70億の知性をつなぐ分散型AIネットワーク──集合知の新たな可能性
- Seo Seungchul

- 6月16日
- 読了時間: 7分
更新日:6月30日

シリーズ: 論文渉猟
2024年6月、arXiv掲載
著者:Moshi Wei, Sparks Li
内容:70億の人間とAIエージェントが協働する分散型知能ネットワークの技術的・概念的枠組みの提案
もし世界中の70億人の人間と無数のAIが、対等な立場で協力し合えるネットワークがあったらどうなるでしょうか?中央集権的な管理者なしに、自律的に進化し続ける知性のエコシステム。それは人類にとって新たな可能性を開くのか、それとも予期せぬリスクをもたらすのか。
最近発表された「ISEK(Intelligent System of Emergent Knowledge)」という構想は、まさにそんな未来を描いています。ブロックチェーン技術とAIを組み合わせ、人間とAIが対等に参加できる分散型の知識ネットワークを実現しようとしているのです。
富良野とPhronaの対話を通じて、集合知の可能性と、そこに潜む根本的な問いが浮かび上がってきます。
富良野: Phronaさん、面白い論文を見つけたんですよ。70億の人間とAIが一つのネットワークでつながって、集合知を形成するという構想なんです。
Phrona: それはまた壮大な話ですね!でも、そもそも人間とAIが「対等に」つながるって、どういうことなんでしょう?
富良野: 論文では、人間もAIも同じ「エージェント」として扱うんです。それぞれが自律的に行動して、必要に応じて協力し合う。中央管理者がいない、完全に分散型のシステムです。
Phrona: へえ、でも待って。人間とAIを同じように扱うって、ちょっと違和感があるんですけど。人間には感情があるし、生活もある。AIとは根本的に違うような。
富良野: 確かにそうですね。でも、この構想の面白いところは、その違いを活かそうとしているんです。AIは計算や最適化が得意で、人間は創造性や倫理的判断が得意。お互いの強みを組み合わせることで、より強力な知性を生み出そうと。
Phrona: なるほど、補い合う関係ってことですか。でも私、もっと根本的なことが気になって。そもそも、なぜ70億もの知性をつなげる必要があるんでしょう?
富良野: 論文では、現在のAIシステムの限界を指摘しているんです。中央集権的なプラットフォームでは、結局誰かがコントロールしている。でも分散型なら、誰も独占できない、本当の意味での集合知が生まれる可能性がある。
Phrona: ああ、権力の集中を防ぐってことですね。でも、逆に誰もコントロールできないシステムって、暴走したらどうするんです?
富良野:そこが技術的に興味深いところで、ブロックチェーンを使って信頼性を担保するんです。各エージェントには評判スコアがあって、良い仕事をすれば評価が上がる仕組みになっています。
Phrona: 評判スコア、ですか。なんだか人間の社会みたいですね。でも、その評価って誰が決めるんです?
富良野: エージェント同士が相互に評価し合うんです。タスクを完了したら、関わったエージェントがお互いの正確性や信頼性を評価する。中央の評価者はいません。
Phrona: うーん、でもそれって、人気投票みたいになりませんか?本当に良い仕事をしても、目立たなければ評価されないとか。
富良野: 確かにその危険はありますね。ただ、システムは多面的な評価を組み込んでいて、成功率、速度、複雑さへの対応力など、客観的な指標も含まれています。
Phrona: なるほど。でも私、もっと哲学的なことを考えちゃうんです。集合知って、本当に個人の知性より優れているんでしょうか?
富良野:どういう意味ですか?
Phrona: 例えば、みんなで決めたことが必ずしも正しいとは限らないじゃないですか。群衆心理とか、集団思考の危険もある。70億の知性をつなげたら、かえって画一的な思考になる可能性もあるような。
富良野:鋭い指摘ですね。実は論文でも、多様性の重要性を強調しています。エージェントはそれぞれ独自の「ペルソナ」を持っていて、行動特性や動機付けが異なるんです。
Phrona: ペルソナ?AIにも個性があるってことですか?
