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バーチャル民主主義の約束と現実──DecentralandのDAO研究が明かすデジタル社会の課題

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シリーズ: 論文渉猟


◆今回の論文:Andrea Peña-Calvin et al. "Is DAO Governance Fostering Democracy? Reviewing Decision-Making in Decentraland" Proceedings of the 58th Hawaii International Conference on System Science, 2025年1月)

  • 概要:Decentralandという仮想世界プラットフォームのDAO運営における投票動向と提案結果を分析し、民主的意思決定の実態を検証した研究論文



トークンを持っていれば誰でも投票に参加できる。権力の集中はなく、透明性が保たれ、誰もが対等に議論に参加できる——。


ブロックチェーン技術を基盤とした自律分散組織(DAO)は、こうした理想的な民主的意思決定を約束してきました。しかし、仮想世界の運営で注目を集めるDecentralandでの最新研究は、この楽観的な見方に疑問符を突きつけています。


2024年に発表された研究論文では、3年間にわたるDecentralandの投票データを詳細に分析し、約2,547件の提案と166,970票の投票行動を調査しました。そこから浮かび上がったのは、少数のメンバーに投票権が集中している現実と、プラットフォーム運営やウェアラブル技術への関心が支配的である実態でした。


この研究は、デジタル技術による民主主義の革新という大きな期待と、現実に起こっている権力構造の間にある深刻なギャップを明らかにしています。富良野とPhronaの対話を通じて、バーチャル世界の民主主義が抱える根本的な課題について考えてみましょう。


 


理想と現実のギャップ


富良野:この研究、なかなか興味深い結果が出てますね。DAOが約束している水平的で民主的な意思決定って理想と、実際のDecentralandでの投票動向には大きなギャップがある。


Phrona:そうですね。少数のメンバーに投票権が集中しているという発見は、ちょっと皮肉な感じがします。ブロックチェーンの透明性を謳っていても、結局は従来の組織と似たような権力構造が生まれてしまうんですね。


富良野:ただ面白いのは、その少数の大きな投票権を持つ人たちが、実際にはそれほど積極的に投票していないという点です。権力はあるけれど使わない、みたいな状況が生まれている。


Phrona:それって、ある種の自制なのか、それとも無関心なのか。権力を持っていても行使しないというのは、民主主義にとってどういう意味を持つんでしょうね。


富良野:僕は制度設計の問題だと思うんです。トークン所有量に応じた投票権という仕組み自体が、どうしても経済的格差を政治的格差に転換してしまう。MANAトークンやLANDを多く持つ人が必ずしも、コミュニティの利益を最もよく理解しているとは限らないわけで。


Phrona:でも、DAOの発想って元々そこに魅力があったんじゃないですか?従来の民主主義みたいに地縁血縁とか既得権益に縛られず、純粋に貢献度や投資によって発言権が決まるという。


富良野:確かにそうですね。ただ結局のところ、経済的リソースの格差が発言権の格差になっているという構造は変わっていない。むしろより露骨になったとも言える。


プラットフォーム中心主義の罠


Phrona:この研究で気になったのは、議論のテーマが主にプラットフォーム運営とウェアラブル技術に集中しているという点です。せっかく分散的な組織なのに、話題が内向きになっているような印象を受けます。


富良野:それはDecentralandという特性上、仕方ない面もあるかもしれません。仮想世界を維持・発展させるためには、技術的な議論やプラットフォーム運営の話が中心になるのは自然です。


Phrona:でも、それって本当に民主的なんでしょうか?技術に詳しい人や既にプラットフォームに深くコミットしている人の声が大きくなって、新しい参加者や異なる視点を持つ人が入りにくくなるような気がします。


富良野:なるほど、参入障壁の問題ですね。DAOは誰でも参加できるとは言っても、実際にはその分野の専門知識や、既存のコミュニティの文脈を理解していないと、有意義な貢献をするのは難しい。


Phrona:そうなんです。表面的には開かれているけれど、実質的には閉じた専門家集団になってしまうリスクがある。これって、学術界とか専門職の世界でよく見る形式的な開放性と実質的な排他性の問題と似ていませんか?


デジタル民主主義の可能性と限界


富良野:確かに。DAOが真に民主的であるためには、参加のハードルを下げる工夫が必要なのかもしれません。ただ、僕はDAOの試み自体は評価したいと思うんです。従来の民主主義制度では実現できなかった透明性や、リアルタイムでの意思決定プロセスなど、革新的な要素はたくさんある。


Phrona:そうですね。すべての投票記録がブロックチェーン上に残るという透明性は確かに画期的です。でも、透明性があることと、実際に民主的であることは別の話なのかもしれません。


富良野:どういうことですか?


