top of page

民主主義を守るには「効率の悪さ」が必要――トランプ政権が教えてくれた権力分散の価値



シリーズ: 行雲流水


民主主義って、本当に「効率が悪い」もののように見えます。大統領が何か決めても、州政府が反対する。行政命令を出しても、裁判所が差し止める。予算をつけようとしても、議会が拒否する。ビジネスの世界なら「意思決定が遅い」と批判されそうな仕組みです。


でも、その「非効率さ」こそが、権力の暴走を食い止めるセーフティネットになっている――。それを生々しく見せてくれたのが、2017年から2021年までのトランプ政権の4年間でした。


今回の富良野とPhronaは、トランプ政権をケーススタディとして、アメリカの制度的安全装置がどのように機能したかを振り返りながら、制度設計の「地味だけど本質的な部分」について語り合います。




「野心には野心を」――制度設計の基本思想


富良野:トランプ政権下のアメリカの経験って、一歩引いて見るといわば「ストレステスト」として捉えることもできると思うんです。アメリカの制度的安全装置がどこまで機能するか、壮大な実験がなされている。


Phrona:ストレステストという言い方、面白いですね。普段は意識しない配管や基礎工事が、大地震のときに初めて試される、みたいな。


富良野:まさにそう。素材の冒頭で引用されているマディソンの『ザ・フェデラリスト』51番、覚えていますか。野心には野心を対抗させよ、と。政府の各部門が互いを牽制するように設計することで、権力の集中を防ぐ。


Phrona:人間の善意に頼らない設計、ということですよね。誰が権力を握っても暴走しにくいように、構造で縛っておく。


富良野:そう。で、その構造が実際に機能するかどうかは、普段はよく見えない。大統領が常識的に振る舞っているときは、安全装置が作動する場面がないから。


Phrona:トランプ政権は、その安全装置を何度も作動させた。だから逆説的に、装置の存在と機能がはっきり見えた。


富良野:しかも領域横断的にね。移民、環境、医療、司法。どの分野でも、行政府が一方的に押し切ろうとすると、どこかでブレーキがかかった。


Phrona:ブレーキのかけ方も一様じゃないのが興味深いです。州が訴訟を起こすこともあれば、議会が予算を拒否することもあれば、市民団体が世論を動かすこともある。


富良野:チェック機能の多層性、と言えるかもしれません。一つが破られても、次の層がある。冗長性を持たせた設計。



移民政策――州と裁判所の「即応力」


Phrona:具体的な事例を見ていきましょうか。移民政策から。


富良野:トランプ政権の最初の週に出された、いわゆる「ムスリム禁止令」。特定の国からの入国を全面禁止する大統領令ですね。


Phrona:空港で大混乱が起きて、ニュースで見た記憶があります。


富良野:即座に、ワシントン州とミネソタ州の司法長官が連邦地裁に訴訟を提起した。数日後には全国規模の差止命令が出て、第九巡回控訴裁判所も全員一致で支持。


Phrona:そのスピード感、すごいですよね。大統領令が出てから一週間も経たないうちに。


富良野:素材では「大統領の権限は無制限でも司法審査の対象外でもない」という裁判所の判示が引用されています。大統領といえども法の下にいる、という原則の確認。


Phrona:でも結局、バージョン3の禁止令は最高裁で認められたんですよね。


富良野:そう、最終的には縮小版が通った。ただ、ここで重要なのは、最初の極端なバージョンがそのまま施行されることはなかったということ。制度的抵抗が、政策を「穏健化」させた。


Phrona:100点か0点かじゃなくて、60点くらいに落ち着かせた、みたいな。


富良野:DACA(若年移民に対する国外退去の延期措置)の廃止問題も似た構図です。カリフォルニア州を筆頭に、複数の州と市民団体が訴訟。最高裁は2020年に、廃止手続きが行政手続法に違反していると判断した。


Phrona:約70万人の若者が保護されたまま、ということですね。


富良野:カリフォルニア州の司法長官ベセラは、トランプ政権に対して100件以上の訴訟を起こしています。その多くで勝訴している。州という存在が、連邦政府の暴走に対するカウンターウェイトになりうることを示した。



家族分離政策と「サンクチュアリ・シティ」


Phrona:2018年の家族分離政策も大きな論点でしたよね。親子を引き離して別々に拘束する。


富良野:これは超党派で批判が起きて、トランプ自身が大統領令で政策転換を発表した。でも、それだけでは終わらなかった。


Phrona:裁判所が介入したんですか。


富良野:ACLUが訴訟を起こして、連邦地裁が全国規模の差止命令を出しました。分離された家族を期限内に再統合するよう命じた。行政府が「やめます」と言っただけでは不十分で、裁判所が具体的な履行義務を課した。


