AIと学習者の新しい関係性を探る──人間中心型と機械中心型の間で見える教育の未来
- Seo Seungchul

- 9月23日
- 読了時間: 9分
更新日:10月11日

シリーズ: 論文渉猟
◆今回の論文:Min Lan et al. "A qualitative systematic review on AI empowered self-regulated learning in higher education" (npj Science of Learning, 2025年5月3日)
概要: 高等教育におけるAIを活用した自己調整学習に関する体系的レビュー。14の研究を分析し、AIツールが学習者の自主的な学習プロセスをどのように支援するかを検証した学術論文。
あなたはレポートを書いているときに、「このテーマで何を調べればいいんだろう」と途方に暮れた経験はありませんか。あるいは、勉強を進めているうちに「今の自分の理解度はどのくらいなんだろう」と不安になったことはないでしょうか。
実は今、こうした学習者の悩みにAIが答えを出そうとしています。ChatGPTのような対話型AIが注目される中で、教育現場でも様々なAIツールが活用され始めているのです。ただし、ここで重要な問いが浮かび上がります。AIは学習者をサポートする道具として使われるべきなのか、それとも学習過程そのものをAIが主導すべきなのか。
この記事では、最新の研究論文をもとに、富良野とPhronaの視点を通じて、AIと学習者の新しい関係性について考察していきます。人間が自分で学習をコントロールする「人間中心型」と、AIが学習プロセスを管理する「機械中心型」、そのどちらが望ましいのか。そして、その間に見えてくる教育の可能性について、深く掘り下げていきます。
AIが変える学習のあり方
富良野:最近の論文を読んでいて興味深かったのが、AIと学習者の関係性についての議論なんです。従来の教育研究では、学習者が自分で目標を立てて、進捗を監視して、振り返りをする「自己調整学習」という概念がありますよね。
Phrona:ええ、自分で学習をコントロールするっていう考え方ですね。でも、AIが入ってくると、その構図が変わってきそうですが。
富良野:まさにそこなんです。この研究では、AIが学習に関わる場合に「人間中心型」と「機械中心型」という二つのアプローチがあると指摘しているんです。人間中心型では、AIは学習データを収集したり、ツールを提供したりする支援役にとどまる。
Phrona:一方で機械中心型は、AIが学習者のデータを分析して、学習のサイクル自体を作り出すということですか。なんだか、学習の主導権がAIに移ってしまいそうで、少し怖い感じもしますね。
富良野:その懸念はとても理解できます。ただ、研究では興味深い発見があって、実際に開発されているAIツールの多くは、学習の特定の段階だけを支援するものが多いんです。
学習の段階と求められるサポート
Phrona:特定の段階っていうのは、どういうことでしょう。
富良野:自己調整学習には「事前準備」「実行」「振り返り」という三つの段階があるんですが、調査した14の研究のうち、この全てを包括的に支援するAIツールは3つしかなかったんです。
Phrona:意外と少ないんですね。どの段階が一番多く支援されているんですか。
富良野:半数の研究が「実行段階」、つまり実際に学習している最中のサポートに集中していました。例えば、質問への即座の回答とか、学習の進捗モニタリングとか。
Phrona:それって、確かに学習者が一番困る場面かもしれませんね。「今、何をすればいいのかわからない」っていう瞬間に手を差し伸べる感じで。
富良野:そうなんです。そして興味深いのは、チャットボットや評価システムといった異なるタイプのAIツールが、それぞれ得意な支援段階を持っているということです。
AIツールの個性と役割分担
Phrona:AIにも得意分野があるということですか。
富良野:例えば、チャットボットは実行段階での対話的なサポートが得意で、評価システムは事前準備と振り返りの段階で力を発揮する傾向があります。これは人間のサポートチームに近い感じがしませんか。
Phrona:人間でも、計画を立てるのが得意な人もいれば、実際の作業中に的確なアドバイスをくれる人もいる。AIツールも、それぞれの特性に応じて役割分担している、と。
富良野:まさにそうです。ただ、ここで一つ大きな課題が見えてきます。学習っていうのは本来、一連の流れの中で完結するものですよね。部分的なサポートだけで本当に効果的な学習ができるのか、という疑問があります。
Phrona:確かに。目標設定から振り返りまで一貫性がないと、結局何を学んだのかわからなくなってしまいそうです。
理想と現実のギャップ
富良野:研究では、AIを活用した学習に対する期待と現実の間にギャップがあることも指摘されています。良い面では、AIは個別化された学習体験や即座のフィードバックを提供できる。
Phrona:それは魅力的ですね。一人ひとりの学習ペースや理解度に合わせてくれるなら、効率的に学べそうです。
富良野:でも一方で、学習者がAIに過度に依存してしまったり、フィードバックの量が多すぎて混乱してしまったりするリスクもあるんです。
Phrona:ああ、なるほど。AIが親切すぎると、かえって自分で考える力が育たなくなってしまうかもしれませんね。
