AI時代の企業ソフトウェア戦争──SalesforceとSAPが正面衝突する理由
- Seo Seungchul
- 6月17日
- 読了時間: 6分
更新日:6月30日

シリーズ: 知新察来
出典: The Economist, 2025年6月5日
概要:企業向けソフトウェア大手のSalesforceとSAPが、AIエージェントの導入を機に従来の棲み分けを破って競合関係に転じている現状を分析した記事
企業向けソフトウェアの世界で、異変が起きている。顧客管理システム(CRM)の巨人Salesforceと、企業資源計画システム(ERP)の老舗SAPが、これまでの棲み分けを破って激突し始めたのだ。きっかけは、AIエージェントの台頭である。従来、前者は営業部門、後者は経理や調達部門といった具合に、それぞれ異なる領域で君臨していた両社が、AIを武器に相手の領域へと進出している。Fortune500企業の9割が両社のソフトを使っているという現実の中で、なぜこうした正面衝突が避けられなくなったのか。
富良野とPhronaが、企業システムの未来を左右するこの戦いの深層を読み解く。AIが企業活動のあり方そのものを変えようとする今、私たちが目撃しているのは単なる競争ではなく、働き方の根本的な再編なのかもしれない。
富良野:このSalesforceとSAPについての記事、要するにAIが企業の部門間の壁を溶かしてしまったということでしょうか。
Phrona:そうですね。でも、壁が溶けるって表現、すごく的確だと思います。これまで営業部門は営業部門、経理は経理でそれぞれ別々のシステムを使っていたのに、AIエージェントが登場すると、データを横断的に見て判断するようになる。
富良野:確かに。記事にもありましたが、9割のFortune500企業が両社のソフトを使っているという事実が、この競争の激しさを物語っていますよね。顧客を奪い合うんじゃなくて、同じ顧客の中でのシェア争いになってしまった。
Phrona:それって、ある意味で企業の中の権力構造の話でもありますよね。これまでは営業部門と経理部門って、それぞれ独立したシステムを持つことで、ある種の自律性を保っていた。でもAIが全部つないでしまうと、どちらのシステムが主導権を握るかという問題になる。
富良野:なるほど。SAPが投資家に評価されているのも、そういう文脈で見ると分かりやすいですね。ERPって企業の根幹部分、つまりお金の流れや調達、在庫管理を扱っているから、そこから外向きに展開していく方が自然だという判断なのかもしれません。
Phrona:でも私、ちょっと気になるのは、この競争って本当に企業にとっていいことなのかなって。確かに機能は充実するかもしれないけど、結局どちらか一方のシステムに囲い込まれてしまうリスクもありますよね。
富良野:記事でも「データの抽出が困難」という話が出てきましたが、要するにベンダーロックインの問題です。便利になる一方で、システムを変更する自由度は下がってしまう。
Phrona:そうそう。しかも、AIエージェントって、人間の判断を代行するわけでしょう?そうなると、そのAIがどういう価値観で動いているかって、すごく重要になってくる。SalesforceのAIとSAPのAIでは、きっと判断基準が違うはず。
富良野:面白い視点ですね。営業寄りのAIと経理寄りのAI、確かに全然違った判断をしそうです。営業のAIは「とにかく売上を上げよう」、経理のAIは「コストを抑えよう」みたいな。
Phrona:でも考えてみると、企業って本来そういう緊張関係の中でバランスを取ってきたわけですよね。売上を重視する部門と、コストを重視する部門が牽制し合うことで、健全性を保ってきた。それがAIによって統合されると、そのバランスが崩れる可能性もある。
富良野:確かに。記事を読んでいて気になったのは、Microsoftの存在ですね。クラウドもAIも企業顧客も持っている。これって、ガラケーの時代にスマートフォンが登場したような感じじゃないでしょうか。
Phrona:あー、それは怖い比喩ですね(笑)。確かにMicrosoftって、OfficeとかTeamsで企業の日常業務に深く入り込んでいるから、そこからCRMやERPに展開していくのは自然な流れかも。
富良野:そうなんです。SalesforceとSAPが互いの領域で争っている間に、第三の勢力に持っていかれる可能性もある。これ、戦略論でいうところの「レッドオーシャン」の典型例かもしれません。
Phrona:でも、この話を聞いていて思うのは、企業って結局、人が働く場所だということなんです。システムがどんなに高度になっても、最終的にはそこで働く人たちがどう感じるか、どう働きやすくなるかが重要なんじゃないかな。
富良野:AIエージェントが企業活動を効率化するのは間違いないでしょうが、そのプロセスで働く人たちの役割や意味がどう変わっていくのか。これは技術の問題であると同時に、人間の問題でもありますね。
ポイント整理
SalesforceとSAPは従来、それぞれCRM(顧客管理)とERP(企業資源計画)の領域で棲み分けていたが、AIエージェントの導入により競合関係に転じた
Fortune500企業の9割が両社のソフトを使用しており、顧客争奪戦ではなく同一顧客内でのシェア争いが展開されている
両社の戦略は類似している:製品範囲の拡大、クラウド基盤の活用、AI機能の強化という3段階のアプローチ
現在は SAP が投資家に評価されており、ERPが企業の根幹データを扱うため拡張性で優位とみなされている
Salesforceは成長鈍化と収益性への懸念で株価が下落、一方でSAPは成長加速により株価上昇
Microsoftなど新たな競合の参入により、企業向けソフトウェア市場の競争がさらに激化する可能性
AIエージェントによるデータ統合は効率性をもたらす一方、ベンダーロックインや企業内バランスの変化というリスクも内包
キーワード解説
【CRM(Customer Relationship Management)】
顧客関係管理システム。営業、マーケティング、カスタマーサービスなど顧客接点業務を自動化・最適化するソフトウェア
【ERP(Enterprise Resource Planning)】
企業資源計画システム。財務、人事、調達、在庫管理など企業の基幹業務を統合管理するソフトウェア
【AIエージェント】
人間の指示に基づいて自律的に判断・行動するAIシステム。企業業務では部門間でのデータ分析や意思決定支援を担う
【ハイパースケーラー】
AWS、Microsoft Azure、Google Cloudなど大規模なクラウドインフラを提供する企業群
【ベンダーロックイン】
特定のソフトウェアベンダーのシステムに依存しすぎて、他社製品への移行が困難になる状況
【フロントオフィス vs バックオフィス】
前者は営業やマーケティングなど顧客接点業務、後者は経理や人事など社内業務を指す企業組織の区分
【データ統合】
異なるシステムやデータベースに分散した情報を統一的に管理・活用できるようにする技術やプロセス