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AIは作らないけど、稼ぎつづけるために──Appleの新戦略が問う「プラットフォームの賞味期限」

シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:Mark Gurman, "Apple Pivots Its AI Strategy to App Store, Search-Like Platform Approach" (Bloomberg 2026年3月29日)

  • 概要:Appleが6月のWWDC 2026に向けて、AIをめぐる戦略を大きく転換しようとしていることをBloombergのMark Gurmanが報じた。Appleは自社のAI技術がChatGPTやGeminiに劣ることを認識しており、AI開発競争に正面から参入するのではなく、サードパーティのAIをSiri経由で動かせる「iOS 27 Siri Extensions」の仕組みを構築し、App Storeの30%手数料モデルをAI領域に応用しようとしている。あわせて、Mac Proの廃止とMac Studioへの統合、OpenAIへの人材流出を食い止めるためのiPhoneデザイナーへの特別ボーナス(20〜40万ドル規模)についても報じられた。


今AppleはAI戦略の大きな方針転換を発表しようとしています。自社でAIを開発してChatGPTやGeminiと競うのではなく、他社のAIをiPhoneの上で流通させて、そこから収益を得る道を選びました。


「AIを作らない代わりに、AIを流す場所として稼ぐ」。一見すればApp Storeの再演に見えますが、今回は少し事情が違います。App Storeが機能したのは、アプリがiOSという土台の上で動くものだったから。ところが今、AIはその土台自体を揺るがしかねない存在になりつつあります。


一方で、AppleのチップはAI処理において圧倒的な電力効率を誇り、ハードウェアの競争力は依然として高い。「未来はAIソフトウェアよりもハードウェアにある」という判断は、少なくとも短期的には理にかなっています。問いはその先です。


さらにOpenAIは、AIだけでなくAppleの領域であるハードウェアにまで踏み込もうとしています。これは単なる競合ではなく、土俵そのものを変えようとする動きです。


富良野とPhronaが話し合うのは、「プラットフォームの論理」がAI時代に通じるのかどうか、という問いです。すっきりした結論よりも、問い自体が残る会話になるかもしれません。




App Storeの再演——今回はうまくいくか


富良野: Appleがやろうとしていることって、構造的にはApp Storeとかなり似ているんですよね。純正アプリを用意しつつ、サードパーティにも開放して、そこから30%取る。音楽でも地図でもそれをやってきた会社だから、慣れ親しんだ地形ではある。


Phrona: あのモデルって、要するに「土台を持っている人が強い」という話ですよね。土台の上で踊る人が増えれば増えるほど、土台オーナーが潤う。


富良野: そう。ただ今回のAIは、その「土台」の定義が揺らいでいるところがミソで。アプリって、iOSという土台の上で動くものだった。ところがAIは、ひょっとするとiOSそのものを置き換えようとしている存在かもしれない。


Phrona: それはどういうことですか?


富良野: たとえばChatGPTって、ブラウザでもアプリでも使えるじゃないですか。iOSがなくても動く。「ChatGPTを使うためにiPhoneを買う」じゃなくて、「どのデバイスでもChatGPTが使えるから、デバイスはなんでもいい」になりうる。


Phrona: あ、それって地図アプリとは全然違う話ですね。Google Mapsに乗り換えても、iPhoneを使い続ける人はたくさんいる。でもAIが「それ自体がOS」になったら……。


富良野: App Storeモデルが機能したのは、アプリがあくまでiOSの上で動くものだったから、という前提が崩れる。Appleの記者のGurmanが「SearchよりOSに近い」と書いていたのは、その核心を突いている気がします。検索エンジンは「答えを探す場所」だけど、AIはあらゆる操作の入口になりうる。


Phrona: サービスを探す、予定を立てる、メールを書く——そういう全部がAIを経由するようになったとき、そのAIを誰が作っているかが、デバイスの選択を決めていく可能性がある。


富良野: 課税しようとしている相手が、気づいたら税務署の外を歩いていた、という状況になりかねない。


Phrona: ちょっと待って。それって、iOS 27のSiri Extensionsを経由しなくても、ChatGPTアプリを直接起動すればいいだけ、ということですよね。Appleが「Siriを通して使ってね」と言っても、ユーザーは別のルートを選べる。


富良野: そこが根本的な問題で。流通経路を握ろうとしているのに、流通経路を迂回される可能性がある。歴史的には、より便利なルートがあれば人はそちらに流れる。



ハードの論理はどこまで通じるか


Phrona: ただ、Appleのチップって本当に優秀で。AI処理の電力効率でいうと、他のメーカーとはちょっと次元が違う、という話もある。だとすれば「未来はハードウェアにある」という判断は、一概に間違いじゃないですよね。


