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F1レーサーに学ぶ、不確実性を味方につける経営戦略

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シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:Brendan Gaffey et al. "Winning through the turns: How smart companies can thrive amid uncertainty" (McKinsey Insights, 2025年9月3日)

  • 概要:テクノロジー企業が不確実性の高い環境で成功するための5つの戦略的行動について、F1レースの比喩を用いて分析したマッキンゼーのレポート



雨のレースでは「15台を抜けるチャンス」が生まれる――。この有名なF1チャンピオン、アイルトン・セナの言葉が、現代の企業経営にも深い示唆を与えています。


グローバルな不確実性は1990年代中期と比べて約2倍に増加し、パンデミック、AI革命、地政学的緊張が重なって、経営環境は前例のない複雑さを増しています。しかし、この混沌とした状況は、実は準備の整った企業にとって競合を追い抜く絶好の機会でもあるのです。


今回、マッキンゼーが5人のテクノロジー企業CEOとの対話から導き出した「不確実性の中で成功する5つの戦略的行動」について、富良野とPhronaが対話を通じて紐解いていきます。F1レーサーがレインレースで見せる冷静な判断力と大胆さを、現代のビジネスリーダーはどう活かせるのでしょうか。

 



F1の雨と不確実性の経営学


富良野:セナの「雨のレースでは15台抜ける」という話、面白いですよね。不確実性って普通はリスクとして捉えがちだけど、この記事はそれを機会として見る視点を提示している。


Phrona:まさに発想の転換ですね。でも、雨の中で抜けるのは準備ができている人だけという条件付き。企業でいうと、平時から「筋肉」を鍛えておかないと、いざというときに動けないということですよね。


富良野:そうそう。この記事で印象的なのは、テクノロジー業界の激しい変化の話です。2000年から2023年の間で、上位20社の入れ替わりが他業界より40%も高いって数字が出てる。まさに雨のレースが常態化してるような業界。


Phrona:それって、逆に言えばチャンスも常にある業界ということですね。MicrosoftがPCからクラウドとAIにシフトしたり、Amazonがオンライン書店から何でも屋になったり。波を読んで乗り換える技術が生存の鍵になってる。


富良野:波といえば、この記事では「テクノロジーの波」という概念で整理してますね。パソコン、インターネット、ソーシャルメディア、モバイル、クラウド、そして今のAI。各波で業界地図が書き換わってる。


Phrona:面白いのは、今のS&P500の上位20社のうち半分がテクノロジー企業だという事実。つまり、これらの波を上手く乗り継いできた企業が現在の勝者になってるわけですね。でも、これって過去の成功パターンが未来も通用するかは分からないという不安も感じます。


5つの戦略的行動の核心


富良野:マッキンゼーが提示する5つの行動、どれも興味深いけど、特に「どこで戦うか」の重要性は改めて感じますね。これって一度決めたら終わりじゃなくて、常に見直しが必要だと。


Phrona:「レーンチェンジ」という表現が印象的でした。勢いのある業界セグメントに移った企業は、そのままいた企業の2倍以上のリターンを得たって。でも、実際にレーンチェンジする企業は10%未満。なぜこんなに少ないんでしょう?


富良野:リスクを取るのが怖いんじゃないかな。既存事業で安定してると、わざわざ未知の領域に行く必要性を感じにくい。でも、気づいたときには手遅れということもある。ビジネスモデル革新の話も同じで、AIが全ての要素を変えようとしてるのに、対応が後手に回ってる企業も多そう。


Phrona:Adobeの例は象徴的ですね。2012年にライセンスからサブスクリプションモデルに移行して、時価総額が10倍、粗利益率が300ベーシスポイント向上。でも、あの時の決断って相当勇気が要ったと思うんです。既存顧客からの反発もあったでしょうし。


富良野:そうですね。でも結果的に、消費ベースや成果ベースの価格モデルを採用した企業は、収益成長が10%高く、株価パフォーマンスも30%向上してる。変化への適応って、短期的な痛みを伴うけど、長期的には大きなリターンをもたらす可能性が高い。


人材と価値の新しい結びつき


Phrona:3つ目の「人材と価値をリンクさせる」というポイント、これはすごく人間的な話ですよね。特に「CEO-2」レベルの役職への注目。企業価値の50%以上が、実は15の重要な役職に集中してるって。


富良野:これは意外な発見でした。普通、価値創造というとCEOとか役員レベルに注目しがちだけど、実際は VP や部長クラスが鍵を握ってる。特にAI時代では、この層にどれだけ適切な人材を配置できるかが企業の競争力を左右する。


Phrona:でも、C級幹部の47%が「AI開発が遅すぎる」と感じてて、その理由が人材とスキルのギャップだというのは深刻ですね。技術の進歩に人の成長が追いついてない現実が見える。


富良野:だからこそ、戦略的な人材配置がより重要になってくる。適切な人を適切な場所に配置するって、言うのは簡単だけど、実際はかなり複雑な作業ですよね。


資本の動的配分という芸術


Phrona:4つ目の「動的資本配分」で、デルのマイケル・デルの言葉が印象的でした。「金利が2%を下回ったとき、何かが起こる」って。2008年の株式非公開化、EMCとVMwareの買収、コロナ禍での動き。資本配分って数字の話のように思えるけど、実はタイミングを読む感覚的な部分も大きい。デルが今AI企業への転身を図ってるのも、そういう嗅覚の表れかも。


