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ブロックチェーンは分散の理想か中央集権の悪夢か

シリーズ: 論文渉猟


  • 著者:Firat Cengiz(リバプール大学法学部)

  • 掲載誌:Policy Design and Practice, Volume 6, Issue 4, 2023

  • 概要:ブロックチェーン技術の二面性を分析し、分散型ガバナンスの理想と中央集権的な統治への転用可能性を論じる


ブロックチェーンという技術は、私たちの社会に何をもたらすのでしょうか。ビットコインから始まったこの技術は、今や政府や企業が注目する革新的なツールとなっています。しかし、その本質について、実は相反する二つの見方が存在しています。一方では、権力を分散させて個人を解放する理想的な技術だという声があります。他方では、むしろ監視と管理を強化する中央集権的な道具になりかねないという警告もあります。


この技術がもたらす未来は、果たしてユートピアなのでしょうか、それともディストピアなのでしょうか。今日は、イギリス・リバプール大学のフィラット・チェンギズ氏の論文をもとに、瀬尾とPhronaがこの問いについて語り合います。二人の対話を通じて、ブロックチェーンという技術が持つ両義性と、それが私たちの社会にもたらす可能性について、一緒に考えてみましょう。



瀬尾:Phronaさん、最近ブロックチェーンについて考えることが多いんですが、この技術って本当に面白い二面性を持っていますよね。


Phrona:ええ、瀬尾さん。ビットコインから始まった分散型の理想が、今や政府の統治ツールとしても注目されているという皮肉な展開ですよね。


瀬尾:そうなんです。チェンギズの論文を読んでいて、ブロックチェーンのガバナンスと、ブロックチェーンを通じたガバナンスという二つの側面があるという指摘が印象的でした。前者は技術そのものの管理の話で、後者は技術を使った社会統治の話ですよね。


Phrona:その区別、重要ですね。でも私、もっと根本的なところで引っかかるんです。そもそも「分散」って言葉自体が、すごく曖昧じゃないですか?


瀬尾:あ、確かに。技術的には分散してるけど、実際の権力構造はどうなのかって話ですよね。


Phrona:そうそう。ビットコインのマイニングだって、今や巨大な企業が支配してるわけで。分散型って言いながら、結局は新しい形の集中が生まれてるだけかもしれない。


瀬尾:僕も同じこと考えてました。でも一方で、政府がブロックチェーンを使おうとする動きも興味深いんですよね。例えばデジタルIDの話とか。


Phrona:ああ、それこそディストピア的な使い方の典型例かも。透明性と追跡可能性を売りにしながら、実は完璧な監視社会を作る道具になりかねない。


瀬尾:でもね、Phronaさん。僕はそこまで悲観的じゃないんです。技術そのものは中立で、使い方次第じゃないですか?


Phrona:うーん、でも技術って本当に中立なんでしょうか。設計思想自体に、ある種の価値観が埋め込まれてる気がするんです。


瀬尾:なるほど、それは面白い視点だ。ブロックチェーンの場合、「信頼不要」っていうコンセプト自体が、既存の制度への不信から生まれてますもんね。


Phrona:そうなんですよ!だから皮肉なことに、不信から生まれた技術が、今度は究極の信頼システムとして国家に利用されようとしてる。


瀬尾:確かに矛盾してますね。でも、ちょっと待って。これって技術の宿命みたいなものかもしれませんよ。インターネットだって、最初は自由と分散の象徴だったのに、今や巨大プラットフォームに支配されてる。


Phrona:ああ、それは鋭い指摘ですね。歴史は繰り返すというか…。でも私、単純に繰り返しとは思えないんです。ブロックチェーンには、何か質的に違う可能性があるような。


瀬尾:どういうことですか?