Phrona:言葉だけの約束じゃなくて、法的拘束力を持たせた。


富良野:それから「サンクチュアリ・シティ」の問題。移民取り締まりへの協力を拒否する自治体に対して、連邦政府が補助金をカットしようとした。


Phrona:懲罰的な措置ですね。


富良野:これも裁判所がブロックしました。補助金の条件として移民協力を求めることは違法だと。連邦政府が財政的なアメとムチで州や自治体を従わせようとしても、それにも限界がある。


Phrona:お金で言うことを聞かせる、というのも万能じゃない。


富良野:国勢調査に市民権の有無を問う項目を追加しようとした件も、最高裁が「理由が不自然」として却下しています。移民が回答を控えることで、人口カウントが歪むのではないかという懸念があった。


Phrona:国勢調査って、議席配分や予算配分に直結しますもんね。


富良野:そう。だから州政府にとっては死活問題で、訴訟の原告になる動機がある。自分たちの利益を守るために連邦と戦う。



司法の独立性と「法の支配」

Phrona:司法の話をもう少し掘り下げましょうか。トランプ大統領は、自分に不利な判決を出した裁判官を「オバマの裁判官」と呼んで批判したりしていましたよね。


富良野:それに対して、ロバーツ最高裁長官が異例のコメントを出しています。「オバマの裁判官もトランプの裁判官も存在しない。いるのは、公正を尽くそうとする献身的な裁判官たちだ」と。


Phrona:司法の政治化を拒否する宣言、というか。


富良野:興味深いのは、トランプが任命した裁判官たちも、必ずしも政権寄りの判決を出していないこと。素材によると、トランプ政権は規制関連の訴訟で約76%敗訴している。過去の政権と比べて異常に高い敗訴率です。


Phrona:自分が任命した裁判官にも負ける、というのは皮肉ですね。


富良野:裁判官たちは、任命者が誰であれ、法的な手続きや根拠の妥当性を見ている。行政手続法という法律があって、政府が規制を変更するときは、合理的な説明と適正な手続きを踏まなければならない。


Phrona:「なんとなく変えたい」では通らない。


富良野:トランプ政権の規制撤廃は、しばしばこの手続きを軽視していた。科学的根拠を無視したり、パブリックコメントを形骸化させたり。だから裁判所に引っかかる。


Phrona:効率を優先して手続きを省略すると、後で足をすくわれる。


富良野:弾劾裁判も一つのチェック機能です。2019年と2021年に2度弾劾された。上院で有罪にはならなかったけど、プロセス自体が大統領の行動に対する公的な審判として機能した。


Phrona:罷免されなくても、「これは許容範囲外だ」というメッセージにはなる。



環境政策――「骨抜き」への抵抗


富良野:環境分野も見ておきましょう。トランプ政権は大規模な規制緩和を進めようとしましたが、これも多くがブロックされました。


Phrona:パリ協定からの離脱が象徴的でしたよね。


富良野:連邦レベルでは離脱したけど、州や都市、企業が「We Are Still In」という連合を作って、自主的にパリ協定の目標を追求し続けた。連邦政府がやらなくても、下のレイヤーが独自に動く。


Phrona:サブナショナルな(国より下の単位での)気候行動、ですね。


富良野:カリフォルニア州は、連邦より厳しい自動車排ガス規制を独自に持っています。大気浄化法に基づく特別な権限。トランプ政権はこれを剥奪しようとしたけど、訴訟で係争状態になって、結局バイデン政権で復活した。


Phrona:州が「実験室」になるという連邦制の良さですね。一つの州で試してうまくいったら、他が追随できる。


富良野:環境NGOも積極的に訴訟を起こしています。天然資源防衛協議会(NRDC)は163件訴訟を起こして、約90%で勝訴したと。


Phrona:ほぼ全勝じゃないですか。


富良野:政権の規制緩和が、科学的根拠や法的手続きを無視していたケースが多かったから。裁判所は「ダメなものはダメ」と言わざるを得なかった。


Phrona:議会の役割はどうでした?


富良野:トランプ政権は毎年、EPA(環境保護庁)の予算を30%以上カットする案を出していました。でも、共和党が多数派だった時期でさえ、議会は大幅な削減を拒否した。


Phrona:同じ党でも、議会と大統領は別の存在なんですね。


富良野:議員は地元の有権者を見ている。環境保護に関心のある選挙区を抱えていれば、党派に関係なく極端な削減には反対する動機がある。



パンデミックと連邦制の「思わぬ効用」


Phrona:公衆衛生分野で言えば、COVID-19への対応が大きなケーススタディになりますね。


富良野:2020年4月、トランプ大統領が「州の経済再開について、私には完全な権限がある」と宣言した。でも、これは即座に否定されました。


Phrona:誰に?


