術的可能性ばかりに目を向けがちですが、それをどう社会に実装するかの方が、実は難しい問題なのかもしれません。
パーソナライズされた説得の時代
富良野: ジェイコブ・ティーニー教授の研究、これはかなり恐ろしい話ですね。AIが個人の心理プロファイルに基づいて説得力のあるメッセージを大量生産できるようになったと。
Phrona: しかも、AIが作った広告だと知らされても効果は変わらないっていう結果が衝撃的です。従来の研究では、説得されそうになると人は抵抗するって分かってたのに。
富良野: ティーニー教授は「ターゲット広告が当たり前になったから、人々がそれを受け入れるようになった」って説明してますが、これって私たちの防御本能が鈍化してるってことですよね。
Phrona: 個人化された説得が「スケーラブルで広く展開される」っていう表現も怖いです。これまでは一対一の説得だったのが、一対何百万の説得になる。
富良野: でも考えてみると、これって政治的な文脈でも同じことが起きうるわけで、民主主義の根幹を揺るがす可能性がありますね。
Phrona: 記事の最後で「消費者製品についてでも、政治ニュース記事についてでも、メッセージの出所や正確性を本当に調べる第二段階の検証が必要」って言ってるのは、まさにそういう危機感の表れでしょうね。
富良野: 私たちが「自然に自分にアピールしてくるもの」に囲まれる時代になるってことか。それって、ある意味で思考の多様性を奪われることにもなりそうです。
Phrona: だからこそ、意識的に自分と違う視点に触れに行く努力が、これまで以上に大切になってくるのかもしれませんね。
ポイント整理
AIの歴史的文脈
現在の成功は50年間の失敗の蓄積の上に成り立っており、政府による持続的な研究資金提供が重要な役割を果たした。初期の「専門知識をデータベース的に組み込む」アプローチから、学習プロセス重視への転換が決定的だった。
科学研究における格差
AIの恩恵は研究分野間で不平等に配分されており、女性や少数派研究者が多い社会学などの分野では恩恵が限定的。コンピュータサイエンス、数学、工学以外の分野でのAI教育不足が課題となっている。
学際協力の重要性
AI活用の格差解消には、専門知識を持つ同僚との協働や学際的研究センターの設立が有効。全員がAI専門家になるのではなく、異なる専門性を持つ人々の連携が鍵となる。
AI画像識別の課題
生成AIの画像には解剖学的不自然さ(指の数、歯の重なりなど)や物理法則の無視、文字の意味不明さなどの特徴がある。技術的判別より社会的・文化的コンテクストに基づく直感的判断の価値が高まっている。
雇用への段階的影響
AIによる雇用への影響は急激ではなく長期的プロセス。最初に置き換えられるのはAI自体ではなく、AIを活用できない人々をAI活用者が置き換える構造。技術実装における選択権は現在も残されている。
民主的参加の必要性
AIシステムの設計・実装には多様なステークホルダーの参加が不可欠。専門家だけの判断では狭い利益しか反映されない危険性がある。
個人化説得技術の脅威
AIは個人の心理プロファイルに基づく説得的メッセージを大規模に生成可能。AI作成と知らされても効果は変わらず、従来の説得抵抗メカニズムが機能しない。ターゲット広告の常態化により、人々の防御本能が鈍化している可能性。
情報検証の新段階
パーソナライズされた情報の氾濫により、メッセージの出所や正確性を検証する「第二段階」の批判的思考がこれまで以上に重要になっている。
キーワード解説
【人工一般知能(AGI)】
人間レベルの汎用的な知的能力を持つAIシステム
【拡散モデル】
テキストから画像を生成するAI技術の一種
【ハルシネーション】
AIが存在しない情報を作り出してしまう現象
【学際的研究】
複数の学問分野を横断して行う研究アプローチ
【パーソナライゼーション】
個人の特性や好みに合わせてコンテンツをカスタマイズすること
【心理プロファイル】
個人の性格特性や心理的傾向を分析したデータ
【スケーラビリティ】
技術やサービスの規模拡張可能性
【情報リテラシー】
情報を適切に評価・活用する能力
【デジタルフットプリント】
インターネット上での行動履歴や痕跡
【ターゲット広告】
個人の属性や行動データに基づく広告配信手法