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戦略的不可欠性を交渉力に変える──迂回されない国という設計課題

シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:Patrick Foulis, "Trump's trade war shifts from shakedown to lock-in" (Financial Times, 2026年7月24日)

  • 概要:トランプ政権の通商政策が、関税による短期的な利益回収から、同盟国を含む各国が米国中心のシステムから抜け出しにくくする方向へ変化していると論じる記事(論考)。決済やAI、防衛技術を横断する事例を通じて、超大国としての地位がどのように収益源へと転換されつつあるかを描いている。



トランプ政権の通商政策をめぐる議論は、長らく関税率の高さに集中してきた。だが、争点はすでにそこにない。決済網、AIモデル、クラウド、知的財産、防衛装備。グローバル化を支える基盤を誰が握るかという競争へ、通商交渉の対象そのものが移っている。


フィナンシャル・タイムズのパトリック・フーリスは、2026年7月の論考でこの変化を「みかじめ料の徴収(shakedown)」から「囲い込み(lock-in)」への転換と表現した。高い代金を払わせる段階から、他の選択肢へ乗り換えること自体を難しくする段階へ、という診断である。


この診断は、日本のような同盟国に何を突きつけるのか。結論を先に置けば、重要な国であることと、交渉できる国であることは、同じではない。



超大国サービスの値上げという第一段階


フーリスの出発点は、単純な保護主義批判ではない。関税を上げ、国内産業を守るという意味では従来の貿易戦争と重なって見えるが、描かれているのはもっと広い射程を持つ話である。


現代の米国が海外から得ている利益の中心は、もはや工業製品の輸出ではない。金融、ソフトウェア、知的財産、防衛、デジタル基盤といった無形の資産とネットワークから発生する収益の方が大きい。だから政権の狙いも、米国がこれまで比較的広く提供してきた超大国としてのサービスを、条件つきの収益源へと再定義することに向かう。ドルと金融市場、米国企業が運営するデジタル基盤、巨大な消費市場、AIや知的財産、武器と防衛技術、そして同盟を通じた安全保障の保証。これらが値札のついたサービスへと組み替えられていく。


最初の段階は、その代金を吊り上げることだった。関税だけでなく、米国への投資の約束、米国製品の購入枠、米国製兵器の調達、米国企業の技術や知的財産の利用、防衛費の増額。これらを組み合わせることで、米国は前年、外国からの資本流入を過去最高水準まで押し上げ、金融や技術、知的財産、防衛の分野で得る対外所得を国内総生産の7パーセント近くまで積み上げたという。ここまでは、既存の顧客からより多くを取る、通常の商売の延長線上にある。



顧客は、静かに保険をかけ始めた


問題は、顧客が代金の高さに気づいたことだった。


各国が採ったのは、米国との関係を断つ道ではない。米国のサービスを使い続けながら、同時に代替手段にも投資するという、二重の構えである。ドルと米国の金融市場を利用しつつ独自の決済網を整える。米国製兵器を購入しつつ自国や欧州の防衛産業を育てる。米国のクラウドやAIを使いつつ、自前のAI基盤を開発する。


これは米国にとって問題になる。各国が完全に離脱しなくても、代替システムが存在するというだけで、米国企業の市場シェアも価格決定力も政治的影響力も下がっていくからだ。ブラジルの決済網Pixのように、この動きが米国企業の市場シェアを脅かす水準まで育った事例については、既に別の記事で扱ったのでそちらに譲りたい。フーリスが挙げる例はほかにもある。中国のAI企業が、米国の最先端モデルに近い性能を大幅に安い価格で実現しつつあること。同盟国が、米国製装備との相互運用を保ちながらも、独自の防空能力や宇宙能力を育てようとしていること。



値上げから、乗り換えの妨害へ


ここから論理は次の段階へ移る。代替手段そのものへの妨害である。


国務省高官が、同盟国による独自デジタル能力の構築を後ろ向きで非生産的だと批判したこと。米国製技術に遠隔停止機能が仕込まれているのではないかという懸念を、外交官に打ち消すよう指示が出たこと。ブラジルへの高関税、中国AI企業への制裁検討、同盟国の防衛技術に対する相互運用性の要求。フーリスはこれらを、価格を上げる政策から、競合サービスへの乗り換えを妨げる政策への転換として並べてみせる。


