top of page

AIガバナンスの理想と現実──マッキンゼーレポートから読み解く、生成AI時代の品質管理という新たな課題

更新日:6月30日

シリーズ: 論文渉猟


  • 出典:McKinsey & Company(2025年3月)

  • 概要: 1,491人の企業幹部を対象とした世界調査による、AI導入における組織変革の実態とベストプラクティスの分析


2025年のマッキンゼーレポートが提示する「AI導入の成功法則」。そこには、これまで何度も見てきたコンサルティングの定番メッセージが並んでいます。でも、生成AIの時代になって、本当に新しい課題も浮上してきました。それは「AIの出力をどう管理するか」という、一見地味だけど実は企業の死活問題になりかねないテーマです。


富良野とPhronaが、このレポートの本質と、そこから見えてくる新たなビジネスチャンスについて語り合います。果たして、AIによる品質管理は現実的なのか、それとも新たなブラックボックスを生むだけなのか。技術の理想と現場の現実の間で、私たちはどんな解を見つけられるのでしょうか。



富良野:このマッキンゼーのAIに関するレポート、一通り読み込みましたが、非常に興味深いですね。ただ、正直なところ「またこの話か」という既視感もあって。


Phrona: あら、手厳しいですね(笑)。どのあたりに既視感を覚えましたか?


富良野:「AI導入の成否は技術ではなく組織のあり方にある」という結論です。CEOのリーダーシップ、ワークフローの根本的な再設計、KPI設定といった指摘は、これまでの大規模な技術導入、例えばERPやクラウドの時にも繰り返し語られてきた、いわばコンサルの王道フレームワークですよね。


Phrona: 確かに、技術が変わっても組織マネジメントの基本は普遍的だ、ということかもしれませんね。78%もの企業がAIを使い始めているのに、営業利益に目に見える効果があったと答えた企業は20%未満。このギャップを見ると、王道とは言え、実践できている企業が少ないのが現実なのでしょう。


富良野:ええ。レポートの言葉を借りれば、AIという新しい道具に合わせて組織全体を「再配線」する必要がある。しかし、実際にワークフローを根本から再設計している企業はわずか21%です。まさに、この「言うは易く行うは難し」を地で行く状況ですね。


Phrona: でも私、その王道の中に、これまでの技術導入とは明らかに違う、生成AIならではの新しい課題が隠れていると感じたんです。


富良野:というと?


Phrona: 出力の「品質管理」と「リスク」の問題です。レポートでは、生成AIの出力を「全部チェックしている」企業と、「20%以下しかチェックしていない」企業が、どちらも27%ずつ存在する、と。この二極化は、これまでの予測可能なシステムでは考えられなかった、新しい悩みだと思いませんか?


富良野:あ、確かに。従来のシステムって、基本的に予測可能な出力しか出さないですもんね。でも生成AIは、何を言い出すか分からない。


Phrona:そうそう。人間みたいに創造的だけど、人間みたいに間違えもする。しかも、その間違いが著作権侵害だったり、倫理的な問題だったりする可能性がある。


富良野:でも、全部チェックするって現実的じゃないですよね。大企業なら一日に何千、何万って出力があるはずで。


Phrona:だから、レポートでもAIによる自動チェックの話が出てくるんでしょうね。でも、それってちょっと皮肉じゃないですか?AIの出力をAIでチェックするって。


富良野:まさに。同じ穴のムジナというか。チェックするAIも同じような間違いをする可能性があるわけで。


Phrona:でも、富良野さん、ここに新しいビジネスチャンスがあるかもしれませんよ。この品質管理の部分を効率的にやる仕組みを作れたら。


富良野:ああ、それは面白いかも。AIレビューのアウトソーシングサービスとか?


Phrona:ただ、機密情報の問題がありますよね。企業の生成AIの出力って、製品開発とか顧客データとか、センシティブな情報が山ほど含まれてるはずで。


富良野:そうなんですよね。だから、オンプレミスとかプライベートクラウドでやるしかない。NotebookLMみたいな形で。


Phrona:NotebookLMって、確かに良いモデルかも。企業の中に閉じた環境で、でもAIの力を使って効率化する。


富良野:業界特化型なら、もっと現実的かもしれませんね。医療とか金融とか、規制がはっきりしてる業界なら、チェック基準も明確にできる。でも、技術的にはどうなんだろう。AIでリスク検出するって言っても、結局ブラックボックスじゃないですか?


Phrona:完全な透明性は無理でしょうね。でも、部分的にでも「なぜリスクと判断したか」を説明できるようにはなってきてるみたいですよ。


富良野:結局、AI+人間の協働モデルが一番現実的ってことですかね。AIが初期スクリーニングして、人間が最終確認する。


Phrona:技術は日進月歩だから、作ったサービスがすぐ陳腐化するリスクもあるけど、だからこそ面白い気も。でも、企業はそこにどれだけお金を払うかな…。


富良野:確かに利益につながる話じゃないので、単なるコストとして敬遠されそうですが、金融や医療みたいに、一度でもミスったら致命的な業界なら、需要はあるんじゃないですか。