富良野:共和党の知事たちを含む、州知事からの猛反発です。公衆衛生に関する警察権限は基本的に州にある、という憲法の原則を突きつけられて、翌日には「知事が責任を持つ」と後退した。


Phrona:24時間で撤回。


富良野:連邦制が「弱点」として批判されることもあります。50の州がバラバラに対応して、整合性がないと。でも、トップの判断が誤っていたとき、その誤りが全国に波及しないという「保険」にもなる。


Phrona:冗長性のメリット、ですね。一つのシステムが壊れても、他が補完できる。


富良野:マスク着用についても、連邦政府が消極的だった時期に、多くの州や自治体が独自に義務化しました。科学的知見に基づく判断を、地方レベルで実行できた。


Phrona:中央政府が正しいとは限らない、という前提に立った設計。


富良野:オバマケア(医療保険制度改革法)の廃止問題も面白い事例です。トランプ政権と共和党議会は廃止を目指したけど、2017年の上院投票でジョン・マケイン議員を含む3人の共和党議員が造反して、わずか1票差で否決された。


Phrona:あの「親指を下に向ける」パフォーマンス、印象的でした。


富良野:約2000万人が保険を失うかもしれなかった。市民団体や医療関係者が猛烈にロビー活動をして、タウンホールミーティングを埋め尽くした。その圧力が、一部の議員の判断に影響した可能性がある。


Phrona:民意が回路として機能した。



「非効率」は設計上の特徴である


Phrona:全体を通して見ると、どの分野でも似たパターンがありますね。行政府が単独で動こうとすると、どこかで引っかかる。


富良野:そう。しかも、引っかかり方が多様。裁判所による違法判断、州による対抗訴訟、議会による予算拒否、市民社会による世論形成。複数のチャンネルが並行して機能している。


Phrona:一本道じゃなくて、網の目みたいな構造。


富良野:この「非効率さ」は、設計上の特徴なんですよね。バグじゃなくてフィーチャー。権力が一箇所に集中しないように、意図的に分散させている。


Phrona:でも、その分散が逆に機能不全を起こすリスクもありますよね。必要な政策が進まない、という形で。


富良野:もちろん。チェック・アンド・バランスは万能薬じゃない。でも、暴走を止める能力と、必要な改革を進める能力は、トレードオフの関係にある。どちらを重視するかは、時代や状況によって変わる。


Phrona:トランプ政権の時期は、「止める能力」が試された時代だった。


富良野:そして、それなりに機能した。完璧ではないにせよ、最も極端な政策の多くは阻止されたか、穏健化された。


Phrona:今まさにICE(移民・関税執行局)をめぐって、ミネソタ州などが連邦と対立していますよね。これも同じ構造の延長線上にある。


富良野:まさに。第二期トランプ政権になって、また同じパターンが始まっている。州政府が訴訟を準備し、市民団体が抗議し、裁判所が審理する。


Phrona:制度的な記憶、というか。一度経験したから、対応の仕方が分かっている。



楽観はできない


富良野:ただ、楽観しすぎるのも危険だと思います。制度的チェックが機能したのは、それを作動させようとする人々がいたから。


Phrona:州司法長官が訴訟を起こす、裁判官が違法と判断する、市民が声を上げる。制度があるだけじゃダメで、使う人が必要。


富良野:もし裁判所が政治化しきっていたら? もし州政府が全部同じ方向を向いていたら? もし市民社会が無関心だったら?