覇権国が競合インフラの形成を妨げること自体は、歴史的に新しくない。20世紀初頭に英国がドイツによる独自無線網の構築を妨げようとした例があり、2010年代には米国が同盟国にHuawei製通信機器の排除を求めた。近年の一部の通商協定には、相手国が第三国と結ぶ経済協定の内容にまで米国が事実上関与できる条項が含まれているという。通商協定が、関税と市場アクセスの調整から、技術と安全保障の圏内に留まることを約束させる契約へと性格を変えつつある。


フーリスが今後5年の焦点として挙げるのは、関税の水準ではない。欧州やアジアで育ちつつある代替インフラを、米国が実際に禁止し妨害するかどうかである。同盟国により多くの負担を求めることと、同盟国が代替手段を探すこと自体を禁じることは、根本的に異なる。前者は取引条件の再交渉にとどまるが、後者は同盟関係を経済的な従属関係へと変えかねない。



設計者のいない囲い込み


ここまでの整理は、政策が生み出す効果の診断としてはおおむね正確だろう。ただし、これをトランプ政権が金融、AI、防衛、通商を横断する精緻な設計図を描き、その通りに実行しているという意味で受け取ると、確認できる証拠を超えてしまう。


実際に個々の政策を追っていくと、そこにあるのは一枚岩の戦略というより、複数の主体がそれぞれの利益を追った結果としての収斂に近い。通商代表部は米国企業の市場アクセス拡大を追い、商務・技術当局はAIと半導体における米国の優位を守ろうとし、国防当局は同盟国の装備と指揮系統を米国のシステムに統合しようとする。財務当局は制裁とドル秩序の維持を重視し、ビザやマスターカードのような民間企業も、決済網の競合が育つことへの警戒から独自に働きかけを行っている。誰かがこれらを一つの計画にまとめているというより、それぞれが持ち場で動いた結果、方向がそろってしまったと見るほうが実態に近い。


トランプ本人の役割も、緻密な設計者というより、これまで別々の法制度と省庁で扱われてきた関税、安全保障、投資、兵器購入、技術アクセスを、相互に交換可能な取引材料として扱ってよいと政治的に許可した人物、と捉えたほうがいいだろう。金融や情報のネットワークで中心的な位置を占める国家が、その中心性そのものを強制力に転換できることは、国際政治学の分野で武器化された相互依存として論じられてきた。中心にいることそのものが力になるのであって、そこに統一された意図は必ずしも要らない。


この読み替えは、単なる言葉の問題ではない。統一された戦略が相手であれば、その戦略と交渉すればいい。だが、設計者のいない収斂が相手だと、どこに向けて何を主張すればいいのかという交渉の窓口自体が定まらない。日本のような同盟国が直面しているのは、後者の状況である。



アジアの同盟国が抱える二重の板挟み


この状況への対応は、日本を含むアジアの米同盟国にとって、欧州よりも難しい。


欧州には、不完全ながらもEUという共通市場や通貨圏、規制権限、貿易交渉主体がある。米国の要求に対して、加盟国が個別にではなく、ある程度まとまって向き合う制度的な土台が存在する。アジアには、それに相当する主体がない。日本、韓国、豪州、フィリピンなどの同盟関係は、基本的に米国を中心とする二国間関係の集合にとどまる。


しかも各国が見ている脅威は一様ではない。日本は中国、北朝鮮、ロシアを同時に見ており、韓国は北朝鮮の抑止を最優先し、フィリピンは南シナ海で中国と直接対峙し、豪州は軍事面での米国統合と対中経済関係の両立を図っている。この違いが、アジア諸国による共同対米交渉をとりわけ難しくしている。米国が国ごとに関税免除や技術提供、安全保障上の保証を個別に提示すれば、自国だけは例外を得たいという誘因が働き、まとまりは容易に崩れる。


したがって、日本が選べるのは、対米追随か脱米かという単純な二択ではない。米国との同盟を維持しながら、一方的な条件変更に対する交渉の余地をどう確保するかが、実際の課題になる。



