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「自分の中の矛盾を、見つめて認める力」――ジェシー・ジャクソンが遺した問いかけ

更新日:2月18日




シリーズ: 行雲流水


差別に声を上げ続けた人が、自分の中にも差別があると告白したら、どう受け止めますか。


公民権運動の指導者として半世紀以上にわたり社会変革を訴え続けたジェシー・ジャクソン牧師が、2026年2月17日に84歳で亡くなりました。マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の暗殺に立ち会い、その遺志を受け継いで組織を立ち上げ、2度の大統領選に挑んだ人物です。彼の死を受け、追悼の言葉が政界・市民社会のあらゆる方向から集まりました。


富良野とPhronaは彼のある印象的な発言に注目し、彼の言葉と生き方から、差別・自己認識・連帯について、話し合います。




足音の話


There is nothing more painful to me at this stage in my life than to walk down the street and hear footsteps... then turn around and see somebody white and feel relieved.

(道を歩いていて足音が聞こえ、振り返ったときに、相手が白人であるのを見て、ホッとしている自分に気づく……私の人生のこの段階において、これほど苦痛なことはない。)

-- Jesse Jackson


富良野:今日ジェシー・ジャクソンが亡くなったというニュースを見て、ふと彼のあの言葉を思い出しました。夜道を歩いていて、後ろに足音を聞いて、振り返ったら白人だったとわかって……安堵した、という話。


Phrona:ああ、あれ。読んだ瞬間に「これを自分の口から言える人が、どれだけいるだろう」と思いませんでした?


富良野:そうなんですよね。しかも発言した人が、何十年も差別と闘ってきた人だというのが、すごく大事な文脈で。その人が「自分の中にもそれがある」と言っている。自分で自分を裏切るような感覚を、そのまま言葉にしている。


Phrona:言いにくいですよね、あれは。差別に反対してきた立場だからこそ、余計に。でも彼は言った。その態度そのものが、知的誠実さ、という言葉を使いたくなる種類のものですよね。自分の感情反応を観察する距離感があって、でも自分を切り離して突き放すわけでもない。自分の中のものを、ちゃんと自分のものとして扱っている感じ。


富良野:発言の時期が1993年とされているんですが、当時あれを言うのは相当の覚悟が要ったと思うんですよ。今よりもっと言語化されにくい時代に。


Phrona:言語化されにくいものを、言葉にするのが政治家の仕事ではあるんでしょうけど……それが自分自身への批判になるときは、また話が違ってきますよね。



無意識の中に住んでいるもの


富良野:あの告白が興味深いのは、彼が意識的に差別したわけじゃないところだと思うんですよ。反射的に安堵した、というところに、彼の信念と身体的反応の食い違いが表れている、という話で。



Phrona:人間ってそういう生き物だよな、と思うんですよ。頭では否定していることを、身体が先にやってしまう。


富良野:無意識のバイアス、という言葉があるんですが、これは意識的な偏見とは別のもので。意図せず作動する、連想や判断のパターンのことです。あの発言はまさにその典型的な例として、教育の現場でよく引用されるんですよ。


Phrona:で、なぜそのパターンが彼の中に入ったかというと、社会が作ったものですよね。彼が生まれ育ったアメリカの南部、完全に人種ごとに分けられた世界の中で、ある種の連想が形成されてしまっている。


富良野:だから彼の告白は、私はこういう人間だという自己開示であるとともに、これが私を作った社会の話でもある、という二重の構造を持っていますよね。


Phrona:しかも主語が「私」なんですよね。他の誰かを批判していない。あなたたちがそうだ、でも自分は違う、という話じゃなくて。自分の中を掘り下げている。


富良野:そこが、受け手に問いを返しやすくしているんだと思うんですよ。あなたはどうか、という問いを押しつけてくるんじゃなくて、自分の話をしている。でも読んだ側は自然に、じゃあ私は、と考え始めてしまう。