Phrona:例えば、すべてが見えるからこそ、投票行動に社会的圧力がかかったり、逆に匿名性が失われることで自由な発言が萎縮したりする可能性もあるんじゃないでしょうか。


富良野:なるほど、プライバシーと透明性のバランスの問題ですね。完全に透明であることが必ずしも良い結果をもたらすとは限らない。


Phrona:それに、デジタルネイティブな人とそうでない人の間で、参加の質に差が生まれるのも気になります。技術的なハードルが高いと、結果的に一部の人だけの民主主義になってしまう。


富良野:そこは制度設計で改善できる部分もあると思います。より直感的なインターフェースや、段階的な参加の仕組みを作ることで、参加のハードルは下げられるはず。


実験としてのDAO


Phrona:でも考えてみると、DecentralandのDAOって、ある意味では壮大な社会実験ですよね。リアルな社会制度を変えるのは難しいけれど、バーチャル空間なら新しい民主主義のあり方を試行錯誤できる。


富良野:そうですね。失敗しても現実世界への直接的な影響は限定的だし、設定を変更することも比較的容易です。そういう意味では、民主主義の新しい形を模索する実験場として、DAOには大きな価値がある。


Phrona:この研究も、そうした実験の貴重な記録と言えるかもしれません。理想と現実のギャップを正直に見つめることで、次の改善につなげられる。


富良野:ただ、気をつけなければいけないのは、バーチャル空間での実験結果をリアル社会に安易に適用することの危険性です。コンテキストが違えば、同じ制度でも全く違う結果になる可能性がある。


Phrona:そうですね。でも逆に言えば、リアル社会の民主主義制度も、実は歴史的な偶然や特定の条件下で形成されたものかもしれない。DAOの実験を通じて、民主主義そのものを相対化して考える機会にもなりそうです。


富良野:確かに。権力の分散、意思決定の透明性、参加の平等性——これらの理念をどう実現するかは、技術や社会の変化とともに常に問い直されるべき課題なのかもしれませんね。



 

ポイント整理


  • 投票権の集中問題

    • DecentralandのDAOでは、少数のメンバーに投票権が高度に集中しているが、彼らは必ずしもその権力を積極的に行使していない。これは、トークン所有量に基づく投票システムの構造的問題を示している。

  • 議論テーマの偏向

    • プラットフォーム運営とウェアラブル技術が主要な議論テーマとなっており、より広範囲な社会的課題への関心が限定的である。これは技術専門家の影響力が強いことを示唆している。

  • 参加障壁の存在

    • 形式的には誰でも参加可能だが、実際には技術的知識や既存コミュニティの理解が必要で、実質的な参加障壁が存在する。これによって新規参加者の有意義な貢献が困難になっている。

  • 透明性と民主性のギャップ

    • ブロックチェーンによる透明性は確保されているが、これが必ずしも民主的な意思決定につながっているわけではない。透明性と実質的な参加の平等性は別の問題である。

  • 実験場としての価値

    • DAOは新しい民主主義形態の実験場として機能しており、失敗も含めて貴重な学習機会を提供している。ただし、バーチャル空間での結果をリアル社会に適用する際には慎重な検討が必要。

  • 制度設計の重要性

    • 技術的な革新だけでは民主主義の課題は解決されず、参加のハードルを下げ、多様な声を反映できる制度設計が不可欠である。



キーワード解説


DAO(自律分散組織)】

ブロックチェーン技術を基盤とした、中央管理者なしに運営される組織形態


Decentraland】

ユーザーが仮想土地を所有・開発できるブロックチェーン基盤の仮想世界プラットフォーム


トークンベース投票】

保有するデジタルトークンの量に応じて投票権が決まる意思決定システム


投票権の集中】

少数の参加者が大部分の投票権を保有する状況


ガバナンストークン】

DAOの意思決定に参加する権利を表すデジタルトークン


スマートコントラクト】

ブロックチェーン上で自動実行されるプログラム化された契約


分散型ガバナンス】

中央権威に依存しない、分散化された意思決定システム


MANA】

Decentralandの基軸トークン、投票権の基準となる


LAND】

Decentraland内の仮想土地を表すNFT、投票権の一部を構成


提案(Proposal)】

DAOで議論・投票される具体的な案件や政策



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
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