富良野: 中期的にはそうだと思う。スマートグラスとかAirPodsとか、バッテリーが小さくてもAIを動かさなければいけないデバイスには、Appleのチップは圧倒的に向いている。


Phrona: あ、その話は具体的でわかりやすい。ポケットに入るくらい小さい端末でAIを動かす、という方向性では、チップ性能がそのまま体験の差になる。


富良野: ただ、歴史的に見ると、ソフトウェアのエコシステムがハードウェアの選択を決めてきた例の方が多くて。WindowsがPC市場を統一していた時代のことを考えると、IBMがPCを作ったけれど、Windowsが動くならどのメーカーでもいい、という時代になった。


Phrona: ハードの優位がソフトのエコシステムに飲み込まれた。Appleはその教訓からiOSとMacを一体化することで生き延びてきたわけですよね。


富良野: そう。でもAIがそのiOS自体を相対化し始めると、同じ問いがまた浮上する。ソフトとハードの「どちらが選択の起点になるか」が変わりうる。


Phrona: 今はまだ「スマホを買う→そこでAIを使う」という順番だけど、ひっくり返ると「AIエコシステムを選ぶ→そのAIが最適に動くデバイスを買う」になる。


富良野: その転換が起きるまでの時間が、Appleの猶予時間だと思うんですよね。3〜5年はたぶん余裕がある。ただ技術の浸透速度は読みにくいから、余裕があるうちに次の手を打てるかどうかが問われている。


Phrona: ハードウェアが強い、というのは「当面の防衛線」として読むのが正確で、「長期的な優位」とは区別した方がいいですね。


富良野: そう整理するのが一番正直だと思います。Appleも社内では分かっているはずで、だからこそSiri Extensionsという形で手を打とうとしている。ハードだけでは足りないと。



土俵を変えてきた相手


Phrona: OpenAIの動きって、単純にAIで競合しているというより、もっと根深い感じがしませんか。ソフトウェアの会社がハードを作ろうとしている。


富良野: そこが面白いところで。元Appleのデザインチーフだった人物や、iPhoneの開発を担っていたエンジニアをかき集めてデバイスを作ろうとしている。これはAppleのビジネスモデルそのものを再現しようとしている、という読み方ができる。


Phrona: デバイスを売って、エコシステムで囲って、そこから課税する——それをOpenAIが自分たちでやろうとしている。


富良野: しかも、あのJony Iveが入っているから、デザイン面での本気度も伝わる。Jony IveはAppleの美学そのものを作ってきた人だから、彼が別の会社で同じことをしようとしているというのは、象徴的でもある。


Phrona: Appleが「AIで負けた」だけならまだしも、「次のAppleになろうとしている相手がいる」というのは、問題の質が全然違いますね。


富良野: そうなんです。だから、エンジニアへのボーナスも単純な人材確保というより、設計図を守ろうとしているように見える。技術だけじゃなくて、モノの作り方、品質へのこだわり、ソフトとハードをどう統合するかという経験の蓄積——そういうものが人についていく。


Phrona: お金で引き止められる部分と、引き止められない部分があって。「最先端の仕事がしたい」という動機は、給料だけでは動かせない。


富良野: Appleが「過去の会社」に見え始めているとしたら、それはボーナスでは解決できない問題で。組織の磁力が落ちてきたというか。


Phrona: 磁力、か。それは少し重い表現ですね。かつてはAppleに入ること自体がステータスで、多少給料が低くても行きたいという時代があった、と聞きます。


富良野: その磁力が落ちると、優秀な人が自然に流れ出ていく。ただ、それはAppleだけの話じゃなくて、IBMもMicrosoftも同じフェーズを経てきた。「次の成熟した優良企業」になっていくだけ、という見方もできる。


Phrona: 成熟か、停滞か、で評価が変わる話ですね。外から見ると区別がつきにくい。



「箱」に賭けることの意味


Phrona: 結局、Appleのモデルが機能するかどうかって、AIがコモディティ化するかどうかにかかっている、という話でしたよね。コモディティ化というのは、つまり「どのAIを使っても大差ない」という状況になること。


富良野: そう。そうなれば、ユーザーは「どのAIを使うか」ではなく「どのデバイスで使うか」を考えはじめる。そこでAppleのハードとエコシステムが効いてくる。Siri Extensions上のAI App Storeも、コモディティ化した世界でこそ意味を持つ。


Phrona: でも、AIがコモディティ化するかどうかって、誰にも分からない。競争が続いてどんどん差がついていくシナリオもある。


富良野: Appleの賭けは、ある意味で「AI競争がいずれ落ち着く」という読みでもある。自分たちが勝てない競争が、ほどなく決定的な差を生まなくなる——という期待。