富良野:そうです。さらに興味深いのは、学習者がAIの提案に従っても、必ずしも学習目標が達成されるとは限らないという点です。
Phrona:それは意外です。AIが最適解を提示してくれるなら、それに従えば良い結果が出そうなものですが。
富良野:ここに人間の認知の特性が関わってくるんです。人は往々にして、時間をかけて深く考えるよりも、速くて簡単そうな解決策を選びたがる傾向があります。
深い学習への配慮の必要性
Phrona:つまり、AIが効率的な答えを出してくれるほど、私たちは表面的な理解で満足してしまうリスクがあるということですか。
富良野:その通りです。深い認知的プロセスや内省的思考といった、本当の意味での学習に必要な要素が軽視されてしまう可能性があります。
Phrona:それって、人間らしい学習の本質に関わる問題ですね。効率性を追求するあまり、学習の豊かさや深さを失ってしまうかもしれない。
富良野:だからこそ、研究では教育者の役割が重要だと強調されています。AIの利点を最大化しつつ、リスクを最小化するための戦略的な教育設計が必要だということです。
Phrona:教育者も、AIとどう付き合うかを学ばなければいけないということですね。
未来の学習環境を考える
富良野:この研究を読んでいて感じるのは、AIと学習者の関係性について、私たちはまだ模索段階にあるということです。技術的には素晴らしい可能性があるけれど、教育理論や実践との統合が追いついていない。
Phrona:技術が先行して、人間の学習のメカニズムへの理解が後から追いかけている状況でしょうか。
富良野:そうですね。特に興味深いのは、従来の教育理論がAI時代にも有効なのか、それとも新しい理論的枠組みが必要なのかという問いです。
Phrona:確かに。AIがある前提で学習理論を再構築する必要があるかもしれませんね。人間とAIが協働する学習環境では、従来の個人的な自己調整だけでは不十分そうです。
富良野:研究では、人間とAIの相互作用に基づく新しい自己調整学習モデルの必要性が示唆されています。ただし、その中心にあるのは人間の主体性であることが強調されています。
Phrona:人間の主体性を保ちながら、AIの力も借りる。そのバランスが鍵になりそうですね。
教育者への新たな期待
富良野:もう一つ重要な発見は、学生向けのAIツールは豊富に開発されているのに、教育者がAIを活用して学生の自己調整学習を支援するためのツールは不足しているということです。
Phrona:教育者自身もAIとの付き合い方を学ぶ必要があるのに、そのためのサポートが十分でないということですか。
富良野:そうです。教育者は学習者であり、指導者であり、管理者でもある。AIとの関係性はより複雑で、専門知識、教育学的知識、そして技術的知識を統合する必要があります。
Phrona:三重の役割を担いながら、AIという新しい要素も取り入れなければいけない。教育者の負担は相当なものでしょうね。
富良野:だからこそ、個人レベルだけでなく、組織レベル、コミュニティレベルでのAI活用について考える必要があると研究では提案されています。
ポイント整理
AIを活用した自己調整学習の現状
14の研究を分析した結果、多くのAIツールは学習の特定段階のみを支援しており、包括的なサポートを提供するものは少ない。チャットボット、評価システム、ゲーム、電子教科書など様々なAIアプリケーションが開発されているが、それぞれ得意な支援段階が異なる。
人間中心型と機械中心型のアプローチ
AIの活用方法には二つの方向性がある。人間中心型では学習者が主導権を持ちAIが支援役となり、機械中心型ではAIが学習プロセスを主導する。理想的には人間の主体性を保ちながらAIとの相互作用を図ることが重要とされている。
AI活用の利点と課題
個別化学習や即座のフィードバック提供など明確な利点がある一方で、過度の依存、フィードバック過多による混乱、表面的理解での満足などのリスクも存在する。特に、効率性を追求するあまり深い認知プロセスが軽視される危険性が指摘されている。
教育理論の再構築の必要性
従来の教育理論はAI導入前の環境を前提としており、AI時代に適した新しい理論的枠組みの開発が求められている。特に人間とAIの協働学習に関する理論的基盤の確立が急務である。
教育者支援の不足
学生向けAIツールは豊富に開発されているものの、教育者がAIを活用して学生の学習を支援するためのツールは不足している。教育者は学習者・指導者・管理者という三重の役割を担いながらAIとも向き合う必要があり、その複雑性に対応した支援体制の構築が必要である。
キーワード解説
【自己調整学習】
学習者が自分で目標設定、進捗監視、振り返りを行う能動的な学習プロセス
【事前準備・実行・振り返りの三段階】
自己調整学習の基本的な流れを示すZimmermanのモデル
【チャットボット】
対話形式で学習支援を行うAIアプリケーション
【適応的フィードバックシステム】
個々の学習者の状況に応じてカスタマイズされた評価・助言を提供するシステム
【人間中心型AI】
人間が主導権を持ちAIが支援役として機能するアプローチ
【機械中心型AI】
AIが学習プロセスを主導し人間がそれに従うアプローチ
【認知的負荷】
学習時に脳にかかる情報処理の負担
【メタ認知】
自分の認知プロセスについて考える「考えることについて考える」能力
【学習分析】
学習データを収集・分析して教育改善に活用する手法
【STEM教育】
科学・技術・工学・数学を統合した教育アプローチ