富良野:研究によると、資本を頻繁に再配分する企業の上位20%は、中位や下位の企業より20%高い株主総収益を実現してる。でも多くの企業は前年の配分をベースに微調整するだけ。これって相当もったいないですよね。


Phrona:「変化するか死ぬか」「素早いか死んだも同然か」というデルの言葉、IT業界の本質を突いてる気がします。でも、この感覚って他の業界にも当てはまりそう。不確実性が高まる中で、スピードと大胆さがより重要になってる。


M&Aの新しい作法


富良野:最後の「プログラマティックM&A」、これも興味深い概念ですね。年3〜5件の買収を戦略的に実行する企業が、70%以上の確率で超過収益を実現してる。


Phrona:ソフトウェア企業で、M&Aを積極的に活用する企業は、選択的なアプローチを取る企業の2倍の株主総収益を達成してるって。でも、この「プログラマティック」という発想、日本企業には馴染みが薄い気がします。


富良野:確かに。日本だと大型買収に注目が集まりがちだけど、この記事では複数の小規模で目的明確な買収の方が効果的だと言ってる。それと、成長の見込めない分野からの戦略的撤退も重要な要素として挙げてますね。


Phrona:買収って「足し算」のイメージが強いけど、「引き算」も同じくらい大事ということですね。ポートフォリオ全体を動的に管理する発想。これもF1の比喩で言うなら、コース状況に応じてタイヤを交換したり、戦略を変更したりすることに似てる。


不確実性という新しい常態


富良野:全体を通して感じるのは、不確実性がもはや例外的な状況ではなく、常態になってるということですね。だから、それに対応する能力も「筋肉」として鍛え続ける必要がある。


Phrona:F1ドライバーがコースの詳細を頭に叩き込んで、変化への対応を筋肉記憶にするのと同じように、経営者も5つの戦略的行動を日常的に練習し続ける必要があるということですね。


富良野:興味深いのは、歴史的に見ると、こうした不確実性と混乱の時期って、実は新しい機会の時期でもあったということ。AI主導の現在の技術的混乱も、準備のできた企業にとっては大きなチャンスなのかもしれません。


Phrona:でも、そのチャンスを掴むには、やっぱり日頃からの準備と、雨が降り始めたときの大胆な判断力が必要。セナの言葉に戻ると、雨のレースで勝つのは運がいい人じゃなくて、準備ができてる人なんですよね。


富良野:そうですね。この記事が示してるのは、不確実性を恐れるのではなく、それを活用するための具体的な方法論。現代の経営者にとって、これは必須のスキルセットになってるのかもしれません。



 

ポイント整理


  • 不確実性の常態化

    • グローバルな不確実性は1990年代中期と比べて約2倍に増加し、パンデミック、AI革命、地政学的緊張により企業環境が複雑化している

  • テクノロジー業界の特殊性

    • 2000年から2023年で上位20社の入れ替わりが他業界より40%高く、常に激しい変化に晒されている一方で、現在のS&P500上位20社の半分をテクノロジー企業が占める

  • 「どこで戦うか」の重要性

    • 勢いのある業界セグメントに移った企業は既存ニッチに留まった企業の2倍以上のリターンを実現したが、実際にレーンチェンジする企業は10%未満

  • ビジネスモデル革新の効果

    • Adobeのライセンスからサブスクリプションへの移行例では時価総額が10倍、粗利益率が300ベーシスポイント向上。消費ベースや成果ベースの価格モデル採用企業は収益成長が10%高く、株価パフォーマンスも30%向上

  • 人材配置の戦略的重要性

    • 企業価値の50%以上が約15の重要な役職に集中し、その大部分がCEO-2レベル以下。C級幹部の47%がAI開発の遅れを人材・スキルギャップに起因するとしている

  • 動的資本配分の威力

    • 資本を頻繁に再配分する企業の上位20%は中位・下位企業より20%高い株主総収益を実現。多くの企業は前年ベースの微調整に留まっている

  • プログラマティックM&Aの優位性

    • 年3〜5件の戦略的買収を実行する企業が70%以上の確率で超過収益を実現。ソフトウェア企業でM&Aを積極活用する企業は選択的アプローチの企業の2倍の株主総収益を達成

  • F1レース戦略との類似性

    • トップドライバーがコース詳細を筋肉記憶化するように、経営者も5つの戦略的行動を日常的に練習し続ける必要性



キーワード解説


プログラマティックM&A

場当たり的ではなく、戦略的計画に基づいて年間複数件の買収・売却を継続的に実行するアプローチ


動的資本配分

市場変化に応じて事業単位間で資本を積極的に再配分する経営手法


CEO-2レベル

CEOに直接報告しない副社長・部長級のポジション、企業の重要な役職の90-95%を占める


レーンチェンジ

より勢いのある業界セグメントへの戦略的事業転換


消費ベース価格モデル

実際のリソース使用量(計算量、ストレージ等)に基づく課金方式


成果ベース価格モデル

事前定義された成果の達成度に基づく課金方式


テクノロジーの波

パソコン、インターネット、ソーシャルメディア、モバイル、クラウド、AIなど技術発展の段階的変化


ビジネスモデル革新

経済モデル、生産モデル、配信モデルの3要素における根本的変革



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
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