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BISのAI投資競争論──技術成長後も残る金融脆弱性

9月1日
読了時間: 18分

シリーズ: 論文渉猟


◆今回の論文:Phurichai Rungcharoenkitkul, "The AI Investment Race" (Bank for International Settlements, 2026年7月7日)

  • 概要:少数の支配的地位を争う企業が社会的な収益を上回って資本を投入し、負債と循環的な出資関係が資産売却や企業間連鎖を通じてバストを深くする仕組みを、動学モデルと公開取引データから分析した論文。



AIへの設備投資が多すぎるかどうかを、いま確定することはできない。最終的な生産性も、企業や消費者の支払意思も、数年後のモデル市場の集中度も分からないからだ。後から余剰と判明する設備の一部は、未知の技術を探すために必要な重複だったかもしれない。


それでも、投資競争の金融的な危険を論じることはできる。投資総額の適否が分からなくても、生産性や需要が判明する前にどれだけ資本を固定したか、どれだけ負債を使ったか、出資と購入契約がどの企業に集中したかは観察できる。同額の投資でも、失敗したときの損失と伝わり方は同じではない。


Phurichai RungcharoenkitkulのBIS Working Paper “The AI Investment Race” は、少数の勝者を目指す競争が投資規模、投資時期、資金構成を同時に変え、その結果として金融の弱さを内側から作る仕組みをモデル化した。論文の価値は「AIバブル」を予言したことにない。競争政策と企業金融を一つの動学として扱い、ブームを作る力とバストを深くする力が同じ競争から生じることを示した点にある。



技術の価値と投資の適否


AI投資をめぐる議論では、技術革命かバブルかという二択が繰り返される。だが、鉄道が社会を変えたことは、十九世紀に建設されたすべての路線が採算に合ったことを意味しない。インターネットの価値も、通信網やドットコム企業への投資が適正だったことを保証しなかった。価値ある技術の建設過程で、資本の過剰投入と投資家の損失は両立する。


BIS論文は、この区別をAI企業の誤認ではなく競争から説明する。主要企業がAIの将来性をほぼ正しく理解していても、少数の支配的地位に入る価値が大きければ、自社だけ投資を遅らせることは難しい。先に高性能モデルを出した企業は、利用者と利用データを得る。APIが企業の業務に組み込まれれば乗り換え費用が生じ、開発者と研究者も集まる。現在の計算資源が将来の市場ポジションを作るなら、需要の確定を待つことには競争上の費用が伴う。


通常、不確実な投資では待つこと自体に価値がある。需要を確認してから投資すれば、悪いシナリオで資本を失わずに済む。AIの先行者競争では、待って情報を得る間に市場での場所を失うかもしれない。この交換条件が、不確実性の解消前に設備を押さえる動機になる。


ただし、先行者優位をAI市場全体の性質として固定してはいけない。消費者向けサービス、企業向けAPI、クラウド、基盤モデルでは、利用者の乗り換えや複数モデルの併用しやすさが異なる。オープンウェイトモデルが広がれば、早期の優位が長期間残らない市場もある。BISが示すのは、AIだから必ず前倒し競争が起きるという法則ではない。早期の計算資源が持続的な市場シェアへ変わる市場ほど、待つ費用が大きくなるという条件付きの命題である。



コンテスト・ウェッジ


論文は、ハイパースケーラーとAIラボを一つの連合として扱い、五つの連合が少数の勝者枠を争うモデルを置く。各連合はAIの生産性が判明する前に第一期投資を決め、生産性が分かった後で追加投資を選ぶ。早く配備した設備は、学習時間と市場での先行により、後から導入した同量の設備より高い競争価値を持つ。


追加投資が企業にもたらす収益は二つに分かれる。第一は、計算資源を増やしてAI産業全体の収益を拡大する効果である。第二は、競合から市場シェアを奪う効果だ。個別企業にとってはどちらも収益だが、産業全体から見れば第二の効果は企業間の移転にすぎない。一社が得たシェアを別の会社が失うからである。


社会的計画者は、この移転を投資の便益に数えない。企業は数える。その差がコンテスト・ウェッジになる。


ウェッジは、市場全体の収益が計算資源ほど速く増えない場合に生じる。電力、データ、人材などの補完資源が不足し、推論価格が低下し、需要が次第に飽和すれば、計算資源を二倍にしても産業収益は二倍にならない。追加設備が新しい市場を作る余地が小さくなるほど、投資の私的な魅力は競合から取り分を奪う効果へ傾く。