Phrona:制度は道具であって、自動的に動くわけじゃない。


富良野:それと、規範の問題もある。大統領が裁判所の命令を「無視してもいい」と思い始めたら、法的にはともかく、事実上の歯止めがきかなくなる。


Phrona:今回の素材でも、連邦エージェントが裁判所の差止命令に反して強制送還を行った事例が言及されていますよね。


富良野:最高裁が全員一致で「違法だ、戻せ」と命じた。今のところは、そこで止まっている。でも、もし「最高裁の命令も無視する」となったら……。


Phrona:制度の限界点、ですね。


富良野:結局、制度が守っているのは「権力者が一定のルールに従うインセンティブ構造」なんです。ルールを破ったら政治的コストがかかる、という状況を維持すること。


Phrona:そのコストを誰が課すのか。裁判所、議会、州政府、有権者、メディア。それぞれが役割を果たさないと。


富良野:トランプ政権の4年間は、その仕組みがギリギリ機能した事例として、一種の「成功体験」と見ることもできる。でも、それは永遠に保証されているわけじゃない。


Phrona:次にもっと巧妙な、あるいはもっと露骨な挑戦があったとき、同じように止められるかは分からない。


富良野:だからこそ、今回の経験を記録し、分析し、教訓を引き出すことに意味がある。何がうまくいったのか、何が危うかったのか。


Phrona:「非効率」の価値を、平時のうちに理解しておくこと。危機が来てから慌てても遅いから。


富良野:効率だけを追求すれば、チェック機能は邪魔に見える。でも、その「邪魔」こそが、権力を縛る鎖なんですよね。




ポイント整理


  • アメリカの憲法設計は、権力の分散と相互牽制を基本原理としている。マディソンが『ザ・フェデラリスト』で述べた「野心には野心を対抗させよ」という思想が制度化されており、行政府が単独で政策を強行することを構造的に困難にしている。

  • トランプ政権の4年間は、この制度的安全装置の「ストレステスト」となった。移民政策、司法、環境規制、公衆衛生という複数の領域で、行政府の権限行使に対して多層的なチェックが作動した。

  • 移民政策では、州政府と裁判所が即応的にブレーキをかけた。2017年の入国禁止令(いわゆるムスリム禁止令)は、州司法長官の訴訟により数日で差し止められた。DACA廃止は最高裁で「恣意的」と判断され阻止された。家族分離政策はACLUの訴訟で裁判所命令による家族再統合が義務付けられた。

  • 司法は党派に関係なく法的基準を適用した。トランプが任命した裁判官を含め、政権は規制関連訴訟で約76%敗訴という異常に高い敗訴率を記録した。行政手続法が求める合理的説明と適正手続きを軽視したことが主因。

  • 環境分野では、州・NGO・議会が多角的に抵抗した。カリフォルニア州司法長官は100件以上の訴訟を提起。天然資源防衛協議会(NRDC)は163件中約90%で勝訴。議会は共和党多数時でもEPA予算の大幅削減を拒否した。

  • COVID-19対応では、連邦制が「保険」として機能した。大統領が「完全な権限」を主張したが、州の警察権限を根拠に知事たちが反発し、翌日に撤回。中央の判断ミスが全国に波及しない分散構造が確認された。

  • オバマケア廃止は議会内の造反で阻止された。2017年の上院投票で共和党議員3名が反対に回り、1票差で否決。約2000万人の医療保険が守られた。市民団体のロビー活動と世論形成が影響した可能性がある。

  • 制度的チェックは「非効率」だが、それは設計上の特徴である。権力の集中を防ぐために意図的に分散させた構造であり、政策の遅延や不整合というコストと引き換えに、暴走を抑止する能力を得ている。

  • 現在進行中のICEをめぐる対立も、同じ構造の延長線上にある。ミネソタ州などが連邦政府の作戦を違憲として訴訟を提起。第一期政権での経験が、対応のパターンとして蓄積されている。

  • 制度は自動的には機能せず、それを作動させる人々が必要である。州司法長官、裁判官、市民団体、有権者、メディアがそれぞれの役割を果たすことで、初めてチェック機能が実効性を持つ。



キーワード解説


チェック・アンド・バランス(checks and balances)】

権力分立に基づく相互牽制の仕組み。立法・行政・司法の三権が互いを監視し、一つの部門への権力集中を防ぐ。


連邦制(federalism)】

中央政府(連邦)と地方政府(州)が、それぞれ独自の権限を持つ統治構造。公衆衛生や教育などの「警察権限」は主に州に属する。


行政手続法(Administrative Procedure Act)】

連邦政府機関が規制を制定・変更する際の手続きを定めた法律。合理的な根拠の提示とパブリックコメントなどの手続きを義務付ける。


DACA(Deferred Action for Childhood Arrivals)】

幼少期に親に連れられて不法入国した若者に対し、強制送還を猶予し、就労許可を与えるオバマ政権時代の措置。


サンクチュアリ・シティ(sanctuary city)】

連邦の移民取り締まり機関への協力を制限する方針を持つ自治体の通称。地方警察が移民の身柄を拘束・引き渡すことを拒否する。


大気浄化法のウェイバー(Clean Air Act waiver)】

カリフォルニア州が連邦基準より厳しい独自の自動車排ガス規制を設ける権限。同法に基づく特例として認められている。


弾劾(impeachment)】

大統領などの公務員を「反逆罪、収賄罪、その他の重大犯罪・軽罪」で罷免するための憲法上の手続き。下院が訴追し、上院が裁判を行う。


ICE(Immigration and Customs Enforcement)】

移民・関税執行局。国土安全保障省の下部機関で、移民法の執行を担当。不法滞在者の拘束・強制送還を行う。



本記事と同じ内容は、noteにも掲載しております。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。

bottom of page