「重要な国」と「交渉できる国」の距離


日本はすでに米国にとって重要な国である。在日米軍基地、地理的な位置、製造業の厚み、半導体の素材と装置、造船と整備の能力、資本、東南アジア諸国との外交関係。これらは米国のインド太平洋戦略に大きく寄与している。経済産業省も、企業や技術が国際的に代替されにくい状態を指す戦略的不可欠性を、戦略的自律性とあわせて経済安全保障政策の公式な目標として掲げている。


したがって、日本に足りないのは不可欠性という発想そのものではない。より正確に言えば、その不可欠性が、誰に対する、どの争点での、どのような交渉力へ変換されるのかが、明確でないことである。


不可欠性は、少なくとも三つの層に分けて考える必要がある。ひとつは市場や供給網における戦略的な不可欠性であり、日本の企業や技術、素材が国際的に重要であることを指す。もうひとつは同盟運用上の不可欠性であり、米国の地域戦略や軍事活動に日本の基地や整備能力、産業基盤が必要とされている状態である。そして、日本が協力条件の見直しを求めたとき、米国が日本を迂回するよりも一定の妥協を選ぶという交渉上の不可欠性が、三つ目に来る。


最初の二つが存在しても、三つ目は自動的には生まれない。ここに、重要性を交渉力へ転換するうえでの落とし穴がある。日本企業が重要な技術を持っていても、日本政府がその供給条件を実際に制御できなければ、国家の交渉カードにはならない。日本の資金や技術によって米国内の生産能力が育ち、数年後には日本を迂回できるようになるなら、日本の貢献はむしろ米国の対日依存を下げてしまう。



不可欠になるほど、代替を招く


さらに厄介なのは、不可欠であることそのものが、必ずしも良い扱いを保証しないという点である。


1980年代の日米半導体摩擦は、そのことをよく示す反例だ。当時、日本の半導体産業は世界市場で圧倒的な存在感を持っていた。しかしその重要性は、米国に日本を尊重させるのではなく、通商法301条に基づく圧力、1986年の半導体協定による価格と市場アクセスの管理、履行が不十分だと見なされた翌年の制裁関税という一連の対応を招いた。


露骨な一点突破の不可欠性は、相手にとって放置できない依存として認識され、代替への投資と技術移転要求をかえって呼び込む。不可欠になれば守られるという理解は、静的にすぎる。実際には、相手の代替努力との動的な競争として設計しなければならない。


だとすれば、日本が目指すべきは単一の切り札ではなく、複数の領域に中程度の不可欠性を分散させる設計だろう。前方地域における艦艇や航空機の整備と補修。防衛システムの設計と統合の能力。半導体の装置や素材、人材が結びついた技術生態系。東南アジア諸国との外交ネットワーク。一つひとつは代替可能でも、日本を全面的に迂回しようとすれば、時間と費用と調整の負担が複数の場所で同時に膨らむ。そういう状態を作ることが、目指す形になる。



GCAPは成功例ではなく、試験例である


日英伊が共同で進める次期戦闘機GCAPは、この発想に近い試みとして注目に値する。日本は完成品の購入者ではなく設計と開発の主体として関わっており、三カ国の政府間機関GIGOと共同事業体を通じて、一国だけを狙い撃ちで切り崩しにくい制度を作ろうとしている。代替選択肢と集団性を、公然たる対米連合としてではなく、共同生産と共同統治の内部に埋め込む設計だと言える。


ただし、共同開発に参加していることと、実質的な支配権を持つことは別である。本当に評価すべきは、技術データやソースコードへアクセスできるか、独自に改修できるか、輸出先や生産分担を誰が決めるか、国内で保守と部品供給を継続できるか、といった中身の方だろう。


装備を共同で保有していることと、運用上の主権を持っていることは同じではない。米軍のF-35でさえ、特定の整備に必要なデータへのアクセス不足が独立した整備を妨げているという指摘が、米国の会計検査院から出ている。形式的な対等参加を根拠にGCAPを成功例と呼ぶのは早い。埋め込まれた不可欠性という構想が実際に機能するかどうかを試す、現在進行形の試験例として扱うのが正確だろう。



点検の仕組み


戦略的自律性や戦略的不可欠性という言葉を政策目標として掲げるだけでは、交渉力は生まれない。必要なのは、個々の日米共同案件が、日本の交渉力を積み増しているのか、それとも米国が日本を代替する能力を日本自身が育てているだけなのかを、継続的に見分ける仕組みである。