基準ケースで論文が置くコンテスト・ウェッジは一・二〇である。生産設備の収益逓減を通じてこの差が投資水準へ増幅され、計算資源は社会的計画者の一・三四倍、ドル投資は一・五一倍になる。企業が不合理だからではない。各社が自社の収益を最大化する計算を正しく行うからこそ、合計額が産業全体の収益を基準とする水準を越える。



三つの歪み


BIS論文はブームの歪みを投資総額だけで捉えない。規模、時期、企業間関係の三つに分ける。論文の表現を借りれば、ブームは「多すぎ、循環的すぎ、早すぎる」。


第一の歪みは投資規模である。各社は産業収益への貢献だけでなく、市場シェアを奪う収益まで見込むため、全体として設備を造りすぎる。


第二は前倒しだ。生産性が判明した後なら、悪いシナリオで追加投資を止められる。しかし早期設備には市場での先行価値がある。企業は情報を待つ保険を手放して、先に資本を固定する。社会的計画者は市場シェアの奪い合いを便益に含めないため、企業ほど早く投資しない。


第三は循環的な企業関係である。ハイパースケーラーがAIラボへ出資し、そのラボが同じ企業から長期にわたり計算資源を買う。半導体企業やネオクラウドが資金、設備、購入契約を組み合わせる場合もある。出資と販売が一つの企業群の内部で部分的に循環するため、論文はこれを循環的金融と呼ぶ。


この関係には合理性がある。AIラボが将来も計算資源を買う保証がなければ、クラウド企業は専用設備を造りにくい。ラボも十分な設備が用意される確信がなければ、モデル開発へ長期資金を投じにくい。出資によって双方の利害を近づければ、相手専用の投資をした後で条件を変えられるホールドアップ問題を緩和できる。論文のモデルは、この正の効果を明示的に認めている。


問題は、競争相手より強い提携を作る私的な価値まで企業が数えることだ。提携が社会的に有益な範囲を越え、出資と専用設備が増える。好況を支える関係が深くなるほど、提携が崩れたときに失う資本も増える。



シリコンサイクルとの連続性


ここまでは、AI投資競争の多くを半導体産業の延長として理解できる。


半導体、とりわけメモリでは、需要が強まり価格が上がると各社が製造設備を増やす。工場の完成には時間がかかるため、複数企業が同じ需要を追った設備が稼働する頃には、供給能力が需要を越えていることがある。価格が下がり、在庫と遊休設備が増え、各社が投資を削る。削減が続けば供給が足りなくなり、再び価格が上がる。


この循環には、少なくとも二つの仕組みがある。需要予測の誤差と供給ラグだけでも過剰能力は生じる。もう一つは戦略的な能力競争だ。自社だけ設備を抑えれば、競合に市場シェアとコスト優位を渡す。価格下落局面でも投資を続け、競合より長く耐えることで相手の退出を促す行動もあり得る。個社には投資する理由があり、全社が同じ行動を取ると設備が余る。BISのコンテスト・ウェッジと親和的な構図である。


AIが半導体と異なるのは、設備が供給能力だけでなく、将来の市場ポジションへ変わり得ることだ。先に計算資源を投入した企業は、モデルを改善するだけでなく、利用者、データ、開発者、企業システムへの組み込みを獲得する。後から同量の設備を導入しても、すでに形成された関係を取り戻せない場合がある。


金融面の違いも大きい。古典的な半導体循環では、価格、在庫、稼働率、設備投資が主要な調整経路になる。AIでは、製品市場の調整に、出資価値、計算資源の購入契約、借入余力、別のAIラボへの設備供給が重なる。製品価格の下落が企業収益を減らすだけでなく、企業間のバランスシートを通じて別の投資計画へ届く可能性がある。


もっとも、巨大技術投資が金融システムを巻き込んだのは今回が初めてではない。鉄道建設は債券市場と銀行を通じて金融危機へ波及し、通信網の過剰建設も負債と資産売却を伴った。AIの新しさを「技術投資が金融化したこと」に求めると、歴史を見誤る。


差は組み合わせにある。少数の高格付け巨大企業が、設備の建設者、AIラボへの出資者、計算資源の販売者、ときにはモデル開発者を兼ねる。その関係を長期購入契約、社債、プライベートクレジット、リース、特別目的会社が横断する。半導体型の能力競争が、市場ポジション競争と企業間金融ネットワークを同時に持つようになった。



バストの頻度と深さ


論文の動学で重要なのは、ブームが外から壊されるのを待たないことである。第一期投資が大きくなるほど、その設備を維持し追加投資を続けるために必要なAI生産性も高くなる。小規模な設備なら採算に合った需要でも、巨額の設備を支えるには足りない。ブームの規模が、自ら越えるべき採算の最低線を押し上げる。