Phrona:言葉の設計として、すごいですよね。



告白はどこに着地するか


富良野:ただ、あの発言がどう受け取られてきたかというと、決して一枚岩じゃなくて。


Phrona:切り取られると変わりますよね、意味が。


富良野:そうなんです。文脈ごと読むと、あれは「私の中に社会の偏見が入り込んでいることへの痛み」の告白なんですよ。でも一文だけ抜き取られると、黒人を危険とみなすことへの追認みたいに使われることがあった。


Phrona:うーん……告白の言葉が、証拠として使われてしまう。


富良野:しかも彼が危惧していたことと真逆の方向で。彼はそういうリスクを知っていたはずなんですよ、言うときに。それでも言った。


Phrona:知っていてなお、言った。とても勇気のいることだったと思います。


富良野:二方向から批判が来うるのをわかっていて言ったとしたら、あれは相当に計算された、しかも誠実な発言だと思うんですよ。


Phrona:計算と誠実が両立する、というのが面白いですよね。どっちかじゃなくて。思慮があったからこそ、あの形になった。


富良野:感情の生々しさと、そこから一歩引いた観察が同時にある。詩に近い構造かもしれない。


Phrona:詩、か。なんか、それはわかる気がします。



連帯の形を問い直す


Phrona:彼の人生を振り返ると、Rainbow Coalition(レインボー連合)という発想が特徴的だなと思うんですよ。黒人だけじゃなくて、ラテン系、アジア系、LGBTQ+の人々、移民、女性……さまざまなマイノリティが繋がっていく、という構想。


富良野:1984年の大統領選のときに作った組織ですよね。当時としては、かなり先駆的な発想だと思うんですよ。差別されているのは自分たちだけじゃない、という認識で横断的につながろうとした。


Phrona:でも横断的につながるのって、簡単じゃないですよね。それぞれのコミュニティの中の事情も違うし、優先順位も違う。


富良野:そうなんですよ。あの時代の公民権運動にも、内部の亀裂や葛藤がたくさんあった。ジャクソン自身もいろんな批判を受けていて、1984年の選挙ではユダヤ系コミュニティとの関係で大きな問題も起きている。


Phrona:完璧な人じゃなかった、ということですよね。でもそれを前提にして考えると、あの足音の話が、また別の光を帯びてくる気がするんですよ。


富良野:どういう意味ですか?


Phrona:連帯を唱えてきた人が、自分の内側の分断も持っていた。その両方が本当で、どちらかが嘘じゃない。そういう人間の複雑さを、丸ごと引き受けているようにも見えてくる。


富良野:理想と現実の乖離を、隠さなかった、ということかもしれないですね。


Phrona:あるいは隠せなかった、というのが正確かもしれないけど……どちらにしても、それが誠実さの別の形、ということなのかも。



言葉を残すということ


富良野:今日彼の訃報に対して、トランプもバイデンもシャープトンも、それぞれの言葉を出していましたが、面白いのはそれぞれ「違うジャクソン」を語っていることですよね。


Phrona:そうですよね。信念で闘った人として語る人もいれば、実用的な政治家として語る人もいる。


富良野:それは彼が多面的だったということでもあるし、語る側が何を必要としているか、ということでもある。


Phrona:死者はもう反論できないから、都合よく使われるリスクがあるわけですが……それでも彼の場合、あの足音の言葉が残っているのが大きいと思うんですよ。


富良野:なぜですか?