Phrona:そうですね。失敗のコストが高い業界ほど、予防的な投資に価値を見出すでしょうから。そうなると、話が最初に戻りますね。結局、そうした新しいリスク管理体制を構築できるかどうかも、CEOのリーダーシップやトップダウンの意思決定、つまり「組織の本気度」にかかっている。


富良野:その通りです。ただ、ここで一つ疑問があって。レポートはトップダウンの重要性を強調しますが、それだけで本当にうまくいくのか、と。イノベーティブなAIの使い方は、むしろ現場のボトムアップから生まれることも多いはずです。


Phrona: 経営層は現場の細かい業務や暗黙知まで把握できませんからね。理想は、経営層が「AIで事業を変革する」という大きな旗を振り、現場には自由に実験できる環境と裁量を与える。そして良い事例が出てきたら、それを全社的に展開する、というハイブリッドな形かもしれません。


富良野:同感です。そして、その変革には人材の問題も絡んできます。AIによって仕事がなくなるというより、仕事の種類が変わっていく。レポートでも、サービス業務などが減る一方で、ITや製品開発では人員増を見込む企業が多いとありました。


Phrona: 今後3年で従業員の20%以上を再教育する、と答えた企業が半数以上いるというのも、その表れですね。AIコンプライアンス専門家のような新しい職種も生まれていますし、従業員のリスキリング(再教育)を計画的に進めることも、組織の「再配線」の重要な一部ということですね。


富良野:ええ。まとめると、生成AIの活用を成功させる鍵は、やはり「組織のマネジメント」にある。それは、過去から言われる普遍的なフレームワークを実践するという側面と、生成AI特有の「予測不可能な出力への品質管理」という新しい課題に取り組むという、二つの側面を持っている。


Phrona: このレポートは、経営層に「AIも怖くない、これまでの経営の基本が大事ですよ」という安心感を与えつつ、行間からは「ただし、新しいルールに対応できる組織に生まれ変わらなければ、本当の価値は得られない」という強いメッセージが読み取れますね。この変革の痛みを乗り越えられるかどうかが、企業の未来を左右するのかもしれません。



ポイント整理


  • 総括

    • 生成AI導入は急速に進み、大企業を中心に進展

    • 成果創出の鍵は、トップダウンによるガバナンス体制とワークフロー再設計

    • 出力レビューやリスク低減体制も企業規模とともに整備が進む

    • KPIの明確化、ロードマップ策定、信頼構築など12の実行習慣の整備が経営成果を左右

    • 人材育成と再スキリング対応に乗り出しているが、変化認識に温度差あり

    • 業務単位では収益・コスト改善が多数報告される一方、企業全体への影響は限定的

  • AI導入の広がりと企業規模による差

    • 全体の75%以上の企業が少なくとも1つの業務にAIを導入。特に生成AIの利用が急増

    • 年間売上5億ドル以上の大企業は中小企業に比べてAI導入が先行

  • ガバナンスとワークフローの再設計

    • AIガバナンスにはCEOなどCレイヤーの関与が重要で、EBIT改善との相関性が高く、CEO主導の構造が効果的

    • 生成AI導入後、21%の企業が業務プロセスを「根本的に再設計」しており、これがEBITへの正の影響として最も強く示されている

  • 出力レビューとリスク対応

    • 約27%の企業が生成AIによる全出力を事前チェックし、同率の企業が20%以下の出力しかレビューしていない

    • 不正確さ、サイバーセキュリティ、知的財産侵害に関するリスク対応に取り組む企業が増加。特に大企業で対策が進んでいる

  • 採用と拡張に向けた12のベストプラクティス

    • 定量的KPI設定、導入ロードマップ策定、従業員と顧客の信頼構築、フィードバックループ搭載など12の導入慣行の有効性が調査され、企業のEBIT改善との相関が確認された

    • しかし、これらを「ほとんど実践している」企業は全体の3割未満。大企業ほど導入率が高く、KPI追跡は2割弱に留まる

  • 人材戦略と再スキリング

    • データサイエンティストの増員を予定する企業は50%。AI倫理やコンプライアンス専門職を採用する企業は1割前後にとどまる

    • 今後3年でAI関連の再教育を実施予定の企業は多く、それでも38%は労働力に大きな変化を見込んでいないと回答

  • 生成AIの効果と業務領域

    • マーケティング/営業、サービス業務、製品開発、ソフトウェア開発などで生成AIの利用が広がっている

    • テキスト生成が63%で最多、次いで画像生成36%、コード生成27%

    • 業務単位ごとの収益増では、マーケティングや営業、ソフトウェア開発、サービス業務などで増加が顕著。コスト削減効果も多くの業務で確認されている

    • ただし、企業全体のEBITへの効果を「実感できている」と答える企業は20%以下


キーワード解説


【生成AI出力チェック】

AIが生成したコンテンツの品質・適切性を確認するプロセス


【AIガバナンス】

AI利用における組織的な管理・統制体制


【ワークフロー再設計】

AI導入に伴う業務プロセスの根本的な見直し


【リスク自動検出】

AIを使って著作権侵害や倫理的問題を自動的に発見する仕組み


【ハイブリッド型評価】

AIによる初期スクリーニングと人間による最終確認を組み合わせた評価方法


【業界特化型サービス】

特定業界の規制や基準に特化したAI品質管理サービス


本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
bottom of page