評価の軸は、対米投資額や共同事業の件数のような入力側の指標ではなく、出力側の効果に置くべきだ。米国が日本を代替するまでにどれほどの時間と費用を要するか。日本側に知的財産、データへのアクセス、改修や輸出、保守に関する権利がどれだけ残るか。協力を停止した場合に、日本側と米国側のどちらがより大きな損害を被るか。日本を外した場合の影響が、英国やイタリア、豪州、韓国、東南アジア諸国など第三国にまで及ぶ制度になっているか。


こうした点検を、ここでは不可欠性監査と呼んでおきたい。防衛共同開発や対米投資、経済安全保障関連の案件について、この監査を制度として組み込むことが、日本政府に求められる次の一歩になる。


もう一つ、監査に含めるべき軸がある。その資産を、具体的にどの交渉争点へ結びつけられるかという見積もりだ。半導体協力を梃子に輸出規制の策定過程への関与を得るといった同一領域内の交換は比較的実現しやすい。しかし防衛協力を梃子に自動車関税を緩和させるといった領域を横断する交換は難度が高く、政治指導部による意識的な連結が必要になる。省庁ごとに分断された交渉では、後者は成立しない。



米国から離れず、粗雑に扱われないために


フーリスの論考が描いた変化、すなわち超大国としての地位が公共財から収益源へと再編されつつあるという診断は、政策が生み出している効果としてはおおむね妥当である。ただし、そこから導かれる日本の結論は、この再編から降りることでも、無条件に従うことでもない。


米国の目的達成に日本の協力が深く組み込まれながら、その協力条件までを米国が一方的に決めることはできない構造をどう作るか。それが、この診断が日本に突きつけている実務的な問いである。


重要な国であることは、すでに達成されている。次に必要なのは、迂回されるコストを具体的に積み上げ、それを交渉可能な形に整えていく作業だろう。地味だが、避けて通れない。



 

ポイント整理


  • 設計者のいない囲い込み

    • トランプ政権の通商政策を、統一された設計図としてではなく、複数の省庁と企業がそれぞれの利益を追った結果としての収斂として捉え直す

    • 統一戦略でないことは脅威が小さいことを意味しない。設計者不在の収斂は、交渉の窓口を見えにくくする

  • 重要性と交渉力の違い

    • 日本はすでに米国にとって重要な国だが、重要であることは自動的に交渉力になるわけではない

    • 不可欠性は戦略的な不可欠性、同盟上の不可欠性、交渉上の不可欠性という三つの層に分けて考える必要がある

  • 不可欠性のパラドックス

    • 1980年代の日米半導体摩擦が示すように、露骨な一点突破の不可欠性はむしろ代替投資や制裁を招く

    • 目指すべきは単一の切り札ではなく、複数領域に分散した不可欠性のポートフォリオ

  • 不可欠性監査

    • 対米協力の評価軸を、投資額や件数から、迂回コストと支配権の所在に置き換える

    • 資産をどの争点へ接続できるかまで見積もる。領域を横断する交換には政治指導部による連結が要る



キーワード解説


【武器化された相互依存】

金融や情報のネットワークにおいて中心的な位置を占める国家が、その中心性を利用して他国に強制力を及ぼせるとする、国際政治学の議論。ネットワーク構造そのものが権力の源泉になるため、明示的な戦略の有無にかかわらず作動しうる。


【戦略的不可欠性】

企業や技術、素材が国際的な市場や供給網において代替されにくい状態を指す。日本の経済安全保障政策では、戦略的自律性とあわせて公式な政策目標として掲げられている。ただし、この不可欠性が実際の交渉力に変換されるかどうかは別の問題である。


【GCAP】

日本、英国、イタリアが共同で進める次期戦闘機の開発計画。日本は購入者ではなく設計と開発の主体として関わり、三カ国の政府間機関を通じた共同統治の枠組みを持つ。技術データや改修権など実質的な支配権をどこまで確保できるかが、今後の評価を左右する。


【不可欠性監査】

対米協力案件について、投資額や件数といった入力側の指標ではなく、代替に要する時間と費用、日本側に残る権利、損害の非対称性といった出力側の効果を継続的に点検する仕組みとして、ここで提案した枠組み。



本稿を素材として対話形式で再構成した記事も、近日中にnoteに掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
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