富良野:ええ、プログラムされた個性ですけどね。でも、それによって画一的な思考を防ぐ。異なる視点を持つエージェントが協力することで、より創造的な解決策が生まれる可能性があります。
Phrona:面白いですね。でも、ちょっと待って。そのエージェントたちは、何のために協力するんです?人間なら目的や価値観があるけど、AIには?
富良野:そこでトークンエコノミーが登場するんです。ISEKトークンという仮想通貨を使って、タスクの報酬を支払う。エージェントは報酬を得るために協力する。
Phrona:ああ、お金で動くってことですか。なんだか、人間社会の悪い面を再現しているような気も。
富良野:確かに(笑)。でも、インセンティブ設計は重要なんです。適切な報酬がないと、誰も協力しませんから。
Phrona: そうですよね。でも私、もっと根源的なことが気になるんです。このシステムって、結局何を目指しているんでしょう?
富良野:論文では「自己進化する文明」という表現を使っています。人類とAIが共に進化していく、新しい形の文明を作ろうと。
Phrona: 自己進化する文明...壮大すぎて、ちょっと怖くもありますね。誰も予測できない方向に進化したらどうするんでしょう?
富良野:そこが分散型システムの本質的な特徴なんです。中央のコントロールがないということは、進化の方向も予測できない。でも、それが創発的な知性の可能性でもある。
Phrona:創発的な知性、ですか。個々の部分の総和以上のものが生まれるってことですよね。でも、それって本当に起こるんでしょうか?
富良野:正直、分かりません。でも、インターネットだって最初は誰も今の姿を予測できなかった。分散型のシステムは、予測不可能な進化をする可能性を秘めています。
Phrona:そう考えると、ワクワクもするし、不安にもなりますね。でも、一つ気になることがあって。このシステムに参加しない人はどうなるんです?
富良野:いい質問ですね。論文では、誰でも参加できるオープンなシステムを目指していますが、実際には技術的なハードルもあるでしょう。デジタル格差の問題は残ります。
Phrona: そうですよね。70億の知性をつなぐと言いながら、実際には一部の人しか参加できないかもしれない。それって、新しい形の不平等を生むんじゃないでしょうか。
富良野:確かにその危険はあります。だからこそ、参加のハードルを下げる工夫が必要です。論文では、ブラウザプラグインなど、簡単に参加できる仕組みも提案しています。
Phrona: なるほど。でも結局、このシステムが成功するかどうかは、人間次第なんでしょうね。技術だけじゃなくて、どう使うかが大事。
富良野:その通りです。分散型のシステムは、参加者全員の責任で運営される。だからこそ、一人一人が自覚を持つ必要があるんでしょうね。
Phrona: 70億の知性がつながる世界...想像するだけでも壮大ですね。でも、その前に私たちは、本当にそれを望んでいるのか、考える必要があるのかもしれません。
ポイント整理
ISEKは70億の人間とAIエージェントが対等に参加する分散型知能ネットワークを目指している
ブロックチェーン技術により中央管理者なしで信頼性と自律性を確保する仕組みを採用
エージェント同士の相互評価による評判システムで品質を担保し、トークンエコノミーで協力を促進
人間の創造性・倫理観とAIの計算能力・最適化能力を組み合わせた共生的な知性の実現を目指す
分散型システムの特性上、進化の方向は予測不可能だが、それが創発的な集合知を生む可能性がある
デジタル格差や参加の公平性など、技術的・社会的課題も存在する
キーワード解説
【エージェント】
自律的に行動し、他と協力できるソフトウェアまたは人間の参加者
【分散型システム】
中央管理者なしで、参加者全員で運営されるネットワーク
【創発的知性】
個々の要素の相互作用から予測できない高次の知性が生まれる現象
【トークンエコノミー】
仮想通貨を使った報酬システムで参加者の協力を促進する仕組み
【評判スコア】
エージェントの信頼性や能力を数値化した指標
【ペルソナ】
エージェントの行動特性や動機付けを定義する個性的な設定