Phrona: その読みが外れたとき、Appleには次の手があるんでしょうか。


富良野: それが……正直、見えない。ハードを作り続けること自体の価値は残るとしても、それがプレミアム価格を正当化できるかどうか。SiriがOpenAIのAPIを呼び出しているだけの端末に、なぜ20万円払うのか、という問いに答えられるか。


Phrona: デザインと品質と信頼感、ではだめですか。


富良野: だめじゃないけど、それだけで「最先端感」を保てるかは別問題で。


Phrona:Appleへの求心力って、「ここにいると時代の先端にいる感じ」も含まれていたと思うから、それが薄れていくとどうなるか。


富良野: ただ少なくとも今は「詰んだ」とは言えない。選択肢がなかったわけじゃなくて、あえてこの道を選んだとも読める部分がある。うまくいくかどうかは、3年後くらいに少し見えてくるんじゃないかな。



 

ポイント整理


  • App StoreモデルとAI App Storeは構造が違う

    • App Storeが機能したのは、アプリがiOSという土台の「上」で動くものだったから。一方AIは、iOS自体を置き換えうる存在になりつつある。課税しようとしている相手が、課税の仕組みを迂回できる点が根本的な違い。

  • ハードウェア優位は「当面の防衛線」

    • AppleのチップはAI処理の電力効率で圧倒的な競争力を持ち、小型デバイス向けには特に有利。ただしソフトウェアのエコシステムがハードウェアの選択を決めてきた歴史を踏まえると、長期的な優位は「AIがOSになる速度」次第。

  • コモディティ化への賭けがモデルの前提

    • Appleのプラットフォーム課税モデルが機能するには、AIが「どのモデルも似たようなもの」になる必要がある。AIの差別化が続く限り、ユーザーがそのAIに最適化されたデバイスを選ぶ動機が生まれる。

  • OpenAIは「AIで競合」ではなく「Appleそのものになろうとしている」

    • OpenAIはソフトウェアだけでなくハードウェア開発にも踏み込み、元Apple系の人材を集めてデバイスを作ろうとしている。これはAppleのビジネスモデルの再現を試みる動きであり、脅威の性質が通常の競合とは異なる。

  • お金で買えない磁力の問題

    • エンジニアへの特別ボーナスは流出の抑止策だが、「最先端の仕事がしたい」という動機はお金だけでは動かせない。Appleが「過去の会社」に見え始めているとすれば、それは組織の求心力の問題であり、報酬では解決しにくい。



キーワード解説


【プラットフォーム課税モデル】

デジタルサービスの「場」を提供する企業が、その場を利用するサードパーティ企業から手数料を取る仕組み。AppleのApp Storeが30%の手数料を取るのが典型例。「プラットフォーム」とは土台・基盤のことで、その土台を持つ者が流通を支配する構造を指す。


【オンデバイスAI(On-device AI)】

AIの処理をクラウドサーバーではなく、スマートフォンやパソコンなどのデバイス本体で行う技術。インターネット接続なしで動作し、データがサーバーに送られないためプライバシーの保護に優れる。高性能なチップが必要で、Appleシリコンはこの分野で特に優位とされる。


【コモディティ化(commoditization)】

もともとは農作物や原油など「差別化が難しい均質な商品」を指す言葉。IT文脈では、最初は高性能・高価格だった技術が普及するにつれて性能差がなくなり、どこでも安く手に入るようになる現象を指す。「コモディティ化する」と言うと、「特別感がなくなる」に近い意味になる。


【Siri Extensions(Siriエクステンションズ)】

iOS 27で導入予定の機能。サードパーティ(Apple以外の企業)のAIチャットボットをSiriの中で動作させることができるようになる仕組み。App Storeに専用セクションが設けられ、ユーザーはChatGPTなど複数のAIをSiri経由で利用できるようになる予定。


【ベスティング(vesting)】

主に株式報酬や特別ボーナスで使われる概念。報酬の全額が一度に支給されるのではなく、一定期間(たとえば4年間)にわたって段階的に権利が確定していく仕組み。途中で退職すると未確定の部分はもらえないため、企業にとっては長期在籍を促す手段になる。


【エコシステム(ecosystem)】

本来は生態系の意味だが、IT文脈では「デバイス・OS・アプリ・サービスが相互に連携して形成する環境」を指す。Appleエコシステムなら、iPhone・Mac・iPad・AirPods・iCloud・App Storeなどが一体として機能し、ユーザーがApple製品を使い続けるほど利便性が高まる設計になっている。



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
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