ステーブルコインは「お金の加速装置」となるか?
- Seo Seungchul
- 6月16日
- 読了時間: 6分
更新日:6月30日

シリーズ: 知新察来
出典: Blockworks, 2025年6月16日
概要:19世紀ニューヨークの決済システムの進化から現代のステーブルコインまでを概観し、決済速度の向上が経済全体に与える影響を歴史的に分析
1840年代のニューヨーク。商人たちが初めて小切手を使い始めたとき、それは単なる支払い手段の変化ではありませんでした。金貨の入った袋を抱えて街を歩き回る必要がなくなり、ペンの一振りで大きな取引が成立するようになったのです。この小さな革新が、やがて経済全体のスピードを変えていくことになります。
今、私たちは再び似たような転換点に立っているのかもしれません。ステーブルコインという新しい「お金」の形が、私たちの経済活動をどう変えていくのか。富良野とPhronaが、19世紀のニューヨークから現代のデジタル通貨まで、お金の進化を辿りながら考察します。決済の歴史は、実は経済そのものの加速の歴史でもあったのです。
富良野:この記事、面白いですね。19世紀のニューヨークで銀行のポーターたちが金貨の袋を抱えて街を走り回っていた話から始まるなんて。当時は50もの銀行があって、それぞれのポーターが毎日49の他の銀行を回って決済していた。想像するだけで大変だ。
Phrona:ええ、でも何だか人間らしいというか、お金の物質性を感じますよね。金貨の重さ、袋の感触、ポーターたちの足音。今のデジタルな世界からは想像しにくいけど、お金って本来はそういう重たいものだったんだなって。
富良野:そうそう、でも面白いのは、その物質的な制約こそが革新を生み出したってことですよね。毎日全部の銀行を回りきれなくなって、週一回の決済にしたら、今度は誰が誰にいくら払ったかが複雑すぎて追えなくなった。記事にある例が秀逸で、トーマスがジョンの銀行に預けた金貨がウィリアムからロバートへの支払いに使われて、でもロバートはジョンに倍の額を借りていて…もう何が何だか。
Phrona:まるで子どもの頃にやった伝言ゲームみたい。でも、これって今のグローバルな金融システムでも起きていることの縮図かもしれませんね。複雑さが限界を超えると、新しい仕組みが必要になる。
富良野:まさに。それで1853年にニューヨーク手形交換所ができた。各銀行が互いに決済するんじゃなくて、みんな手形交換所と決済すれば良い。記事にあるように、618万ドルの取引があっても、実際に動かす金貨は167ドル31セントで済むようになった。これ、効率化の極みですよ。
Phrona:でも私、ちょっと違う角度から見ちゃうんです。確かに効率的になったけど、同時に何か失われたものもあったんじゃないかって。ポーターたちが街を歩き回っていた頃は、お金の流れがまだ見えていた。人と人との関係性も。
富良野:ああ、なるほど。抽象化が進むと見えなくなるものがある、と。でも僕は、その抽象化こそが経済を加速させたんだと思うんです。記事が強調しているのもそこで、お金が速く動けば動くほど、経済全体が活性化する。銀行が早く決済できれば、その分早く次の融資ができる。
Phrona:速さが生み出す価値、ですか。でも速すぎて見えなくなるものもありますよね。2008年の金融危機とか、誰も全体像を把握できないほど複雑で高速な取引が…
富良野:そこなんですよ。で、今度はステーブルコインの話になる。記事によれば、現在のFedwireやCHIPSは確かに高速だけど、規制された金融機関の間でしか使えないし、営業時間の制約もある。ステーブルコインなら24時間365日、誰でも使える。
Phrona:誰でも、どこでも、いつでも。聞こえは良いけど、ちょっと怖くもありますね。お金って本来、ある種の制約や摩擦があることで、社会的な機能を果たしてきた部分もあるんじゃないかしら。
富良野:摩擦、ですか。面白い視点だな。確かに、あまりにスムーズすぎると…例えば衝動買いとか、詐欺とか、そういうリスクも増えるかもしれない。
Phrona:そうそう。19世紀のポーターたちは大変だったけど、その大変さが一種のセーフティネットになっていたのかも。今みたいに一瞬で大金が動かせたら、南北戦争前のバブルももっとひどかったかもしれない。
富良野:でも記事の最後で触れられているWalmartやAmazonがステーブルコインを検討しているという話、これは単なる投機の道具じゃなくて、実際の商取引に使われる可能性を示唆していますよね。
Phrona:企業通貨みたいなものかしら。でもそれって、国家の通貨発行権とか、そういう大きな話にもつながってきそう。
富良野:まさに。でも歴史を見ると、決済の革新って最初は民間から始まることが多いんです。小切手だって最初は商人たちの工夫から始まった。手形交換所も銀行たちの自主的な取り組みだった。
Phrona:なるほどね。でも今回は規模が違う気がする。グローバルで、瞬時で、誰でもアクセスできる。これまでの革新とは質的に違う何かが起きそう。
富良野:僕もそう思います。ただ、記事が言うように「お金が速く動けば、他のすべても速くなる」というのは、良い面ばかりじゃないかもしれない。速さには速さなりのリスクがある。
Phrona:そうですね。19世紀のポーターたちは金貨の重さを感じながら歩いていた。私たちはデジタルの軽さの中で、何を感じ取れるんでしょうね。新しい形の信頼とか、責任とか、そういうものを作り出せるかどうか。
富良野:結局、技術は道具でしかない。ステーブルコインが次の「お金の加速装置」になるかどうかは、僕たちがそれをどう使うか次第ですね。19世紀の商人たちが小切手を信頼したように、僕たちも新しい仕組みへの信頼を築けるかどうか。
Phrona:ええ、でもその信頼って、もしかしたら昔とは違う形かもしれない。アルゴリズムへの信頼とか、分散システムへの信頼とか。人と人の間にあった信頼とは、ちょっと違う何か。
ポイント整理
19世紀ニューヨークでは、銀行のポーターが金貨を運んで決済していたが、銀行数の増加により物理的限界に達した
1853年の手形交換所設立により、多角的決済から一元的決済へ移行し、劇的な効率化を実現(618万ドルの取引で実際の現金移動は167ドルまで削減)
決済システムの革新(小切手→手形交換所→電子決済)は、経済全体の速度を上げ、繁栄をもたらしてきた
現在の決済システム(Fedwire、CHIPS)は高速だが、規制金融機関限定・営業時間制約がある
ステーブルコインは24時間365日、誰でも、どこでも使える決済手段として注目されている
WalmartやAmazonがステーブルコイン発行を検討しており、実際の商取引での利用が視野に入ってきた
キーワード解説
【ステーブルコイン】
価格が安定するよう設計された暗号通貨(主に米ドルに連動)
【手形交換所(Clearing House)】
銀行間の決済を一元的に処理する機関
【Fedwire/CHIPS】
米国の主要な電子決済システム
【多角的決済 vs 一元的決済】
各機関が相互に決済する方式と、中央機関を通じて決済する方式
【specie(正貨)】
金貨や銀貨などの金属貨幣
【決済の摩擦】
取引完了までの時間や手続きの煩雑さ