Phrona:自分で自分を裏切るような告白が残っているから、単純化しにくい。英雄として祀り上げたり、逆に批判の対象として矮小化したりするのが、少しだけ難しくなる。


富良野:言葉が、ある種の抵抗になっている、ということですか。


Phrona:うん。完成した像じゃなくて、問いを持ち続けた人間の記録として残っている、という感じがするんですよ。


富良野:私はアメリカに留学していた頃に彼の講演会に行ったことがあるんですけど、問いを持ち続ける、というのは彼の演説のスタイルにも出ていて……あの独特のリズムで、聴衆に問いかけていく形が印象的でした。答えを与えるんじゃなくて、聴衆が「そうだ」と言いたくなる問いを連ねていく。


Phrona:語りかけることで、共に考える空間を作る。そういう意味では、あの足音の告白も同じ構造かもしれない。自分の話をすることで、聴いている人が自分の中を掘り始める。




ポイント整理


  • ジェシー・ジャクソン牧師の略歴と功績

    • 1941年、アメリカ南部のサウスカロライナ州生まれ。公民権運動の指導者マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの暗殺に立ち会い、その後キング亡き運動を牽引。Operation PUSH(人々を統合して人類を救う)を設立し、黒人の経済的・政治的地位向上に尽力。1984年・1988年の2度にわたる民主党大統領予備選挑戦は、黒人候補者として歴史的な意味を持ち、少数派の政治的代表性への道を開いた。2017年にパーキンソン病の診断を受けながらも社会活動を続け、2026年2月17日に84歳で逝去。

  • 「足音の告白」の意味

    • 1993年頃に語られたとされるこの発言は、夜道で後ろに足音を聞いて恐怖を感じ、振り返ったら白人だったと分かって安堵した、という経験を述べたもの。差別撤廃を訴え続けてきた本人が、自分の身体反応の中に社会的偏見が刷り込まれていることを率直に認めた点で、知的誠実さの表れとして広く受け止められている。

  • 無意識バイアスという概念

    • 意識的な差別や偏見とは異なり、意図せず作動する判断・連想のパターンを指す。医療・司法・教育などの現場で研修教材として活用されることが多く、ジャクソンの発言はその典型例として引用され続けている。

  • 言葉の複数の受容

    • 同じ発言が、自己認識の深さを示す誠実な告白として評価される一方、文脈を外れて引用されると、差別的連想を追認する言葉として利用されるリスクもある。語り手の立場・意図と、聴き手の受容は常に一致しない。

  • Rainbow Coalition(レインボー連合)の先駆性

    • 1984年の大統領予備選を背景に設立されたこの組織は、黒人だけでなく、ラテン系・アジア系・LGBTQ+・移民・女性など多様なマイノリティが横断的に連携することを目指した。現代的な意味での「連帯政治」のモデルとして評価される。

  • 不完全さと誠実さの共存

    • ジャクソンは大統領選での発言問題など複数の批判も受けており、英雄的な像に収まりきらない人物でもある。その複雑さを含んだ記録が残ることで、単純化を難しくしている。



キーワード解説


無意識バイアス(Unconscious Bias)】

意識的な差別とは異なり、本人が意図しないまま作動する偏った判断や連想のパターン。社会環境や文化的刷り込みによって形成される。


公民権運動(Civil Rights Movement)】

主に1950〜60年代のアメリカで展開された、黒人をはじめとする人種的少数派の法的平等・政治的権利を求める社会運動。キング牧師が象徴的人物だが、その後も多くのリーダーによって継承された。


Operation PUSH】

1971年にジャクソンが設立した組織。People United to Serve Humanityの略称。黒人の経済的自立、教育機会の拡大、政治参加の促進を目的とした。後にRainbow Coalitionと合併。


Rainbow Coalition(レインボー連合)】

ジャクソンが1984年の大統領選を機に設立した組織。異なる人種・性別・性的指向のマイノリティが共同で政治的権利を求めることを目指す「連帯政治」の先駆的モデル。


知的誠実さ】

自分の信念や立場にとって不都合な事実や感情をも、誠実に認め、言語化しようとする態度。自分を守るために事実を曲げたり沈黙したりしないこと。


自己省察(Self-reflection)】

自分自身の思考・感情・行動を、客観的な距離を保ちながら観察・分析すること。単なる自己批判とは異なり、自分を突き放すのでなく、自分の一部として引き受ける態度を伴う。



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