生産性がこの最低線を下回ると、第二期投資が止まり、第一期に固定した設備の一部が損なわれる。負債で取得したAI向け資産を同業者が一斉に売れば、自然な買い手も同じ不況の中にいる。売却量が増えるほど回収率が下がり、バストが深くなる。


BISはここで、バストの頻度と深さを分ける。バスト確率を主に押し上げるのは、競争相手より早く動くヘッドスタートである。生産性が分かる前に資本を固定するほど、悪いシナリオで止められない投資が増える。これに対し、コンテスト・ウェッジと資金構成は、バストが起きたときに何がどれだけ失われるかへ強く作用する。


基準ケースでは、各連合が第一期に二千八百億ドル、産業全体で約一・四兆ドルを投入する。うち各連合の九百二十億ドルが負債で、第一期投資の約三三%に当たる。生産性の最低線は確率分布の中央値付近にあり、バスト確率は約五割となる。ヘッドスタートを外すと負債はなくなり、確率は〇・三八へ下がる。一方、同じ循環的金融比率と配備率を持つ社会的計画者のバスト確率は企業とほぼ同じだが、条件付きの資本損失は企業の三千七百八十億ドルに対して八百五十億ドルにとどまる。競争はバストの回数以上に、バストで壊れるものを増やす。


金利の効果も、この分解から読みやすくなる。金利上昇は借入と設備投入を減らすが、生産性の最低線を大きくは動かさない。論文の比較では、金利はバスト確率より、失敗時に危険へさらされる資本量を減らす。金融引き締めだけで前倒し競争を止められるとは限らない。


数字には距離を置く必要がある。約一・五倍の過剰投資、約五割のバスト確率、三兆ドル付近で期待純余剰が負になるという結果は、AI投資の予測ではない。収益弾力性、先行者優位、生産性の確率分布、設備の回収率を変えれば結果も変わる。AIインフラを一枚岩の特殊資産として扱う点も強い仮定だ。GPU、建物、土地、電力接続、冷却設備では転用可能性が違う。論文自身も、四兆ドルならブーム継続確率が約一二%になるといった値を、持続可能な投資上限の推計として使わないよう求めている。


以上がBIS論文の射程である。ここから先は、その社会的最適をどこまで受け入れるかを考えなければならない。



過剰投資と探索費用


BISの社会的計画者は、企業間の市場シェア移転を差し引き、産業収益から資本費用を引いた余剰を最大化する。この比較は競争の歪みを取り出すには明快だが、未知の汎用技術に必要な探索を十分には捉えない。


事前に成功するモデル、半導体、データセンター構成が分からないなら、複数企業が異なる仮説を同時に試すことには価値がある。五社が似た投資を行い、事後的に四社の設備が余ったとしても、最初から一社へ集約するより多くの技術経路を試せたかもしれない。重複投資は、技術の多様性、革新への圧力、供給の冗長性、一社への依存を減らす効果を持ち得る。


企業売上に現れない便益もある。消費者余剰、他産業の生産性、科学研究への応用、知識の波及、電力や通信設備を先に整備することで残る将来の選択肢である。反対に、電力価格、環境負荷、地域インフラへの負担など、企業売上に含まれない費用もある。BISの一・五倍は、これらを含む完全な社会厚生に対する過剰額ではない。限定された産業収益基準に対するモデル上の差である。


それでも、BISの問題提起は残る。探索に社会的価値があることは、どの資金構成でもよいという理由にはならない。失敗する実験を許すなら、その失敗を一社の損失として吸収できる資本を用意する必要がある。未知の技術への重複投資と、需要確認前の負債による一斉投資は分けて評価できる。


私の判断はここにある。現在の情報でAI投資総額の上限を決める政策は粗すぎる。一方、前倒し比率、負債の満期、設備の転用可能性、購入契約の拘束力、共通出資者への集中を監視する政策には根拠がある。探索の量を減らす前に、探索の失敗が金融連鎖へ変わる経路を短くすべきである。



好況と不況をつなぐ契約


AIの循環的金融を、架空需要や不正な循環取引と同一視すべきではない。出資と購入契約を結ぶことには、相手専用設備への投資を可能にする働きがある。問題は契約の存在ではなく、好況時に投資を支えた関係が不況時にどの損失を誰へ伝えるかである。


AIラボが失敗すれば、出資者は株式価値を失う。同時に、そのラボが購入するはずだった計算資源の需要も失う。出資者が借入余力を失い、別のAIラボへの設備供給を減らせば、最初のラボと直接取引していない企業まで影響を受ける。別のラボが計算資源を失って事業を縮小すれば、そのラボへ出資した企業の資産も損なわれる。


