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瞳の奥に隠れる意識の証拠──言葉に頼らない意識の測定技術が拓く新たな世界

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シリーズ: 論文渉猟


◆今回の論文: Sharif I. Kronemer et al. "Sleuthing subjectivity: a review of covert measures of consciousness" (Nature Reviews Neuroscience, 2025年5月23日)


「あなたは今、意識がありますか?」そう聞かれれば、私たちは簡単に「はい」と答えられます。でも、意識を失った患者や言葉を話せない状態の人に、同じことを聞くことはできません。意識という最も主観的な体験を、客観的に測ることはできるのでしょうか。


最新の脳神経科学研究が示すのは、私たちの瞳の動き、皮膚の反応、呼吸のリズムといった「体が無意識に発するサイン」が、意識の状態を映し出しているという驚くべき事実です。この隠れた意識の「探偵技術」は、医療現場での診断を変え、私たちの意識そのものへの理解を深めています。それと同時に、意識のプライバシーという新たな倫理的課題も投げかけています。


富良野とPhronaが、この知的で身近、そして少し不思議な意識研究の最前線を対話形式で探ります。言葉を使わずに心の内を読み取る技術が、人間の尊厳にとって何を意味するのかも含めて。




「見えない意識」を探る新技術


富良野:この論文、意識って本来は一番プライベートなものなのに、それを外から読み取ろうとしているんです。


Phrona:タイトルに「sleuthing」ってあるけど、まさに探偵ですよね。容疑者は何も話さないけれど、体は雄弁に語っている、みたいな。でも考えてみると、私たちって普段から相手の瞳を見て気持ちを察したりしてますよね。それの科学版とも言えるかも。


富良野:そうそう。論文では「overt report」つまり明示的な報告に対して「covert measures」って言い方をしてますね。明示的な報告は嘘をつけるし、記憶も曖昧だし、そもそも話せない状態もある。だから体の無意識な反応を見ようと。


Phrona:「体は嘘をつかない」なんて言いますけど、本当にそうなんでしょうか。瞳孔の大きさとか、皮膚の電気反応とか、そういうのって確かに意識と関係ありそうですけど。


富良野:でも、それが意識なのか、それとも単なる無意識の反応なのかを区別するのが難しいんですよね。例えば、眠っている人の瞳孔も光に反応するし。論文では意識的な神経処理と無意識的な神経処理の区別について触れてますが、ここが一番のポイントかもしれません。


Phrona:なるほど。意識がある状態での反応と、意識がない状態での反応を見分けるって、思った以上に複雑そうですね。


瞳が語る意識の物語


富良野:瞳孔の話から始めてみましょうか。論文では瞳孔は明るさの知覚と関係してるって書いてありますね。


Phrona:興味深いのは、実際の光だけじゃなくて、想像上の光でも瞳孔が反応するって部分です。これって、意識の中で何かを思い浮かべただけで体が反応しているってことですよね。


富良野:そう、それが重要なんです。単なる物理的刺激への反応じゃなくて、主観的な体験、つまり意識の内容を瞳孔が反映している。論文では明るさや暗さを表す言葉に対する瞳孔反応なんて研究も紹介されてて、明るい言葉を聞いただけで瞳孔が収縮するらしい。


Phrona:言葉の意味を理解して、それに体が反応するって、すごく不思議ですね。でも考えてみると、怖い話を聞いただけで鳥肌が立ったりするのと似てるかも。意識と体って、思っている以上に深くつながってるんですね。


富良野:それで興味深いのは、意識障害の患者でも瞳孔反応から意識レベルを評価できる可能性があることです。話せなくても、瞳孔が意識の窓になっているかもしれない。


Phrona:でも、それって同時にちょっと怖い面もありませんか。本人が隠しておきたいことまで、瞳孔が勝手に教えてしまうとしたら。


まばたきと眼球運動の隠れたメッセージ


富良野:まばたきの研究も面白いですよ。論文ではまばたき頻度が注意や疲労と関係してるって書いてある。集中してるときはまばたきが減って、退屈なときは増える。


Phrona:あ、それ分かります。映画館で面白い映画を見てるときって、確かにまばたきが少なくなってる気がします。でも、それって意識の「内容」じゃなくて「レベル」の話ですよね。