Phrona:例えば、スマートコントラクトって、人間の介在なしに自動実行される契約でしょう?これって、官僚制とか中間組織を本当に不要にする可能性があるんじゃないかって。


瀬尾:ああ、分かります。でも同時に、プログラムされたルールに従うしかない社会って、ある意味で究極の管理社会かもしれませんよ。


Phrona:そうね…柔軟性とか、人間的な判断の余地がなくなるっていうのは怖いかも。法律だって、解釈の幅があるから機能してる部分もあるし。


瀬尾:そこなんですよ。僕が考えるに、ブロックチェーンの本当の課題は、技術的な分散と社会的な分散をどう調和させるかじゃないでしょうか。


Phrona:面白い!技術的には分散してても、社会的には集権的になりうるってことですね。逆もまた然り。


瀬尾:そうそう。だから重要なのは、技術をどう設計し、どう運用するかっていうガバナンスの問題なんです。


Phrona:でも、そのガバナンスを誰が決めるのかっていう問題に戻っちゃいますよね。開発者?利用者?それとも政府?


瀬尾:まさにそこが難しい。ブロックチェーンコミュニティは「コードは法である」って言うけど、そのコードを書くのは人間ですからね。


Phrona:私、そこに希望も感じるんです。人間が介在するということは、価値観や倫理を組み込む余地があるってことでもある。


瀬尾:確かに。でも現実を見ると、多くのブロックチェーンプロジェクトで、結局は少数の開発者やマイナーが実質的な権力を持ってますよね。


Phrona:そうなんですよね…。でも、だからこそ、この技術について市民が理解を深めることが大切なんじゃないかな。


瀬尾:同感です。技術の専門家だけじゃなく、社会全体でこの技術の意味を考える必要がある。


Phrona:チェンギズの論文も、そういう問題提起をしてるんですよね。ユートピアかディストピアかって二者択一じゃなくて、私たちがどう選択するかの問題。


瀬尾:その通りだと思います。ただ、選択するためには、まず技術の本質を理解しないといけない。そこが難しいんですよね。


Phrona:でも、完全に理解しなくても、少なくとも批判的に考える姿勢は持てるはず。盲目的な楽観も悲観も、どちらも危険ですから。


瀬尾:結局、ブロックチェーンは可能性の技術なんでしょうね。分散の理想も、集権の悪夢も、どちらも実現しうる。


Phrona:だからこそ、今この時期に、どんな社会を作りたいのか、真剣に議論する必要があるんですね。技術に流されるんじゃなくて、技術を使って何を実現したいのか。


瀬尾:そうですね。技術決定論に陥らずに、人間中心の視点を保つこと。それが一番大切かもしれません。



ポイント整理

  • ブロックチェーンは、分散型の理想を掲げて登場したが、実際には新たな形の権力集中を生み出す可能性がある

  • 技術的な分散と社会的な分散は必ずしも一致せず、両者の関係を慎重に設計する必要がある

  • ブロックチェーンのガバナンス(技術の管理)と、ブロックチェーンによるガバナンス(社会統治)は区別して考える必要がある

  • スマートコントラクトは中間組織を排除する可能性がある一方、柔軟性を失う危険性もはらんでいる

  • 政府によるブロックチェーンの利用は、透明性向上につながる可能性と、監視社会化のリスクの両面がある

  • 技術の設計段階から、倫理的・社会的な価値観を組み込むことが重要である

  • 市民が技術について理解を深め、批判的に考える能力を身につけることが民主的な技術利用の前提となる


キーワード解説

【ブロックチェーンガバナンス】

ブロックチェーン技術そのものの管理・運営方法


【分散型技術

中央管理者を必要としない、ネットワーク参加者による共同管理システム


【スマートコントラクト】

プログラムされた条件に基づいて自動実行される契約


【デジタルID】

個人情報をデジタル化し、ブロックチェーン上で管理する仕組み


【マイニング】

ブロックチェーンネットワークの維持に貢献し、報酬を得る行為


【技術決定論】

技術が社会変化を一方的に決定するという考え方


【「コードは法である」】

プログラムコードが実質的な規則として機能するという概念


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