BISのネットワーク分析は、二つのラボと六つの出資・設備供給企業を置き、複数のラボをつなぐ共通出資者を橋として扱う。投資規模が小さい間は、橋となる企業が一社の失敗を自己資本で吸収できる。借入が増えて余力が薄くなると、同じ損失が別のラボへの資金引き揚げに変わる。規模と集中度が、単独の失敗を連鎖へ変える境界を下げる。


中央シナリオでは、現在公表された投資規模を一とすると、規模が約一・六倍で最初の大手出資者、約二・三倍で二番目の大手出資者へ損失が波及する。三兆から四兆ドルの投資計画を比例的に対応させると二・一倍から二・九倍となり、最初の境界を越え、次の境界をまたぐ。


この値も予測ではない。取引契約は不完全にしか公開されず、ラボが失っても耐えられる計算資源の比率などには仮定値が入る。銀行、プライベートクレジット、リース、特別目的会社を通じる経路も十分に含まれない。特定企業の破綻可能性を読むための分析ではなく、共通出資者への集中と負債の増加が連鎖の条件を緩めることを示す実験である。


循環的金融を監視するなら、出資額と購入契約額を足した巨大な数字だけでは足りない。最低購入義務、解約条項、設備の所有者、担保、保証、損失負担を契約ごとに分ける必要がある。同じ八千億ドルの購入契約でも、取消可能な予約と親会社保証付きの最低購入義務では、金融上の意味がまったく違う。



長期金利市場という次の境界


企業間ネットワークの外では、AIインフラの資金需要が長期金利市場の需給を変え始めている。BIS Bulletin No 120は、投資需要が営業キャッシュフローだけでは賄えない規模へ近づき、負債とプライベートクレジットの役割が増えると指摘する。


Dallas Fedは、今後三年から五年のAIデータセンター投資を三兆から五兆ドルとする複数の推計を紹介する。二〇二六年のAI関連投資適格債は三千億ドル程度との予想が中心で、満期構成を十年債へ換算した長期金利リスクの供給は最大三千六百億ドル、同年の米国債発行による供給の約八分の一に達し得るという。


経路は社債だけではない。プライベートクレジットは変動金利で貸すことが多いため、データセンター事業者は固定金利を支払うスワップを組み合わせる。この取引も金利市場へ合成的な長期金利リスクを供給する。Dallas Fedは、二〇二五年第4四半期だけで十年債換算五百億ドル以上だった可能性を挙げる。さらに、大手テックの起債が金融機関など別の投資適格債発行を置き換えれば、市場に残る金利リスクの構成も変わる。


この変化はドル市場に限らない。ECBによれば、二〇二六年の米国大手テックはユーロ建て非金融法人債の新規発行の一割弱を占め、AmazonとAlphabetは同市場最大級の発行体になった。Amazonの取引はユーロ圏の非金融法人債として過去最大だった。


ただし、企業の資金需要が国債と同じ分析単位で語られ始めたことと、政府が市場から締め出されたことは同じではない。ECBは、ユーロ圏企業の起債需要が弱まった証拠を今のところ確認していない。投資家は将来の供給増と収益の不確実性に対して、大手テック債へより高い利回り差を求め始めた。価格調整が働けば、資本コストの上昇はAI投資を抑える。


イングランド銀行も、AI関連企業による公募債、プライベートクレジット、レバレッジド・ファイナンス、仕組み金融の利用が急増したと認める一方、他企業や政府が資金市場へアクセスしにくくなった証拠はほとんどないとする。AIによる生産性向上は成長率と税収を高め得るが、貯蓄供給が投資需要ほど増えなければ、実質金利の上昇は政府の利払い負担を増やす。この二方向を分けなければならない。


長期金利の上昇には、少なくとも三つの経路がある。社債とスワップによる長期金利リスクの供給、AIの生産性期待による均衡実質金利の上昇、成長と税収を介した財政見通しの変化である。金利が上がったという事実だけから、AI企業が国債をクラウドアウトしたとは言えない。


ここで長期金利市場を取り上げる理由は、危機を予言するためではない。AI投資競争が企業内部、製品市場、企業間ネットワークを越え、世界の長期資本の価格形成と同じ尺度で分析され始めたからである。同時に、金利と信用利回り差は競争を抑えるブレーキにもなる。伝播は一方向のドミノではない。