富良野:そうですね。でも論文ではまばたきの同期という現象も紹介されてて、同じ動画を見ている人たちのまばたきのタイミングが揃うんだそうです。これは意識の内容、つまり注意の対象が関係してそう。


Phrona:それって、みんなが同じ場面で同じような感情を抱いているからなんでしょうか。集団で映画を見てるときの、あの一体感みたいなものと関係があるかも。


富良野:眼球運動についても似たような話があって、微細な眼球運動が注意の方向を表すらしい。意識的に見つめてるつもりはなくても、目が無意識に注意の対象に向かっている。


Phrona:体って正直ですよね。頭では別のことを考えてるつもりでも、目は本当に興味のあるものを追いかけてる。なんだか、自分の本音を目に見抜かれてる感じがします。


皮膚と心臓が明かす感情の真実


富良野:皮膚の電気反応も意識の重要な指標ですね。これは主に感情的な覚醒と関係してるようです。


Phrona:嘘発見器で使われるのと同じ原理ですよね。でも論文を読むと、感情だけじゃなくて、もっと広い意味での意識状態も反映してるみたいです。


富良野:そうそう。興味深いのは「rubber hand illusion」の研究で、偽物の手を自分の手だと錯覚してるときの皮膚反応が変わるって話。これは意識の中身、つまり身体所有感の変化を皮膚が教えてくれている。


Phrona:私たちの意識って、思っている以上に体と一体なんですね。意識は脳だけのものじゃなくて、全身で作り上げられているような気がします。


富良野:心拍数の変動についても同じことが言えますね。論文では心拍変動性が意識状態と密接に関係してるって書いてある。睡眠中、麻酔中、瞑想中で、それぞれ特徴的なパターンがあるらしい。


Phrona:心臓って、昔から感情の座とか魂の宿る場所とか言われてきましたけど、科学的にも意識と深いつながりがあるってことなんですね。詩的な直感が、実は正しかったのかも。


呼吸のリズムに刻まれた意識の痕跡


富良野:呼吸についての記述も興味深いですよ。呼吸リズムが脳の活動と同期してるって話。呼吸って一番基本的な生命活動なのに、意識の状態をここまで敏感に反映してるなんて。


Phrona:ヨガや瞑想で呼吸を重視するのも、こういう理由があるからなんでしょうね。呼吸をコントロールすることで、意識状態も変えられるって。


富良野:論文では、匂いを嗅ぐパターンが意識状態を表すという研究も紹介されてます。これは特に意識障害の患者の診断に使えそうですね。


Phrona:呼吸って、普段は無意識にやってるけど、意識的にもコントロールできますよね。その境界線上にあるからこそ、意識の状態を映し出すのに適してるのかも。


富良野:面白いのは、夢を見てるときの呼吸パターンが、夢の内容と関係してるって研究もあることです。夢の中で走ってると実際の呼吸も速くなるとか。


Phrona:夢の中の体験が現実の体に影響するって、意識と体のつながりの深さを物語ってますよね。私たちが思っている以上に、心と体は一つなのかもしれません。


技術の進歩がもたらす光と影


富良野:でも、こうした技術が発達すると、プライバシーの問題が出てきますよね。論文の最後でも意識という本来的にプライベートなものを侵害することの倫理的な意味について触れてます。


Phrona:そうですね。意識って、本来は絶対にプライベートなもののはずなのに、それが外から読み取れるようになったら、心の中まで覗かれてしまう。なんだか、心の中に監視カメラを付けられるような感じがします。