投資額の外側


AI投資競争を一続きの伝播経路として見ると、観察すべき変数が変わる。


製品市場では、早期の計算資源がどの程度、持続的な市場シェアへ変わるかを見る。バランスシートでは、生産性の判明前に固定した資本、負債の満期、設備の経済寿命を比べる。企業間ネットワークでは、出資と購入契約の損失負担、複数ラボをつなぐ共通出資者、担保と保証の集中を追う。金利市場では、発行額だけでなく、満期、通貨、スワップを含む長期金利リスクの供給と、信用利回り差による抑制を測る。


企業単体の開示では、設備投資額と借入額を並べるだけでは不十分である。需要が外れた場合でも支払いが残る契約、貸借対照表に直接現れないリースや特別目的会社、設備寿命より先に到来する借換期限を合わせて見なければならない。営業キャッシュフローが潤沢な親会社でも、個別事業の損失を別会社へ移していれば、連結数値だけから負担の所在を読めない。


企業間では、共通の出資者が何社のラボを支え、その出資者が一社の失敗後も他社への資金を維持できるかが焦点になる。債券市場では発行総額より、誰がどの年限の金利リスクを吸収しているかを見る。三つの観察単位を混ぜると、巨大な投資額だけが残り、損失を止める場所が分からなくなる。


この差を記録するだけでも、総額の上限を決めるより多くを学べる。


設備も分けなければならない。GPUは世代交代が速いが別用途へ回せる場合がある。データセンターの建物、土地、送電接続、冷却設備は耐用年数も買い手も違う。資産売却時の損失率をAIインフラ全体へ一律に置けば、危険を過大にも過小にも評価する。


問うべきは、AI投資が単純に多すぎるかどうかではない。必要な技術探索を残しながら、失敗した設備を誰がどの資本で引き受け、どこで損失を止めるかである。


AIが期待どおり成功しても、この問いは消えない。成功期待が高いほど市場ポジションを取る価値が増し、企業はより早く資本を固定しようとするからだ。技術が本物であることは、競争が作る金融の弱さへの反証にならない。


シリコンサイクルでは、主に価格、在庫、稼働率が設備の過剰を調整した。AIでは、その調整が出資価値、信用供給、企業間契約、長期金利市場へ伝わる可能性がある。投資額の巨大さ以上に注意すべきなのは、製品市場で始まった競争をシステム全体へ運ぶ経路の長さである。



 

ポイント整理


  • 技術価値と投資効率の分離

    • AIが大きな社会的価値を生むことと、個々の設備投資が適正な規模・時期で行われることは両立しない場合がある。企業の誤認がなくても、少数の勝者を争う競争から過剰は生じる。

  • 規模・時期・企業間関係の分解

    • BIS論文は、投資総額、需要判明前の前倒し、出資と購入契約の結びつきを区別する。バストの確率には先行者競争、深さには資金構成が強く作用する。

  • 半導体型循環の拡張

    • 予測誤差、供給ラグ、戦略的能力競争はAI以前から存在した。AIでは早期設備が市場ポジションに変わり、金融契約が製品市場の調整を企業間バランスシートへ運ぶ。

  • 探索価値を残す政策判断

    • 社会的に適正な投資総額は決めにくい。重複投資を一律に減らすより、前倒し比率、負債、転用可能性、契約集中を監視し、失敗の連鎖を短くする方が現実的である。

  • 長期資本市場への到達

    • 大手テックの起債とスワップは、長期金利リスクの供給要因になり始めた。ただし、現時点で企業や政府の明確な締め出しが起きたとは言えず、利回り上昇による投資抑制も働く。



キーワード解説


【コンテスト・ウェッジ】

企業が追加投資から得る私的な限界収益と、産業全体が得る限界収益との差。市場シェアを競合から奪う効果は企業には収益だが、社会全体では企業間の移転となるため生じる。


【先行者優位】

早く配備した計算資源が、同量を後から配備する場合より高い競争価値を持つこと。利用者、データ、開発者、企業システムへの組み込みが蓄積する市場ほど強くなる。


【循環的金融】

出資者がAIラボへ資本を提供し、そのラボが出資者から計算資源を購入するなど、資本、所有、設備供給、将来需要が部分的に同じ企業群の内部で結ばれる構造。取引の危険度は解約条件、保証、最低購入義務によって異なる。


【ファイヤーセール】

資金制約を受けた企業が同時に資産を売り、買い手の少ない市場で価格が大きく下がること。AIインフラでは資産ごとの転用可能性が違うため、一律の損失率を置くべきではない。


【長期金利リスクの供給】

長期債の発行や固定金利を支払うスワップによって、市場の投資家が引き受ける金利変動リスクが増えること。単純な資金量ではなく、満期をそろえた十年債換算額や金利感応度で比較する。



本稿を素材として対話形式で再構成した記事も、近日中にnoteに掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
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