富良野:でも一方で、医療の現場では革命的な意味を持ちますよね。特に閉じ込め症候群の患者さんのことを考えると。意識ははっきりしているのに、体を動かせないし話すこともできない。そういう方々にとって、瞳孔の反応や眼球運動が唯一の「声」になるかもしれない。


Phrona:ああ、それは確かに。論文でも瞳孔反応を使ったコミュニケーションの研究が紹介されてましたね。体の中に閉じ込められてしまった意識を、外の世界とつなぐ橋のような技術。そう考えると、とても希望に満ちた話ですね。


富良野:そうなんです。話せない患者の痛みや意識レベルを客観的に評価できれば、より適切な治療ができる。技術の使い方次第で、人を束縛することにもなれば、解放することにもなる。


Phrona:確かに。でも、それが悪用される可能性もありますよね。例えば、本人の同意なしに感情や意図を読み取られたり、就職面接で使われたりしたら。


富良野:論文でも「ニューロライツ(neurorights)」という概念に触れてますが、脳の活動や意識に関する新しい権利の枠組みが必要になってくるかもしれませんね。


Phrona:技術が進歩する度に、人間の尊厳とは何かって問い直されるような気がします。意識のプライバシーを守りつつ、技術の恩恵も受けられる道を見つけないといけませんね。


意識の科学が描く未来像


富良野:結局のところ、この研究って意識そのものの理解を深めることにもつながりますよね。意識って何なのか、どこで生まれるのかという根本的な問いに。


Phrona:そうですね。体のいろんな部分が意識と関係してるってことは、意識って脳だけの専売特許じゃないのかもしれません。全身で作り上げる複雑な現象なのかも。


富良野:それに、無意識と意識の境界線も、思っている以上に曖昧なのかもしれませんね。体は意識よりも先に「知って」いることがあるし。


Phrona:私たちが自分の意識だと思っているものも、実は氷山の一角で、見えない部分の方がずっと大きいのかもしれませんね。この研究は、その見えない部分を少しずつ明らかにしてくれている。


富良野:今後、こうした技術がどう発展していくか、そして社会がどう受け入れていくかが重要ですね。技術と倫理、科学と人間性のバランスを取りながら。


Phrona:最終的には、意識をより深く理解することで、人間という存在そのものをより深く理解できるようになるのかもしれません。それって、とても貴重なことだと思います。




ポイント整理


  • 隠れた意識の指標

    • 瞳孔の大きさ、まばたきの頻度、眼球運動、皮膚の電気反応、心拍変動、呼吸パターンなどが意識状態を反映する

  • 主観的体験の客観的測定

    • 言葉による報告に頼らず、生理学的信号から意識の レベル、状態、内容を推定する技術が発達している

  • 医療現場での応用: 意識障害患者や麻酔中の患者の意識レベル評価、痛みの客観的評価などに活用される可能性

  • 意識と身体の深いつながり

    • 意識は脳だけでなく全身で作り上げられる現象であり、心と体は密接に連動している

  • プライバシーと倫理の課題

    • 意識の内容を外部から読み取る技術は、プライバシー侵害や悪用のリスクを含み、新たな権利の枠組みが必要

  • 無意識と意識の境界

    • 体は意識よりも先に情報を処理し反応することがあり、無意識と意識の境界は曖昧



キーワード解説


【隠れた意識測定 (Covert measures)】

明示的な報告に頼らない隠れた意識の測定方法


【瞳孔測定法 (Pupillometry)】

瞳孔の大きさや反応を測定する技術


【微細眼球運動 (Microsaccades)】

眼球の微細な動きで注意や意識状態を反映


【皮膚電気反応 (Galvanic skin response)】

皮膚の電気抵抗変化による感情・覚醒状態の測定


【心拍変動性 (Heart rate variability)】

心拍間隔の変動パターンによる自律神経・意識状態の評価


【呼吸リズム (Respiratory rhythms)】

呼吸パターンと脳活動・意識状態の同期現象


【ニューロライツ (Neurorights)】

脳活動や意識に関する新しい人権概念



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
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